ある日、学校で過ごしている戒斗の電話に知らない番号から着信が来た。
「誰だ」
『その声は本当に......君に頼みたいことがあるんだが』
「誰だと聞いている」
何も言わず用件だけ伝えようとする相手の素性を問う。
『あ、ああ。私は一花ちゃんの事務所の社長だよ』
「何故俺の連絡先を知っている」
『一花ちゃんに教えてもらったんだよ』
内心舌打ちしながらも社長の頼みを聞くと、娘の面倒を見て欲しいと言われた。
『一花ちゃんにも言ってあるけど、君がいた方が心強いんだ。どうかな?』
「急用が入ればそちらを優先するが、その時までなら引き受ける」
『おお、ありがとう!では、詳しくは一花ちゃんに』
通話を終え、教室に戻ると一花が駆け寄ってきた。
「戒斗くん、社長から電話きた?」
「ああ。面倒なことを頼まれた」
「それじゃ放課後マンションに来てね」
「ああ」
そしてマンションに行くと、一花だけでなく風太郎と三玖もいた。理由を聞くと、本当は明日からだが早いに越したことはないと思い試験勉強に取り組もうとしたが、他の三人は予定があり、一花は娘の面倒を見るということで勉強はなしになったらしい。
「嘘をついてると思って来たわけだが、どうやら本当らしい」
リビングには、クレヨンでガシガシと絵を描いている幼女がいた。
名を菊というらしく、初対面の戒斗たちにお前と言ったり不遜な様子が見られた。
「お前、アタシの遊び相手になれ」
「わー、菊ちゃーん」
人形を目の前で動かすと、一瞬で叩き落とされた。人形遊びは時代遅れで今のトレンドはおままごとだと言われ、風太郎はどちらにしろ子供じゃないかと思った。
「お前、パパ役。アタシ、アタシ役」
「あ!じゃあ私ママ役やる」
自ら手を挙げた三玖だが、菊のママはいない、浮気相手と出ていったという発言により、リアルで知りたくもない社長のシリアスな過去を知ってしまった。
「戒斗はどうするんだ?」
「お前、アタシの彼氏役」
「ちょーっと待ってね菊ちゃん!それはダメ!」
一花が必死にそれを阻止したことで、戒斗は浮気相手という処置を受けた。詳しい役どころとしては、旦那がいる母親の役とイチャイチャするだけという。
「一番汚れた役だな。というか母親がいないなら存在意義が無いぞ」
「......俺と戒斗が相手しとくから、お前らは勉強しとけ」
風太郎は心底面倒くさそうにままごとに付き合う。あくまで父親役なので、幼稚園はどうかなど普通の質問をする。
「あいつらガキばっかだ」
「コラコラ。お前もクソガキだろ?」
笑顔でとんでもないことを言い出したので戒斗と一花と三玖は固まった。
「お勉強との方はどうなんだ?パパが教えてあげてもいいぞ」
「断る。やっても意味がない。どうせすぐ忘れるんだ」
「いけないぞ菊。失敗を恐れてはいけない。諦めず続けることで報われる日がきっとくる成功は失敗の先にあるんだ」
日に照らされながら言う神のお告げのような言葉に、菊は一言。
「綺麗事を」
「このガキ。その頭についたエビフライ引きちぎるぞ?」
「いいこと言ってたと思うよ」
三玖がフォローを入れ、戒斗は幼稚園児相手にまた笑顔で一発始めようとする風太郎をソファに座らせた。
「ガラガラ」
「ん?」
「へー、ここがパパの会社か」
「会社来たんだ」
唐突に新しいシナリオでままごとを始め出し、四人は頭に?を浮かべた。
菊は一花と三玖を指差し、事務員の係をやらせた。
「二人ともパパに惚れてる」
「なんだその設定。菊、こいつらは───」
「社長、いつになったらご飯連れてってくれるの?今夜行こう、今夜」
急にやる気を出して風太郎にぐいぐいと迫る三玖。素直になったなと嬉しく思いつつ、一花も演技なら負けていられないと菊の方に近寄る。
「新しいママ欲しくない?」
「いや、私がママになる」
「三玖になれるかなー」
「じゃあ二人ともパパのどこが好きか言え」
この言葉に三玖は風太郎を、一花は戒斗を見た。
三玖は即座に答え、一花は少し考えていた。
「頭が良い。頼りになる。背も高い。かっこいい」
「えーっと、なんだろ......普段は分からないけど結構優しかったり......かっこいいんだけど......背も高い......かな?」
「パパそんなに背が高い方じゃないんだけど」
「......あっ、社長の話だったね」
「戒斗、どっか行くのか?」
「キッチンだ」
それから、二人はどちらが母親にふさわしいかを対決していた。
子供との接し方や、夫婦間の問題など、平和なものからリアルなものまで幅広く演じさせられていた。
「よし、終わり」
一通りそんなやり取りが終わり、どちらが良かったか菊に審査を頼んだ。すると、母親なんていらないと返ってきた。
「ママのせいでパパは大変だったんだ。パパがいれば寂しくない。私は大人なんだ」
風太郎はそう言う菊の顔を見て嘘をついていると直感で感じた。
キッチンから戻った戒斗は机にケーキを置き、フォークに刺して菊に向けた。
「お前がそんなに大人ぶる理由は知らんが、少しくらい子供らしく振る舞っても良いだろう」
戒斗がケーキを菊の口に入れると、その温かさから目が潤み始めた。
「そうだぜ。お前みたいな年の女の子が母親がいなくなって寂しくないわけがない」
乱暴に頭を撫でつつ、不器用ながらも幼い心に寄り添う風太郎。
「(やっぱりフータローは、人の心に寄り添える温かさがある。そういうところが私は......)」
それを見た三玖は、風太郎の服を掴んでほぼ無意識にこう告げた。
「フータロー。私と付き合おうよ」
一花は三玖を凝視した。ままごとでの告白ではないと知っていたから。
「付き合おうって何言ってんだ」
「あ、えっと......」
「違うだろ」
三玖は自分の発言を少し後悔し、何とか弁解しようとする。そして、風太郎の口からは想定外の言葉が出た。
「結婚しよう」
「は?」
「えっ」
「ん?」
「......けっ......こん......って───」
この言葉は、周りを驚かせるには充分で、目の前でそれを聞いた三玖は軽いパニックになっていた。
「ええっ!?」
焦りながら言葉を紡いでいく。戒斗は風太郎の正気を確認し、一花は三玖におめでとうと笑いかけていた。
「急にそんな......ど、どうしたら......」
「よし!菊!これでママができたぞ。良かったな!といってもままごとの中だが」
「え?」
「え?」
「ん?なんだ?」
この場で時が止まり、戒斗を除いた二人の脳はしばらく回転をストップしていた。そんな時、元気な声が聞こえた。
「ただいまー!ってあれ!?可愛い女の子だ!」
「げっ、なんであんたらまでうちにいるのよ」
「何してたんですか?ハッ!ケーキじゃありませんか!」
戒斗は食欲の化身が飛びつく前に素早く皿を取り上げ、菊にケーキを食わせる。一口無くなる度に五月が押しそうにフォークを見つめていたが、気にしなかった。
「ままごとだ。今ちょうど三玖と結婚したところだ」
「本当にに何してたんですか......」
「いいなー、私もまぜてください!誰の役が余ってますか?」
菊は帰ってきた三人をジーッと見つめ、次々に役を決めていった。
「うちの犬!」
「ワンちゃん!?わんわん!」
四葉は犬に。
「そこの二人はおばあちゃん!」
「あらー、私達も入れてくれるの?」
凄みのある笑みを浮かべて菊の頬を引っ張る二乃。
五月はケーキが無くなった皿を悲しそうに見ていた。
「で、何の役だって?」
「お、おば......」
「聞こえなーい」
「おい、家庭内暴力は許さないぞ」
容赦ない二乃を見兼ねた戒斗は、手を離させて菊を解放させる。そして風太郎に預ける前、二乃には近寄るなと忠告した。
「聞こえてるわよ!」
「ケーキもう一個ないですか?」
「今から作れるが」
「是非お願いします!」
「無視しない!」
そして三玖は、せっかくの告白が不発になりへこんでいた。一花に慰められながらも気分は落ちているようだった。
菊は、一花と傷心の三玖にままごとの続きをすることを命令した。
ストーリーは、浮気現場での修羅場だという。役は一花が母親、三玖は父親の再婚相手、二乃は戒斗の母で五月は風太郎の母となった。
「嫌な役ね。こいつの母親なんて......」
「わーん!ママが浮気してるー!」
「お、おいママ!愛してるって言ったじゃないか!?」
また唐突に始め出したのでアドリブでとりあえずそれっぽいセリフ回しを考え、何とか劇を成立させていく。
「ご、ごめんねパパ!私この人の方が好きなの!」
「浮気なんて最低よ!菊ちゃんの気持ちを考えなさい!このクズ!ろくでなし!」
「ふ、不埒です!」
ノリノリで戒斗をぶった斬る二乃と、劇に入れ込みすぎて戒斗に説教を始める五月。
「パパ、再婚しよう」
「あ、ああ。そうだな......」
「やったー!新しいママができたー!」
「わんわん!」
結局犬に甘んじた四葉は風太郎に擦り寄っている。菊に頭を撫でられれば嬉しそうに目を細め、三玖に対しても懐いているようだった。
そして戒斗は───
「奥さんがいるのに浮気とは一体何を考えているんですか!子供までいるのに!菊ちゃんはまだ年端もいかない幼子ですよ!?こんなに早くから片親になるなんて心にどれだけ傷を負うか分かっているんですか!?そもそもあなたは───」
仁王立ちした五月からまだ説教を受けていた。
二乃はいい気味だと嘲笑し、一花は五月を止めようとしたが気迫に押されて止められずにいた。
「その説教は俺じゃなくてこいつにすべきだと思うんだがな」
「......あ、確かにそうだね。はい五月ちゃん、お説教をどーぞ」
一花も正座して叱責を待つ。
「い、いえ、すみませんでした。私も頭に血が上って......」
上りすぎだろうというツッコミはせず、謝罪を受け取ってケーキを作りにキッチンに向かった。
三玖は、全員が騒いでいるところを見て、ふと思った。
「......なんでだろう。フータローを独り占めしたいけど、こうしてみんなでいる時間も好き」
「......うん」
「変、かな......?」
「ううん。私もそう思う。このまま皆で......楽しくいられたらいいね」
それから、八人は社長の出張が終わるまでままごとをしていた。
土曜日、家庭教師の日。戒斗は珍しく風太郎より先にマンションにいた。玄関では五月が正座して待っていた。
「おはようございます、戒斗さん。今日は早いですね」
「用事が早く終わったんでな。あと、上杉は遅れてくるぞ」
「そうですか。遅刻とは頂けませんね」
「まあお前たちのために徹夜したせいだ。悪く言ってやるな」
風太郎は五人だけにさせるのはフェアでない、自分が手本にならねばと問題集の作成を張り切ってやっていた。それを伝えると、五月は少し笑い、仕方ないかと流した。
「あ、戒斗くんおはよー」
「ああ」
戒斗はリビングにて先に勉強を始めようとする。
だが、二乃と三玖が何かで争っていた。
「ちょっと三玖!チャンネル変えないでよ!」
「今日のドキュメンタリーは見逃せない」
「私のお気にの俳優が出てるバラエティの方がいいわ!」
チャンネル争いをする二人の隣で、一花と四葉は勉強していた。
「ところで戒斗くんって勉強苦手じゃなかったっけ?」
「一応家庭教師になったからな。できなければ困る。自主的に少しやってみれば、思いの外できた」
「へぇ〜、すごいね」
「お前らもできるようになる。今だって勉強してるだろう?」
「うん、ありがと」
しばらく勉強していると、玄関で騒ぎ声が聞こえたのでそちらに視線を向けると、風太郎が来ていた。
「あ、戒斗!問題集手伝ってくれてありがとな!」
「俺も家庭教師だからな。手伝うくらいする」
そして騒ぎ声の正体は五月で、声を上げた理由であろう風太郎が手に持っている辞書のような厚さの紙の束を見て四人も青ざめた。
「で、こいつらは何を争ってんだ?」
「チャンネル争いらしい」
「くっだらね」
二人が掴んでいるリモコンを取り上げてテレビを消す。
そして勉強を再開させた。
「ところで一花、あの二人は仲が悪いのか?」
「んーどうだろう?犬猿の仲ってやつ?特に二乃。あんな風に見えてあの子が一番繊細だから、衝突も多いんだよね」
風太郎は一花に対して長女としてよく姉妹を見ているなと関心する。それと同時に二人が中違いでもしてしまえば赤点回避という目標達成が一気に遠のいてしまうと危険も感じた。
「それ私の消しゴム、返しなさい」
「借りただけ」
二乃は仕返しとでも言いたげに三玖の抹茶ソーダを飲む。
「あ、それ私のジュース」
「借りただけよ。ってマズッ!」
二人の様子を見て風太郎はガックリと肩を落とした。
そしてアイデアを募集すると四葉からみんなで仲良し作戦が発案された。
「きっと二人は慣れてない勉強でカリカリしているんです。上杉さんがいい気分に載せてあげたら喧嘩も収まるはずですよ」
「褒める......そうだな!」
だが風太郎は褒めるのが壊滅的に下手で、二乃からは気持ち悪いと言われる始末だった。
そして一花の第3の勢力作戦の説明が始まった。
「あえて厳しく当たることでヘイトがそっちに向くはず。戒斗くん、GO!」
「......やるだけやってやる」
「戒斗、こういうのはどうだ?」
風太郎からカンペを受け取り、三玖と二乃の方へ向かって読み上げた。
「おい、まだそれだけしか課題は終わっていないのか?」
「何よ急に」
「まあお前たちではそんなものか。と言っても、半人前のお前たちの知能では課題を終わらせるだけでは足りないな。いや、半人前ではなく五分の一人前か?」
「あれ?胸が痛い......」
顔を引きつらせながら罵倒する戒斗を見て、一花は駆り立てたことに罪悪感を感じた。
「言われずとももう終わるところよ!ほら!」
「そこ、範囲じゃないぞ」
「あれ!?やば......」
「二乃、やるなら真面目にやって」
「......っ、こんな退屈なこと真面目にやってられないわ!部屋でやってるからほっといて!」
三玖の言葉は正しかったが、言い方が悪く二乃の神経を逆撫でしてしまい、二人の仲に亀裂を入れてしまった。
「くっ......ワンセット無駄になってしまった......」
「弱気にならないでください。お手本になるんでしょう?頼りにしてますから」
階段を上る二乃を戒斗は何とか止めようとする。
「おい、まだ始まったばかりだ。もう少し残れ。それに、あいつらと喧嘩するのは本意じゃないだろう?」
「......あんたにとやかく言われる筋合いはないわ。所詮あんたなんて、あんたらなんてただの雇われ家庭教師。部外者よ」
そう言う直前に戒斗が見た二乃の目は、鬱陶しさを感じているようで、出会った頃のようになりつつあった。
「この問題集を見ろ。上杉がお前らのために作ったものだ」
「しかも、こんなに沢山」
「......だから何よ。作ったからなんだって言うの。そんなのいらないわ」
三玖の手から問題集を叩き落とした。
場の空気が重くなる。
「ね、ねぇ、二人とも落ち着こ?」
「そうだぞお前ら───」
「二乃、拾って」
三玖の鋭い目つきに二乃は若干たじろぐ。
「フータローはちゃんと私たちのことを考えてくれてる。これでも部外者って言うの?」
「ええそうよ、部外者よ。あんた達もこんな紙切れに騙されてんじゃないわよ。今日だって遅刻したじゃない。こんなもの作って......いい加減なのよ!!」
歯止めが利かなくなっているのか、二乃は勢いに任せて紙を思い切り破った。
「っ、二乃───」
「おい、待て」
パンッ!!
二乃の頬が赤くなる。加減をせず、本気で引っぱたいたから。
周りの同様も気にせず、引っぱたいた張本人は、二乃に謝罪を求めた。
「二乃、謝ってください」
「五月......!」