───最後の試験が四葉の場合───
「それでは試験を開始します」
今まで失敗続きの私だけど、勉強の神様、どうか今だけは私に力を貸してください。だって、あんなにみんなで頑張ったんだから。
○○○○○
「わっ!鼻血ですか!」
「エッチな本でも見たんじゃない?」
「もーみんな勉強するよ。試験まであと二か月なんだから」
「そうだ!お前ら四葉を見習え!」
ということでその日から勉強を続け、試験まで残り一か月を切ったある日。風太郎は行き詰まっていた。
「えーっと、私が感じたことってなんだろう......」
その理由は、作者の気持ちを答える問題で文通り作者の気持ちを考えるのではなく、読者の自分が思ったものを書く、という風に風太郎が教えたものの、五つ子たちは連日の勉強漬けによりダウンしていた。
「(くっ......IQの差とはなんて残酷な......!)」
風太郎自身、教師としてのノウハウがない自分に教える上での限界が来ることは危惧していた。そしてそれが遂に来てしまい、何が分からないのか分からず、どう教えればいいかが分かっていなかった。
「なんかわかんないけど失礼なこと言われてる気がするわ」
「まぁ、問題を解く以前にみんなの集中力の限界だよねぇ」
「連日勉強漬けですからね......」
「わ、私はまだできるよっ!」
風太郎は確実な赤点回避のためのあと一押しが足りないその差を何とか埋めようとするが、「良い教師になるためのいろは」という本を読み、そこに書かれている”詰め込みすぎは逆効果”を見て時には飴も必要かと思った。
「そうだな、明日は一日オフにしよう」
ということで翌日。戒斗を除いた六人は遊園地に来ていた。
「ねぇ、戒斗くんは?」
「なんか外せない用事があるんだってよ」
「ふーん......」
「まぁ、今日だけは勉強を忘れることを許そう。思う存分羽を伸ばせ」
勉強脳の風太郎のこの発言に五つ子たちは目を丸くしながらもそれぞれどのアトラクションを楽しむかを楽しそうに話していた。
「ここに戒斗もいてくれりゃいいんだけどな......」
「たしかにそうですね。戒斗さんがいないのは悲しいですが、とりあえずはみんなで楽しみましょう!」
「「「「「おーーっ!!」」」」」
一花と五月はジェットコースターを。
二乃は怠そうな風太郎とお化け屋敷に。
三玖は四葉とメリーゴーランドに。
「次はあれに乗りましょう!」
「い、五月ちゃんちょっと待って......」
ジェットコースターで疲れようと五月はお構い無しに次へと向かう。一花はくたびれた体を何とか動かして五月に付き合った。
「そういえば四葉は?」
「また迷子だろ」
「四葉ならお腹痛いってトイレだってさ」
「何故直接言わない」
風太郎はふとある一点を見つめる。そして便所に行くと言って観覧車の方へ急いだ。すると係員の驚きと呆れた声が聞こえる。
「ええっ!?もう一周ですか!?並んでるお客さんいないんでいいですけど......いったい何周するんですか......」
「乗りまーす」
「あ、そこは別のお客様が......」
「相乗り、いいだろ?」
風太郎が乗ったゴンドラには隠れて勉強をする四葉がいた。
「ど、どうぞ......」
それから観覧車が上がり始め、それと共に二人は会話を始めた。
「しっかり隠れてたはずなのに......なぜ見つかったのでしょう......」
「頭のそれ、見えてたからな」
「ああっ!頭隠してリボン隠さずですね!」
風太郎は四葉の隣にある教材に目を向ける。それに気づいた四葉は自分は四人より体力があるので勉強できると言った後、姉妹の中で自分が一番馬鹿だと自虐した。
「お前が馬鹿なことくらい、みんな知ってる。だがせっかく貯金はたいて遊園地に来てんだ。それに今日は休日だぞ」
「上杉さんは知りません。私がどれだけおバカなのか。......私たちが転校した理由をご存知ですか?」
「この前一花から聞いたぞ。落第寸前になったんだってな」
「あはは......」
それから四葉は語り出した。
元々五人がいた高校は所謂名門であり、試験に落ちれば落第など珍しくなかったこと。
それならば頭の悪い自分たちは落ちるが、追試のチャンスが与えられたこと。
そして全員勉強して再起を図り───
「......お前だけ落ちたのか」
「さすが、上杉さんはなんでも正解しちゃいますね」
風太郎は気づいた。
落第したのは四葉一人。それなのに全員が転校してきたということはつまり。
「みんな私についてきてくれたんです。嫌な顔ひとつせず」
「例の五人でいることが重要とかいう教えか」
しかしそれは救いでもあるが、大きな枷になっているに違いない、と。
「だからお願いです。勉強させてください。もう足を引っ張りたくないので」
「今日は休日だって言ったろ。......だが残り半周、手持ち無沙汰だ。他の四人には秘密な。やるぞ、マンツーマン授業」
「......はい!」
風太郎はこんな状況でも勉強に意欲的な四葉を見てクククと邪悪な笑い声を出した。
「いい機会だ!昨日教えきれなかった国語の文章問題、今日こそ理解させてやるぜ!」
「あ、それは大丈夫です。昨日ちゃんとできるようになりましたから」
その言葉を信じず四葉のノートを見る。すると本当にできており、他の姉妹に教えるのは難しかったのに、と考えていた風太郎の中で、一筋の光明が見えた。
「四葉!」
「はいぃ!」
突然肩を掴まれたことに驚き、風太郎に頂上という絶好のタイミングで何をするのか、マンツーマンではなくマウストゥーマウスをするだとか、正月のアレは事故だなどと風太郎を止めようとする。
「お前らの親父は正しい。二人体制なら何とかなるかもしれない」
「できればおバカな私にもわかりやすく......あれ?今も二人体制じゃ......」
「戒斗は予定が入ったりするから毎度来れるわけじゃない。そういう時は二人、あいつも来てたら三人だ!お前は国語、他の四人はそれぞれ得意な教科を教えるんだ!」
「無理無理無理無理」
無理じゃないと四葉のマイナス思考を真っ向からぶった斬り、五つ子なら感じたまま言えば分かるはずだ、他の四人にできて四葉にできないなどあるはずがないと理由を述べた。
「おバカな私でもみんなの役に立てるんですか?」
「至らぬ教師ですまない。これからは全員生徒で全員家庭教師だ」
「おバカな私にできることがあるんですか?」
「お前にしかできない仕事だ」
「もう、足を引っ張るだけの私じゃないんですか?」
「ああ、今度はお前がみんなの手を引いていくんだ」
四葉はこんな自分でも役に立てるのだと聞き、より一層気合を入れた。
「任せてください!私が四人を合格させます!」
「おいおい、お前が最優先だってこと忘れんなよ......」
そして時は経ちテスト返却の日。
「四葉!試験の結果はどうだった!?」
「上杉さんすみません。実は、姉妹に教えてもらった方がわかりやすいこともありました」
「だろ!」
「不出来ですみません。......そして、ありがとうございました」
四葉は深く、深く頭を下げた。そして地面に涙であろうものが零れ落ちた。
それが何を意味するのか、風太郎は勘づいた。
「私......初めて報われた気がします」
国語60点
数学40点
理科39点
社会43点
英語41点
合計223点
中野四葉/合格
たいへんよくできました。
「頑張ったな、四葉」
「っ、はい......!」
それから風太郎は、四葉が泣き止むまで近くに座っていた。
本で見た通り時折頭を撫でたりすると、四葉は少し落ち着きを見せた。
「すみません。お時間を取っちゃって」
「生徒の面倒を見るのも教師の役目だ。だから安心して泣け」
「うーっ、また涙出そうですぅ......」
○○○○○
───最後の試験が五月の場合───
「それでは試験を開始します」
お父さんとの約束もありますが、私の夢のため、まずはこのままこの試験を通って進級しないことには話になりません。
○○○○○
「わっ!鼻血ですか!」
「エッチな本でも見たんじゃない?」
その日の勉強会で、五月は赤点回避よりも進路希望調査の件が頭から離れなかった。
そして1月14日、風太郎は憤っていた。
「今日で三学期が始まって一週間。せっかくの日曜日でこれからって時に、何故五月がいない!あれだけやる気があったにも関わらず!何考えてんだあいつはッ!!」
風太郎が怒鳴り散らすのを見て四人はどうにか落ち着かせようとする。
「まぁまぁ」
「静まって」
「でも本当にどこ行ったんだろ......」
「ほら、五月はあれよ。今日は「あの日」なのよ」
風太郎はノーデリカシーの名を欲しいままにするように「あの日」について詳しく聞き出した。
「えっと、非常に言い辛いんですが......」
「なんだよ。試験より大切なことなんだろうな」
「うっ......それ、は......」
風太郎は過去で一番のオーラを出して四葉に迫る。その目は今にも五月を殺しに行かんばかりに光を失っていた。
「女の子の───」
「いや普通に母親の命日」
二乃の言葉を聞いて、ならば他の四人が何故行かないのか問おうとしたが、頭の中で複雑な家庭環境が浮かび上がり、風太郎は深く詮索するのを辞めた。
「いらぬ深読みしてない?」
「あはは。正確には今日ではないんですが......お母さんが亡くなったのは8月の14日です」
「月命日ってやつか......」
「そ。あの子律儀に毎月14日に墓参りに行ってるのよ」
「近くだからフータローも今度お線香あげてよ」
風太郎は思う。五月が休んだ理由は墓参りをするだけなのかと。
そんな中五月は、中野家之墓の前で手を合わせていた。
そして誰が置いたか分からない、金に輝く一本の花を見ながら小さく呟いた。
「私は、お母さんのようになれるのでしょうか......」
「お、あいつ以外の先客なんて珍しいな」
声のした方を向くと、短い黒髪に丸眼鏡をつけ、スーツを着た女が花束を持って五月を見ていた。五月は先客という言葉を聞いたことで、この女性もおそらく母親の墓参りに来たのであろうということはすぐにわかった。
「......今月はオダマキか。ハッ、「愚か」ね......」
「えっと......初めまして」
「ん?うげっ!......先生......?」
なんのことかわからず、五月は首を傾げるだけだった。そして勘違いであることを謝罪し、その場で出会った縁ということであのケーキ屋に連れて行かれた。
「悪ぃ悪ぃ!お嬢ちゃんがあまりにもクリソツだったから間違えちまった!よく考えたら先生はとっくの昔に死んでたわ!おっと娘さんの前で言うことじゃねぇな。許してくれ!」
突然会ったかと思えば大声で話し出す目の前の女こと下田を見て、五月はずっと呆気にとられていた。
「ま、何かの縁ってことで先生の恩返しで好きなだけケーキ奢ってやるよ!」
「す、好きなだけ......」
「ここのケーキは美味ぇからな!店長はちょっと感じ悪いけど、最近ある奴が入ってもっと美味くなったんだ!」
店長が下田が入店してきたことに恨めしげに視線を送るが意に介されずにいた。そして下田のことを考えないよう厨房にいる調理員に声をかけた。
「あの......下田さんはお母さんの......」
「元教え子だな!お母ちゃんには何度ゲンコツを貰ったか覚えてないね!」
「そ、それです!お母さんがどんな人だったのか、教えていただけませんか?」
五月の何かを過剰に求めている様子を見て、下田は少しの間言葉が出ずにいた。
「......覚えてないのか?五年前だから......結構大きかったろ」
「えぇ、そうですが......私は家庭でのお母さんしか知りません。お母さんが先生としてどんな仕事をしていたのか知りたいのです」
「まぁ、聞きてぇならいくらでも話してやれるが......お、来た来た。ここのピーチを使ったケーキは特に美味いんだ!」
テーブルにケーキを置いて去ろうとする店員の腕を下田は掴んだ。店員は何事かと思って腕を辿って彼女の顔を見たかと思えば、湧いてくる嫌悪感を隠すことなく顔を顰めた。
「下田......何の用だ」
「よう、久しぶり」
「それほどでもないだろう」
店員が腕を振り払おうとするも、下田は掴んだまま離さずにいた。
「お前、弱くなったか?」
「嘗めるな。少し力を入れれば振りほどくくらいわけない」
「だよな。でもそうすりゃ店のケーキ吹き飛ぶもんな。でもその状態ならいいんじゃねぇの?」
「わかっているなら離せ」
二人の睨み合いを、五月はオロオロしながらも止めようとした。
「け、喧嘩はやめてくださいっ!」
「だそうだぞ、店員さん」
「貴様が腕を掴んだから始まったんだろうが......!」
「ん?この声......か、戒斗さん!?」
店員の声は近くで聞けば聞き覚えのあるもので、店員の姿を見ればそこには戒斗がいた。
「え?え?お二人はお知り合いで......?」
「あぁ!私らは身体のやり取りをした関係だからな!」
「か、身体の......!?」
「言い方を考えろ。誤解を......手遅れか」
五月は赤面して顔を手で覆った。身体のやり取り、それが何かを想像してしまったのだ。二人があんなことやこんなことをしているのかと考え、恥ずかしさと悔しさを感じた。
「あぁお嬢ちゃん、安心しな。身体のやり取りってのはセックスのことじゃねぇよ」
「セッ......!?」
「おいやめろ」
「うがっ!」
戒斗は下田の額を弾いた。
パァンと甲高い音が店内に響き、客が視線を向ける。
だが戒斗が誰かと言い合いをしているのを見て、特にざわつくことなく意識を三人からケーキへと戻した。
「なんだ。あの人か」
戒斗が客と争うのはいつものことだから。常連はそれを理解していた。
主にその原因は客にあるのだが、今は不穏な空気は見られなかったのでそのまま無視をするという選択をしたのだった。
「お嬢ちゃんの思ってる事じゃねぇってことだよ。どうもお前に惚れてるみたいだからな。誤解を解いたんだよ」
「ちょっ、何を!?」
「俺の自意識過剰でなければ、それは知っている」
「へぇ。嬢ちゃん、こいつに何かやったのか?」
その何かに含まれた意味が何かは下田の性格から容易に察しがついた。
それ故に五月はある日のことを思い出し、頷いた。
「マジか!見た目によらず隅に置けねぇな!あ、そういや戒斗、お前調理員だろ?なんでここに来たんだ?」
「店長がお前を追い出せだと。直ぐに戻るがな」
「ふーん。まぁ座れよ」
「話を聞いていたか?」
強引に戒斗を隣に座らせ、立とうとするのを押さえ込みながら五月に話を始めた。
「さっき教えて欲しいって言ってたな。まぁ、なにぶん先生とは高二の一年間だけの思い出しかねぇ。私が少々......お転婆だったからかもしんねぇが、とにかく怖ぇ先生だったな」
「......怖い、ですか」
「あぁ。愛想も悪く、生徒にも媚びない。学校であの人が笑ったところを一度も見たことがねぇ」
「はは......さぞ生徒さんたちには怖がられてたのでしょうね」
信じられない話を聞いて五月は苦笑いしかできなかった。
「いーや......それが違うんだよなぁ......どんなに恐ろしくても、鉄仮面でも許されてしまう。愛されてしまう。慕われてしまう。先生はそれほどまでに......」
「そ、それほどまでに......?」
「めちゃ美人だった」
「......!めちゃ美人......!」
戒斗は心做しか不機嫌な顔になった。五月にその理由がわかるはずもなく、続く下田の話を聞いていく。
「ただでさえ新卒の、歳の近い女教師。しかも美人。それだけで同学年のみならず学校全ての男子はメロメロよ」
「メ、メロメロですか......」
「ま、そんなこと言わずもがなか。お嬢ちゃん先生似だしいけるんじゃねーか?」
「わっ、私なんてそんな......!」
と言いつつチラリと戒斗の方を見れば、母の話を聞いているのかいないのか、腕を組んで目を閉じていた。
「しかもファンクラブもあったくらいだ。とにかく女の私でさえ惚れちまう美しさだった。あの無表情から繰り出される鉄拳に私ら不良は恐れ慄いたもんだ。まさに鬼教師」
その当時のことを思い出してか、下田はぶるりと震えた。それを見て五月は家庭での姿と学校での姿は違い、母にはそういった裏表があるのではと変な想像をした。
「だが、その中にも先生の信念みたいなもんを感じて、いつしか見た目以上に惚れちまってた。結局一年間怒られてた記憶しかねぇ。ただ、あの一年がなければ私は、教師に憧れて塾講師になんてなってねーだろうな」
母は恐れられていてもしっかりと魅力はあった。誰かを憧れさせるほどに。それを知って五月は踏ん切りがつき、進路希望調査の紙を取りだした。
「下田さんのようにお母さんみたいになれるのなら、私にはこれしかありません」
そしてペンで第一希望の欄に何かを書こうとした時、戒斗に紙を取られ、下田にはフォークでペンを止められた。
「え......?」