「君たちのしでかした事には目をつぶろう。しかしどうやら満足いく食事もとれていないようだ。すぐさま全員で帰りなさい。そう姉妹全員に伝えておいてください」
「......それは彼らも含まれるのでしょうか?」
「上杉君と駆紋君のことかい?これは僕たち家族の話だ。二人はあくまで外部の人間ということを忘れないように。それにはっきり言って......僕は彼らが嫌いだ」
「「(大人気ない!)」」
五月と二乃の心の声が重なる。二乃が風太郎に父親に何をしたのかと聞けば、顔を逸らして心当たりがないと誤魔化された。
「お客様、着席前にご注文をお願いしております」
「あ、じゃあコーヒーの.....ショ、ショート......」
一番安くて280円。風太郎からすればかなりの痛手。五月と中野父の話は進んでいく。
「まだ......帰れません。彼らを部外者と呼ぶには、もう深く関わりすぎています。せめて次の試験までの間、私たちの力だけで暮らして───」
「君たちの力とはなんだろう?家賃や生活費を払ってその気になっているようだが、明日から始まる学校の学費は?携帯の契約や保険はどう考えているのかな?僕の扶養に入っているうちは何をしても自立とは言えないだろう」
一気に捲し立てるように言う中野父の言葉はもっともで、五月は何も言えなかった。
「ではこうしよう。上杉君の立ち入り禁止を解除し、家庭教師を続けてもらう」
「!」
「ただし僕の友人のプロ家庭教師との二人体制、上杉君は彼女のサポートに回ってもらう。君たちにとってもメリットしか無い話だ。一対五ではカバーできない部分もあるだろう」
美味しく聞こえるこの話、一つおかしな点があった。
「あの、戒斗さんはどうなるのでしょう......?」
「彼はクビにするよ」
「なっ......!?」
「彼だけは君たちに近づけたくないからね」
それを聞いて二乃と風太郎も驚き、続きの言葉を待つ。
「し、しかし皆この状況で頑張って......」
「四葉君は赤点回避できると思うかい?二学期の試験の結果を見せてもらったがどうだろう?とてもじゃないが僕にはできるとは思えないね」
四葉の努力を知っているからこそ、そんな言い方をされては怒りが湧いてくる。そして怒りが頂点に達した風太郎は、一言言いに行こうとする。
「ダメよ。あんたが行っても状況が悪くなるだけだわ。それに、パパの言ってることも間違いじゃない」
二乃に止められて風太郎は何とか湧き上がる激情を抑え、今にも飛び出しそうになりながらも二人の話を聞く。
「そう、ですね......プロの方を含めた二人体制の方が確実ですが......」
「やれます」
五月では無い誰かがそう言い切った。
「私たちと上杉さんと駆紋さんならやれます」
「四葉......」
「七人で成し遂げたいんです。だから信じてください。もう同じ失敗は繰り返しません」
「では失敗したら?......東京に僕の知人が理事を務める高校がある。あまり大きい声で言えないが、無条件で三年からの転入ができるように話をつけているんだ」
そしてもし次の試験で落ちれば、その学校に転校する。プロの家庭教師と風太郎の二人がかりならそのリスクは限りなく小さくなると保証する、と中野父は言った。
「それでもやりたいようにやるのなら後は自己責任だ。分かってくれるね?」
中野父の凄みのある冷たい眼光を向けられ、四葉はたじろぐ。
「......わかりました」
五月の言葉を肯定と捉えた中野父は、席から立ち、帰ろうとする。
「では、こちらで話を進めておこう。五月君ならわかってくれると思ってたよ」
「いいえ。もしだめなら転校という条件で構いません」
「......ほう?」
「私には、戒斗さんのいない日常なんて考えられません。プロの家庭教師の方より、あの人が良いです」
それを聞き、中野父の顔から感情が消える。五月は眉を下げて申し訳なさそうな笑顔を向けた。
「素直で物分かりが良くて、賢い子じゃなくてすみません」
「だそうだが、どうする?」
ここで中野父の肩に手を置いたのは、戻ってきた戒斗。
中野父は好戦的な笑みを見せている戒斗の顔を見て、憎々しげに歯噛みした。
「駆紋、戒斗......」
「ようやく貴様を思い出したぞ。中野マルオ」
「へぇ。遅かったじゃないか。その様子だと他はまだみたいだね」
風太郎たちには分からない話を始め、静かに火花を散らすマルオと戒斗。周りが緊迫した空気に気を張りつめる中、マルオは戒斗の手を振り払う。
「......どうやら、子供のわがままを聞くのが親の仕事らしいね。そして子供のわがままを叱るのも親の仕事。次はないよ」
マルオはポケットに手を入れる。何気ないその行動は、戒斗にしてみれば今にも戦闘を開始しようとしていることは明白だった。
「そうするということは、貴様も覚悟を持った......と俺は受け取るぞ」
互いの間合いへ入り、マルオはメロンエナジー、戒斗はバナナロックシードを取り出そうとする。
「......駆紋戒斗、この試験で失敗した場合、君は今後一切、僕の家族たちへの干渉を禁ずるよ」
「俺を従わせたければ力を見せろ。俺を認めさせるだけの力をな」
「......変わらないね、君は」
「貴様も同じようなものだろう」
一通り言葉を交わした後、マルオは手に握っていたメロンエナジーロックシードを出すことなく、そのままポケットから手を出した。それを見て戒斗も戦闘態勢を取るのを辞めた。
「前の学校の時とは違うから」
「僕も、期待しているよ」
戒斗への警戒を解くことなく、四葉の言葉にまるで機械のような声で淡々と答え、マルオは去っていった。そして風太郎と二乃が合流し、四葉と五月が吃驚する。
「想像通りの手強そうな親父だったな」
「そうね。あの人が言ってることは正しい。だってあんたらだけじゃ不安に決まってるもん。あーあ、プロがいてくれたらなー」
「に、二乃!失礼ですよ!」
「お前、戒斗がどれだけ必要な存在か気づいてないらしいな......」
風太郎と二乃が口論をはじめようとしたが、すぐに治まった。互いに不毛であることに気づいたのだろう。
「私達がここまで成長できたのもパパのおかげ。当然感謝してるわ。......けど、あの人は正しさしか見てないんだわ」
そこから転校という話について四葉と五月から家の事情で振り回して振り回して済まないとの謝罪を受け、戒斗はマルオから言われたことを思い出した。
「次無理ならばクビ......か」
「そうよ。あんたの代わりにプロの人が入るの。あーあ、コッチにならないかなー」
煽るようにそう言う二乃だが、それはあくまで煽りであって、本心ではなかった。
「俺はクビになっても構わん」
「えっ!?ちょっと!」
事実、戒斗がマルオの発言を肯定すると、このように大きく慌てる。
「が、それはあの男の言いなりになったようで気に食わない」
「そ、そうよね!(あ、焦った〜っ!言いすぎたのかと思っちゃったわ!)」
二乃の慌てように戒斗が疑問を抱くが、それはすぐに消え去った。
その理由は、隣でやる気が漲っている風太郎にあった。
「正直お前たちの事情なんざどうでもいい。俺は俺のやりたいようにやる。戒斗と、お前たちを進級させる!全員揃って笑顔で卒業!それしか眼中にねぇ!」
「ふふっ、頼もしいですね」
二乃、四葉、五月も当然と気合いを入れ直した。
そしてそれぞれの時は廻り、期末試験当日。
○○○○○
───最後の試験が三玖の場合───
「それでは試験を開始します」
この試験で目指すのは赤点回避だけじゃない。
他の姉妹に、自分にも負けない。あの日、そう決めたんだ。
○○○○○
「冬休みも終わっちゃったね」
冬休みが終わり、炬燵でだらけながら学校であったことを話している中野家。
「あんたたちのクラスも進路希望調査もらった?」
「何書けばいいかわからない」
「一花はすぐ書けるね」
「うーん、まだ学校に言ってないんだよね」
各々が悩む中、いつものように風太郎と戒斗が入ってきた。
「おーし、今日も授業を始めるぞー」
「ぜひやってください!そして教えてください!試験突破に何が必要なのかを!」
「お、おう......乗り気なのは助かるな......とにかく授業だ。目指せ30点超え......」
五月の圧に押されかけている風太郎が最低限の目標を言おうとした時、鼻血が出てきた。
「わっ!鼻血ですか!」
「エッチな本でも見たんじゃない?」
一花が適当な理由を作り出すが、風太郎は鼻血の理由を理解していた。
その原因は、十割方三玖である。
「ここ最近、何故かずっと市販のチョコを無理矢理食わせてきやがる」
「今日も持ってきた」
三玖の手には大量のチョコが。風太郎は頭痛と共にそのチョコを一つずつ口に入れるのだった。
「あら、丁度甘いものが食べたかったの」
「二乃にはあげない」
「はぁ?独り占めしないでよ」
「しないよ。まだ」
三玖の言葉を理解できずに次の言葉が出ない二乃。何を言えばいいか分からなかった。そんな三玖を見て、一花は五月と話していたことを思い出した。
「(独り占め......か。三玖も聞いてたのかな?)」
「てことで全部食べて感想教えて」
「何の罰ゲームだ」
机に置かれた山積みのチョコを見て、風太郎は灰になろうとしていた。
「わ、私も一つくらい......」
「だめ」
「もーみんな、あと二か月なんだから勉強するよ」
真面目なのは四葉のみ。五月は食欲に飲まれ、三玖はチョコの感想を。風太郎は口に入れてはいつ吐くのかと震え、二乃は戒斗となにやら話していた。
「(そっか。バレンタインだもん。好きな子に振り向いて欲しいよね......考えたら、今まで意識したことなかったよ)」
戒斗に視線を向ける。彼は菓子作りが上手いゆえに満足させられるチョコを自分が作れるかといえば怪しいところ。
「(でも戒斗くんって、そういうの疎そうだよね......)戒斗くん」
「どうした」
「チョコ好き?お姉さんが作ってあげよっか?」
この質問に、戒斗は顔を逸らして答える。
「......興味無い」
「(あー、まただ......また避けられた......)」
戒斗は基本ケーキなどを作る際、自分の分を作らない傾向がある。そもそも食欲がないと言っているが、一花は戒斗が度々良くない反応を見せることから、それは建前であり、本当は避けているのだと思っていた。
「......そっか」
「すまないな」
「全然いいよー......(カレーの時みたいにはいかないなぁ......)」
それから一花はずっと沈んでおり、風太郎もチョコ食いをしていたので勉強どころではなくなった。
「あんたね、厚意は受け取りなさいよ」
「無理にいると言ったところで一花は喜ばんだろう」
「あんたほんとなんにも食べないわよね。味音痴だし、味覚無くなってんじゃないの?」
「そうかもな」
馬鹿じゃないの、と二乃が吐き捨てるとその話は終わった。
「(......私がチョコ作っても食べてもらえないわね。ま、作る気ないけど)」
その日の夜、三玖はチョコ作りに勤しんでいた。
「三玖、まだ起きてたんだ」
「一花。起こしてごめん」
「いいよ。どう?調子は。フータロー君の好み、把握してきたんじゃない?」
「......うん。私は甘いの苦手だからよく分かんなくて......試作品を作ってるんだ」
三玖が一度かき混ぜればそれは紫色に染まり、毒々しくなった。
「......ドクロマーク浮かんでない?」
「これは大丈夫な方のドクロマーク」
そう言うものの、人が食えば間違いなく悶え苦しむ見た目をしていた。大丈夫な方のドクロとはなんなのか一花は考えるも、結論は当たり前ながら出なかった。
「もっとシンプルなレシピでいいんじゃない?溶かして固めるみたいな......って言いたいけどダメだね」
「......うん。好きな人には、ちゃんとしたやつを渡したいし」
「うーん、私も料理の腕はイマイチだしなぁ。あ、そだ。私の知り合いに料理上手な人がいるんだ。その人に教えてもらいなよ」
「料理上手な人......?」
そして時は流れ、料理上手な人との約束の日。
三玖が毎度の如くドクロマークが浮いている完成したチョコを盆の上に乗せて待機していると二乃が入ってきた。
「あれ?一人で何してんのよ」
「二乃......今日は勉強会のはずじゃ」
「一花に呼ばれて戻ってきたのよ」
「え、一花の言ってた人って......」
ドンッ!!
「「!!」」
突然何かが叩きつけられた音が響き、二人は肩を震わせた。
「何よ今の。びっくりした......ってこっちにもびっくりだわ。美味しくなさそうだし、めちゃくちゃじゃない。こんなのもらって誰が喜ぶのよ」
またいつものように膨れっ面で三玖が怒ると思い、このように馬鹿にしていた。
「......うるさい」
「ヒッ......」
だが、三玖が涙目で消えそうな声で一言言ったことで、二乃は血の気が引くのを感じた。
「で、でも料理は真心って言うし、手作りに意味があるのよね。私だって失敗することだってあるわ。それに少し下手っぴの方が愛嬌あるしこれなんて虫っぽくて可愛いわ」
と必死に言葉を繋いでいき、何とか三玖の機嫌をとろうとする。
「最近......フータローが私の料理を食べてくれない。心当たりはある。私が不器用なのも知ってる。だけど作りたい。教えてください。お願いします」
そう言って三玖は頭を下げた。
二乃は昔から内気だった三玖の素直な気持ちを聞いて、三玖が作ったチョコを食べる。
「油分と分離してるわ。生クリーム......は結構いいじゃない。まぁそれ以前の問題がありすぎるけど......全く面倒くさいわ。準備しなさい」
「うん......!」
「まったく、面倒な性格だわ」
「生クリームは戒斗に教えてもらった。時間が取れないからそれだけ」
それを聞いて二乃は対抗心を燃やした。姉妹への初めての料理指導が自分ではなく戒斗とは何事だと。
それから朝までチョコ作りが続き、三玖はやや遅めに起床した。
「三玖、おはようございます」
「今日もチョコ食っといたぞ」
炬燵には五月と鼻にティッシュを詰めた風太郎がいた。
そして風太郎が来たならばちょうどいいと作ったチョコを渡そうとした時、既に無くなっていることに気づいた。
「こ、このチョコは......」
「ああ、食ったのそれだ。うまかった」
三玖は嬉しさで飛び跳ねそうになるのを堪え、そのチョコは自分が作ったのだと言おうとした。
「お前には伝えておくべきだったな。やはり三玖が一番だ」
「い、一番?それって......」
「先日行った模擬試験の結果だ!お前が一番の成績だ!」
63点の答案を見た三玖は風太郎の思わせぶりな発言に騙され、無気力な声で答えた。
「あ、そう」
「これは希望が見えてきたぜー!」
そして褒められたことを思い出して小さく笑った。
「私頑張るから。見ててね、フータロー」
夕方。
「うーさむさむ」
一花は白い息を出しながら部屋までの階段を上っていた。一花がふと見上げると、一番上には三玖の姿が。
「お仕事お疲れ様」
「あ、三玖。何してるの?ていうか今日どうだった?」
「一花は......」
一花の質問に答えることなく、三玖は見透かしたように告げる。
「戒斗のこと好きなんでしょ?」
質問を質問で返されたからではなく、三玖の言葉が正しかったので一花は答えられなかった。
「一花が違うって言ったとして、チョコあげようとしてたでしょ」
「......見てたんだ」
「で、あげないの?」
「戒斗くんはね、滅多にご飯とかお菓子とか食べないんだ。それにお水も飲まないし」
それがどうしたのだと三玖が聞けば、一花は悲しげに俯いた。
「......私がチョコあげても、戒斗くんは無理して食べると思うんだ。そんなの見たくないし、させたくもない。だからあげない」
「......そう」
それから三玖は何も聞かなかった。一花の顔を見れば、それ以上詮索する気にもならなかった。
○○○○○
あの時の一花は、本当に辛そうだった。改めて戒斗のことが好きなんだって実感した。
その時のことを、私は今もふと考える。このテストで五人の中で一番の成績を取ったら、自信を持ってフータローの生徒を卒業して告白する。そうしたいと思ってた。
でも、今はいいかなって思った。フータローは他の何かをすごく気にしてるように見えるし、告白して無理をかけるのもよくないと思う。
でも私がフータローを好きなのは変わらないし、隙があればしようかなと思ってる。
まぁ赤点回避できたらだけど。
私は返ってきた答案全てに目を向けて点数を確認した。
国語50点
数学55点
理科48点
社会82点
英語41点
合計276点
中野三玖/合格
たいへんよくできました。
......やった。
ありがとう。フータロー、戒斗。