期末試験当日、上杉家には、戒斗と五月が来ていた。
「風太郎起きやがれ!」
「うるせー!こっちは寝てねーんだ!」
打撃音が一発。しばらくすると、気絶した風太郎が放り出されてきた。地面に激突したことで目を覚まし、鼻を押さえていた。そしてしばしの間悶え、もう一度撃沈した。
「待たせてごめんな!」
「えー!五月さんもう帰っちゃうのー!?」
「うちも仲直りしましたので。上杉さん、これ諸々のお礼ですので、受け取ってください......」
「いらねぇよんなもん。ダチ助けんのに理由はいらねぇだろ。......オラシャキっとしろ!」
勢いよく風太郎の背中を叩くと、今度こそ目を覚まし、鼻を押さえながら家を出た。
「五月ちゃん、この一週間楽しかったぜ。またいつでも遊びに来いよ。戒斗もな」
「試験頑張って!」
「はい!」
「俺はなんのために来たんだ」
朝から親子の怒鳴り合いを見せられ、ただただ五月と来させられただけなので、戒斗は二度手間なのではと考えたが、そのうち思考を放棄した。
「(......いよいよだな)」
「(さて、どうするか......)」
「(頑張りますっ!)」
各々色々なことを考えながら、学校へと歩き出した。
その時の三人の足取りは、とても軽かった。
「ついに当日だね」
「大丈夫かなー」
「やれることはやったよ」
二乃は、前日のやり取りを思い出す。
『え!?赤点でクビの条件って今回はないの?』
『言われてはないな......まぁ、気楽にいけ』
『そうそう、気楽に気楽に』
「(早く言いなさいよ......二人とも、深刻な顔してたから勘違いしたじゃない)」
カーンコーンと、10分前のチャイムがなる。にも関わらず、風太郎と戒斗はいなかった。
「らいはちゃんに電話ですって」
「こんな時に?」
「きっと今じゃないといけないのでしょう。お二方とも充電切れでしたし......私のものを借りていったほどですから」
風太郎と戒斗は、屋上にいた。
五月の携帯を使って通話しているのは、らいはではなく中野父。
つまり、雇用主だった。
『そうかい。報告ありがとう』
「ええ、五人とも頑張ってますよ。これは本当です」
『では期末試験、頑張ってくれたまえ』
ここで、風太郎と戒斗から一つ。
「そこで勝手ですがお願いがありまして......」
『なんだい?』
「今日をもって、上杉風太郎、駆紋戒斗は家庭教師を退任します」
突然のことに言葉を返せずにいる中野父。風太郎は構わず続ける。
戒斗は二人の通話を聞いているだけだった。
「あいつらは頑張りました。この土日なんてほとんど机の前にいたと思います。しかし、まだ赤点は避けられないでしょう。苦し紛れの策を案じましたが、あんな物に頼らない奴らだってことはよく知ってます」
『今回はノルマを設けてなかったと記憶してるが』
「本来は、回避できるペースだったんです。それをこんな結果にしてしまったのは、自分たちの力不足に他なりません。ただ勉強を教えるだけじゃなく、あいつらの気持ちも考えてやれる家庭教師の方がいい。俺たちにはそれができませんでした」
戒斗は何も言わなかった。これが最善であると考えていたから。
勉強を教えたところで、全員が意欲を持つ訳ではない。相手に合わせながら結果を出さなければ意味がないと。
『そうかい。引き留める理由はこちらにはない。君達には苦労をかけたね。今月の給料は後ほど渡そう』
「ええ、助かります」
『では、失礼するよ』
「あの、ご自分で考えてみてはどうでしょう?家庭教師では限度がある。父親にしかできないこともあるはずです」
通話が終わると思われたが、風太郎の質問で中野父の声のトーンが変わった。
『いや、私も忙しい身でね。それに、他人に家庭のことをどうこう言われたくはないな』
それを聞き、戒斗は半ば奪うように携帯を取り、通話を代わった。
「......おい、最近家に帰ったりはしているか」
『......君は』
「知っているか?二乃と五月が諍いを起こし、家出したことを」
『......初耳だね。もう解決したのかい?』
やはりな、と戒斗の方も声のトーンが変わる。低くなり、不機嫌を隠そうともしていなかった。
「解決はした」
『......それならいい。教えてくれてありがとう。では』
「それだけか?なぜ喧嘩したか気にならないのか?あいつらが何を考え、何に悩んでいるのか知ろうとしないのか?」
電話の奥からは、何も聞こえない。
中の父からの返答はなく、戒斗はしびれを切らして言いたいことを言った。
「金を与えるだけが正しい教育か?このままでは必ず道を踏み外す。そんなあいつらのことを、貴様は俺達に任せるのか?それとも、何もせず放っておくのか?」
『...........』
言えば言うほど、溢れていく。戒斗自身が、全てとは言わないが過酷な経験をしてきただけに、その事実は彼の中で重く、とても苦しいものになっている。
「娘だと思っているなら、何故顔を出さない?あいつらはまだ子供だ。親の顔が見たくないはずがない。今は自覚していないかもしれないがな、別れはいずれ来るんだ。貴様は、それを一番理解しているはずだ」
だからこそ、それを経験する人間は、誰もいない。そうあって欲しいと彼は願っていた。
『......やはり君は......』
「血の繋がりだけが家族じゃないことは、貴様は身をもって知っているはずだ......自分がどうあるべきか、よく考えろ。......上杉」
そして風太郎に携帯を渡した。
「何か言ってやれ」
風太郎は大きく息を吸い、単純に、分かりやすく告げた。
「少しは父親らしいことしろよ、馬鹿野郎が!!」
それだけ言って、スッキリした様子で通話を勝手に切る。
二人は親指を立て、してやったりと思った。
「いやー、スカッとしたぜ!戒斗、ナイスだ!」
「俺はあれでも足りんがな。まぁ、それはお前も同じか」
「ああ。あの親父の愚痴で俺らずっと話せそうだよな」
「......そういえば、新しいバイト先があるが、どうする?」
「......いいね」
それから少し考え、給料が貰えるかどうかを危ぶみながらも、二人は五つ子達はやれるのだと、五人揃えば無敵なのだと、彼女達には聞こえないであろう場所で、密かに激励した。
「(話すなら、今か)上杉」
「なんだ?」
「今からお前にとって、大切なことを教えてやる」
そしてテストが終わり、中野家ではそれぞれが返却されたテストの点数を確認し合っていた。
それぞれ個人差はあれど二、三科目は赤点を回避しており、その他の教科もあと数点で赤点を超えるものとなっていた。
「これは酷い......」
「あんなに勉強したのにこの結果かー......」
だが、赤点があるという事実は変わらない。
「改めて私達って馬鹿なんだね」
「二乃、元気出して」
慰めるように二乃の頭を撫でているが、成績が悪いのは四葉である。
「あんたは自分の心配しなさいよ」
「丁度家庭教師の日だし、今日は期末試験の反省がメインだろうね」
「まあ、戒斗くんは怒らないけど、フータロー君は......ね?」
噂をすれば、インターホンが鳴った。五月がモニターの対応に行き、三玖が風太郎にしこたま怒られ、戒斗がそれを宥めるのだろうと言えば、四葉は嬉しそうに頷いた。
「なんで嬉しそうなのよ」
「あはは。結果は残念だったけど、またみんなと一緒に頑張れるのが楽しみなんだ」
それを聞き、二乃も満更ではない顔になる。
「あれっ、上杉君と戒斗さんじゃありませんでした」
「お嬢様方、失礼いたします」
中に入ってきたのは、中野家の運転手、江端。
「なんだー、江端さんか」
「今日はお父さんの運転手休み?」
「小さい頃から江端さんにはお世話になってるけど、家に来るとか初だよね」
「ホホホ、何を仰る。私から見たらまだまだ皆様小さなお子様ですよ」
かれこれ数分話していたが、風太郎と戒斗が来る気配はない。
「江端さんはどうしていらしたのですか?」
「本日は臨時家庭教師として参りました」
この時五つ子達は、一抹の不安を覚えた。
もしかしたら、そうかもしれないと、ほんの一瞬だけ考えた。
「そ、そうなんだ」
「江端さん、元は学校の先生だもんね」
「あいつらサボりか」
「体調でも崩したのかな」
だが、そんなことは無いだろうと、この場の誰もがそう思っていた。
そして残酷にも、真実を突きつけられる。
「上杉風太郎様、及び駆紋戒斗様は、家庭教師をお辞めになられました」
「......え?」
「そこで、新しい家庭教師が見つかるまで私が努めさせていただきます」
「待って待って。何かの間違いだよね」
今この場において、それを受け入れることができた者は一人としていない。だれもが冗談であって欲しいと願ったが、江端の口から淡々と語られるは紛れもない真実。
「事実でございます。旦那様から連絡がありまして、上杉様、駆紋様は先日の期末試験で契約を解除なされました」
五人は冷水を被ったような気分に陥った。血の気が引くとはまさにこのことだろう。
「......え......つまり......フータロー君も、戒斗くんも、もう来ないの......?」
「......嘘」
「やっぱり......赤点の条件は生きてたんだ」
二乃は、二人があの時嘘をついたのだと思った。
だが、それは江端によって否定される。そして風太郎と戒斗が自分でやめたことを知らされ、より謎は深まる。
「そんなの納得いきません。彼を呼んで直接話を聞きます」
「申し訳ありませんが、それは叶いません。上杉様、駆紋様のこの家への侵入を一切禁ずる。旦那様よりそう承っております」
「何故そこまで......」
「わかった。私が行く。江端さん、通して」
江端は言う。臨時とはいえ、家庭教師の任を受けている。
最低限の教育を受けなければ通す訳にはいかないと。
「ぐぐ......江端さんの頭でっかち!」
「ホホホ、なんとでも言いなされ」
逆に言えば、その教育を終えれば好きにできる。
「まったく、あいつらどういうつもりよ」
「私はまだ信じられないよ」
「本人の口からちゃんと聞かないとね......誰か終わった?」
「私はもうすぐです」
「私も」
解き進めていくと、問題が比較的簡単であることに気づく。そしてその問題は、前の五人ならば怪しかったことも、自分でも不思議なほど問題が解けることも、二人のおかげであった、ということも。
「あと一問......あと一問なのに......」
「私もあとは最後だけです」
「ホホホ、その程度も解けないようであれば、特別授業に変更いたしますよ」
その発言により慌てる五人。以前やったことは覚えていても、肝心の答えが出ない。そして、答えが出ないことを考えて、五月はある案を出した。
「カンニングペーパー......見ませんか?」
「......それって期末の?」
「はい。全員筆入れに隠したはずです」
「い、いいのかな......」
「今の私たちに選択の余地はありません」
悪い顔の五月を見て全員賛同した。そして江端が離れるまで様子を見て、その隙にカンニングペーパーを開く。
まずは五月から。
「どうしたの?」
「?これ......どういうことでしょう......?なんというか、私のはミスがあったみたいです」
「じゃあ私の使お。......えーっと、安?」
しゅるしゅるとカンニングペーパーを開いていくと、そこには文章が書かれていた。
「なになに......安易に答えを得ようとは愚か者め。by上杉......なーんだ」
「初めからカンニングさせるつもりなかったんじゃない」
「でも......フータローらしいよ」
「ですがどうしましょう......」
一花は、カンニングペーパーにはまだ先があることに気づいた。
全てめくると、→②と書かれていた。
その②は二乃のものであると考えて広げれば、カンニングする生徒になんて教えてられるか。by上杉→③とあった。
「教えてられるかって......自分で言ったんじゃない」
「繋がってるってことは......これ、二人の最後の手紙だよ」
そして三玖と四葉の紙には、これからは自分の手で掴み取れ。by上杉→④
やっと地獄の激務から解放されてせいせいするぜ。by上杉→⑤と書かれていた。
「......あはは。やっぱり辞めたかったんだ......まぁ、私たちが相手なら当然だよね」
「最後五月だけど......五月?」
「......だが、そこそこ楽しい地獄だった。じゃあな。by上杉」
「......てか上杉ばっかじゃん。戒斗からは何かないのかしら......」
二乃が紙をいじっていると、裏に小さく文字が書かれているのを見つけた。
「......皆、紙貸して」
「どうしたの?」
「裏に小さい文字がある」
二乃は「た」
四葉は「お」
三玖は「会」
一花は「ま」
五月は「う」
「これを私達の順番に並べれば......ま、た、会、お、う.....ってなるわけね.」
「これが、戒斗くんの......」
四人の反応は様々だった。二乃は驚き、一花は何かを決断しようとし、五月は涙ぐみ、三玖は風太郎と戒斗にどれだけ助けられていたか気づき、四葉は一言、小さく漏らした。
「......また、上杉さんに、駆紋さんに教えてもらいたいよ」
「二人なしじゃ......もう......」
「そうは言っても、あいつらはここに来られないの。どうしようもないわ」
ここで一花が、決断への最後の一歩を踏み出した。
「みんなに......私から提案があるんだけど」
四人はそれを聞いて耳を疑った。
一花自身も前々から考えており、五人にそれをしないという選択肢はなかった。
「おや、どうなされました?」
「江端さんもお願い。協力して」
江端は、優しげな目を開き、五人の顔を見て絶対に譲らないという強固な信念を感じた。
それを見た江端は、姿が同じだった頃の五人を思い浮かべ、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「大きくなられましたな」