「虎岩温泉......どこだ......!?」
戒斗が危惧するは凌馬の発言から連想される惨劇。
『そこにオーバーロードが向かっていることが分かった。私も急ぐが、頼むよ』
「全く見つからん......」
生身の人間相手では間違いなく死人が出る。
それを誰かに知られる前に速やかに対処しようとしていたが、凌馬は報告しかしておらず、詳しい場所を説明していなかった。
「あの男......気づいたことは評価するが、場所の地図くらいは......」
ここで一つ閃いた。
「調べれば良かったのか」
その時、メールの受信音が鳴る。着信音のような派手なものではなく、所謂普通の通知音が。
「......奴からか」
凌馬からの新しいメールが入り、開いてメッセージを読む。
かなりの行数が送られてきたが簡潔に言えば、オーバーロードは人間を狙っているとのこと。
「ッ!急がなければ!」
戒斗はダンデライナーを全速力で飛ばし、携帯で調べた虎岩温泉の住所へと向かった。
「着いたぞ......どこだ、オーバーロードは......!?」
到着したと連絡を入れると、凌馬からはすでに解決したとの報告を受けた。
『もう終わったよ』
「......は?」
『思いのほか改造ダンデライナーが速くてね。早期解決できたのさ』
「......ならいいが。それ以上は何も無いんだろうな」
念入りに旅館周りを確認していると、どこにも凌馬の姿はなかった。
「おい貴様、今どこにいる」
『ああ、もう帰ったよ。解決したからね。私は今からやるべきことをやるよ』
「......どこまでも自己中心的だな」
『ある程度そうでなければ、科学者などやってられないよ』
何はともあれ解決したことに一安心し、ヘルヘイムの森に行くためクラックを開こうとした時、戒斗の背中に誰かが飛びついた。
「戒斗さん!来てたんだね!」
「(らいはが来ている......ということは上杉二人も来ているはずだ......丁度いい)」
輝かしい笑顔を向けてくる少女の名は上杉らいは。
戒斗は出会うと思っておらず処理に時間がかかり、少し間が空いた。
「......らいは。上杉はいないのか?」
「お兄ちゃんなら中野さんたちと釣りに行ったけど」
「釣り......」
近くに釣りができる場所はないか探しに行こうとした時、風太郎が誰と釣りに行ったかを考えてしまう。
「待て。今中野と言ったのか?」
「そうだよ?みんな来てたけど」
それを聞いた戒斗は少しどんよりしながら場所を教えてもらい、風太郎たちの安否確認をしに行った。
「一応、念を押しておかなければな」
らいはから聞いた場所は案外近くの海で、風太郎は隣の中野祖父と釣りに興じていた。
「(特に変化はないな......)」
見たところ風太郎の様子に異常は無い。オーバーロードと出会って戦ったなら怪我の一つはしているはず。
「......戦極凌馬一人で終わらせたか......少しは感謝しておこう」
「あれ?戒斗じゃない」
二人はオーバーロードと出会っていないと考察し、風太郎に一言伝えて帰ろうとしたところを二乃に捕まった。戒斗は顔を見ていなかったが、声と話し方から二乃であることは察していた。
「もう帰るの?」
「いや、今から上す......!?」
戒斗は目の前の光景に珍しく目を見開いて驚いた。
自分の手を掴んでいる二乃は普段の姿ではない。それは少し離れた場所にいる四人もそうで、髪型や服装までもが全員五月と同じようになっているから。
「お前は二乃だな。だが他は分からんぞ......一体どういう訳でこんなことを......?」
「あそこにいる私たちのおじいちゃんのためよ。前に一度五人違う格好で会いに行ったんだけど、仲が悪くなったって勘違いして倒れちゃったの。それからは皆同じ姿でってわけ」
二乃だけではなく、全員が祖父を気遣った上での行動だと知っても一々着替える時の手間を考えれば、自然と考えていることが口に出てしまった。
「面倒な奴だな。変化あってこそだろう」
「仕方ないわよ。家族のためだもの。ところで、よく私ってわかったわね」
「お前はお前だからな。すぐに分かる。あと、他の四人もそうだが......ん?」
わかってもらえたことがとても嬉しくなり、二乃はモジモジしながら戒斗に触れようと手を伸ばして引っ込めた。それをしばらく繰り返し、行き場の無い手を交差させながら何か言おうとしていた。
「......おい?」
「か、戒斗!」
そして小声で呟いているようなので戒斗が耳を近づけると、急に大声を出した。
「なんだ」
「......も、もう私の事好き?」
決心した様子で言ってきた言葉がそれかと若干拍子抜けしつつも、戒斗はその問いに答える。
「判断のしようがない」
「うっ、やっぱりそうよね......でも、少しは意識してくれてもいいじゃない......」
戒斗は二乃が自分に告白してからどうも様子が変わっているように見えた。昔の二乃は気が強く口も悪かった。だが今の二乃はどうか。
「会えなくて寂しかったもん......」
戒斗に告白してからというもの、強気な様子はなりを潜めているし、戒斗に触れようと手を伸ばした時もどこかぎこちなかった。昔叩いていた時のような素早い動きもなくなっている。
「会ってくれないし、メールも返信くれないから嫌われたと思ってたの......」
好意を寄せている自分に嫌われないように合わせているのか、ただの自意識過剰か。どちらにしてもあの時のような遠慮のない二乃を見られないのは少し残念だと思った。
「でもやっぱ、あんたのこと好きよ」
沈みがちになっていたかと思えば、突然そんなことを言い出した。
一瞬で先程の考えは消え、二乃は二乃だと再確認した。
「それを言われて俺にどう対応しろと言うんだ」
「うーん、俺も好きだぞって抱き締めたり?......やっぱだめ」
自分で言いながら照れる二乃を見て戒斗は昔のような対応をしては不味いのではと思った。
「したところであまりいい気分にはなれんと思うぞ」
「そんなことないわよ。たとえ嫌われてても、好きな人から触れてくるのってとても嬉しいことなのよ?......やっぱりしましょ」
二乃は手を広げて戒斗を受け止める準備をする。その顔は抱きついてこいと無言で伝えているようだった。
「ほら、飛び込んできなさいな」
「......物好きだな、お前も」
二乃の事は嫌いではないので了承し、戒斗が一歩ずつ距離を詰めていくと二乃は不意に思考が冷静になった。
「(あれ?今私がしてることって......もしかしなくでもすっごく恥ずかしいんじゃ......!?)」
好きと言った相手に対して、自分の胸に飛び込んでこいなどとそう簡単に言えることではない。先程までは会えなかったことからブレーキがかかっていなかったが、中々恥ずかしいことをしたと自覚してしまった。
「(いやいや、でも好きな人には積極的にいかなきゃ......一花には言わなかったけど同じ人を好きになったライバルだし......うん!)」
恥ずかしいからなんだ、どうということはないと言い聞かせて心を決め、戒斗を抱き締めようとした時、別の誰かが二人の間に割って入ってきた。その人物は戒斗を見た途端、勢いよくハグをした。
「えっ......」
急な事態に二乃が固まっている隙に、五月の格好をした姉妹の誰かは戒斗を堪能する。
「ふふ......♪」
「お前は誰だ?」
無言で戒斗に抱きついているのは五月。だがそれは見た目の話であって、中身は別の誰かであると戒斗は思った。
「...........」
「言わないか......仕方ない。少し触るぞ」
無言を貫く五月の髪を触って右耳を確認すると、ピアスが付いていた。
「一花か」
「正解。久しぶりだね、戒斗くん」
そう言って笑いかける一花の顔を見れば、五月の変装越しにも本人だとわかるオーラが放たれており、それはそれはとても美しく見えた。
「(さすが女優と言うべきか......)」
「ちょっと一花!今私がハグしようとしてたでしょ!」
「二乃ってば気抜き過ぎだよー?私みたいに目を光らせてる子が他にもいるかもしれないじゃん」
「うっ......多分五月のこと、よね......でも私だって!」
一花を戒斗から引き剥がし、ポジションを奪って戒斗の腰に手を回す二乃。後ろで一花が悔しげに見ているが、恋の暴走機関車からすればどうということはなかった。そんな三人の様子を本物の五月はもどかしげに見ていた。
「(むむむ......一花だけでなく、二乃も戒斗さんに懐いて......あの二人ばかりに構われていたら、私が謝る機会を失ってしまいます......)」
そして本物はトテトテと戒斗に近づき、服を引っ張った。
「戒斗さん。後でお時間よろしいでしょうか?その、二人きりで......」
「ああ。俺もそう言いたかったところだ」
「!ではあとで......」
戒斗と話す時間が得られたことで五月は上機嫌に離れていき、釣れた魚を見ていた。
「(さて、とりあえずは上杉に......)おい、いつまでそうしているんだ」
「一花が諦めるまで。少しでも離れたりしたら絶対取られるもの」
一花を見ると、変わらず二人を見つめていた。少しの隙でもあればすぐに獲物を奪う、さながらハイエナのように。
「あら残念。あの様子だとまだこのままよ」
「上杉に用があるから離せ」
「このまま行けばいいじゃない」
頑なに離れようとしないので、二乃に抱きつかれたまま風太郎に話しかけた。そして2人の状態を見た風太郎が思い切りメンチを切り、二乃を無理やり引き剥がした。その時一花からの風太郎への評価は上がり、二乃からの評価は下がることはなかったがその場で一戦交えようとしていた。
「師匠、少し離れます」
「師匠?」
「あいつらの見分け方を教えてもらってるんだよ。偽五月を見分けるためにな。まったくわかんねぇけど」
「なるほどな」
「あ、お前にも詳しく言っとかないとな」
風太郎曰く、ある日五月に呼び出され、唐突に告げられたらしい。
「この関係に終止符を打ちましょう」
と。
それが何を意味するのか、風太郎は理解していた。それから五月に詳しい話を求めると、それを言ったのは自分ではないと言われた。
混乱しながらも五つ子たちに話を聞こうとしたところ、全員同じ格好をしていたことで犯人は五月に化けた姉妹の誰かであることが判明したと。
「犯人は足を怪我してるみたいだから、それだけが手がかりだ」
「足を......わかった。頭に入れておく」
「そういえば、何か話があったんだろ?」
「いや、少し伝えておかなければならないからな」
中野家には消して聞かれぬよう充分離れ、戒斗はオーバーロードではなく比較的強力なインベスが出現しているとある程度暈して風太郎に伝えた。
「注意はしておいた方がいい。もし出会ったとして戦うのなら、すぐに俺を呼べ。いいな」
「......わかった。あと、一つ良いか?」
風太郎が思ったのはごく単純な疑問。
「お前さ、変身しないのに戦えるのか?」
「(......そういえば、言ってなかったな)」
「素手でインベスを倒すのはさすがに無理だろ?」
「まぁ、そうだな......それについては追って伝える」
「そうか。......まぁいいさ。ところで、もう帰るのか?」
よく見れば風太郎の両手には見せつけるように釣竿が一本ずつ握られている。
戒斗はその内の一つは中野祖父が使う物だと考えていたが、どうやら風太郎が用意したものらしい。
「数打ちゃ当たると思って師匠に持ってきてもらったんだが、丁度いいや。戒斗も釣りしようぜ」
「あのジジイが許すとは思えんが」
「あいつらの友達だって言ったらいけたぞ」
「早いな」
竿を受け取り、風太郎は中野祖父の左隣に、戒斗は右隣に座った。
「あれー?駆紋さんも来てたんですか?」
「久しぶりだね、戒斗」
戒斗に話しかけたのは二人の五月。風太郎は相変わらず見分けられずにいた。
「お前は......四葉と三玖だな」
「戒斗!お前いつの間に見分けられるようになったんだ!?」
「いや、当てずっぽうだ」
「なんだそりゃ」
その時、中野祖父の竿が大きく傾いた。
誰が見ても大物を引いていることはわかった。
「おお!おじいちゃん凄っ!」
「凄い大きいんじゃない?」
真ん中で大物VS中野祖父が勃発し、風太郎と戒斗の釣竿には魚がかかるどころか寄り付かなくなってしまった。少し待てば釣れるか糸が切れると思い、二人はそのまま座り続けていたが、あまりにも長すぎた。
「戒斗、ちょっと離れようぜ。さっきからやたら海水が......」
「奇遇だな。俺もだ」
「あれ?二人ともすごい濡れてる。どうしたの?」
「なんで俺らより師匠の近くにいるこいつが濡れないんだよ!うえっ、しょっぺぇ!」
目をやられて呻き声を上げて蹲る風太郎を引きずり、戒斗は中野祖父から距離をとった。それでも海水はピンポイントで二人にかかるので、停めてある車の裏に移動した。
「あれ?どうしたの?」
「あぁ、海水に目をやられたらしくてな」
「あー、大丈夫?......っ”!」
風太郎の安否を確認しようと座り込む五月に扮した一花。その時、何故かぐらりと地面に倒れそうになった。
「あ、ごめんね。ありがと」
「気をつけろ」
一花の腕を掴んだのは戒斗。
「実は昨日、足を痛めちゃって......」
「ほう......」
蹲っていた風太郎は起き上がり、一花に詰め寄る。
「お前は誰だ」
「え?え?な、何?」
「とりあえず答えろ」
一花が追い詰められた時、車の側からジャリ、と足音が聞こえた。
「ん?誰だ?」
「私は───!二人とも隠れて!......ってあれ!?」
車の側に誰かが近づくのを感じて一花は二人の手を引こうとしたが、風太郎の姿はいつの間にか忽然と消えていた。
「なんだ二乃か」
「それはこっちのセリフよ。はーぁ、戒斗かと思ったのに」
一花は二乃に気づかれないよう戒斗を胸に埋め、声を出させないよう拘束した。
「...........あれ?」
かなりきつく首をホールドしていたらしく、戒斗は一花の腕を叩いて拘束を解かせようとしていた。
そして半ば無理やり離れ、加減を知れと語気を強めて言えば一花は縮こまった。
「で、貴様は誰だ?」
「(あれ?さっきは気づいたのに......あ、そっか。耳が隠れてるから......)」
戒斗には自分が誰か気づかれていない。それはつまり、ここで何をしても犯人が自分だと悟られないということ。
「(いずれバレるだろうけど......いいよね。でも、二乃や五月ちゃんの想いは......)」
『その、二人きりで......』
『キスするわ』
「(っ、だめ!戒斗くんは渡さない!)」
「おい?」
一花は自分の中で二乃と五月に差をつけられているのではという劣等感が芽生えたのを自覚してしまい、二人よりもリードするには手段は一つしかないと考えた。
「......ごめんね」
戒斗の顔を掴み、唇を重ねようとする。
今の一花は自分の行動を止められるほど冷静ではなかった。
「(もうこれしか方法は......)」
ふわり。
そんな音がつくような優しい手つきで戒斗は一花を撫でた。
「え?」
「何を思い詰めているか知らんが、やめておけ......一花」
風が吹いた。
長い髪が揺れ、隠れていた耳が顕になる。
右耳には、ピアス。
「......なんでわかったの?」
戒斗は目を逸らして答えた。
「......勘だ」
「勘って......」
自分だからわかったわけではないのかと、一花は少しがっかりした。
「(でも、分かってくれたのは嬉しいなぁ)」
顔を綻ばせながら、一花はもっと撫でて貰えるよう頭をぐいぐいと押し付ける。今の一花からは先程のような暴走しそうな雰囲気は見られない。
「戒斗ならそこにいるぞ」
「あらほんと?」
「(もーっ!フータロー君ってばなんで言っちゃうかなー!?)」
一花は考える。
今二乃に来られれば間違いなく二人で何をしようとしていたのか詮索される。そして二乃は常時暴走状態なので恐らくは自分も何かせねばと戒斗に過剰なアプローチを仕掛ける。
「(てことは、戒斗くんの姿さえ見られなかったら大丈夫だよね?)」
そこからの行動は早く、一花は戒斗の体に手を当てる。
「ご、ごめんね......」
「なんだ急に......っ!」
「(やっぱ私って、ズルい女だよね......)」
そして突き飛ばした。
当然戒斗は海に落ちる。
「あれ?いないじゃない。あんた一人で何してるのよ?」
「あ、あはは......気にしないで」
「ねぇ、戒斗見なかった?」
「い、いやー、見てないよ?」
そんな会話がされている中、戒斗は水から上がって水を吸った服を絞る。
「あいつ......どういうつもりだ?」
二乃に気づかれると何かまずいことでもあるのかと変に勘ぐってしまうが、考えるだけ無駄だと察した戒斗はすぐに頭から切り離した。
「おーい戒斗......ってお前ずぶ濡れじゃねーか!」
「ああ、色々あってな。すぐに乾く。問題ない」
「そ、それならいいけど......ところで、師匠が旅館に泊まらないかって言ってるんだが、どうする?」
「遠慮させてもらおう」
理由は主につ。
一つ目はマルオの存在。戒斗がいれば間違いなく空気が重くなる。
二つ目は二乃の存在。中々にスキンシップが激しい。
三つ目は私情で、単純に面倒というものだった。
「まぁ理由はわかるぜ。あいつらの親父だろ?俺もあんまり好きじゃねぇけど、割り切ってるよ。だからお前も泊まろうぜ!」
「暴論というものが世にはあってな」
学年一位の頭脳が迷子になり理論どころか道理すらも無視しだす風太郎。
「あとお前がいた方が偽五月を見つけやすい。二人の方が効率いいだろ」
「一理あるな......」
偽五月を捕まえてあの発言の理由を吐かせたら帰るという条件をつけて、戒斗は虎岩温泉に泊まることにした。