上杉とバナナと五つ子   作:フェンネル

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糞パン屋

「もうこんな生活うんざり!」

 

雀の鳴き声が聞こえる頃、それよりも数倍大きな怒鳴り声が聞こえる。

声の主は二乃。どうやら寝ている時に五月が布団に入り込むらしく、長い髪がくすぐったいというらしい。

 

「もうさっぱり切っちゃいなさいよ!」

 

「あー!自分が切ったからってずるいです!」

 

風太郎は中野家の惨状を見て、怒り心頭、所謂ブチ切れ状態になりかけていた。

 

「お前ら......特に五月!寝癖直すのくらい自分でやれよ!戒斗にやらせんな!」

 

「いいじゃないですか!戒斗さんも嫌がってませんし!」

 

「さっさと勉強を始めるためにこうやってるんだ。あと動くな」

 

五月の髪をくたびれた様子でサッサと直していく戒斗。

風太郎の頭は戒斗に対する申し訳なさでいっぱいだった。

 

「終わったぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

「てかお前ら一部屋で寝てたのか......」

 

そりゃあ寝づらくもなるなと、風太郎は納得した。

 

「でも、お布団は久々でまだぐっすり寝られてません」

 

「四葉はもう少し寝付けない方がいいと思う」

 

「ふかふかのベッドが恋しいわー」

 

「そうですね。私もお布団は久々......というわけではありませんが、慣れるまで我慢しましょう」

 

それから五月の布団が消えたのは不思議だの、ベッドから落ちなくなったのはいいだの、風太郎は新生活が始まって早々こんな惨事になっていることを嘆いた。

 

「少しは一花を見習え!これだけの騒ぎの中でぐっすり寝られてるぞ!」

 

「見習えって......」

 

「既に汚部屋の片鱗が見えてますが......」

 

戒斗は布団の周りに散乱している物を片付け、一花を起こす。

 

「起きろ、勉強するぞ」

 

「......むにゃ」

 

少しだけ布団がめくれる。その時見えたのは一花の素肌で、とどのつまり服を着ていなかった。

 

「あ、戒斗くんおっはー。お姉さんと一緒に寝る?」

 

と言いながら戒斗の首をホールドする一花。だがピクリとも動かない。

 

「とりあえず服を着ろ。勉強どころじゃないぞ」

 

「うーん。そっか......じゃあ起きなきゃだね」

 

「一花!」

 

一花が体を起こすと、体にかかっていた布団が落ちる。

それを見て慌てて戒斗の目を塞ぐ五月。

 

「見ちゃダメです!」

 

「っていうかあんたも、仮にも乙女の寝室に勝手に入ってくんな!」

 

二乃に部屋から放り出され、それより前に放り出された風太郎はふて寝していた。

 

「ケッ、ならさっさと用意しろってんだ......」

 

「まぁとりあえず機嫌を直せ。お前がそんなではあいつらもやる気が削がれるぞ」

 

「......そうだな」

 

程なくして五人の準備が終わり、炬燵に全員集まる。

戒斗はもしもを見越して一花の後ろに座った。

 

「戒斗くん、詰めれば入れるけどどうする?」

 

「いらん。変に遠慮せず温まっておけ」

 

「......ありがとう」

 

「よし、やっと始められ......」

 

風太郎が目を向けた先には、うとうとと体を揺らし、眠っては目を覚ましを繰り返す一花の姿が。

 

「一花」

 

「あっごめん」

 

一度本当に寝かけたところを、四葉に肩を揺さぶられることで何とか阻止した。

 

「ごめんねフータロー君。戒斗くんも、先程はお見苦しいものを見せて申し訳ない。それともご褒美だっかたかな?」

 

「そういえばパイの話だが......」

 

「あーそん時は頼むな。給料はやっぱ欲しいし」

 

二人は別のことを話しており、風太郎には一花の言葉はまったく聞こえていなった。

 

「む、すまん一花」

 

「戒斗くんってば、無視するなんて酷いなぁ」

 

「いや、しっかり聞こえていたぞ。何が褒美かは知らんが、冬くらい服を着て寝ろ」

 

「なんだ聞こえてたんだ。でもね、習慣って恐ろしいの。寝てる間に抜いじゃってるんだから」

 

風太郎は一花の正気を疑った。どこの露出魔だ、大事な部分が欠けてるのではないかと思いながらも、顔には出さずにいた。

 

「戒斗くんが一緒に寝てくれたら直るかもね」

 

「......一重になしとも言いきれんな。一度そうしてみるか?」

 

思わぬ返答に一花は赤くなった顔を隠すように逸らして早口で答えた。

 

「いやでもそういうのは恋人同士じゃないとだめじゃん。私と戒斗くんって友達だしいや友達以上恋人未満なのかな。ともかく女の子に軽々しくそういうこと言っちゃダメだよ」

 

「い、一花の言う通りですよ。そんな不純な......」

 

五月は不覚にもそれを想像してしまい、自爆した。

両手で顔を隠して頭から湯気を出していた。

 

「(でも私もそうしたいだなんて言えない......!)」

 

「不純......ああ、確かにな」

 

戒斗が考えたのは一花が寝ている間は自分が見守り、服を脱ぎそうになったら止めるという手法だったのだが、一花にその考えが伝わる事はなかった。

 

「ていうか一花、授業中とか大丈夫?」

 

「あはは、家限定だから大丈夫だよ」

 

「授業中に寝る前提で話が進んでる......」

 

「なんだと......?」

 

風太郎の髪が逆立ち、一花を見る顔は鬼のように厳つく変貌する。

 

「で、でも安心して。これからは勉強に集中できるように、仕事をセーブさせてもらってるんだ。次こそ赤点回避してお父さんをギャフンと言わせたいもんね」

 

「うん」

 

「当然」

 

「私も今度こそ......!」

 

「そうですね。全員で合格して、お父さんに上杉君も、戒斗さんも、認めさせましょう」

 

風太郎は五人が意気込んでいるのを見て嬉しさを感じた自分を、なんだかんだと絆されているなと思うのだった。

 

「ふん。赤点なんて低いハードルにこれほど苦しめられるとは思わなかった。しかし、三学期末こそ正真正銘のラストチャンス。さっそく始めよう!まずは俺と一緒に冬休みの課題を片づけるぞ!」

 

「え?」

 

「え?」

 

五月が顔を見てきたので思わず見返す風太郎。そして周りを見ると他の四人は笑っていた。

 

「フータロー......」

 

「え?え?」

 

「あんた舐めすぎ」

 

五人はノートを机に置いていく。何も知らない風太郎は、二乃から告げられた言葉に衝撃を受けた。

 

「課題なんて、とっくに終わってるわ」

 

「あっ、そうか......なら通常通りで......」

 

「あなたは今まで何をやってたのですか?」

 

五月の発言は、風太郎の心を僅かばかり抉った。よくよく考えてみれば、家庭教師である自分は終わっていないのに、教え子たちは終わらせている。少し差をつけられた気がして感傷に浸っていた。

 

「私たちが手伝ってあげましょーか!」

 

「う、うっせー!」

 

二乃の煽りに、風太郎は雑な返ししかできなかった。

 

「(......これ以上は上杉が壊れるな)」

 

そして戒斗はというと、暇な時間を使ってこまめにやっていたので既に終わっていた。だがそれを知れば風太郎はメンタルブレイクしてしまうと思ったので、敢えて言わなかった。

 

「フータロー。ここわかんないんだけど」

 

「どれ」

 

風太郎はノートを見るため三玖の隣に座った。だが距離が近かったようで、どれだけ教えても三玖は隣で風太郎の顔を見ていた。

 

「三玖、どうかしたか?」

 

「っ、ううん。なんでもないよ」

 

「そうか。......おい、起きろ一花」

 

「あ......いやーごめん......寝て......ない......よぉ......」

 

そう言いながらも一花は思い切り寝ていた。戒斗の肩に頭を預け、安心したように眠っている。

 

「この野郎何がギャフンと言わせるだ......」

 

「少しは寝させてあげなさい」

 

「は?」

 

「一花、さっきはあんな風に言ってたけど、本当は前より仕事を増やしてるみたいなの」

 

肩の上では寝づらいと思ったのか、 一花が倒れ込むと戒斗が膝枕する形になった。すると顰めていた顔を緩ませ、笑顔になった。

 

「(なるほど。どこか疲れている様子があると思ったが......やはりそういうことだったか)」

 

戒斗は自分を枕にして眠る一花を見て、彼女にかかっている苦労を想像する。生活費を稼ぐためとはいえ、寝不足になるほど働き詰めていることを考えると、今くらいは許してやろうと思った。

 

「私たち、お金の問題は一花に任せっぱなしですし......」

 

「貯金があるから気にしなくていいって本人は言ってたけど......」

 

「こうやってフータローに教えてもらってるのも、全て一花のおかげ」

 

「......だからって無理して勉強に身が入らなきゃ本末転倒だ。おい起き───」

 

ここで五月がある提案を持ちかけた。

 

「私たちも働きませんか?」

 

 

「「え?」」

 

 

三玖と二乃の声が重なり、意識が五月に向けられる。

 

「も、もちろん勉強の邪魔にならないように。少しでも......一花の負担を減らせたらと思いまして......」

 

風太郎の目付きが変わり、バイトの面接のような重い空気がその場を支配する。風太郎は多数のバイト経験者の貫禄を出しながら五月に質問をしていく。

 

「今まで働いた経験は?」

 

「あ、ありません......」

 

「勉強と両立できるのか?赤点回避に必死なお前らが」

 

「うっ......それなら、私もあなたたちのように家庭教師をします!」

 

教えながら学ぶことで自分の学力も向上して一石二鳥という五月の意見を、教えられる生徒がかわいそうと言い消され、続く四葉の近所にあるのですぐ出勤できるスーパーの店員という案も出たが、即クビだと一瞬で否認された。

 

「お前絶対レジ打ちできねぇだろ」

 

「し、失礼な!でも否定できません!」

 

「私、メイド喫茶やってみたい」

 

三玖の言葉に全員が驚く。だが想像すると、幸か不幸か存外似合っていた。

 

「い、意外と人気出そう......」

 

「却下却下!」

 

「二乃はやっぱ女王様?」

 

「やっぱって何!」

 

風太郎は様になりすぎているその姿に震え、戒斗はよく理解していなかったが、案外面白そうだなどと思っていた。

 

「二乃はお料理関係だよね」

 

「ふん。やるとしたらね」

 

「だって二乃は自分のお店を出すのが夢だもん」

 

「へぇ、初めて聞いたな」

 

二乃は少し照れながら子供の頃の戯言だから本気にしないでと言ったが、諦めている様子はなかった。

 

「そうなったら戒斗を店員に引き込むわ」

 

「まぁ、ありえない話ではないな」

 

「その時はこき使うから覚悟しなさい」

 

そんな未来を想像し、二乃はわずかににやける自分に気づいていなかった。

 

「あぁ。その時が来れば、な」

 

ふと、風太郎は力説する。

 

「居酒屋、ファミレス、喫茶店。和食に中華、イタリアン。ラーメン、そば、ピザの配達。様々なバイトを経験してきたが、どれも生半可な気持ちじゃこなせなかった」

 

「食べ物系ばっかり」

 

「まかないが出るからでしょう」

 

「仕事を舐めんなってことだ!試験を突破し、あの家に帰ることができたら全て解決する!そのためにも今は勉強だ。一花が女優を目指したい気持ちもわからんでもないが、今回ばかりは無理のない仕事を選んで欲しいもんだ」

 

そんなことを言っていると、一花は唐突に服を脱ぎ出した。

四人は慌てて戒斗と風太郎を部屋から追い出した。

 

「フータロー、戒斗!」

 

「一度ならず二度までも......!」

 

「変態!」

 

「結局こうなんのかよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、風太郎はあのケーキ屋でパイを試作していた。

網の上に店長が作ったものと、風太郎が作ったものの二つが乗っていた。

 

「どうです!俺の作ったパイ、店長のにそっくりだ!ランクアップして給料上げてくださいよ!」

 

家庭教師は実質無収入なので、このバイトで少しでも稼がねばならないというのが、風太郎の心情だった。

 

「食べてごらん」

 

店長に言われて口に入れてみれば、生っぽい味で吐き気を催した。そしてこれは三玖のことを馬鹿にできないなと、自分の下手さを実感するのだった。

 

「厨房に入れるのはまだ先だね......でも駆紋君に教えられてるからか、上手くはなってるよ。自分の片づけといて」

 

風太郎はまだまだ未熟な自分を呪っていた。

 

「はぁ......このままじゃ給料アップも怪しいな......辞めた方がいいかな......」

 

「上杉、このパイ貰うぞ」

 

「ああ。好きにしてくれ......」

 

戒斗はパイを厨房の奥へ持っていった。

 

「あ、そうそう上杉君、駆紋君。もう帰っていいから。お疲れ」

 

ぴしり、と二人は動きを止めた。そして心の中で同じことを考える。目の前の男は急に何を言い出すんだと。

 

「今日は午後から休みだから。映画の撮影に店を貸すことになってるからね」

 

「早く言ってくださいよ」

 

「主演は今を時めくみぃちゃん。りなりなやこんタンも出るらしい。生で見れちゃうかもよ」

 

「詳しいですね......」

 

だがその中に二人が知る名前は一つとしてなかった。

 

「よかったら見学して」

 

「では帰ります。一人たりとも知らないんで。お疲れっしたー」

 

「まぁ僕もよく知らないけどね」

 

「(時間ができたなら丁度いい。あいつらの家に行こう。昨日の一花の遅れを取り戻すチャンスだ)」

 

そして風太郎はさっさと着替え、店に入ってくるスタッフ達に挨拶しながら中野家へと急いだ。

 

「駆紋君、上杉君帰ったよ」

 

「早過ぎないか」

 

厨房の奥に戒斗を残して。

 

「駆紋君も帰る?」

 

「ああ。そうさせてもらおう」

 

そして着替えようとした時、タイミング悪く映画の団体が入ってきたことでドアが塞がれた。

 

「失礼します。今日はよろしくお願いします」

 

「来た。サインもらっちゃお......」

 

出演者の女優たちがわいわいとはしゃぎながら芸能人のオーラを纏って入ってくる。一人一人と挨拶を交わしていると、最後に一人入ってきた女優を見て、戒斗は目を見開いた。

 

「よろしくお願いしまーすぅ......!?」

 

「む、一花」

 

一花と言っても、格好はセーラー服に防寒着を来ているだけ。それだけならばまだ普通に見れる範囲ではあったが、問題は髪型にあった。短い髪を二つのリボンでそのまま結んでおり、その見た目は頭の悪さをさらけ出していた。

 

「あっ、このお店って......!」

 

まさか戒斗と会うとは思っておらず、一花は俯いて顔を赤くした。

 

「お前が出演するのか。なら見学させてもらおう」

 

戒斗は店長にそう伝えたが、店長は他の女優相手にデレデレしていたので聞き取られなかった。

 

 

 

 

 

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