一花に呼ばれ、二人はベランダに出た。
体に当たる夜風が少し肌寒く感じる。
「へぇ、確かに空が広く感じるな」
「風呂とはまた違う感覚だ」
「最上階も捨てたもんじゃないでしょ?」
三人は暫く夜空いっぱいに広がる星を眺めていた。
その景色は、風太郎が思わず見惚れるほどに綺麗だった。
「戒斗くん。オーディション受かったよ」
「よかったな」
「フータロー君も、撮影は試験後だから安心して」
「......ああ」
「それで、さっきのことだけど」
唐突に一花は本題を話し始めた。
先程の五月との様子を見て、二乃と同じように違和感を感じたらしい。
「五月ちゃんと喧嘩でもしちゃった?フータロー君」
「......いつものことだ」
「二人は似たもの同士だからね」
「......同じ顔のお前が言うか?」
「ふふっ。でもね、今日はいつもと違う気がしたんだ。二人にはさ、仲良く喧嘩してほしいな」
一花の目は、星空に向いている。だが、今は五月の姉として、五人の長女としてバラバラにならぬよう願った。
「......矛盾してるぞ。それに、あいつも俺のこと嫌いだろ。仲良くなんてできねぇよ」
「そう?あの子も意地になってるんだと思うよ。昔から不器用な子だったから、素直になれないだけなんじゃないかな。きっと......」
一花は少しだけ暗い表情になった。そしてすぐにいつもの顔に戻る。
「今も、一人で苦しんでる」
「......っ」
「私にできることはやってみるけど、フータロー君や戒斗くんにしかできないことがあるから。お願いね」
「......ああ。お前も案外しっかり長女やってんな」
そう言って風太郎はリビングに戻っていった。
「そりゃあお姉さんだからね」
ベランダには一花と戒斗だけが残り、沈黙がその場を支配していた。
先に口を開いたのは一花だった。
「戒斗くん、君のお陰だよ」
「何の話だ」
「......君があの時応援してくれたお陰で、私は夢に一歩近づいた。本当にありがとう」
綺麗な笑顔で笑いかける一花に、戒斗はほんの少しだけ、一花に対して労いの言葉をかけた。
「その一歩を踏み出したのは俺じゃない。お前自身だ。頑張ったな」
「あ、珍しく褒めてる?」
答えず一花の頭を撫でる。
一花が何だこの手はと言うと、頑張った相手にはこうするものだろうと返した。
「私、そういうのする側なんだけどな」
とは言うものの、一花の顔は満更でもないようにはにかんでいた。
「そういえば、好きなタイプ1位はなんなの?」
目をキラキラと輝かせながら戒斗に迫る。
普段の数倍のスピードでノートを埋めるほど知りたいのか、とよく分からないながらも答えを告げた。
「......特にないな」
その答えを聞き、一花は石のように固まった。
気のせいかピシッと音も聞こえた。
「......せっかく頑張ってノート埋めたのに......」
骨折り損かと肩を落とす一花。
その様子を見て、戒斗も言った手前答えなくてはならないと思い、何とか答えを絞り出そうとする。
「あーあ、撫でてくれないと割に合わないなー」
感情が豊かな一花を見た戒斗は、少しの笑みを零してふと呟いた。
その答えは、一花が想像しているよりも遥か上の言葉だった。
「案外、連れ添うならお前の様な奴が良いのかもな」
「へ!?......あ、え!?」
動揺する一花に、畳み掛けるように言葉を繋いだ。
「まあ、基本的に髪の短い女は嫌いじゃない」
事実、湊耀子といい高司舞といい、戒斗が心を許した女は髪が短かった。とはいえ戒斗自身、髪型にそこまで拘りはなく、冗談半分で言っただけだった。
「ちょ......っ!」
だが、冗談半分でも自身の特徴に当てはまったそれを聞いて一花は慌てて顔を逸らした。戒斗に見られないように、自分の気持ちを誤魔化すように別のことを話し始めた。
「そ、それにしても、秋なのに暑いね」
「......馬鹿か」
手で仰ぎながらも目線は合わせない一花。
戒斗はそんな一花の格好を見て、上着を脱いだ。
「そんな薄着では冷えるに決まってるだろう」
「っっっ!?」
この一花のことを考えた故の行動により、彼女の体温はどんどん上昇していく。もうオーバーヒート寸前だった。
戒斗の方から見える耳は、真っ赤になっていた。
「......耳も赤くなってるぞ。俺は先に戻る。上着は後で返せばいい」
「う、うん......ありがと......」
「早めに戻れよ」
「うん......」
戒斗がリビングに戻った後、一花は顔も赤くしながら星空を眺めた。
冷たい夜風も、今の一花にはただの風だった。
自分でも分かるほどに、心拍数が上がっていた。
「冷える......かなぁ?すっごく熱いんだけど......」
そう言った後鼓動が治まらぬままリビングへ戻り、四葉と三玖に上着を見て驚かれた。
「あー!駆紋さんの上着じゃん!かっこいい!私も着たい!」
「ダメダメ、これは私に着せてくれたんだから」
「えぇー!」
「一花、嬉しそうだね」
「......そう?」
一花から上着を貸してもらおうと頼み込む四葉。
隙を見計らって奪おうとしたが空振り、勢い余って一花を押し倒してしまう。
その時、一花の頬に触れた四葉はその体温の高さに驚いて手を引いた。
「わわっ!一花のほっぺすごく熱いよ!?三玖も触ってみて!」
「......あちっ」
「外は寒いのに......変だね?」
首を傾げる2人だが、一花は未だに心拍数が高いままだった。
「しかもすごくドキドキしてる!」
「っ!」
そしてそれを指摘され、一花は何も言わず顔を隠して蹲った。
その後も四葉と三玖に体調を心配されたが、無理やり話をごまかして何とかやり過ごした。
「......それで、用件はなんですか?」
場面は変わり、戒斗は一人で自習をしようとしていた五月の部屋に入って勉強を見ていた。
五月の机にケーキを置く。何ですかこれと聞かれれば、こう答えた。
「一人で自習するのなら、糖分は摂取しておけ。勿論、過剰摂取はするなよ」
「......ありがとうございます。でも、それを言いに来た訳じゃないですよね?」
礼を述べ、すぐに勉強を再開する。
五月は、風太郎と馬が合わないということと、先程無視してしまったことから戒斗の顔を見れずにいた。
「......俺は、できることならお前達に勉強会に参加して欲しい」
「......私から教えを乞うたにも関わらず、断ったのは他ならぬ上杉くんです。それに昨日も......」
その時のことを思い出したのか、五月は苛立ちを隠さず眉間に皺を寄せた。
「......すまなかった」
「何故あなたが謝るんですか」
「俺はあの時、お前たちの言い合いを止められたはずだ。だがそれをしなかった」
「見たところ、あなたは父と何か話していたようですし、そちらに思考が行ってしまったのでは?」
五月は、中野父と電話している最中も、その後も戒斗の心中が穏やかではないことを知っていた。
明らかに明確な敵意を向けて話していたから。
「だが、出来たはずのことをしなかったのも確かだ」
「......そこまで言うのなら、謝罪は受け入れます。ですが、私はまだあなたも上杉くんを認めません。......認めたく、ありません」
「......そうか」
「......また、寝る時にでも来てください。私も話したいことがあります」
一旦話を終えて五月の部屋から出る。そしてリビングで騒ぐ風太郎達を見ながら、戒斗は五月の顔を思い出す。
目は誰が見てもわかるほど赤くなっていて、ノートも所々濡れていた。その事実は、泣いていたと分からせるには十分な要素を含んでいた。
今もドアの奥から嗚咽が聞こえてくる。
「素直になれないだけ......か」
戒斗はバナナロックシードを見て、そんなことを呟いた。
○○○○○
夜も更けてきた頃、風太郎と戒斗はどこで寝るかという話題になった。
「俺はそこのソファで寝ようと思う」
「お、お客様をソファで寝させられません!」
「フータロー、私のベッド使っていいよ」
「戒斗くんは?私と寝る?」
蠱惑的に誘う一花だが、戒斗はスルーした上で軽くデコピンをした。
「わー、DVだー」
「寝てる時に服を脱ぐ奴が寝ようなどとよく言えたものだな」
「それはしょうがないよね」
「てか帰りなさいよ」
一花と同じように二乃も無視して話を続ける。
「俺はあそこだ」
「あそこ?」
戒斗は親指で五月の部屋のドアを指した。
そして全員が固まり、その言葉を理解した瞬間叫んだ。
「「「...........ええええええっ!?」」」
それを聞いた一同の反応は様々だった。
「か、戒斗くん、嘘だよね......?」
一花は泣きそうな声で。
「あ、あんた、五月に手出したら殺すわよ!」
二乃は戒斗を殺さんばかりに睨みつけて。
「いいと思うけど」
三玖は特に反対せず。
「い、五月と駆紋さんが大人の階段を......!」
四葉はあわあわと恥ずかしがりながら。
「く、駆紋さんっ!」
「......なんだ」
そして、五月は赤面しながら慌ててていた。
必死に姉妹達に弁解し、何とか誤解は解いた。
「あ、あなたはもう少し言い方というものを......!」
「間違っていないだろう?」
「そ、そうですが......あれではまるで───」
そんな時、誰かが手を叩いた。
「よし、じゃあそういうことでな。以上!三玖、ありがたくベッド使わせてもらうぞ」
「うん」
「ちょっ......」
ほとんど寝ている顔の風太郎が手早く締めたは良いものの、一花と二乃はいまいち納得していなかった。
「い、五月ちゃんの代わりに私が......!」
「あんた、少しでも変なマネしたらクビよ!ク、ビ!」
「言われなくても何もしないから少し黙れ。耳の横で大声を出すな」
「ふん!」
不機嫌な様子で部屋へ戻っていった二乃。ドアを閉める音がとても大きく、戒斗のことを信用していないのが見てとれた。
「まったく......面倒な奴だな」
「戒斗くん、五月ちゃんとその......そういうことしない......よね?」
「何を思っているかは知らないが、何もしない」
「だ、だよね!うん、そうだよ、大丈夫だよ、大丈夫......おやすみ、戒斗くん」
自分に言い聞かせるように大丈夫だと呟き続ける一花を危なく思いつつも、五月の部屋に向かった。
「......それで、話したいこととはなんだ」
「......あなたは、私と上杉くんを見てどう思いますか?」
「馬が合わない」
「......ええ。まさにその通りです。この前も諍いを起こしてしまいましたし、些細なことでムキになってしまう自分がいます」
「まあ、大抵はあいつの言葉が原因だが......」
「......あの時は所詮、お金のためだなんて失礼なことを言ってしまいました。彼にも事情があるのに......」
昨日のことを後悔する五月だが、風太郎と同じ気持ちだということには気づいていない。
「......上杉の味方をする訳では無いが、あの時あいつは苛立っていた。恐らく、お前達の父親との話で」
「父と......何か知っているんですか?」
「他の奴らに他言しないことを誓うなら教えるが」
「......誓います」
戒斗は本当に話していいものかと迷ったが、元々五月には話すつもりだったので大丈夫だろうと考えた。
「......中間試験で誰が一人でも赤点を取ったら、家庭教師をクビになると言われたらしい」
「ほ、本当......ですか?」
「上杉のあの焦りようからして本当だろうな」
「そんな......」
五月は激しいショックを受けたらしく、ペンを落としてしまった。
「安心しろ。お前達は気にせず勉強すればいい」
「ですが......っ、どう考えてもこのままでは......」
「上杉も俺も、お前達を信じてる。大丈夫だ」
一花と同じように五月の頭に手を置く。
五月は少しだけ安心したように落ち着いたが、依然として不安は拭えずにいた。
「今更ですが、あんな素っ気ない態度をとってすみませんでした」
「ああ」
「......以上で、私の話は終わりです」
「......そうか」
話が終わり、戒斗が部屋を出ようとすると、五月に腕を掴まれた。
「もう少しだけ、いてください」
「......あと少しだけ勉強を見てやる」
「......ありがとうございます」