「じゃあ中野さんは駆紋君の横に座ってね」
「あ、は〜い♪」
運の悪いことに、転入生の一花は戒斗の隣の席に座った。
転入生が隣に座るということは、必然的に会話しなければならない可能性が大いにある。
「よろしくね、戒斗くん♪」
「......貴様、何故俺の名を───」
「お姉さんのヒ・ミ・ツ♡」
あざとく唇に指を当て、ウインクする一花に戒斗は少しばかりイラッとした。
深く関わらないようにしようと最低限の返事だけして話すのをやめた。
それからというもの、授業時間や休み時間、一花は戒斗に話しかけ続けた。廊下を歩いていてもついて来る。新手の不審者か、という考えが頭をよぎったが、流石にそれはないだろうとふざけ半分で思った。
「戒斗くん戒斗くん」
「何だ」
「ふふっ、何でもないよ♪」
「......そうか」
だが、そう思ったのも束の間、一花は何故かやたらと戒斗に話しかけてくる。
特に用件も無いのに名前を呼んでくる。
休み時間について来る。授業が終わったらすぐに話しかけてくる。授業時間はやたらと質問してくる。
人目を引く容姿をしている彼女は、戒斗にばかり話しかけている。
故に、クラスからの嫉妬の目線が戒斗に刺さるのだ。
それとは反対に、戒斗は一花と話す度にストレスが溜まっていた。
遠回しに離れろという意思を込めて睨みつけるも、一花はニコッ、と嬉しそうに笑って手を振るだけ。
「......厄介な奴が来てしまったな」
どうしたものかと、初日からため息を零す戒斗だった。
○○○○○
俺こと上杉風太郎は、五月が転入してきた翌日、何とか関わりを持とうと学食で話しかけようと近づいたら、やたらとお姉さんぶった女に絡まれていた。
「五月ちゃんが狙いでしょ?」
「狙ってるわけじゃ......」
「えっ、ほんとに五月ちゃんなんだ!」
こいつ、狙ってないって言ってるだろ!
「ずばり、決めては何なんですか?やっぱ真面目なとこ?好きそうだも───あ!」
この女、話聞かない奴だ。恋愛脳ってやつか?面倒だな。
「上す......何故貴様が......」
戒斗が俺の事を呼んできたと思ったら、目の前の女を見た瞬間すぐに去っていった。
「戒斗くん!」
その女は去ろうとする戒斗をすぐに引き止めた。
「くそ......」
女子に話しかけられてくそはないだろ。
てか、心做しか戒斗イラついてるな。
「何の用だ」
「んーん、特に何も?」
「......用件が無いのに話しかけるな」
「えー、やだ」
「貴様......!」
「おい戒斗、こいつと知り合いか?」
「......昨日、俺のクラスに転入してきた奴だ」
転入生2人目か?
珍しいな。1日に2人だなんて。
「あ、そうだ!一緒にご飯食べようよ!」
「失せろ」
「何でさ!美少女に囲まれてご飯食べたくないの?」
「貴様と食うくらいなら、便所で食った方がマシだ」
「あっ、ひどーい!」
むぅ、と唸りながら戒斗を睨む。
戒斗は目を合わせないように逸らした。
いつにも増して眉間に皺を寄せている。
「......あ、そうだ。君五月ちゃんとご飯食べたいんでしょ?呼んできてあげよっか?」
「おい待て!」
「どしたの?」
「どしたのじゃない。そんなことは一言も行ってないし、余計なお世話だ。自分のことは自分で何とかする」
あまり知られたくないしな。
「へぇ、男らしいこと言うじゃん。ガリ勉くんのくせに!」
感心した様子で強く背中を叩いてきた。割と痛い。
「何かあったら一花お姉さんに相談するんだぞ。面白そうだし」
「お前に相談するくらいなら戒斗に相談する」
そんなことを言っていると、五月が来た。
「一花!駆紋さんにちょっかいかけないでください!あと上杉くんにも」
俺の名前呼ぶ時だけ怒ってるように感じる。やばいな、何か手を打たないと。
「ほら、行きますよ!」
「じゃあ戒斗くん、また教室でね!」
「上杉、行くぞ」
すげぇな戒斗。フル無視か。
「あーあー、またそういうことするんだー!」
そのまま一花とかいう女は五月に引きずられて行った。
俺と戒斗は席に座って昼食を取る。
俺だけ。戒斗はいつもの様に座っているだけだ。
「やばいな......」
「さっきから何か焦っているように見えたが?」
「ああ、家庭教師のバイトが来てな。それがあいつの所なんだよ」
「......なるほど、昨日の件をあの女が根に持っていて、お前としてはその家庭教師のバイトを拒否されるかもしれないと思っているわけか」
「大体そんな感じだ」
「まあこの件は自分で何とかすべきだな」
「......ああ、そうするつもりだ」
「うーえすーぎさん!」
「うわっ!?」
近っ!何だこいつ急に......ん?この悪目立ちしたリボン......さっき五月のテーブルで見たぞ。
というか......、
「何で俺の名前を知ってるんだ」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました。私、上杉さんにお届け物に参りました」
質問の答えになってねぇし。もったいぶりながら目の前の奴はテストの答案を2つ見せる。
1つは100点。もう1つは0点。0点!?
「あなたが落としたのはこの100点のテストですか?それともこの0点のテストですか?」
100点の方は俺のじゃないか......いつの間に......ていうか何が目的だ?
「右」
「正直者ですね。両方セットで差し上げます」
「いらねぇよ。誰の0点だよ」
「私のものですよ」
「よく差し上げる気になったな!」
「それより100点なんて凄いですね。引くほど凄いです」
「俺は0点に引いてるよ」
「そういえば、駆紋戒斗さん」
「何だ」
「あなたも勉強出来ないんですよね?五月から聞きました!」
「おい!」
五月といいこいつといい、オブラートに包めよ!!
「得意ではない」
「32点ですもんね」
「おいっ!!」
俺は何とか戒斗を教室へ帰らせ、心底ホッとした。
赤点ではないとはいえ、戒斗が勉強出来ないのは意外だが、あそこまで直球で言うか?
「はぁ......疲れた......」
定食(?)を完食し、食器を片付けに行く時も、こいつはついて来る。
その時俺の第一印象は「根暗」「友達いなさそう」だったが、新たに「天才」を加えておくとか言われた。全然嬉しくない。
それから、こいつは何故かついて来る。階段を降りてるときも、トイレの時はドアの前で。教室で着替えている時でさえも。
「まだお礼を言われてません」
お礼?
「落し物を拾ってもらったら「ありがとう」ですよ!天才なのにそんなことも知らないんですか?」
ちょっとイラッときたぞ。ていうか天才ってお前が勝手に言ってるだけだろ。
さっき受け取ってしまったこいつの答案を渡す。
「私の......」
「たまたま拾った。これで貸し借りなしだ」
「......そっか!ありがとうございますっ!」
お礼言っちゃったよ。
言ったからどうってわけじゃないけど。
「あ、そうだ。お前、中野五月と仲良いんだろ?俺が謝ってたってあいつに伝えてくれないか?」
「むむ、ダメですよ上杉さん!そういうことは上杉さんが直接五月本人に伝えないと!」
ちくしょう。
○○○○○
そんな絡みがあった頃、戒斗は教室で一花にダル絡みをされていた。
自分と話していて何が話しいのかと問いかけてみれば、単純に話したいだけと言われた。
この言葉に戒斗は適した返事が浮かばず、少しだけ話すことにした。
「戒斗くんってさ、好きな食べ物とかある?」
「急に何だ」
「私さ、かれこれ1日2日一緒にいるわけだけど、戒斗くんがご飯食べてるの、ううん、食べてるとこも飲み物飲んでるとこも見たことないから」
会ってすぐその疑問に辿り着くのは鋭い、と考えながらも悟られぬように平静を保つ戒斗。一花は興味深そうに戒斗をジーッと見つめる。
この行動がクラス中の嫉妬を戒斗に集めることになるのだが、戒斗は無視し、一花は自分が起こしていることに気づいていなかった。
「ほらほら、教えてよ」
「貴様に教える義理はない」
「戒斗く〜ん、クラスメイトにその対応は良くないと思うぞ?」
「出会って1日と少しの奴に自分のことを教える理由など持ち合わせていない」
「......あ、手出して」
「......?」
戒斗が差し出した手を、一花は握ってぶんぶん振った。
そしてパッと離してこう言った。
「はい、これで友達!」
「友だと?」
「うん!」
「はぁ......貴様と話しているととことん腹が立つな」
「そう?美少女と話せて嬉しくない?」
「抜かせ。まあ、質問の答えくらいは教えてやる」
「お、デレた?」
これ以上反応を示してもまた煽られるだけなので、敢えてスルーした。
「食欲が無いだけだ」
「......普通だね。いや、普通じゃないと思うけど、思ったより普通の理由なんだね」
「普通普通言うな」
「ま、この話はこれでおしまい。他のこと話そっか」
「話すのをやめるという選択肢は無いのか」
「ないよ?」
マイペースに絡み続ける一花に、戒斗は疲れていた。
そんなことを知ってか知らずか、一花は戒斗に別の話題を出すよう促した。
「そうだな......これは創作の話だが......ある所に同じ人物Bに絡み続ける人間Aがいてな」
「ふむふむ」
「どれだけの月日が経っても、AはBに話しかけ続けた」
「うんうん」
「そして月日は流れ、BはとうとうA以外には心を開かなくなってしまった。所謂依存だ」
「......う、うん」
「だがAとて人間だ。別の仲間とつるむことだってある」
ここにきて若干違和感を抱き始める一花。構わず話を続ける戒斗。
「過剰な感情に倦厭したAがBを拒んだことで、Bは心を病み、Aを監禁し、自分だけの物にしようとした」
「......怖っ」
「そしてそれすらも拒まれ、周りが見えなくなってしまったBは、Aと共に死ぬことを選んだ」
「ちょ、ちょっとストップ!」
「何だ」
「怖すぎない?それ。明らかに授業時間に話すことじゃないよね?」
授業時間に話すこと自体間違いなのではなかろうか、と思ったが自分も同じだということに気づき戒斗は突っ込まなかった。
「貴様が話せと言ったんだろうが」
「そうだけど、もっとキュンキュンするような甘い話ないの?」
「甘い話?」
「恋愛とか!」
「恋愛......はっ、俺には縁のない話だ」
「そうかな?戒斗くんかっこいいから性格さえ直せばモテると思うけど?」
「自分を変えてまで連れ添う相手が欲しいとは思わないな」
「連れ添うって......それ夫婦で使う言葉だよ」
駆紋戒斗は、自分の思いを変えない男である。
変えるのを許さないのではなく、変わらないのだ。
たとえそれが自分を窮地に立たせてしまったとしても。
故に誰かを突き放す時程、彼が残酷になることはない。
だがそれとは逆に、自分が愛した者はとことん愛し、友と認めた者、仲間には手助けをする。
「私みたいな奥さんいる?」
「帰れ」
だからこそ彼は、チームバロンをザックに託したのだ。
「そうだ、戒斗くん。こんな話知ってる?」
一花が明るく話そうとした時、後ろに人影が。
「あら、面白そうね。どんな話?」
気づけば、授業担当の先生が一花と戒斗の前にいた。
鬼のような雰囲気を纏いながら。どうやら2人が授業中にやたらとイチャついているから止めに来たとのこと。
「先生ったら〜、イチャついてるなんて照れます〜♪ね、戒斗くん?」
「......」
戒斗は、無言で一花の机から距離を取った。
「あっ!」
「貴様といると俺まで同じ扱いを受ける。離れろ」
「ちょっと酷くなーい?女の子には優しくしないとダメだよー?」
「ほう、冗談にしては笑えないな」
「むむむ......」
「はぁ......」
先生は教材を丸めて、腕に力を込める。
「いい加減にしなさいっ!!!!!」
スパァン!
「あいたっ!」
バゴッ!!
「うぐっ!」
その時、教室には2つの打撃音が響いた。
明らかに戒斗の方が威力が上だったが、関わってはまずいと誰も何も言わなかった。
「まったく......」
授業が終わった後、2人は注意を受けていた。
一花は戒斗にちょっかいをかけないこと、戒斗は一花に優しくすることを条件に解放された。
「ねーねー戒斗くん」
「性懲りも無く貴様は!!」