上杉とバナナと五つ子   作:フェンネル

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乙女(裏)

時は一花がホテルへ走っている時まで遡る。

一花が角で誰かとぶつかったのは、誰あろう戒斗だった。

 

「あ、すみません......って君......!」

 

「一花、何を慌てている」

 

「なんでここに......いや、それはいいや。今から地図送るからそこに向かって!お願い、時間がないの!」

 

詳細を説明されなくても、一花の表情を見て緊急の用件だということは簡単に想像できた。そして一花から送られた地図を見て、戒斗は走り出した。

 

「......頼んだよ、戒斗くん」

 

戒斗が時間を稼いでくれることを願い、一花もホテルへ急いで向かった。

そして戒斗が到着した時、五月は部長に追い詰められていた。

 

「......というわけだ。変な茶番が行われていたから何事かと思ったが、大体分かった」

 

「か、戒斗さん......」

 

「よくやったな、五月。こんなもの、拷問もいいところだ」

 

「ですよね!ですよね!」

 

そして風太郎達が何故か上で隠れているのを見て、隣にいる四葉を連れてこいと暗に伝えたが、風太郎は理解しておらず、首を傾げるだけだった。

 

「(あいつ......いや、そうか。だから五月を......)」

 

「それで?駆紋戒斗君、君は何しに来たの?」

 

「......決まってるだろう。四葉を連れ戻しに来た。奴には大会よりも大切な試験対策があるからな」

 

風太郎と同じことを言われた部長は鼻で笑い、そんなものどうでもいいと自信満々に返した。その目は嘲笑の意もこめられているようで、戒斗を煽るように言葉を続けた。

 

「君もそういう感じか。あのね、中野さんは紛れもない天才なの。彼女がいれば私達は頂点を目指せる。彼女は私と一緒に来るべき。勉強なんてしてる暇ないの」

 

「奴が天才と来たか。貴様、脚力ばかりにとらわれすぎてまともな思考ができていないな」

 

二人の雰囲気がピリつき、陸上部の面々と五月、風太郎と四葉が底冷えするような空気になる。

 

「......言ってくれるね。君こそ、連れ戻しに来たなんて言うわりには彼女をバカにするような言い方をしないで欲しいな。今までまともに教育受けてきた?」

 

「ほう、貴様のことは異常だとは思っていたが、まさか自分のことに関してはとことん無知らしいな。その言葉、貴様に返すぞ」

 

ピクリと、部長の眉が動く。顔は笑っているが、薄く開かれている目は戒斗を殺さんばかりに冷たくなっている。五月はつい身震いしてしてしまい、戒斗の後ろに隠れた。

 

「......はぁ、これ以上は時間の無駄。私達は大事な合宿があるの。邪魔しないで。これ以上言い合いを続けるなら、私も大人しくしてられないよ」

 

二人の空気が、威圧感によって一層冷たくなる。男女の差など部長は既に越えており、目には光を宿しておらず、戒斗のことを人間を見る目では見ていなかった。

 

「大人しくしていられない?何をするつもりだ?ご自慢の脚力で逃げるのか?」

 

「君、本当に鬱陶しいよ。これ以上私をイラつかせないで」

 

眉間に皺を寄せ、不快感を露わにする部長に対し、それならば貴様も同じだろうと、戒斗も少しの苛立ちを覚えた。

 

「イラつかせる、だと?」

 

「そう。君と話してるとストレスが溜まってしょうがないの。早く消えてくれると嬉しいんだけど」

 

「貴様、今まで四葉の気持ちを考えたことはあるのか?」

 

「当たり前じゃん。考えてないわけないでしょ。期待のホープだよ?」

 

唐突な質問に部長は迷うことなく肯定した。

 

「では質問する。貴様、合宿に行くと予定したのはいつだ?」

 

「昨日だけど」

 

「......昨日?」

 

「うん。皆に伸びしろを感じたからね」

 

ここで、戒斗は額に青筋を立てた。

目の前の女は四葉だけでなく、他の部員の気持ちもろくに考えていないのかと。

 

「それを聞いた周りの反応はどうだった」

 

「どうって、土日が休みだったって言うから、そんな甘い考えじゃ大会二連覇はできないよって」

 

「なるほど、貴様、やはり正気ではないな」

 

「......は?」

 

ここで、部長の怒りのボルテージが止まることなく上がり、戒斗に対して僅かに殺意を抱き始めた。

 

「......君、本当に何なの?喧嘩売ってるの?」

 

部長は戒斗と距離を詰め、手を出せる間合いに入る。上目遣いで見上げているが、その目は今にも戒斗を仕留めるため攻撃を繰り出そうとしているようだった。

否、もう既に出していた。部長の張り手は華奢な体からは想像できないほど強く、速かった。

 

「貴様、加減を知らんのか」

 

そして、戒斗に受け止められていた。

まさか受け止められるとは思っていなかったので、部長は戒斗に恐怖を感じた。

 

「......嘘、今の見えたの?」

 

「もっとえげつない奴がいるからな。あれは最早女ではないな。怪物のそれだ」

 

某女王的次女のことを思い出して少しばかり遠い目になる戒斗だが、すぐに部長に対して口撃を始めた。今の部長は戒斗に対して屈しつつあるので、その隙を容赦なく突いていく。

 

「事前に言うならまだしも、前日に言われれば混乱するのは当然だろう。あと、甘い考えだと言ったな。選手の調子を考えず休みなく合宿の予定を作る貴様の方が甘いと俺は思うが」

 

「......で、でも───」

 

立て続けに口撃され、部長の心は折れかけていた。その証拠として、反論する際に先程までの殺気と覇気は無かった。

 

「ここで一つ教えてやる。四葉は、部活を辞めたがっている」

 

「っ、嘘......」

 

部長は体の力が抜けてしまい、地面にへたり込んだ。

風太郎と四葉と五月は 、一花に聞いた訳でもないはずなのに何故、それを知っているのかを疑問に感じた。

 

「(四葉の性格では断れない......だから五月を使って退部しようとしたのだろう......いや、そうとしか考えられん)」

 

だが、戒斗には確信があった。

 

「......でたらめ言わないで」

 

「嘘だと思うなら本人に聞けばいいだろう。四葉!!」

 

いきなり大声を出したことで、思わず全員の肩が跳ねた。戒斗が呼びかけると、どこからともなく四葉が戻ってきた。そして唐突な大声に耳を塞いで苦情を入れる。

 

「駆紋さん、少し落ち着いてくださいよー!陸上部の皆さんも怖がってるじゃないですかー!」

 

「な、中野さん、今度は本物だよね?」

 

「そうですそうです!」

 

「なんで姉妹の人と入れ替わってたの?」

 

いつもの明るい様子で陸上部からの質問に答える。

 

「あはは、ちょっとしたドッキリでした。五つ子ジョーク」

 

ジョークだと聞き、陸上部は胸を撫で下ろした。

そして戒斗はというと、

 

「......戒斗さん?」

 

五月の腕を掴み、戒斗は四葉に近づかせないよう距離をとり、四葉に対して疑うような目を向けていた。

 

「(妙だな......)」

 

その目は鋭く、四葉を四葉と思っていないように、五月は感じた。

 

「なんだ、冗談だったんだね。でも笑えないからやめてよ」

 

そして元気よく立ち上がった部長には、先程までの弱気な様子はなく、四葉を受け入れようと瞳孔を開きながら迫っていく。

 

「中野さんの才能をほうっておくなんてできない。私と一緒に、高校陸上部の頂点を目指そう。まずはこの合宿で......」

 

「まあ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が辞めたいのは本当ですけど」

 

 

「「「!!」」」

 

 

「マジか......!」

 

これには物陰から見ていた風太郎も驚く。

 

「なんで四葉が......あそこにいるんだ......!?」

 

その理由は四葉が辞めたいと言ったからではない。自身の”隣にいる”四葉が部長と相対していることに対して、戸惑いを隠せずにいなかった。

 

「な、中野さん......?」

 

四葉の思いもよらない発言に、部長は脳が追いついておらず、呼吸が荒くなっていた。

 

「なんで......」

 

「なんでって、調子のいいこと言って、私のこと考えてくれないじゃないですか。そもそも、前日に合宿を決めるなんてありえません」

 

四葉は部長の目の前まで近づき、未だかつて見たことないほど凄みのある目で部長を見下し、侮蔑の目を向けた。

 

「マジありえないから」

 

四葉の声は普段の活発なものではなく、低く、そしてとても怒気のこもっているものだった。

 

「はい......ごめんなさい......」

 

部長は膝から崩れ落ちた。

風太郎と四葉は、下にいる四葉がドッペルゲンガーであると悟った。

 

「私まだ死にたくないですー!」

 

「ドペゲンということは......そうか!」

 

「ドペゲン!?」

 

後ろで誰かがもたれかかる音がしたのでそちらを見ると、息を切らした一花がいた。

 

「ふぅ、間に合ったみたいだね」

 

「一花、間一髪で助かったぜ。お前が三玖を連れてきてくれたおかげで......」

 

そして後ろには三玖が。

 

「へぁ!?」

 

風太郎が混乱する中、下で戒斗はいつもとは違いすぎる四葉の様子を見て、五月をすぐに風太郎達の元へ運んだ。その際、戒斗が加減をしなかったため、移動速度が速すぎて五月の髪の毛はボサボサになっていた。

 

「か、戒斗さん!何ですか今の動き!速すぎませんか!?」

 

「あっ!五月ちゃんいーなー!」

 

「え?......っ!か、戒斗さん!下ろしてくださいっ!」

 

暴れる五月を下ろし、戒斗は四葉(偽)を捜す。

 

「ふぅ......三玖、間に合ったのですね。一花もありがとうございます」

 

「私は何もしてない」

 

「私達はカツラが無いと髪型的にねー?」

 

「え”っ」

 

風太郎は、この場にいる姉妹の数字を確認していく。

ここにいるのは六人 で、風太郎と戒斗。

そして五月、四葉、一花、三玖。

 

「五......四......一......三......」

 

抜けているのは、二。

 

「ま、まさか......」

 

「私がホテルに着いた時、ハサミを持って三玖が立ち尽くしてたの」

 

「てことはあいつは───」

 

風太郎が真相に気づいて驚愕しようとした時、戒斗が言葉を遮った。

 

「......お前ら、特に四葉は今すぐ逃げろ。あれは間違いなく四葉の偽物だ」

 

そう言った瞬間、戒斗は後ろに悪寒を感じたのですぐに攻勢に出ようとしたが、すでに四葉(偽)の手が戒斗の頬に触れていた。

 

「誰が偽物よ!!」

 

そして振り抜き、半径数mに響くほどの音を出した。

 

「......あっ、でも間違いではないのかしら......けどムカつくわね」

 

四葉(偽)はリボンを外し、二つの黒い蝶の髪飾りを持って髪型を作っていく。その髪飾りは、この場の全員に見覚えがあるものだった。

 

「詳しくは分からないけど、きっと......」

 

その髪型は、左右同じように結んだツーサイドアップ。

姉妹の中でその髪型をしているのは、一人しかいない。

 

「......何か気持ちの変化があったんだね、二乃」

 

四葉(偽)の正体は、髪を一気に肩まで短くした二乃だった。

風太郎は目玉が飛び出し、戒斗はまた誰かの変装だろうと現実逃避をしだした。

 

「上杉、あれは二乃ではない誰かだろう?少なくとも俺はそう思う」

 

「ええそうでしてよ戒斗さん。あれがあの二乃なわけございませんわ。だって、髪がないんですもの」

 

ふざけ出した二人を見て、一花は笑い、三玖は風太郎の口調の変化に驚き、四葉は演劇の練習かと思い、五月は朝食のことを考えていた。

そして二乃はというと、拳に血管を浮かべながらズンズンと二人に近づいていた。

 

「......上杉はまあいいわ。問題はあんたよ!」

 

戒斗にヘッドロックを仕掛け、容赦なく締め上げていく二乃。

 

「だーれーがー、怪物だってー?んー?女ではないってどういうことかしらー?」

 

「おい......力が強くないか......?」

 

「だって怪物だもーん。もっと強くするわよー?」

 

ギリギリと戒斗の頭を粉砕しようとする二乃だが、風太郎の言葉で動きを止めることとなる。

 

「そう言えば戒斗、お前よく四葉が偽物って気づいたな。俺は全く気づかなかった。いつから気づいてたんだ?」

 

二乃のヘッドロックの力が弱まる。

 

「俺が呼んで、来た時だ」

 

また弱まる。

 

「つまり最初からですか......すごいですね。やはり髪を切っているのもあるのでしょうが、私は本当に四葉かと思いました」

 

「私も鏡を見てるのかと思ったよ!本当にドッペルゲンガーかと思ったし、すごいよ二乃!」

 

そして、ついに戒斗は抜け出した。

 

「ま、私と三玖はさすがに分かってたけど、戒斗くんやるねー」

 

「鋭いフータローも気づかないのに......なんで分かったの?」

 

訳を知っている一花と三玖以外の全員が騙された中、戒斗だけは気づいていた。

その事実は、二乃の頬を染めるには充分な理由だった。

 

「......な、なんで気づいたの?私が四葉の偽物だったって」

 

「簡単な話だ。お前の顔はよく見ている。忘れるわけないだろう」

 

「っ!」

 

二乃の鼓動が早くなる。

風太郎は、二乃が何か答えを求めているようにも見えた。

 

「四葉の目を見てみろ」

 

「......目?」

 

全員が四葉の顔に目を向ける。

四葉は突然注目されたことで少し照れていた。

 

「い、いやー、そんなに見つめられると......照れます......」

 

「で、戒斗くん。四葉の目がどうしたの?」

 

「次に、二乃の目を見てみろ」

 

先程と同じように二乃の目に視線が集まる。

 

「......見られるのってなんか、来るわね」

 

手で顔を仰ぎながら、目を逸らす。

 

「戒斗、これがどうかしたの?」

 

三玖が尋ねると、戒斗は当然のように答えた。

 

「こいつらでは、目の濁り具合が違う。例えるなら、四葉は宝石、こいつは味噌汁のような感じだ」

 

「ぶはっ!」

 

差のありすぎる例えは、風太郎のツボに入ってしまう。

 

「くっくく......くく......っ」

 

「フ、フータロー、大丈夫......?」

 

「上杉さん、無理しないでくださいね......?」

 

三玖と四葉が心配そうに背中をさすり、風太郎は腹を押さえて震えながら、込み上げてくる笑いを必死に堪えている。

 

「(笑ったら殺される......っ、み、味噌汁......!)」

 

「味噌汁......あ、かき混ぜたら茶色く濁る時のこと?」

 

この一花の何気ない発言は、風太郎をさらに笑い地獄へと突き落とし、二乃が戒斗に対して陸上部の部長など目じゃない殺意を抱く要因となった。

 

「フ、フータロー、ほんとに大丈夫?」

 

「そ、そんなに我慢したらお腹つりますよ?」

 

三玖と四葉が割と本気で心配している中、二乃は一瞬自分の頭をよぎった考えを、恥ずかしく思った。

 

「(せっっっかく、私のことちゃんと見てるのかなーとか思ったのに!こいつはほんとに!)」

 

「お、おい、待て二乃!そんなビンタ食らわせたら戒斗が死ぬぞ!」

 

二乃の殺気を感じた風太郎は笑いどころではなくなり、何とか二乃のフルパワービンタを阻止しようとする。

食らったら間違いなく首が飛ぶと、何故かわかってしまった。

 

「......どきなさい、上杉」

 

「(くっ、戒斗は俺が守る!)」

 

二乃の前に立ちはだかり、ビンタを止めるべくどうにか説得する。

 

「......あんたも死ぬ?」

 

「あっ」

 

二乃の目を見て、風太郎の意志は砕け散った。その脆さは、薄氷をも超えていた。速やかに二乃から離れ、戒斗の無事を祈った。

 

「戒斗、歯食いしばりなさい」

 

「何故だ」

 

「誰の目が味噌汁よ!あんた本っ当にデリカシーないわ!まったく......こんなのが......」

 

「なんだ?よく聞こえないぞ」

 

二乃は戒斗にだけ聞こえるように忌々しげに不満を吐き出した。

 

「......なんであんたがバロン様なのよ。私の夢を返しなさいよ」

 

「それは仕方ないだろう。割り切れ」

 

とても重いため息を吐く二乃を見て、戒斗は少し後ろめたさを感じた。

 

「......まぁ、バロン様を忘れるために髪切ったんだけどね」

 

「失恋か」

 

「だってあんただし、しょうがないわ。とりあえずは......死になさいっ!!」

 

二乃のビンタを間一髪で躱し、もう打たせぬよう手を掴む。

 

「あれは本気でやめろ。常人なら死んでるぞ」

 

「あんたはインベス?だっけ。あれと戦ってるから丈夫でしょ。いいサンドバッグになるわ」

 

「と、ところで!そんなにサッパリいくなんてもしかして失恋ですかー?」

 

「......ま、そんなこと」

 

なんとか一花が戒斗を守り、話題は二乃散髪の理由に転換した。

 

「キャ〜、誰と〜?三玖知ってる〜?」

 

「(......あれは聞き間違い、だよね)知らない」

 

と言いながら、三玖は戒斗と二乃を見て冷や汗を流していた。

 

「(もしかしたら二乃の妄想......あり得る)」

 

「で、誰となの?お姉ちゃんに教えて教えて?」

 

「内緒よ」

 

聞き続ける一花を威圧で下がらせる。だが、ここで感が働いたのか、一花は鋭い指摘をした。

 

「あれ?でも二乃ってバロン様にお熱だったよね?」

 

「まぁね」

 

「てことは、バロン様にフラれたの?」

 

「そういうのは乙女の秘密ってことにしてくれる?」

 

戒斗は徐に携帯を取り出し、検索アプリで「乙女」とワードを打ち、風太郎に画面を見せる。

 

「......乙女だと」

 

「......若い、穢れを知らない女性......」

 

二人は、同じタイミングで二乃を見る。その顔は、「え?」とでも言いたげだった。

 

「あいつ......乙女という柄か?」

 

「乙女(裏)とかで調べれば何か出るんじゃないか?」

 

「パチンコのサイトが出てきたが」

 

二人は顔を見合わせ、自分たちは何も見ていないと記憶を消去した。戒斗は速やかにその履歴を削除し、マルチタスクを切った。

 

 

 

 

 

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