戒斗は結局夜中も五月の勉強を見ていた。
どうやら五月はクビの件を聞いて寝ている場合ではないと思い、寝る間を惜しんで勉強するつもりらしい。
「そういえば、俺達を認めたくない理由とはなんだ?」
「......あれは勢いで言っただけです」
「そういうことか」
「ごめんなさい」
「いや、いい」
とはいえ、3時を越えた辺りから五月はウトウトと頭を揺らしていた。そして寝ないように何とか意識を保ち続けている。
「熱心なのは結構だが、体に負担をかけるのは見過ごせないぞ」
「......私は、姉妹の中で一番足を引っ張っています。だからここが勝負どころなんです」
「......正直に気持ちを告げれば、あいつも受け入れてくれる」
「......あんなことがあったので、顔を合わせづらいというか......」
風太郎と仲違いしてしまった故に教えを乞うことができない。それは、要領の悪い五月にとっては致命的なことだった。
二乃も同じようなものだと思いながら言葉を出さずため息を吐く戒斗。
「お前が言うのなら強くは言わん。が、根を詰めすぎるのも毒というものだ」
「ですが......」
尚も譲らぬ五月に、戒斗は無理やりノートを閉じて勉強を中断した。
五月の戸惑いを余所に抱き上げてベッドに運んだ。
「な、何をするのですか!勉強を───」
「その反動でお前が集中できなければ世話ない」
睡眠不足というのは、ストレスの増加、集中力の低下、新陳代謝の低下、事故や怪我を招きやすくなるなど、大きな危険を冒すこととなる。
それを聞いて五月は布団の中で震えていた。
「き、今日のところはここまでにしようかなと思います」
「とりあえず俺は、お前が寝るまでここにいる。出ていった途端勉強を再開するかもしれんからな」
ベッドの横に椅子を置いてそのまま座る戒斗。
その前の発言に思わず五月は飛び起きた。
「今ここまでにしようかなと言ったでしょう!」
「お前は変に真面目なところがあるからな」
「むむむむ......!」
信用されていないのかとむくれながらも横になり布団を被った。
だがいざ横になれば何故かすぐにら寝れないらしく、時間を潰すため、戒斗に話を求めた。
「面白い話はありませんか?例えば食べ物の話だったり」
「寝る間際まで飯の話か」
「だって好きなんですもん」
「とりあえず寝ろ」
「眠れないのでお話をしてください。例えば食べ物の───」
そこからは延々とループしていた。五月は意地でも食べ物の話に持っていきたいらしく、戒斗も寝ろとしか言わないので話は一向に進まない。
そんなループが何分か続いた頃、五月は不意に言葉を紡いだ。
「ケーキ、ありがとうございました。とても美味しかったです」
「ああ」
それきり五月の声は聞こえなくなった。
戒斗は寝息を聞いて椅子から立ち上がった。
そして寝ている五月の頭をそっと撫でる。
「......五月」
「......ん」
髪の流れに沿って指を動かせば、五月は気持ちよさそうに頬を緩ませた。
「俺達がついている。上杉も、お前を応援しているぞ」
「バロン......さん」
「!」
五月がどんな夢を見ているのかは分からないが、戒斗のことをバロンという名前で呼ぶのは彼の知る限り、今が初めてであった。
それはつまりバロンに変身している状態で五月と出会ったことがあるということに他ならなかった。戒斗は驚いて一瞬手を止めた。
「俺は、こいつとも昔に......」
二乃といい五月といい、以前戒斗と出会ったような雰囲気を見せているが、当の戒斗は覚えていなかった。
思い出そうとしても、ノイズが走るだけ。
「......くそ、やはり思い出せないか」
そんな過去のことを深く考えないようにし、五月の部屋を後にする。
途中寝ぼけた三玖とすれ違い、風太郎が寝ている部屋へ入っていったが、戒斗は特段気にしなかった。
「......最後はお前が動くんだ。上杉」
戒斗はリビングのソファに座り、後の望みを風太郎に託した。
五月と仲直りをするようにと。
○○○○○
皆さんおはようございます、五月です。
眠っている時何故かとても心地よかったのでぐっすり寝られました。
朝起きた時には駆紋さんはいなかったので、恐らく部屋を出たのだと思います。
「着替えないと......」
私がベッドから降り、服を出して着替えようとしました。
その時、駆紋さんが座っていた椅子に錠前のような物が乗っているのを発見しました。
それはマンゴーがモチーフになっているようで、美味しそうです。それとは別に、私が昔出会った人が使っていた物にすごく似ています。
「何でこんな所に......」
いくら考えても答えは出なかったので、お守りにしようと思います。私が危なくなった時、あの人が来てくれるかもしれません。
そんなことを思いながら着替えてリビングに行くと、二乃が朝食を作って待っていました。
「ねぇ聞いて五月」
「はい?」
「今日も夢にバロン様が出てきたの」
「すごいですね。殆ど毎日出てませんか?」
二乃は子供の頃からよくバロンさんのことを話します。
運命の人だと言って聞かない程に。これではバロンさんも大変ですね。
何年分の愛を向けられるのでしょうか。
「あ。あともう1つ、朝起きたらね、冷凍庫にすごく新鮮なバナナとオレンジがあったの」
「......はあ」
いきなり何を言い出すんですか二乃は。
聞いてみた結果、買った覚えは無いとのこと。何故か気づいた時には入っていたそうです。
「オレンジとバナナって相性良いんですかね?」
「うん。タルトがあったんだけど、すごく美味しかったわ」
というか食べたんですか!?私も食べたかったのに......食い意地を張ってみっともないですよ。
「案外合うわよ。いる?」
「いります!」
ははあ。朝からタルトだなんて、器用ですね二乃は。
私なら素材をそのまま食べてしまいますからね!
「何でドヤ顔なのか分かんないけど、はいどうぞ」
見た目はタルト生地の上にバナナ、オレンジか乗せられ、所々ミントがあります。なんというか、とても美味しそうです!
「いただきます!」
1口で分かりました。相性抜群です!
バナナやオレンジだけてなく、生クリームやクリームチーズの味もしますし、ミントの爽やかさもありです。
恐らく分量はこんな感じでしょう。
「バナナ1本、
オレンジ1つ、
タルト生地18cm1つ、
生クリーム100cc、
クリームチーズ100g、
砂糖は大さじ1と2/1、
ミントはお好みで......といったところでしょうか」
「正解だけど......あんたもとうとうそんな所まで来たのね。恐ろしいわ」
何故か分かりませんが、二乃が若干引いています。
失礼ですね。食に対するありがたみを持っていれば、これくらいすぐに分かります!
「すごいですね二乃。こんな美味しい料理を発明するとは!」
「いや、私じゃないわ。多分あいつよ」
「あいつ?」
「......戒斗よ。レシピも書いてあったしね」
駆紋さんがこんな美味しい料理を......すごいですね。見直しました。
昨日といい、あの人本当は優しいのでは?上杉くんのことも気遣っていましたし......私も少し勘違いしていましたね。
「さっき”バナナ オレンジ タルト”って調べても出てこなかったから、多分そうよ。あまり手間もかからないし、お手軽な───」
「ごちそうさまでした!」
「早いわね!」
気づいたら無くなっていました。もっと食べたかったです。
さて、次は朝食ですね!
「ん?レシピがあるということは......これからも食べられるのでは!?」
「そうよ?」
駆紋さん、あなたは神様ですか!
「ところで、駆紋さんは?姿が見当たりませんが......」
「さあ?私が起きた時にはいなかったわ。まあいない方が良いんだけどね」
「そういうことは言うものでは無いですよ」
まったく、二乃は未だに駆紋さんを嫌っているのですか。
こんな美味しいものを作ってくれる人が悪い人な訳ありません!
「みんなおはよー」
何故か駆紋さんの上着を着た一花が降りてきました。
「おはようございます。一花が休日のこんな時間に起きるのは珍しいですね」
「5人の中じゃドベだけどね。三玖もいつの間にかベッドからいなくなってたし」
「三玖を捜しに行ったっきり四葉も帰ってないしね」
四葉は元気ですね。ご飯は食べたんでしょうか。
食事はエネルギーの源。大事ですよ。
「......彼は?」
「さぁ?まだ寝てるんじゃない?」
「あいつ本当に泊まったのね。ま、それもあと少しの辛抱だわ」
早く謝りたいのですが......まあ我が家のベッドは魔法のベッドですからね。
「二乃も勉強参加すればいいのに。案外楽しいよ」
「お断り。五月、あんたは絆されるんじゃないわよ」
「素直になればいいのに」
一花や三玖、四葉はすごいです。上杉くんと争うことなく勉強ができて。
「昨日駆紋さんにも言ったんです。私は彼とは馬が合いません。どうしても些細なことでムキになる自分がいます、と」
「ま、確かにね」
「私は、一花や三玖のようにはなれません」
「なれるよ」
「えっ」
「ほら、ここの髪を持ってきて......」
一花は左目に髪を被せるようにしてセットしてきました。
「三玖の出来上がり!」
どうやら、顔が同じということで髪型を変えれば三玖のようになれる、ということらしいです。
「私は真剣に言ってるんですが!」
「あはは、ごめんごめん、五つ子ジョークだよ」
「一花!髪の分け目が逆よ。もっと寝ぼけた目にして!」
「うーん、この髪が邪魔だなぁ」
2人がどんどん遊び始めてきました!
な、なんとかして止めなくては!
「ふ、2人とも、私で遊ばないでください!」
「ちょうど三玖もいないし、これで騙せるか試してみようよ」
「え、マジ......?あいつに私たちの区別なんてできるわけないでしょ」
口ではそう言いながら、二乃は早く行けと言わんばかりの目で見てきます。
結局やらなければならないんですね、トホホ......。
○○○○○
「やべぇ寝すぎた!!」
時計を見るといつもより40分オーバーしていた。くそ、泊まり込みなのにもったいない......恐るべきベッドの魔力。
触り心地の良い布団に恐ろしさを感じていると、横に顔があるのを発見した。
「えっ」
隣で誰かが寝ているのを見た時、俺は思わずギャグ漫画みたいな顔になった。
誰だ......!?そうだ、この服を着てたのは......三玖!
まさか寝ぼけて自分の部屋に......!?
「すぐさま逃げねぇと」
これで三玖が起きたら面倒だ。ましてや他の誰かに見られたら───
「うおっ......」
ドアを開けると、目の前に三玖と同じ髪型の五月がいた。
「ど、どうした五月」
「......わかるんですね......」
そりゃあ三玖はすぐそこで寝てるし......というか、これはとても不味い状況なのでは?
ゴソッ
「!!」
「?」
まずい、三玖が寝返りを打った。
五月も反応したし、このままではバレる!
「よ、用がないならもういいかな!着替えるから!」
「ええっ!?」
思わず追い出すような形になったが、一先ずはこれで安心だ。
「もう結構です!」
五月は追い出したのが気に食わなかったのか、不機嫌にドアを閉めた。
しまった。外で話を聞くだけでよかったか。
「あーあ、やっぱり怒らせちゃった」
「フータロー君、大丈夫?」
「あ、ああ......」
一花と二乃はもう起きてたのか。早いな。
ん?一花のやつ、何で戒斗の上着を着てるんだ?
「そういえば、三玖がどこに行ったか知らない?」
「えーっと......図書館、かな......?」
「じゃ、私達も気分を変えて図書館で勉強しよっか」
「そ、そうするか」
というわけで、何とか三玖が起きて部屋から出る前に図書館に行った。
二乃と五月は来ていない。
二乃はともかく、五月とはこのままでいいのか?
いや......あいつ自身が一人でできると言ったんだ。それに賭けるしかない。
『たとえ退学になってもあなたからは教わりません!』
あ、思い出したらムカムカしてきた。もう知らん。
大体あいつから断ってきたのに、なんで俺が自分で動かなきゃならないんだよ。
『フータロー君や戒斗くんにしかできないことがあるから』
......くそ。
「あー、ゴホン。四葉」
「はい?」
「例えば、例えばだが......この先、五人の誰かが成績不良で進学できなかったとする。その時お前はどうする?」
「私ももう一度二年生をやります」
「!」
「と言っても私が一番可能性が高いんですけど。あはは」
こいつら......そこまでして五人でいたいのか。
「でも、上杉さんがいればそんな心配いりませんね」
信用しきった目で見てきやがる。
......中途半端な仕事をするわけにはいかないか。
きっとあいつも......。
「フータロー君。私うっかり筆箱忘れちゃったよ」
「書くものなら私がたくさん───」
「私たちだけで先に始めてるからさ、忘れ物、取って来てくれる?」
一花は遠回しに行けと言っていた。まったく、本当に気の使える長女だな。
「ああ、行ってくる」
てことでマンションまで来た訳だが、そこでヘッドホンを五月に貸したままで付けていない三玖とぶつかった。
「三玖、起きたか」
「と、図書館に行ったんじゃ......」
「忘れ物だ。一花たちが待ってるから先に合流しててくれ」
三玖は何か言いたげな様子だった。まあだいたい察しはついてるけど。
「も、もしかして昨日の夜───」
「え?夜?夜といえば昨日の夜はよく眠れたか?俺はどうもベッドに慣れなくてリビングの床で寝たから腰がいてぇよ」
「そ、そうだよね......よかった」
まあ嘘なんだが......恐らく知らない方がいいだろう。それに俺は......これからもう一つ嘘をつかなければいけないんだ。
「じゃあ私は先行ってるね」
「ああ」
さてと、こっからが本番だ。
家庭教師の意地を見せろ、上杉風太郎!
俺はリビングの机で寝ている五月を見つけた。
ヘッドホンを付け、周りにノートがあるところを見るとしっかり勉強していたらしい。
「おい、起きろ」
「ああ、すみません......っ!」
俺の顔を見て驚いているが、とりあえずは逃げられないだけ一歩前進だ。
「ようやく見つけたぞ、三玖」
「えっ」
「勉強サボって俺から逃げてただろ!許さねぇぞ!」
「......っ。あの、私は......」
「ほらペン持て、教科書広げろ!罰としてスパルタ授業だ!お前には絶対赤点回避してもらうぞ!」
「だから私は三玖じゃ───」
何か言っているがこのまま誤魔化し続ける。
「そういや五月の姿が見えねぇな。今も部屋で勉強頑張ってるんだろうな。間違ってもうたた寝してるなんてことはないだろう」
「......っ」
「どうした、三玖?」
さて、いけるか?
「なんでもありま......なんでもないよ」
よし!何とかいけたな。
恥ずかしがってるけど、俺もなりふり構ってられないんでな。
「じゃあ始めよう。今はどこやってたんだ?」
「せ、生物」
「そのまま続けるか。分からなかったところはあったか?」
「え、えっと......」
まだ三玖に慣れないのか、話しづらそうにしている。
「あ、そうだ」
「?」
「お、お......」
何やってんだ俺!あと一歩だろ!
『いつまでも衝突したままじゃいられないからな』
っ、いけ俺!今がチャンスだ!
「お、一昨日は悪かった」
「......!」
よし!言えた!ついに言えたぞ!
「な、なんのこと?」
「あっ、そうだな。ははは、三玖に何言ってるんだか」
「私こそごめんね」
あっ、やばい。泣きそうだ。
「......三玖こそ何言ってるんだ」
「そ、そうだね......ここが分からないんだけど」
「なんだ、もうそこまで進んでたのか......それはな───」
そこから五月に勉強を教えてたんだが、とても充実感があった。今まで突き放されていた故に受け入れられた時の効果が大きいんだろうな。
「一人でよく頑張ったな」
「......うん」
こうして、俺と五月の仲直りは完了した。
こうしてみると呆気ないもので、あれだけ言い合っていたのが馬鹿らしくなった。
仲直り出来て良かったぜ。