急いで池から上がってみると、そこに風太郎と零奈の姿はなかった。
「チッ、逃がしたか......」
歯噛みしながらも辺りを見回す。すると、風太郎と四葉が話しているのを見つけた。近づこうとしたが、四葉はすぐに走り去ってしまい、風太郎もそれを追いかけてどこかへ行ってしまった。
「......あれが陸上部か」
服に染みた池の水を絞り、戒斗は二乃のマンションへと向かった。
道中、快晴の中びしょ濡れなので多くの人に見られたが、気にせず足を進めた。
「......どこにいる」
エントランスは広い割に人口は少ない。二乃の姿は見当たらず、出てくるまで壁にもたれかかって待っていた。
「今日、雨降ってたっけ?」
「いや......」
「じゃあなんであの人濡れてるんだろ......」
中に入っても周りからの視線は未だ向けられているまま。住人達はヒソヒソと囁き合いながら戒斗のことをチラチラと見ている。
「またあなたですか!」
「あいつを待ってるんだ」
「何度言ったらわかるんですか!お客様の迷惑ですよ」
「知らん」
警備員は戒斗の背中を押して何とか追い出そうとする。
戒斗は一旦マンションを出て、また戻った。
「何やってるんですか!」
○○○○○
マンションに帰ると、他の人達の視線がどこかへ向けられていたので私もそっちを見ると、びしょ濡れのあいつが警備員に怒られていた。
「あいつ......また来て......!」
いい加減にして欲しいわ。今日は文句言ってやる!何回追い返したら分かるのかしら。懲りずに何度も何度も......ホントに......!
「しつこいんだから」
少し上がった口角に気づかず、バッグに入ってたタオルをあいつの頭に投げつける。突然頭に被さって驚いてるみたいだけど、私は構わずあいつの手を引っ張った。
「あんたみたいなみすぼらしいのがいたら、他の人のお目汚しになるわ」
「......助かる」
......いつもと違ってしおらしいわね。濡れてるのと関係あるのかしら?
「入りなさい」
「ああ」
私はあいつを部屋に入れた。けど私はベッドに、あいつは椅子に座ってどよーんとした空気を出していた。
「はぁ、辛気臭いわね」
「お前が言うか。四人から解放されて自由の身じゃなかったのか」
「そうよ。テレビは見放題。エアコンの温度は自由自在。誰も部屋を散らかさない。一人ってちょー最高よ」
少し広すぎるかなとか思うのとか、静かなのは嫌とか思うのは暇だからよ。うん、そうよ。
「べ、別に寂しいからあんたを入れたとかじゃないから」
「...........」
......って聞いてないし。
「っていうか辛気臭いだけじゃなくてマジで臭いわ」
「ああ、これは池に落ちてな」
なんでよ。
「いいからシャワー浴びてきなさい!いい?シャンプーだけじゃなくてトリートメントもするのよ!」
とりあえずシャワー室に突っ込んだけど、あいつはなんかブツブツ文句言ってる。無視しよ。
「お前、よくそんな長い髪でいられるな」
「まぁね。毎日洗ってるわ。あんたにこの量の髪のケアができるかしら?」
「俺ならバッサリと切るな。せめて肩までだ」
肩ねぇ......短すぎないかしら。まあ、私なら似合うんでしょうけど。
「あんたにロングの良さは分からないかしら?」
「良さはわからんが、悪さもわからん」
「ならどっちでもいいじゃない」
「あくまで俺の意見だ」
ロングの方が可愛い気がするんだけどなー。やっぱこいつみたいなノーデリカシー男にはわからないか。
それからあいつとは会話することなくシャワーの音だけがその場で流れていた。
そんな時、私はふと口を開いた。
「......何があったの?ここに来る前、何があったの?」
「......何もなかった」
「嘘!あんたが何もなくてあんなしおらしくなるなんて有り得ないわ。いいから聞かせなさいよ。一人は楽だけど話し相手がいなくて暇なのよ」
ガラスの奥からため息が聞こえたけど、関係ないわ。だって気になるもの。
「......何年も前、ある女に出会った。だが、そいつはすでにいないはずだった。が、突然現れ、そして消えた。最後に一言言い残してな」
「......一言?」
「「さよなら」だ。それだけだ。すまんな、つまらない話をして。......おい、泣いてるのか?」
あいつの話を聞いた後、涙が出た。
「だ、だって、あんたその子のこと好きだったんでしょ。それなのに「さよなら」なんて、切なすぎるわ」
そんな話泣くに決まってるじゃない。しかも何年もなんて。二人の間に愛はなかったっていうの......?
「あー、ちょうどいい泣ける話!めっちゃちょうどいい!」
「恋愛感情を抱いている訳では無いんだがな」
絶対嘘よ。好きじゃなかったら何年もその子のことを考えるはずないわ!
「でもさ、元気出して。あんたみたいなノーデリカシー男でも、好きになってくれる人が地球上に一人くらいいるはずだから」
可哀想に。いつかそんな子が現れることを願ってあげなきゃ。
あいつもこんな話して泣いてるに違いないわ。どれどれ......?
「って、なんで裸で出てきてるのよ!」
「何度も見てるだろ」
「言い方!」
なんで忘れてないのよこいつ!せっかく忘れかけてたのにぶり返さないでよ!
「......ん?これは......問題集か」
あっ!目敏く見つけたわね。テープでくっ付けたのもバレちゃった。
「お前、やってたのか」
「......これ、個別で問題を分けてたんでしょ。あの時だって本当は......い、一応は悪いと思ってるわよ。......ごめん」
あいつら、滅多に怒らないから調子に乗って破いたりしちゃったけど......やっぱりダメよね。
「......次は上杉に謝れよ」
「......うん」
「あと五月にも」
「それは嫌」
五月に謝るのは何か嫌!叩かれたし!
「まだ根に持ってるのか」
「昔はあんなことする子じゃなかった。なんだか......五月が知らない子になったみたい」
私の言葉は、戒斗にはよく分からないようだった。問題集の件、許してくれてよかった。
その日、戒斗は上杉家にて夕食を共にしていた。
「俺はいらんのだがな」
「まあそう言わず皆で食べましょう?」
普段は上杉父、風太郎、らいはの三人で使うテーブルに五月と戒斗が加わった五人では狭かったが、五月が戒斗と面積を折半することで解決した。
「二乃が謝罪したって......そんなにすんなりいきますか?にわかに信じられません」
「事実だ。お前も意地を張らず謝ってこい」
「そうだぜ五月!この前みたいに一緒に映画見に行って来いよ!」
風太郎の後押しも虚しく、五月はその時のことを思い出して愚痴を零し始めた。曰く、一花の出演していた映画を見た後、二人は予告にあった映画の話をしたらしく、二乃は「恋のサマーバケーション」を、五月は「生命の起源〜知られざる神秘〜」を選び、互いに趣味が悪いなどと言い合ったらしい。
「昔に比べて、二人とも好みが変わってしまったのです」
「ちなみに俺はどちらも見ようとは思わない。まぁそこをなんとかさ......」
ここでらいはが風太郎の言葉を遮った。
「......あ!今日まだごみ出してないかも!」
「今日は不燃ごみの日ですね。まだ間に合いそうなので、私が出しておきます」
「五月さんありがとー!」
「あれ、俺の時計......」
「それならこちらに」
「五月さーん。輪ゴムってどっちだっけ?」
「それは可燃ですね」
「いやー、五月ちゃんがいると助かるなー!」
五月の思わぬ活躍ぶりに、風太郎は何も言えずにいた。
「───ということがあってな。俺達がお前達の家に居座った時、お前がイライラしていた気持ちがわかった......と上杉が言っていた」
「ふーん。あ、ルームサービス呼ぶけど、あんた何かいる?」
「いや、大丈夫だ」
「あ、そう。もったいないな。あんたはお金払わなくていいのに」
部屋の固定電話の受話器を持ち、番号を打っていく。
『はい、こちら───』
「ってなんで当たり前のようにいんのよ!!」
『す、すみません!』
二乃は受話器を雑に直し、戒斗にずかずかと詰め寄る。
「まずは目の前の問題から解決しなければならんからな」
「目の前って......ああ、期末試験ね」
戒斗は首を傾げる。そして五秒間程間が空いた。
「......ああ、そうだ」
「忘れてた?」
「......こんな言葉を聞いた。人が変わっていくのは避けられない。過去を忘れて受け入れなければ、とな」
「誤魔化したわね......っていうか、そんな簡単に割り切れないわよ」
二乃は気を紛らわすように当たりをうろつき始める。
「ここは私の部屋だから......独り言」
自分たちを鳥に例え、心の内を吐露していく。
「私たちが同じ外見、同じ性格だった頃、まるで全員の思考が共有されているような気でいて居心地がよかったわ。でも、五年前から変わった。みんな、少しづつ離れていった......一花が女優をしていたなんて知らなかったわ......まるで五つ子から巣立っていくように、私だけを残して......私だけがあの頃を忘れられないまま、髪の長ささえ変えられない。だから無理にでも巣立たなくちゃいけない。一人取り残される前に」
これは、戒斗と風太郎の掬い取れなかった、姉妹を大切にするが故の二乃の心理。
「無理にでも......それでいいのか」
「いいのよ。過去は忘れて前を向いていかなきゃ」
「俺や上杉としては、五人でいればいいと思うんだが......いや、いて欲しいんだがな」
「ふん、そんなこと......あとは、そうね......心残りがあるとしたら、バロン様かしら」
戒斗の体が固まる。
「また助けられちゃったし、ちゃんとお礼も言ってなかった」
「......会いたいか」
「ええ、もちろん。でも、あの怪物は危険だし、いつどこで現れるか分からない。バロン様が会おうと思って会える存在じゃないってことは、林間学校の時気づいたわ」
「......そう、か」
二人の間の空気が少し重くなる。戒斗は迷う。その騎士が目の前にいることを伝えるべきかどうか。
「おい───」
「あー!もう、こんな重苦しくなってる場合じゃないわ!ほら、行くわよ!」
突然手を引っ張られて戒斗は混乱するが、二乃は構わず歩いていく。
「おい、どこに行くつもりだ」
「バロン様を忘れるために今日はパーッと遊ぶことにするわ!あんたも付き合いなさい!」
戒斗は一瞬呆けた顔になったが、少し笑い、いくらでも付き合おうと了承した。
「まずはカラオケよ!」
半ばヤケになっている二乃は、喉が潰れるまで歌い続けていた。戒斗はタンバリンやマラカスを叩いて合いの手を入れていた。
「......喉潰れた」
「大丈夫か」
「......ん、んん”っ、ええ、問題ないわ。さ、次は体動かすわよ!」
そう言ってスポーツが楽しめるアミューズメント施設に向かったは良いものの、体力の差もあり、二乃は1時間もしないうちに息を切らしていた。
「なんてこと......三玖みたいになってるわ......!」
「少し休憩するか。まめな水分補給を怠るなよ」
「分かってるわ。あんたは良いの?」
「然程動いてないからな」
「怪物ね」
ドリンクを飲み、暫しの休憩時間を過ごし、二乃はすぐに動き始めた。
戒斗も半強制的に運動させられるが、涼しい顔で動いていた。
そして施設が閉まるまで、二人はスポーツを楽しんでいた。
「はぁ.......はぁっ、じ、自分のっ、体力、不足を......じ、実感した、わ......」
「何故そこまで動くんだお前は......」
楽しんだが、施設を出た時には戒斗に肩を借りなければならなくなっていた。改めて体力不足を呪いながら、二乃は生気を失った目をしてくたびれていた。
「変な手間かけさせてごめんね......かなり疲れたから......」
「構わん。近くのベンチに座るか?」
「......お願いするわ」
戒斗は夜故に人気のない公園に寄って二乃を座らせ、飲み物を買ってくるためコンビニへ向かおうとする。
「不審者が現れてもついて行くなよ」
「行くわけないでしょ!」
そんなやり取りを交わし、戒斗はコンビニへ走っていった。
「今日は疲れたわー......我ながらよくあそこまで動けたわ、うん」
そして戒斗が戻ってくるまでの間、二乃はベンチにもたれかかりながら今日一日を振り返った。
「......何時間いたんだろ」
カラオケで死ぬほど歌い続けた。戒斗にマイクを渡すことなく、長時間ぶっ続けでただひたすら熱唱していた。
どんなジャンルだろうと関係なく、軽いノリで歌うでもなく、言うなれば本気で歌っていた。
そして当然、喉は犠牲になった。
「今も喉危ないのよね......あー、あ”、あ”っ。......凄い声出た」
友人には絶対に聞かせられない、渋い男が出す声のような重低音を意図せず響かせたことに内心吃驚した。
「まぁ、正直今はそれよりも体が......イタタ......てか、よく閉まるまでいたわね......」
そしてひたすらに体を動かし続けた。
ドタバタと動き回り、体全体を酷使した。普段あまり運動をしない二乃としては、数時間の運動はキツいもので、脱水症状になりかけたりしていた。
そして普段ならしないような過ごし方をしたが故か、身体中が悲鳴を上げていた。
「でも......どれだけ体を動かしても、やけになっても......忘れられない......私って、重い女ね......」
いつ会えるかも分からない相手への愛情の大きさにため息を吐き、何とか割り切ろうとする。だが、それでも脳裏にチラつくのは助けられた時のこと。
「......あと一度でいいから、会いたいわ......」
自分には届かない場所にいるであろう騎士へ思いを馳せていると、戒斗が戻ってきた。
「これでいいか」
「......ありがと」
差し出されたスポーツドリンクを、喉を鳴らして飲む。
「ふぅ。そういえばあんた、バロン様と知り合いなのよね」
「そう思ってくれて良い」
「てことは、正体も知ってるのよね。どんな姿が」
「......ああ」
二乃は、一瞬沈んだ顔になる。そして決意した表情で戒斗に一生に一度の願いを申し入れた。
「こんなこと言うのは我儘だって分かってる。でも、忘れられないの。一度だけ、あと一度だけ......あの人に会わせて」
真剣な表情で頼み込む二乃を見て、戒斗は少し渋りながらも答えを出した。
「......戦っている者にとって、誰かと関わりを持つことは雑念に他ならず、邪魔でしかない。だから、お前と会うことはできない」
「やっぱり、そうよね......」
やはり無理なのかと、二乃は目に見えて落ち込む。
「うん、もうこれっきり彼のことは......」
「......と、以前なら言っていただろうな」
「......へっ?」
戒斗の放った思わぬ言葉に、二乃は間の抜けた顔と声を出した。
「それってどういう......」
そして言葉の意味を問おうとした時───
───空間にクラックが現れた。
「な、なにあれ......わっ!」
「おい、絶対あれには近づくなよ」
「ちょっ......もうちょっと優しく抱きなさいよ!」
それを見てからの戒斗の判断は早かった。くたびれた二乃を担いでその裂け目から距離を取り、様子を見る。
そして僅かにファスナーが下りるのを見て、舌打ちをした。
「......誰かと関わりを持つことは、己に弱点を作り出すことになる、いらない情を持つと考えていた。が、どこかのお人好し達に毒されたのだろうな......」
「???」
先程の話の続きだろうということは分かったが、意味を理解できない二乃は頭の中に大量の疑問符を浮かべるが、戒斗が取り出した小刀の付いた黒い物体とバナナの錠前を見て、全てを悟った。
「あんた、まさか......!」
「下がっていろ。殺されるぞ」
「ちょ、ちょっと......っ!」
「変身」
二乃に構わず戦極ドライバーを腰にセットし、バナナロックシードを開錠する。
《バナ〜ナ!》
するとクラックが頭上に出現し、円を描きながら開く。その中から光る大きなバナナが現れたかと思えば、戒斗に向かってどんどんと落下してくる。
「あ、あのバナナは......そんな......」
戒斗は驚愕する二乃を余所にバナナロックシードを慣れた手つきでくるりと回し、戦極ドライバーに嵌め込んで施錠した。
《ロック・オン!》
ファンファーレのような甲高い待機音がなった直後、カッティングブレードを倒す。するとアンダースーツが纏われた後、そのバナナは一直線に落下して戒斗の頭に被さった。
《カモンッ!バナナ・アームズ!!》
「嘘、でしょ......」
《ナイト・オブ・スピアー!!》
そしてバナナが開き、果汁が飛び散り、戒斗の体は眩く光った。
「眩し......っ!」
二乃が目を開けた時、彼女はこれまでの人生で一番の驚きを味わった。何故なら、戒斗がいたはずの場所には見覚えのある槍を持ち、甲冑を纏った、自分が長年想い続けたバナナの騎士こと「アーマードライダー・バロン」がいたのだから。