上杉とバナナと五つ子   作:フェンネル

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成長

「カメラチェックしまーす」

 

「ケーキ用意してもらってる?」

 

「台本確認しよっと」

 

「照明どこ置きましょう?」

 

戒斗の前から動けずにいた一花は、一度深呼吸して向き直る。

 

「よろしくお願いしまーす」

 

そして戒斗の姿を見なかったことにして、そのまま素通りしていった。

 

「(あいつらが言っていた通り、女優の仕事を続けてたか......それも、私生活に影響が出るほどに)上杉が見たら間違いなく激怒するな」

 

そう考えれば帰ってよかったと戒斗は思う。そして店長の方に戻ると驚かれた。

 

「なんだ、少しは興味あるんだね」

 

「ああ。それにしても、冬休みの書き入れ時に撮影とは、よく許可したな」

 

「ふふふ......このごろは向かいの糞パン屋にお客を取られてる厳しい状況でね。もしこの映画がヒットしたら、聖地としてファンが押し寄せるに違いないよ......」

 

そして先程作った美味い方、風太郎が作った方ではないパイに店のピックを刺していく。

 

「駆紋君も手伝ってくれ。積極的にさりげなくアピールするぞ」

 

「リハーサル開始しまーす。こちらのパイでよろしいですね?」

 

「ええ!こっち向きでお願いします!」

 

戒斗は今から始まる撮影に目を向けた。やはり雰囲気はしっかりとあり、スタッフやカメラアシスタントの顔にも緊張が走っていた。

 

「それでは、シーン37の4。アクション!」

 

最初は一花のセリフから。

 

「ここのケーキ屋さん一度来てみたかったのです〜」

 

良く言えば元気そうに。悪く言えばアホ丸出しで。

普段とは違いすぎる一花を見て、戒斗は思考が停止した。

 

「タマコ!そんなこと言ってる場合じゃないよ!」

 

「え〜、なんの話です〜?」

 

「......なんの映画だ?」

 

「ホラーって聞いてたけど」

 

戒斗はその言葉は間違いだろうと思ったが、呪いのリプライだの送られると死ぬだのという言葉が出たことで、無理やり納得した。

そしてその後の、一花演じるタマコの

 

「う〜ん、タマコには難しくてよくわからないのです〜」

 

というセリフを聞いて、この映画はどこを目指しているのだと答えの出ない疑問を浮かべていた。

 

「それよりケーキを食べるのです〜」

 

「まぁ私たちも本気にしちゃいないけどさ」

 

シリアスな場面のようにも見えるが、タマコのせいで戒斗にはギャグシーンにしか見えなかった。

 

「配役を間違えて......はないか」

 

「その通り。一花ちゃんは幅広い役を演じられる女優だと私は信じてる。特に君と関わった後はね」

 

いつの間にか隣にいたのは、お馴染みの社長。

 

「久しぶり」

 

社長の雰囲気はあるものの、やはり色物臭は消えておらず、戒斗は顔を引きつらせた。

 

「あぁ。娘は元気か?」

 

「...........」

 

リハーサル中、一花は戒斗を気にしているようだった。

 

「どうした?」

 

「継ぎ一花だよ?」

 

「あっ!」

 

そのため自分の番が回ってきても上の空だった。

 

「......すみません、少しだけいいですか?」

 

「カットー」

 

少しの休憩の間、一花は戒斗を暗い物置まで連れていき、壁際に立たせた。そして壁を勢いよく叩く、所謂壁ドンをした。

 

「どうした」

 

「戒斗くん、恥ずかしいから見ないでくれるかな?」

 

「そう思うなら役を引き受けなければ良かっただろう」

 

一花の声は震えており、強がりであることは目に見えていた。

どうやら食費や光熱費などが思っていたよりもかかるらしく、貯金が心もとないらしい。だからどんな小さな仕事でも引き受けると決めたという。

 

「あの子たちのためにも私が頑張んなきゃ。だから止められても......」

 

「止めるわけないだろう」

 

「え?」

 

一花は勘違いをしており、戒斗や風太郎に頭ごなしに否定されて勉強しろと言われると思っていた。

 

「俺はお前の努力を否定しないし、上杉も家庭教師を続けるチャンスを作ったお前に感謝している。お前自身が本気で追いかけている夢を、何故否定できる?」

 

「......そうだった。戒斗くんってこういう人だったね」

 

「実入りの少なさ等不安はある。だが前にも言った通り、俺はお前を応援する。もし誰かがお前の夢を否定するようなら俺が何とかしてやる」

 

「......ありがとう戒斗くん。さすが私のファン一号だね」

 

一花の中にあった問題は解決し、顔も晴れ晴れとしていた。いつもの調子を取り戻して現場へ戻り、撮影を再開した。

 

「う〜ん、おいしいのです〜」

 

「はいカット!いいねー。今のもいいけどもう一パターンやってみようか」

 

「はい!」

 

一花が調子を上げている頃、戒斗は風太郎に電話していた。一花がケーキ屋にきて撮影していると伝えた時、今すぐ連れ戻せと怒号が飛んできたのですぐに音を最小まで下げた。

 

「ちなみに、さっきお前が作ったパイを持って行ったぞ。本番用にな」

 

『何ぃぃぃ!?待て待て待て!』

 

「スタンバイできました」

 

「本番!アクション!」

 

風太郎の必死の制止も虚しく、本番が始まった。

タマコはパイを口に入れ、飲み込んだ。

 

「う〜ん、おいしいのです〜!」

 

パアアア、と効果音が出そうなほど純粋な笑顔を見せたタマコを、監督は褒めちぎっていた。

 

「いいねぇ、最高!」

 

「ありがとうございます!」

 

「どうする上杉、まだ止めるか?」

 

『...........』

 

しばらくするとツー、ツー、と通話終了の音が流れた。

パイを美味いと言われたのが嬉くなったのか、それとも携帯の充電が切れたか、どちらが正解かなど分かりきっていた。

 

「それでは休憩挟んで次の撮影いきまーす」

 

「差し入れです......よかったらインスタに載せてくださいね......へへへ......あれ?駆紋君、最後まで見てかないの?」

 

「ああ、見たいものは見たからな」

 

店を出ようとしたところ椅子の下に落ちている一冊の台本が目に入る。隅に書かれた名前を見ると、”中野一花”と書かれていた。

 

「次のシーンなんだっけ?」

 

「ほら、ここだよ」

 

「(部屋の時といい、物の扱いが雑だな)」

 

社長に一花の居場所を聞いて向かうと、隠れて勉強をしていた。

 

「問五、間違えてるぞ」

 

台本で一花の頭を軽く叩く。

 

「あ、はは......見られちゃった......」

 

「隠す必要ないだろう」

 

「こういうのは陰でやってるからかっこいいんだよ」

 

戒斗はよく分からなかったが、とりあえず隣に座った。この時なぜ座ったのか、彼自身も理解できずにいた。

 

「台本は見なくてもいいのか?」

 

「うん。そっちは全部覚えたから」

 

「早いな」

 

序盤で呪い殺されるから出番が短いのだと言われ、前の映画と言いよく死ぬ一花を少し不憫に思ったりした。

ちなみに一花には言っていないが、戒斗は一花が出た映画はしっかり見ている。変に言うと調子づくので、言わないようにしていたのだ。

 

「ていうかさ、ここのケーキすっごく美味しいね」

 

「あれは上杉が作ったものだ。元は吐くほどまずかったが、少し手を加えてな」

 

「へぇ、やっぱすごいね。でもたしかに生っぽい感じはしたね。頑張って隠したけど」

 

「大した演技力だ。あの社長が目にかけるのも頷ける」

 

戒斗が珍しく褒め、一花は嬉しそうに笑った。

そして戒斗の方に寄りかかる。戒斗が一花の方に目を向けると、眠っていた。

 

「......まったく、上杉やあいつらにも見せてやりたいところだ」

 

そっと一花の肩を抱き、寝やすいよう膝枕をする。それは昨日もこの方が寝つきが良かったように見えた故の、戒斗なりの配慮だった。

そして誰にも見られていないところで、一花を撫でた。

 

「よく頑張ったな、一花」

 

戒斗の優しさに、一花はときめいた。普段あまり見せないだけに彼女にとってその行動は大きなギャップとなる。

 

「(こんな時まで演技だなんて......これじゃあ本当に嘘つきだよ......でも......)」

 

突然だが一花は寝た演技をしていた。結果として見事に戒斗を騙せたわけだが、そんなことをしたのには他に理由があった。

 

「(こんな顔、見せられないよ)」

 

自分の体温がどんどんと上がっているのを自覚しながらも、一花は狸寝入りを続けていた。戒斗に今の顔が見られないように、恥ずかしさで満たされないように。

 

「(誰にも、渡したくないなぁ......)」

 

そしてどこかで、五月と一人の男が待ち合わせをしていた。

 

「ご無沙汰だね五月君。今日は君たちに通告に来たよ」

 

男の正体は中野父。

通告とはなんなのか、それは彼のみぞ知る。

 

ちなみにあの映画は爆発的ヒット......と都合のいいようにはならなかったが、とあるシーンで男の霊が映っていると噂になり、戒斗と風太郎のバイト先の店は心霊スポットとして一部ファンの聖地となったりした。

 

その霊の正体は戒斗で、風太郎と電話している時偶然カメラに映りこんだという。

 

閑話休題。

五月と中野父は、カフェにて食事をしていた。

 

「飲まないのかい?それとも食べたばかり......ではないようだね」

 

五月の腹が大きく音を出した。そして中野父がサンドウィッチを全種頼もうとしたところ五月は止めようとしたが、食欲に抗うことはできず食べることとなった。

 

「いい子だ。五月君は素直で物分りが良い。賢さというのはそのような所を指すのだと僕は思うよ。だから君をここに呼んだんだ」

 

「......お父さん、私を呼んだ理由はなんですか?」

 

「父親が娘と食事をするのに理由が必要かい?」

 

そんな会話があったことなど露知らず、二乃、四葉、戒斗、風太郎の四人は買い物をしていた。正確には二人は呼び出されて付き合わされていた。

 

「うっ......ふー、ふー、重っ......落ち着け俺......力学的に、一番効率的なのは......っ」

 

などと言いながらも風太郎は結局米を持てなかった。

そして四葉は片手で持ち上げ、風太郎との力の差を見せつけた。

 

「わっ、とと......!」

 

「おっと。大丈夫か?」

 

「あ......す、すみません」

 

風太郎に見せびらかしていると四葉は躓いて転けそうになった。それを風太郎に受け止められ、四葉は少し恥ずかしくなった。

 

「ちょっと荷物持ち、イチャついてないで早くしなさい」

 

「に、二乃!」

 

「ていうか、こんな時間に呼び出したと思ったら......」

 

「今日は特売日なの。それくらいは一人で持ってよね」

 

風太郎は心から面倒くさそうにしていた。

 

「お前が思っているより米は重いぞ」

 

「ふーん。でもあんたは持ってないからわかんないでしょ」

 

「じゃあお前が持てよ」

 

後ろから怨念を送り込む風太郎を無視して、二乃は三玖に頼まれていたものをカートに入れた。それは、チョコレート。所謂板チョコ。それが三枚。

 

「......そんなに食うのか?」

 

「まぁチョコと言っても使い方はある。違ったものを作れば飽きが来ないかもしれん。だが吐くぞ」

 

「あんたら察し悪すぎでしょ」

 

「まだ一月なのに気が早いんだからー」

 

二人は首を傾げるだけだった。そして四葉は我慢していたのか唐突にトイレへ向かい、米を二乃に押し付けた。

 

「え、これ重っ......!」

 

二乃はヒールを履いていたが故に傾き、倒れそうになる。

 

「だから言ったろう。重いと」

 

「......!」

 

そして支えたのは戒斗。

その行動に二乃は胸の高鳴りを抑え込めずにいた。

 

「(最近変だわ......バロン様のこと、まだ忘れられてないのかしら......でないとおかしいわ......)」

 

二人は別人だと割り切ったのに、二乃がそう考えていると、戒斗に顔を覗きこまれた。

 

「おい、大丈夫か」

 

「っ!な、なんでもないわよ!」

 

「おーい、イチャついてないで行くぞー」

 

「うっさい!」

 

風太郎にし返しをされ、二乃は行き場のない怒りを戒斗にぶつけるのだった。

 

「つーかさっき四葉がお菓子入れてたぞ」

 

「あの子ったら、財布の中も怪しいってのに......やっぱり少しくらいのバイトは検討すべきかしら」

 

「つーかこれお子様向けだろ」

 

「あら、女はいつまでも少女の気持ちを忘れないものよ」

 

風太郎は無視してカートを進めた。そして戒斗も耳を傾けず米を運んだ。二乃は城で舞踏会や白馬に乗った王子に憧れているなどと言っていたが、風太郎は離れていたので戒斗はせめてもの返しをした。

 

「そうか」

 

「そうよ!......全く、その王子様があんただなんて絶対にありえないわ!」

 

「まだ引っ張ってるのか。お前も面倒な女だな」

 

「あのねぇ、私が何年バロン様を......って聞きなさーい!」

 

6283円の会計を済ませ、荷物を運ぶ三人。四葉が一向に戻ってこないことから、迷子になったのではという説が出た。そして二乃はあながち否定できないことに呆れた。

 

「ん?あそこに四葉が......いや違うな。五月か」

 

「え?なんであの子がここに......あら本当だわ」

 

「つーか、え?向かいの席に座ってるの......」

 

「パパだわ」

 

それを聞いて風太郎は焦った。そして中野父の顔を見て驚愕した。

林間学校で体調を崩した時、入院していた病院の医者と同じ顔だったから。

 

「(あの人が、こいつらの父親......!)」

 

二人は五月と中野父に見られぬよう背を向けて会話が聞こえる別の席へ座った。

 

「ていうか戒斗どっか行ったわよ」

 

「何っ!?」

 

 

 

 

 

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