「一花、私あんたの気持ちがわかった気がするわ」
「急にどうしたの?」
「戒斗が好き」
それから数秒の間、二人は喋らなかった。
そして二乃が口を開く。
「ねぇ一花。一つお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「ええ。夜、パパの目をかいくぐって戒斗に会いに行きたいの。だからサポートしてちょうだい」
一花は何も答えず。ただ目を閉じて何かを考えていた。
「あんたのこともいつかサポートする。だから───」
素直に頷くはずは無い。二乃もそれは分かっていた。だから対価を差し出そうと口を開いた時だった。
「いいよ」
「......え?」
一花は躊躇う様子もなく頷いた。
二乃は思わず聞き返してしまった。
「だからいいよって。サポートするよ。戒斗くんのこと好きなんでしょ?」
「でもあんただって......」
「私は、二乃を応援するよ」
「っ、本当にいいのね......?」
二乃はライバルながら否定を望んだ。だが一花は笑って返した。
「うん」
恋敵が身を引いてくれたというのに、二乃は素直に喜ぶことができなかった。
「......ありがとう。じゃあお願いね」
だがそれを表情には出さず、なんでもないように取り繕った。
「あと、最後に一つ聞くわ」
「何?」
二乃は自分が答えるわけでもないのに、緊張していた。
「戒斗のこと好き?」
その問いに答える一花の声に、迷いは無かった。
「好きじゃないよ」
そう口にした時の一花の目は濁っていた。目の前にいる二乃にすら気づかれることなく、汚れを増していた。
「さて、戒斗は俺たちと同じ部屋な訳だが......荷物とかないよな?」
「ああ。突然だったからな」
泊まると言っても着替えがなければ話にならない。戒斗はそう思って事前に連絡をしていた。
「今から俺の荷物を持ってくるやつがいる。話しかけるなよ」
「あー、だいたい分かった」
風太郎は戒斗の様子からこれから荷物を届けに来るのが戦極ドライバーの製作者であると推理し、緊張半分、ワクワク半分で遠足前の小学生のようになっていた。
「(多分アフロに丸眼鏡だったりするんだろうな......THE・科学者って感じの)」
ベタな想像をしていると、部屋の窓から誰かが入ってきた。
「やぁ、上杉風太郎君」
長い髪を結び、垂らした一束の髪に混じる銀髪。
スタイルも良く、目鼻立ちがハッキリとしている男。
「(......誰だ?)」
「こいつが開発者だ。名は戦極凌馬」
「よろしく」
風太郎に近づき、握手する。
「開発者......ってマジかよ!こんなイケメンなのか!?」
「おや、嬉しいことを言うね。戒斗くん、とりあえず荷物は届けたよ。あとはゆっくり温泉を楽しみたまえ」
凌馬はさっと窓の外に浮いているダンデライナーに飛び乗り、周りの被害を気にせず端からトップスピードで帰って行った。
「い、いや......風圧凄すぎねぇ?い、いや、それよりもあの乗り物はなんなんだ?浮いてるし、見たことねぇ......」
「あれはロックビークルといって、乗り物になる機能を備えたロックシードだ」
「ロックシード......奥が深過ぎるぜ......」
○○○○○
夜。
私は旅館の廊下で蹲っていた。
「(お父さんはおじいちゃんと話してる......私たちのところに来ようとしても、私が止めれば二乃のことには気づかない......)」
きっと二乃は戒斗くんと会って、もしかしたらキスをするのかもしれない......もう、止められない。
今夜、私は二乃の邪魔をしようと思ってた。わざとお父さんに言いつけて、その隙に戒斗くんにアピールしようとしてた。我ながらすっごくずるいと思う。
「(でも二乃を見てたら、どうしようもなく心が痛かった......)」
私みたいにずるくない。誰の目も気にせず、全力で、本気で恋してるんだ。
「私には入る余地も、資格もない......」
目頭が熱くなって、何も見えなくなる。
そんな時だった。
「うー、トイレトイレ」
四葉がやってきたのは。私は咄嗟に顔を伏せた。
「あれ、一花。こんな所で何してるの?......!あ、あーっとー、漏れちゃうかもー、あはは、はは......」
パタパタとトイレに駆け込んでいく四葉。不器用だけど、私の顔を見ないように気を遣ってくれたのかな?でも、行ってほしくない。
そう思っていると、四葉の足音が聞こえなくなった。
「一花」
ああ、やっぱり四葉は優しい子だ。
「どうしたの?」
こんな私を慰めてくれようとする。
「......四葉」
......つい、顔を上げたから見られちゃった。
「泣かないで」
そう言って私の頭を撫でてくれた。今の私には、それが何より嬉しかった。
「駆紋さん、呼んでこようか?」
「っ、だめ!!」
でも、その名前を聞いただけで体が跳ねて、つい大声を出しちゃう。
「!」
あーあ、びっくりさせちゃった。
二乃と話してからだ。戒斗くんに会いたくないと思ったのは。
「ごめん。......でも今は、戒斗くんの顔は見たくない......」
こんな経験初めてだけど、どんなことよりも辛く感じた。
「わかった。なら私がずーっと、横にいるよ。だから元気出して」
明るくて、前向きで、ちょっとお馬鹿さんだけど、太陽みたいに私たちを笑顔で照らしてくれる。
姉妹の中でも元気で、私たちを無意識に救ってくれる。
「ありがとう、四葉」
「家族だもん。当たり前だよ」
こんな風に。
私なんかよりずっと、長女に向いてる気がする。
「そうだ、久しぶりにあそこ行こうよ!」
私と四葉は、本当に久しぶりに屋根の上に座った。
「あ、お父さん気づいたみたい。後で怒られちゃうね。......でも、まさかこんな所にいるとは思わないだろうね」
「(どうしよう......止めなきゃいけないのに......)」
しししと少し申し訳なさそうに笑う四葉の隣で、私はずっと考えてた。
「ブエックシ!」
「わー、大きなくしゃみだね。夜は寒いんだよ?そんな薄着で出るから......これ着なよ」
「うぅ......ありがとう。元気づけるつもりが恥ずかしい......」
「ふふっ。いつまでもお子様なんだから。鼻も出てるし、これでチーンしな?」
四葉にティッシュを渡すと、もう子供じゃないって言いながら鼻をかんでた。
「ありがとね。元気づけようとしてくれて。でももう平気だから」
四葉のお陰で結構気持ちが軽くなったし、安心して二乃のお手伝いができる。
「じゃあ私、お父さんを追いかけないと」
「待って」
立とうとした時、手を掴まれた。
「無理してない?心配だよ」
「無理......って?」
「えーっとね、気のせいだったらごめん。旅館に来てから昔のこと思い出したんだ」
昔のこと......か。
「昔はおじいちゃん怖かったなとか、イタズラばかりしてお母さんによく怒られてたなーとか」
「ふふっ。四葉は昔からやんちゃだったもんね」
「何言ってんの。一番怒られてたのは一花でしょ」
あ、あれー?全然覚えてないんだけどなぁ。
記憶が曖昧だ......うーん、怒られてたかな......?
「そ、そうだっけ?」
だめだ。全然思い出せないや。忘れちゃった。
「忘れたとは言わせないよ。私たちはそっくりだったけど、中でも一花はガキ大将って感じだったんだから」
それから四葉の話を聞いていくと、昔の私は相当悪質だったんだって。
四葉がそんな言葉を使うくらいだから相当だよね。
まず一つ、おやつを横取りした回数は数え切れずだったり。
「も、申し訳ない......」
「他にもあるよ。私が集めてたシールが一花の鞄に貼ってあったり」
それって確か四葉がすごく大事にしてたような......そ、そんなことないよね、うん!......でも、結構酷いな。
「すみませんでした......」
四葉が仲良くしようとした子も次の日には私がお話してたり。
それを見た時ショックを受けたとか。
「ほんとにごめん。昔の私がそんなに悪い子だったなんて......」
「でも、その子のおかげで一花はしっかりしたお姉ちゃんになったんだよ。子供の頃とはあんまり変わってなかったけど、ちゃんとお姉ちゃんだった」
その時のことは、今でもたまに夢で見る。名前は知らないけど、芯の強かった男の子。
どこか、戒斗くんに似ていた。
「ま、まぁ私も大人になったってことで......」
「でね、不思議に思ったの。その子は会って間もないのに、なんで一花を大人にしたのか。私は子供のままなのに、一人だけ遠くに行っちゃったみたいで」
その理由は、お母さんが死んじゃった時の五月ちゃんにあった。
「あの痛々しい五月ちゃんを見てたら......当然だよ。お姉ちゃんらしくしないと」
「......そっか」
「お姉ちゃんって言っても、お腹から出てきた順だけどね」
「あはは、私が一番じゃなくてよかったよ」
それはそれで見てみたい気もするけど。
四葉がお姉ちゃんか......いや、なんか違うな。四葉は今のままがいいな。皆もそうだけどね。
「一花が一番でよかった」
「!」
「これだけは言っておきたかったの。子供の頃の一花はガキ大将で嫌な子だったけど、私たち姉妹のリーダーだった。お姉ちゃんらしくしようって思う前から......あの頃からずっと、お姉ちゃんだと思ってたよ」
そうだったんだ......初めて知った。
「だから......あれー?何言おうとしてたんだっけ......」
嫌な子だったのに、酷いことしてたのに、あの頃から、ずっと───
「だから......我慢しないで、一花のしたいことをしてほしい......かな!」
「私の、したいこと......」
私は、今が壊れて欲しくなかった。皆が友達みたいな、そんな関係でいたかった。この、一番居心地のいい空気が変わってほしくなかった。
そう思って自分の心に枷を掛けてた。
「(私は、戒斗くんのことが好きじゃない......二乃に譲る......二乃の方が、戒斗くんを好きだから......)」
でも、四葉みたいに純粋な子を前にすると、私は甘えて、つい本音を吐き出しちゃうんだ。
「誰にも取られたくなかったんだ」
「......?」
少しの間だけど、自分に嘘をついてた。
誰かに本音で話すのがこんなにスッキリするとは思ってなかった。
口が緩んでいるのを自覚しながら、四葉が着てる上着を取った。
「あれっ、え?えぇー......?」
「実は私も寒かったんだ」
「一度は貸してくれたのにー!」
四葉は頬を膨らませて上着を取り返そうとしてくる。
でも屋根の上だからすぐに辞めた。さすがに危ないもんね。
「あはは。じゃあ部屋に戻ろっか」
「そういえば、一花はお父さんに用事があるんだっけ?」
お父さんを足止めして、二乃の手助けをしなくちゃ。
「ううん。もういいや」
そんな嘘で固められた自分じゃなくて、私は正直に生きる。
そしていつか伝えるんだ。作った自分じゃない、私自身の気持ちを。
○○○○○
観光スポット「誓いの鐘」の前で、私は戒斗を待っていた。
「(ほんとにこれで良かったのかしら......)」
考えているのは、一花のこと。
「(「戒斗のことは好きじゃない」なんて、絶対に嘘よね......)」
でも、一花の顔は嘘をついているようにも見えなかった。
そういった点も含めて、私は戸惑ってるし、姉の本当の気持ちを知りたかった。
「(私は戒斗が好き。一花だって随分前からそうだったはずなのに......そう簡単に諦められるはずないのに......)」
姉妹ながら、あの時の一花の顔を見た時別人なのではないかと思った。
笑顔の中にあったのは、悲しみでも、祝福でもない。言葉にして表すなら、「無」だったわ。
「(あれは、一花本来の考えじゃないはず......)」
多分、自分に嘘をついてるんだと思う。そういう時の一花はとことんネガティブになるから、誰かがメンタルケアをしてくれてるといいけど。
ガサ。
聞こえたのは多分、誰かの足音。こんな時間に来るのは一人しかいない。戒斗だ。
「遅かった......」
「こんな時間に外出とは感心しないね」
「なっ......!」
でも目の前にいるのは、戒斗じゃなかった。
「パパ......」
ここにいるってことは、一花は足止めをしなかったってことよね。私を応援するって言ったのに、サポートしてくれなかった。
ってことは......ふふっ、なんだ。
「何を笑っているんだい?」
パパの顔を見た時は少し焦ったけど、そういうことだったのね。
「ううん。なんでもないわ。ごめんねパパ。勝手に外出しちゃって」
「......分かっているならいいよ。次からはないようにね」
やっぱり、一花もそうなんじゃない。
あーあ、心配して損したわ。
○○○○○
場面は変わり旅館にて、階段から降りてきた二人の五月と、中野祖父と後ろに付いている風太郎が鉢合わせた。
「えーっと、お前らは......」
「よかった。フータローのとこに行ったんじゃなかったんだね」
「(今喋ったのは三玖だ!どっちだ......!?くそ、しっかり見ておけば......っ!)」
目力を強めながら今発言したのがどちらかを探す風太郎。
「五月、三玖」
「あーっと!今言おうとしたのに!先言われちまったぜ!今言おうとしたのに!」
何とか見分けようとしていたが、やはり無理だったので苦し紛れにそう叫んだ。わざわざ同じことを二度言って。
「てか何してんだ?こんな時間に」
「お父さんに怒られまして、じっとしているのもなんなので温泉にと......」
目を閉じて五月の声を聞く。そして目を開いて二人を見ても、どちらが本物か風太郎にはわからなかった。
「(いや、マジで詰んでるんじゃねぇか?こんなの鏡見てどっちが本物かって言ってるようなもんじゃ......)」
「あ、あの......」
「ん?」
風太郎に話しかけてきたのは本物の五月。今度はギリギリ判断できた。
「あなたは一日中何をしているのですか?戒斗さんも見当たりませんし......」
「もう少し待ってくれ。お前たちの爺さんがもう少しで教えてくれそうなんだ......」
「いやだから愛があれば......」
「無理無理無理無理」
そうこう話している内に、中野祖父は離れていく。
風太郎は慌ててついていく。
三玖は脱衣場に入ってから、風太郎は大変そうだと呟いた。
「三玖たちも、何もこのタイミングで試さなくてもいいじゃないですか......しかし、呆れました。あの人は自分で解決するつもりはないのですかね」
「仕方ないよ。たった半年で私たちを見分けようなんて、無理な話だもん」
一拍間が空いた。その一拍の間に、五月はあるものを見た。
「そうですね。このまま彼に任せていては......」
その頃風太郎は、変わらず中野祖父に教えを乞うていた。
「なあ爺さん、教えてくださいよ。あいつらを見分けるコツとかないんですか?」
「......、......」
「......!も、もう一度!」
返答したということは、答えを教えてくれたということ。風太郎が耳を近づけてもう一度聞くと、答えは帰ってきた。
「愛」
「......へ?」
「愛があれば見分けられる」
風太郎の脳内で「愛」という単語が何度もループする。
「(おいおいおい、発端はこの人か!偽五月の腿の傷は消えてるかもしれねぇってのに!急がなきゃなんねぇ時にその理論かよ!)」
以前五月や四葉に言われた愛があれば分かる理論。
風太郎はその時五つ子の頭を末期だと思ったが、目の前の男から母へ、母から娘へと親子三代に渡っている理論ならば仕方ないかと無理やり納得した。
「長い月日を経て......相手の仕草、声、ふとした癖を知ること......それはもはや愛と言える。孫を見分ける。そう言ったな。それは一朝一夕にはできん」
「(ぐ、たしかに......)」
「お主はなんのために孫を見分けたいんだ。見分けられるようになってお主がしたいことはなんだ。お主に、孫と向き合う覚悟があるのか?」
そして同時刻。一花は四葉と話し終えてから、どこか吹っ切れた様子でいた。
「おっと」
「一花、大丈夫?」
屋根を伝って窓から廊下に戻ったとき、一花は躓きかけた。
「うん。大丈夫」
「気をつけないと、また山に登ってる時みたいに足首捻っちゃうよ」
「いやー、面目ないよ」
そして脱衣場であるものを見た五月は、すぐに三玖の手を掴んだ。
「どうしたの五月?」
「その足......」
視線が向いているのは三玖の腿。横一筋に傷があった。
「三玖だったのですね」