「てか、普通いきなりこんなスピード出す?」
「経験済みだろう。ところで、何かプランはあるか」
二乃はいきなりスピードを出されたことに怒っている様子だったが、すでに慣れて怒りは消えており、しっかり掴まっていた。
「そうね、とはならないわよ。ま、私もノープランよ。あんたが誘ったから乗ったのに」
「俺からとはいえ、俺とお前では趣味が違うだろ」
「確かにね。どうする?」
その時、二乃の腹がきゅるきゅるとなった。
腹が減ってるのかと聞くと、そうよと強気な返事が返ってきた。
そして有無を言わさず提案した。
「よし、ケーキ食べに行くわよ!案内してあげるから向かいなさい!」
「了解した」
案内されたケーキ屋は人気らしく、店内はそれなりに人がいた。
そして店員の少なさに見合わぬ作業の早さといい、戒斗はこの店で匠を感じた。
筋骨隆々のフランス帰りの軍人がいないか確認し、案内された座席に座る。仕事の早い店員の中でも店長は特に目立つ人物で、前髪を思い切り左に寄せまくり、少しの顎髭を生やした少しクセのある見た目をしていた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、ショートケーキ1つで」
「以上でよろしいですか?」
「俺は水を」
戒斗は唐突に二乃に頭を叩かれた。そして店員が戸惑うのを気にせず店に来たからには何か頼めと説教された。
頼むものもないと言われ、二乃は呆れて注文した。
「じ、じゃあショートケーキとチョコケーキを1つずつで」
「畏まりました。少々お待ちください」
オーダー確認後店員が去った後、戒斗は二乃から怒られていた。
理由は簡単なもので、注文の際戒斗が言った言葉が問題だった。
「あんた、こういう店に来て水ってバカじゃないの?普通は元々出されるの!」
「どんなものも同じ味にしか感じないからな」
「はぁ......あんたのその味音痴はどうにかならないのかしら......タルトは美味しいのに......」
呆れる二乃だが、戒斗は食事に対してあまり関心がない。五月のように何かを食べたいと思うでもなく、二乃のように洒落た店で食べたいと考えるでもない。どんな食べ物も同じ味にしか感じないとは言うものの、ほとんど味は感じていなかった。
「おまたせしました、ショートケーキお1つと、チョコケーキお1つです」
「ありがとうございます。......ん、美味し。ほら、あんたも食べなさい」
「いや俺は───」
「いーから食べなさい!」
二乃は小さく切ったチョコケーキをフォークで刺し、戒斗に向ける。
「食べなかったらクビのこと皆に言うわよ」
二乃の腕を掴み、渋々ケーキを口に入れて咀嚼する。そして飲み込むが、味は感じない。美味いとも思わず、不味いとも思わない。だが、二乃の顔を見れば、不味いとは言えない。
「......美味い、ぞ」
それを聞いて二乃はでしょ、とドヤ顔をした。
自分が作った訳でもないが、好きなものを喜んで貰えると嬉しいらしい。
「ほらほら、もっとあるわよ。食べるわよね?」
そしてチョコケーキが刺さったフォークを向けてくる。二乃を見れば、笑顔で戒斗を見ていた。
目が笑っていないとは今の二乃のようなことを言うのだろうと戒斗は思った。 その笑顔からは「食え」と威圧感が向けられていた。
「ほら、ショートケーキも食べなさい。はい、あーん♪」
先程と同じく渋々ケーキを食べる。そして二乃はすぐに感想を聞いてきた。
「美味しいでしょ?美味しいわよね?」
「ああ......」
もし不味いと言えばどうなるか。味を感じないと正直に言えばどうなるか。
この時戒斗は恐怖とは違う何かを感じた。それと同時に、二乃は怒らせてはいけないと本能的に察知した。
「まだあるわよ、もちろん、全部食べるでしょ?」
「......ああ」
二乃からの「(戒斗にとっては地獄の)あーん」は、ケーキが無くなるまでずっと続いた。その間戒斗は同じ返答しか出来ないほど細心の注意を払っており 、店長からはケーキを見た目だけでなくしっかり味わってくれているように見えたので好印象の客となった。
「彼には、あの彼女さんとまた来て欲しいな」
○○○○○
ケーキを完食し、会計になった時、代金を払おうとする戒斗は二乃の財布を下げさせた。
「俺が払う」
「え?いいわよこのくらい。奢るわ」
「女に奢られているようでは格好がつかん」
「......そう、ありがと。私遠慮しないわよ」
変な義理堅さを感じつつ、二乃は戒斗の分の注文を考えるのも面倒なので自分と同じ物を2つ頼むという方法をとっていた。
二乃は自分の好きな物を頼む。言った通り高かろうと安かろうと遠慮しなかった。
「次は......パンケーキなんでどうかしら」
「......まだ行くのか」
「当然。今日はあんたの奢りなんだから、とことん食べるわ!」
戒斗自身、好きな物を頼まれる分には構わないが、それを食わされるとなると話は別になる。
先程のケーキで終わりではなかったのかとうなだれた。
二乃おすすめのパンケーキ屋に入るも、戒斗の気分は良いとは言えなかった。
「ここのパンケーキ美味しいのよ」
「......そうか」
そして当然のごとく戒斗に食わせ続ける。
決して自分では食べようとしないので、最早口にねじ込んでいるようにも見えた。
そしてパンケーキも食べ終え、とことん食べると言ってもこれくらいで満腹になるだろうと、戒斗は二乃の胃袋を侮っていた。
「ほら、まだまだ行くわよ!」
「(......こいつ、正気か?)」
戒斗は、二乃の正気を疑った。ケーキとパンケーキを食べたというの、まだ食うのかと。
ある時はパフェを。
「やっぱチョコレートパフェもいいわね」
またある時はようかんを。
「和菓子も洋菓子と違う楽しみがあるわよね」
二乃は洋菓子だけでなく和菓子も好きなようで、それから何件も周り、戒斗は割と本気で地獄を見た。
そしてクレープ屋に来た時、事件は起きた。
「うーん、クレープは違う味のやつを買おうかしら。あんた何がいい?」
「好きにしろ」
「......私が決めるとして、食べるわよね?」
やはり戒斗は食べなければならない。
二乃はバナナクレープとイチゴクレープを買った。
戒斗にはバナナクレープが持たされた。1口食べるも、やはり味はしない。
いっそ早く食べてしまおうと自主的に食べ進めていた。
「あ、バナナちょうだい」
「勝手に食え」
「あーむっ♪」
二乃はイチゴの後にバナナクレープにぱくつき、あまりの美味しさに顔が綻んでいた。
「んー、おいひー♡」
「(分からんな......)」
「はいイチゴ」
当然のようにイチゴクレープを眼前に向けられる。
「......ああ(まだ食わされるのか)」
バナナだけでなく、イチゴまでもか。
ヘルヘイムの森よりよっぽど地獄ではないかと現実を嘆き、遠い地にいる神を恨んだ。
「どう?美味しい?」
「......美味いんじゃないか」
「そういえば、イチゴとバナナって結構合うわよねー。片方だけでも美味しいけど」
食感に然程違いはなく、違う味が楽しめて嬉しそうな二乃だが、味を感じない戒斗にはその気持ちは理解できない。
そんな中、戒斗はことごとく強制的に食わされるのが屈服させられているような気分になり、少し憤りを感じた。
「あ、なにすんのよ」
そして二乃からイチゴクレープをひったくり、口に向けて差し出した。
「お前もだ。口を開けろ」
「何でよ」
「俺ばかりやられるのは癪だ」
「面倒ね......」
と言いつつも口を開き、口内を指指した。
戒斗はクレープを二乃に近づけ───
「なにひてんの。はやくひなはいよ」
口の中に突っ込んだ。
「んぶっ!?」
と、二乃は素っ頓狂な声を上げてクレープを口から出さないよう手で口を押さえ、ハムスターのようになりながらイチゴの甘酸っぱさを楽しんでいる。
最初は涙目になっていたが、口いっぱいに入れたことで満たされたのかとても満足していた。
「けほっ、けほっ......あんたも食べなさいよ。イチゴ美味しいわよ」
「ああ。というか付いてるぞ」
「あんたのせいでしょ......」
二乃の口元についたクリームを掬いとって口に入れる。だがやはり味はしない。そんな戒斗を余所に二乃はわなわなと震えていた。
「......姉妹以外でそういうことするのはバロン様が初めてって決めてたのに!」
「おい蹴るな!」
「バカ!最低!なんでそういうことすんのよ!デリカシー無さすぎでしょ!」
脛を集中的に蹴ってくる怒りの二乃。戒斗の静止は耳に入らず借り続ける。
何度も蹴った後、戒斗に詰め寄る。
「何だ?」
「ん!」
そして睨みながらイチゴクレープを差し出した。
戒斗が仕方なく口を開くと、残りを全て放り込まれた。
「むぐっ!!」
「仕返しよ!......ほとんど皮だけど」
味を感じない戒斗からしてみれば、口いっぱいに物を詰められた感覚に襲われたので、一瞬固まった。
そして高速で噛んで何とか飲み込み、バナナクレープという試練に立ち向かう。
「あ、バナナちょうだい」
「......ん」
二乃に出来るだけ多く食べさせようとクレープを奥に押し込もうとするが、用意されたビンタ用の手を見て大人しく引っ込めた。
「やっぱりバナナも美味しいわ」
それを聞いた戒斗は好機と見て全て押し付けようとした。
「欲しければ全部やるぞ」
「あんたね、逃げようとしてるのバレバレよ。私は一口だけでいいわ」
「......仕方ない」
なんだかんだ戒斗も甘かったりする。
クレープを頬張る姿が子供のように見え、つい二乃の頭を撫でてしまった。
「何急に」
「......気にするな」
「......ま、このクレープに免じて許してやるわよ」
そう言って二乃はもう一口クレープを食べた。
「一口だけじゃなかったのか」
「だって美味しいもの」
戒斗もクレープを口に運び、淡々と咀嚼する。感情豊かに楽しむ二乃の隣で、真顔でクレープを食べる戒斗の姿は、傍から見れば中々に面白いものだった。
「......何とか、食ったぞ」
「うん、偉い。どう?味覚音痴は治った?」
どうやらそれが今回の目的らしく、戒斗は答えづらくなった。
結論から言えば、治らなかった。だが、そう言えばまたこの地獄に付き合わされることになる。
それは避けたいと、戒斗は嘘をついた。
「ああ、治った」
「よし、じゃあ帰るわよ。あんた、一花に上着貸してたでしょ?」
「......そうだったな」
帰り道で二乃は歩きながら携帯を弄っていた。戒斗の目には入らなかったが、画面では「食べ歩き おすすめ」と検索されていた。
また付き合わされることになるのだが、今の戒斗には知る由もない。
「横断歩道くらいは携帯を弄るのはやめろ」
「いざという時はあんた盾にすれば大丈夫よ」
本当にいざという時はそうするつもりだったので、戒斗は何も言えなかった。
とりあえず携帯を回収し、横断歩道を通った後返した。
○○○○○
「ただいまー」
1日いなかった二乃の声が聞こえて、私は玄関に向かった。すると戒斗くんもいてビックリした。
「あ、戒斗くん。上着ごめんね」
「ああ、今日はそれを取りに来た」
「一応洗濯しといたよ」
「助かる。じゃあ、またな」
「うん。明日学校でね」
戒斗くんは直ぐに帰っていった。あーあ、もっと一緒にいたいんだけどな。二乃と何してたんだろ。
「二乃、戒斗くんと何してたの?」
「あいつの味覚音痴を治してたのよ」
戒斗くんて味覚音痴なんだ。それを治すってどういうことだろ?
「どうやって治すの?」
「食べ歩きでひたすら食わせてやったわ」
「......あぁ、そういう......」
食べ歩き......ってデートだよね。
二乃のことだからスイーツばっかり食べてたんだろうな。戒斗くん胃もたれしないかな?お姉さん心配だ。
「ところで、勉強はもう終わったの?」
「うん。フータロー君も帰ったよ」
「ふーん」
明日は学校か。戒斗くんと会える。楽しみだなー。
戒斗くんも泊まり込みで勉強教えてくれたらいいのに。気づいたらいなくなってるんだもん。
「テスト近づいてるからね。今日も勉強しよっか。もちろん二乃もね」
「はあ!?何でよ!」
「困難は5人で乗り越える、でしょ?」
「......しょうがないわね。今日だけよ、今日だけ!」
なんだかんだ参加してくれるからね二乃は。可愛いなぁ。
これが世に言うツンデレってやつなのかな?
「二乃、今度私とも食べ歩きしませんか?」
「あんたお腹ブラックホールでしょ」
ブラックホールは言い過ぎじゃないかな?
流石の五月ちゃんもそこまではいかないと思うけど。
「なっ、ひどいです!たしかに駆紋さん作のタルトは沢山食べましたけども!」
ん?タルト?
「二乃、タルトって何?」
「朝起きたらキッチンにレシピが書いてあったの。その通りに作ったらすごく美味しくてね。五月が全部食べたの」
「いいなー、私も食べたーい」
「材料は余裕あったんだけどね。五月が全部食べちゃったから無理よ。また材料買いに行かないと」
五月ちゃんってばお腹ブラックホールじゃん。
「あまりにも美味しかったのでつい......ご、ごめんなさい......」
だんだんと小さくなりながら謝り続ける五月ちゃん。
よし、許そう。末っ子がこんなに可愛く謝るんだからお姉さんとしては許しちゃうよねー。
「よーしよし、怖かったねー。二乃、また材料買いに行こっか」
「うん。お手軽だからすぐ買えるわ。五月もまた食べたいんでしょ?」
「はいっ!」
私も興味あるしね。欲を言えば戒斗くんに作ってもらいたいな、まあ、二乃の料理も美味しいから良いんだけどね。
「よーし、じゃあ勉強するよー!」