「まさか、俺が昔あいつに会っていたとは......一体いつだ?会った記憶が無いぞ......?」
かつてないほどに狼狽える戒斗の元に、教材を持った風太郎がやってくる。
「とりあえず戒斗も勉強するぞ!」
「......とりあえずはやろう」
「何だかんだお前も勉強できないからな!嘘の家庭教師だってバレたら大変だ」
「大丈夫だ。お前がいる」
「お、おう!でも戒斗ならすぐできるようになるさ!」
唐突なデレに対応できなかった風太郎だが、そこからの勉強に対する熱意は凄まじいものだった。
「あ、戒斗くんも勉強する?」
「どうやら......しなければならないらしいな」
「お姉さんの隣、空いてるよ?」
「それじゃあ、上杉を挟んで座るとしよう」
「戒斗くんってばそっけないんだー」
駄々をこねて戒斗を半強制的に隣に座らせる一花。
「うん、これがいい!あ、そうだ戒斗くん」
「なんだ」
「私ね......花火大会の後、仕事の事打ち明けたんだ」
「そうか」
「皆ビックリしてたよ。フータロー君も許可くれたし」
「その件に関して、俺は何もしていないからな。強くは言えない。ん?待てよ......」
そんな話をしていると、風太郎はふと何かを思い出した。
「あの時一花のこと話してたのはそういうことだったのか」
「え?私の話?戒斗くんが?」
「実はな───」
「戒斗、一花が急に勉強する気になってくれたのは嬉しいんだが、お前何したんだ?」
「俺は何もしていない。それはあいつの意思だ」
「一花はあの日から明らかにお前にさらに懐いてるように見えるけど......俺ともまともに接してくれるし」
正直俺は、何が何だかよく分かってなかった。
でも、一花が勉強するようになったのはとてつもなくデカかった。
「その件に関して、一つ頼みがある」
「頼み?おお、ドンと来い!」
「あいつには、一花には目指す道がある。お前は寄り道だと思うかもしれないが、それを許してやってくれ」
戒斗がいきなり頭を下げだしたから、俺は若干パニックになった。とりあえずは慌てて頷いて、その件を了承した。
「ってことがあってな。そのすぐ後に一花から仕事の話をされたんだ」
「戒斗くん大丈夫?良い人過ぎない?」
「ああ、俺もそう思う。しかもな、恩返ししようにも絶対機会来ないぞ」
「ていうか、何でも頼めるのにその権利を私のために使ってくれるなんて......」
「まあ今までの恩も含めるとほぼ無限にあるがな!」
一花は戒斗に抱きつき、花が咲いたような笑顔で礼を言った。
「ありがと!」
「上杉に許可を貰えず道を閉ざされてはたまってものではないからな」
「(ほんと、そういうとこだよ......)」
戒斗の腕を抱きしめながら、一花は勉強を再開した。
勉強出来ないだろうと無理やり解かれ、頬を膨らましたのは別の話。
「今日も平和だな、三玖」
「そうだね」
老夫婦のようなやり取りを交わす二人。
そんなこんなで平和な一日を過ごした風太郎達だった。
○○○○○
「来週から中間試験が始まります。念のため言っておきますが、今回も30点以下は赤点とします。各自復習を怠らないように」
「だってさ、戒斗くん。頑張ろうね」
「......今日からは徹底的に扱いていくぞ。覚悟しておけ」
「......うん!」
一花は、戒斗が手の中に忍ばせているカンペには気づかなかった。
風太郎からどうにか二人を勉強に誘うよう頼まれ、ついでに渡されたものだ。戒斗自身、勉強面は風太郎に全任せしているので、家庭教師らしいことは言えない。
だからカンペ通りに喋り、勉強を意欲的にさせようという計らいらしい。
そして一花の次は二乃の元へ。
「おい」
「げ」
階段下で話す二乃と女子二人の前に近づいていく戒斗だが、二乃は無視して素通りした。
「みんな行こー」
「おい、聞け」
「あの人二乃の事呼んでなかった?」
「あいつ私のストーカー」
「えーこわ......」
変な勘違いされる訳にはいかないと、戒斗ははっきりとカンペを読み上げていく。
「祭りの日、一度は付き合ってくれただろう!考え直してくれないか!」
「「え?」」
付き合うという言葉に反応して立ち止まる女子二人。
戒斗は二乃の反応がないところを見てまだダメかと言葉を続ける。
「なんならお前の家でもいいぞ!あと一回だけ......あと一回だけでいい!......次は......」
セリフが飛んでしまい、再びカンペを見直した。
そして階段を上って二乃の後ろに立ち、とてもいい声で最後の言葉を述べた。
「お前の知らないことをいくらでも教えてやるぞ。だから───ん?」
この言葉でやっと二乃が振り向いたと思えば、羞恥に顔を赤く染めていた。
「誤解されるでしょ!」
二乃は、過去一番の力で戒斗の頬をひっぱたいた。
その頬には、今まででないほど大きな紅葉が咲いていた。
「戒斗くん、大丈夫?」
「......ああ」
そして毎回のように一花が頬に氷を当てていた。
あははと苦笑いする一花だが、今は戒斗を助けられていることに嬉しさを感じていた。
「二乃ってば、本気でやっちゃったね」
「すまん戒斗。嫌な役を......親父も変わってくれるって言ってたから希望を持ったが......全く変わってなかったな」
「仕方ない。また行けばいい話だ」
「ところでフータロー君、五月ちゃんは?」
風太郎は気まずそうに目を逸らして言った。
五月ももちろん呼んだが、失敗したと。
曰く、五月は真面目に自習に取り組み、それを褒めて勉強会に参加させようとしたが、最後の言葉がまずかったと。
「ただ馬鹿なだけ......か。何をやってるんだお前は」
「ほんとすみません」
「上杉さん駆紋さん!問題です。今日の私はいつもとどこが違うでしょーか?」
四葉が元気に跳ねながら問いかけるも、風太郎は反応せず三玖と一花の方を向いた。
「ところでお前ら、もうすぐ何があるか知ってるか?」
「無視!?」
二人は少し考えて、同じ意見を出した。
「ヒントは首から上です!」
「うーん、林間学校かな」
「楽しみ」
「......ほう、試験は眼中にないってか?頼もしいな」
「あはは、分かってるって」
子供が見たら泣き出しそうな形相で2人を睨みつける風太郎を、一花はまあまあと何とか落ち着かせる。
「本当かよ......」
「上杉さんや駆紋さんには難しかったかなー?」
「......ん?着信?」
「正解は「リボンの柄がいつもと違う」でした!今チェックがトレンドだと教えてもらいました!」
「......へぇ」
風太郎は能天気な四葉のリボンを鷲掴みにし、光の籠らぬ目で0点の答案を見せた。
「お前の答案用紙もチェックが流行中だ。良かったな」
「わー最先端......」
「あはは」
「一花も笑ってる場合じゃねぇぞ。四葉はやる気があるだけましな方だ。中間試験は国数英理社の五科目。これから一週間、徹底的に対策していくぞ!」
「......あれ、そういえば戒斗くんは?」
「ああ、さっき電話が来たってどっか行ったぞ」
「どうした」
『いやあ、すまないね戒斗くん。......本当に申し訳ない』
「何があった」
いつもと違う態度に違和感を感じて質問すれば、Pは深刻そうに呟いた。
『......ゲネシスドライバーが奪われた』
「何だと......!?」
その事実は、戒斗を驚かせるには充分だった。
戒斗自身、聞き間違いだと思いたかった。
『......私としても、これは想定外だ』
「ロックシードはどうなった!」
『......それに関しては異常事態と言う他無いな』
戒斗は、嫌な予感がしてしょうがなかった。
ゲネシスドライバーが奪われただけでも大問題だというのに、ロックシードまで奪われてしまったのではないかと。
Pはロックシードを全て奪われた事実を告げ、頭を抱えた。
『唯一の救いは、ほとんどのロックシードを各1個ずつ生産していた事だね。前のように量産してしまっては、奪われた際インベスが大量に出てくる恐れがある』
「......エナジーロックシードはどうなった」
『不幸中の幸い、とでも言おうか。残っているよ』
ふぅ、とため息を吐きつつも、その声は焦りを含んでいた。
『私のレモンエナジーだけだがね』
「何だと......」
『残りは全て取られてしまった』
「くそ......キルプロセスを搭載しなかったことが仇になってしまったか......」
ロックシードが奪われたこともそうだが、一番の問題は奪われたエナジーロックシードにあった。
ゲネシスドライバーで変身した際のアーマードライダーは特殊能力こそないものの、身体スペックは戦極ドライバーで変身した時とは比にならないほど上がっている。
『君も知っている通り、ゲネシスドライバーは貴虎が使っているから強い、という訳でもないんだ。ただ単純に強いんだよ。誰が使ってもね』
「......そうだったな」
『それに、取られたくなかったんだが......まさかあれまで見つけられるとはね』
「チッ......破られたか......」
『ああ。誰かが使う前に取り返さなくては』
二人の間に思い空気が流れる。だが、いつまでもそのままではいられない。
「......とにかく、俺は一刻も早くロックシードの奪還に向かう。情報が入り次第、すぐに教えろ」
『......頼んだよ。私も出来る限り尽力する』
戒斗は通話を切って犯人探しをしようと学校を出ると、風太郎と一花、三玖、四葉と鉢合わせた。
「あ、戒斗」
「お前どこ行ってたんだよ」
「急にどっか行っちゃうからビックリしました!」
「一緒に帰ろっか」
「......ああ」
戒斗は心中穏やかではなかった。エナジーロックシードで変身するならまだしも、インベスを召喚されては周りの人間に危害が及ぶ。
初級インベスでも人間では敵わないのだ。
もしクラスAのロックシードやエナジーロックシードで上級インベスが召喚されたなら、間違いなく死人が出る。
帰り道も、あまり話すことはなかった。
「って、ちょっと待ちなさーい!!」
三人と別れた後、風太郎と戒斗が帰宅路を歩いていると、息も絶え絶えな五月が追いかけてきた。
「あなた、あの状況からよく一人で帰れましたね。あそこは一緒に行くところでしょう!」
「だって帰って勉強しなきゃと思って......ていうか、それを言うために追いかけてきたのか?」
「違います。電話をあなたに取り次げとのことです」
「誰からだ?」
五月の携帯を受け取って耳に当てると、男の声が聞こえた。
『上杉君。娘たちが世話になってるね』
「お、お父さん!ご無沙汰しております!」
『君にお父さんと呼ばれる筋合いはないよ』
「あなたにお父さんと呼ばれる筋合いはありません」
お父さんと聞いて、戒斗は風太郎から電話を奪った。
「駆紋さん!?」
「少し借りるぞ。......貴様が中野か」
戒斗は中野父に威圧的な態度で質問する。
中野父は知らない声に不審感を抱いた。
『誰だい君は』
「駆紋戒斗だ」
『......五月くんからは家庭教師が2人と聞いていたが......そうか、君がもう一人の家庭教師だったのか。まさか娘たちを騙すとはね』
「そんなことはどうでもいい。今からする質問に答えろ」
雇用主に対する歯に衣着せぬ物言いに、風太郎と五月は目に見えてビクビクしていた。
『......何かな?』
「───、という男を知っているか」
前々から感じていた、というよりはほぼ確信していたことを質問すると、その答えは戒斗の予想通りだった。
『ああ、知っているよ』
予感が的中し、戒斗の目には敵意が宿る。
「奴との関係は?」
『それを知りたいなら、まずは家庭教師としての責務を全うしたまえ』
「責務だと?」
『ひとまず、話はそれからだ。上杉君に変わってくれるかい』
「おい、上杉。貴様に用件があるらしいぞ」
「なん───!」
戒斗は風太郎が反応する前に携帯を放り投げた。風太郎は慌ててキャッチしていたが、冷や汗がダラダラと出ていた。
「おい!携帯を投げるなよ!」
「く、駆紋さん!私の携帯ですよ!」
「む、すまんな」
「......もしもし」
『上杉君かい?』
「は、はい。戒斗がすみません!」
電話なのに頭を下げる風太郎を、五月はおかしいものを見るような目で風太郎を見た。
「それで、用件というのは......?」
『一週間後の中間試験、五人のうち一人でも赤点を取ったら、君達には家庭教師を辞めてもらう。達成出来たなら、娘たちを騙したことを不問にした上で、報酬は二人分支払おう』
「......は?」
○○○○○
俺はお父さん、もとい中野父からの言葉に耳を疑った。
聞き間違いであって欲しかった。赤点を回避できなければクビだなんて。
しかも戒斗のことがバレてるとは思わなかった。
戒斗は電話を代わってから何か考え込んでるし。
「なっ......考え直してください!卒業まであと一年半あります!いくら何でも尚早では!?」
『この程度の条件を達成出来なければ、安心して娘たちを任せてはおけないよ。ここでハードルを設けさせてくれたまえ』
「......っ。ただでさえ五人なんだ。手に負えませんよ」
赤点で解雇だと......中間試験はもう来週なんだぞ......!
『それでは、健闘を祈る」
俺の意見に反応することなく、無慈悲にも通話は切られてしまった。
「ちょっと......!くそっ!」
「私のスマホですけど!?駆紋さんに続いてあなたもですか!」
おっと危ない。余りの難題にスマホを叩き割りそうになってしまった。
というか、全員赤点回避だと......?くそ、今週末の家庭教師の時間だけではカバーできない。
それに、二乃と五月......こいつらが素直に言うことを聞いてくれるだろうか......どちらにせよ、時間が圧倒的に足りない。
不可能だ。
「父から何を言われましたか?」
「......世間話をしただけだ」
「それだけでその汗の量ですか!?とてもそうは見えませんが......」
「人のことより自分の心配をしたらどうだ?中間試験の対策はしてるんだろうな?」
「も、問題ありません」
今の反応は明らかにダメなやつだろ。
「問題ないわけあるか。今日やった小テストの点数悪かったろ」
「見たのですか!?」
はあ......やっぱ悪かったのか......とか言ったら怒るだろうな。こいつなりに頑張ってるんだろうし......助けてやらないとな。
「わからない場所があったら教えてやるぞ?」
「なんですか。私が信用できないのですか?」
あー!怒っちゃった!ほっぺ膨らませてリスみたいに!
「あなたに教えは乞わないと言ったはずです」
五月は踵を返してマンションへ戻ろうと歩き始めた。やばいな、今逃したらまずい。
「お前は真面目な割に要領が悪い。俺を頼ってくれたら分かりやすく教えてやれる。三玖や一花を少しは見習え!」
「......あなたは忘れているでしょうが、私は最初にあなたを頼りました。それを拒否したのはあなたでしょう。嫌々相手にされるなんて御免です」
「......っ」
確かにそうだが......くそっ!
「だったらお前一人で合格できるのかよ!」
「できます。たとえ中間試験には間に合わなくても......」
「それじゃダメだ!今回赤点なら次はない!」
「えっ?」
「これも仕事なんだ。我儘言ってないで受け入れろよ!」
「我儘を言っているのはあなたでしょう!」
「お前だって成績を上げたいんだろ!だったら......黙って俺の言うことを聞いてればいいんだよ!!」
「おい、言い過ぎだ」
「っ!」
今、俺なんて......言い過ぎた!まずい!
「今のは......」
「......あなたのことを少しは見直していたのですが、私の見込み違いだったようですね。所詮お金のためですか」
何だと?今なんて言った?所詮って言ったのかこいつは?
俺が必死こいて稼いでる金を所詮って言ったのか?
「......金のために働いて何が悪い。何不自由なく暮らしてるからそんなことが言えるんだ。仕事じゃなきゃ誰がお前みたいなきかん坊の世話を焼くか」
「......無理して教えてもらわなくても結構!私はあなた達の金儲けの道具ではありません!」
「そうかよ、後悔しても知らねぇからな」
「ええ、たとえ退学になっても───」
もうこんな奴に教えるだけ無駄だ。
人の苦労を知りもしないで口うるさくしやがって......決めたぞ。
「お前にだけは絶対教えねぇ!」
「あなたからは絶対に教わりません!」
「......馬鹿が」