「そっか......この足の傷残ってたんだ」
「三玖......何故一番協力的に見えたあなたが、上杉君との関係を断とうとしているのですか?」
「その前に五月に謝らなくちゃ。あの時はおじいちゃんがいたから咄嗟に......いや、それも言い訳。私として、三玖として言えなかった。フータローを大好きなのにあんなこと」
その言葉を聞き、五月は疑問と同時に嬉しい事実を知った。
「三玖って上杉君が好きなのですか!?ああ!なんてことでしょう!こんなこと、皆が知ったら驚きますよ!」
「(多分皆知ってる......)」
両手を顔に当てながら悶々とする五月と、その鈍感ぷりにジト目を向ける三玖。
「で、でもいいのでしょうか......私たちは仮にも教師と生徒なのに......あっ、私は人のこと言えませんね......戒斗さんもそうですし......」
「たしかにそう。私たちは教師と生徒。でも、だから恋しちゃいけないなんて思ってないよ」
「え?では何故......」
思っていたこととは違うことを言われ、五月のこの件に対する謎が深まった。
「フータローを巻き込みたくないの」
何に、とは聞かず三玖の話を聞き続ける。
「戒斗だってそう。あの日はいなかったから言わなかっただけ」
三玖は何もわからずにいる五月を見て、少し深呼吸してから核の部分を話し始めた。
○○○○○
「私たちは教師と生徒。それでいいと思ってた。あの日常が楽しかった。自分を認められることができるのが嬉しかった。でも、それもいつか終わる」
終わる......?
「私たちは多分、いつか必ず離れることになる」
たしかに、いつか独り立ちしてそれぞれの道を歩むのでしょう。
「独り立ちした後も、私はフータローに依存したくない。今のフータローは家庭教師の仕事と並行して何かやってるみたいだし、それは多分、大変だと思う」
並行して......何かを......そんな素振りは見せてないような気がします。でも、三玖だからこそ気づいたのでしょう。人をよく見ている三玖だからこそ。
「最初は気のせいだと思った。でもたまに疲れた様子でいるから事実なんだって分かった。ただでさえ大変なのに、私たちの面倒を見てたら......いつかフータローは体を壊す」
「でも戒斗さんもいますし......」
一人ならそうかもしれませんが、二人もいればなんとかなる気がします。
「五月。フータローも大変だけど、戒斗だってそうだよ。多分フータローがやってる何かには、戒斗も関わってる」
その何かは私にはわかりませんが、あまり良くないことなのではと思います。労働の類ならば何も言いませんが、限度がありますし、法を犯すようなことであったり、彼らが自分自身を顧みないような行動をするのであれば......その時は必ず止めます。
「さっきも言ったけど、私はフータローが好き。だからこそ余計な負担はかけたくない」
「......だから上杉君を諦めるんですか?」
「そうするために、突き放した。もう踏ん切りもつけた」
本当にそうでしょうか?ならば、三玖が名残惜しそうな顔をしている理由はなんなのでしょう?
「......じゃあ、私から一つお願いがあります。最後に上杉君に会ってください。上杉君が三玖だと分からなければこの関係は終わり。分かったらこれからも諦めないでください!」
「言ってることめちゃくちゃだけど」
「う、うぅ......こういう時に国語力が欲しいものです......とっ、とにかく!私は三玖に諦めて欲しくないんです!」
好きな人をみすみす手放すなど、自殺行為もいいところですよ!
「誰かを好きになる気持ちは、そう簡単に終わらせられないはずです!もっと正直になってください!」
「......正直、か」
私なら絶対にそんなことはしませんね!一花や二乃に戒斗さんを取られるくらいなら、先にこちらから仕掛けます!まったく、我が姉ながら何を考えているかわかったものではないですよ!
「私は......」
三玖が上杉君をいつから好きだったのかは知りませんが、その気持ちは決して軽くないはずです。
「他の誰でもない、三玖自身の気持ちを優先してくださいね」
「わかった。五月の言う通りにする。だから、全てフータローに委ねるよ」
「ええ!そうしてください!」
やりました!やりましたよ!三玖を引き止めることに成功しました!誰か褒めてくれませんかね?
「とりあえず、温泉入ろっか。裸だし、いつまでもここにいたら風邪ひくよ」
「そ、そうですね......」
そう言われるとなんだか寒い気もしてきました......ささっと入って、気持ちよく温まりたいものです!
そう思って扉を開けたのが間違いだったのでしょうね。
「......ん?」
「えっ」
「?どうしたのですか三玖......っっ!?!?」
私が見たのは岩風呂に浸かっている一人の男性。
上杉家の誰でもなければ、中野家の誰でもない。
「か、かかか戒斗さん!」
駆紋戒斗さんがそこにはいました。
にタオルを巻いておいて本当に正解でしたね。見られるなんてそんな......考えたくないです!それにまだ早いですしね!
「戒斗、ここ女湯だよ?」
「そんなはずはない。上杉から混浴だと聞いたぞ」
あれ?私たちはたしかに女湯に入ったはずでは......一度戻って暖簾を確認してみると、たしかに混浴でした。
「み、三玖。ここは混浴でしたよ」
「そうなの。まぁいいや」
「そ、そんなあっさり......」
「戒斗だから大丈夫だよ」
三玖ったらドライですねぇ......まぁ私も戒斗さんならよからぬ事を考えないと思っているので、あまり問題はありませんが。
ともかく浴槽に浸かると、すごく気持ちいいです。
戒斗さんにわざわざ混浴に入った理由を聞くと、どうやら上杉君が強く押したそうで、一番気持ちいいのは混浴らしいとのこと。
「戒斗、隣いい?」
「ああ」
三玖は普通に戒斗さんの隣にいきましたよ!上杉君というものがありながら!なんてことでしょうまったく!
とりあえず私も行きましょう。
「ところで五月、結局話をする時間を取れなかったな」
「私は今でも構いませんが、どうしますか?」
戒斗さんはまず一番に謝罪の言葉を述べました。
「......すまなかったな、五月」
多くは言わず、ただそれだけ。
「はい。私こそ、手を上げてすみませんでした」
だから私も少なく返しました。それだけでお互い分かり合えた気がします。
「何の話?」
「秘密です」
少し言葉を交わしただけですが、何だかとても疲れが取れたような気がしました。これも温泉の効果でしょうか?
「あ、そうだ。戒斗、一つ相談があるんだけど」
「相談?」
「うん。もし戒斗に好きな人がいたとしたら、他の誰かのためにその人を諦められる?」
わあ!三玖が恋愛相談だなんてすごく新鮮に見えますね!
むむ?よく考えればこれはチャンスでは?戒斗さんの恋愛観を知れるチャンスです!
「好きな相手......好意を持つ人間ということか。そうだな......諦めることはせんだろうな」
「やっぱりそう?」
「ああ。俺は欲しいものは手に入れる主義だからな」
ふむふむ、戒斗さんは好きな人を諦めない......と。
なるほど。ということは私のことが好きになれば、一花でも二乃でもなく私を見てくれるわけですか。
「そっか......」
「お前が何を思っているかは知らないが、もし誰かのために身を引こうと思うならやめておけ」
「気づいてたの?」
「思っていたのか」
うーん、となるときっかけがほしいですね......二人よりも戒斗さんに私を意識させなければならないということは......どうすればいいのでしょう?とりあえず近づきましょうか。
「でもこれ以上負担は......」
「いいか三玖。大前提として、お前の人生の主役はお前だ。だから誰かに道を譲るな。遠慮するな。みすみす欲しいものを逃すことになるぞ」
あっ、戒斗さんが凄くいいことを言いました!人生の主役は自分。道を譲るな......か。やはり、私も二人に遠慮してはいけませんね!しっかりと想いを叶えるために頑張りましょう!
「負担がかかっていると思うなら、答えは簡単だ。共に支えてやればいい」
「共に......」
「そうだ。協力関係を結び、互いの負担を減らし合う。そうすることで心身共に余裕ができるはずだ。だから諦めるな。それは、ただ逃げているだけだぞ」
協力......やはり大事なのでしょうか......でも協力なんてしたら横からかっさらわれるかもしれません。すべきか否か、どちらなのでしょうか......?
「戒斗、いいこと言うね」
「適当に言っただけだ」
「それでもだよ。ありがとう。おかげで楽になったよ」
「......ふん」
何でしょう......戒斗さんが褒められているのは嬉しいのですが......三玖と話しているのを見るとデレデレしてるのではと思います。
そう思って顔を見ると、全然そんなことありませんでした。
「また相談していい?」
「好きにしろ」
「うん。好きにするよ」
三玖は少しだけスッキリしたような顔になりました。答えを得ることができたからでしょうか?あとは上杉君に全てを任せるだけですね!
「そういえば、五月はなんでそんなにくっついてるの?」
「先程遠慮してはいけないとの言葉を聞いたので、積極的になろうかなと」
「でもさ、それ結構辛いよ」
辛い......?辛いとは......と思って隣を見ると、どうやら私が寄りすぎたみたいで、戒斗さんだけでなく三玖も押し潰されそうになっていました。
「わわわっ!すみません三玖!大丈夫ですか!?」
「うん、私は平気だよ。戒斗は大丈夫?」
「重い」
「なっ......!」
躊躇せずこんなことを言うなんて、昔の上杉君ですかあなたは!という言葉をギリギリで抑えました。これは完全に私が悪いので、何も言えません。
「す、すみませんでした......」
「お前、昼飯がまた増えてるんじゃないだろうな」
「いつの話ですかそれ!」
まさか初めて出会った時のことを掘り出してくるなんて......でも確かにあの時の昼食は多かったなと思いますね。今は考えられません。
「戒斗さん!女の子にそんなこと言っちゃだめですよ!私でなければビンタものですっ!」
「む、そうだったか。気分を害したのならすまない」
「......ともかく、私以外の女の子に言っちゃだめですよ?......いや私もだめです」
「わかった」
うんうん、やはり女性への気遣いが出来る男性の方が好かれやすいですもんね。
......あれ?好かれるようになってはダメなのでは?
そうなれば私が選ばれる確率が......むむむ。それは阻止したいところですね。
でも戒斗さんが嫌われちゃうのも嫌ですし......他の女性が来ても困りますし............究極の二択ですね。
「五月?」
「......どうすればいいのでしょうか......?うーん......」
「もしもし、五月?」
あれ?何だか体が熱くなってきましたね。三玖が手を振ってるようにも見えますし......一体何なのでしょう?
頭もクラクラしてきましたし......視界もぼやぁと......。
「......きゅう」
「五月!?」
水の中に全身が沈んでからは記憶がありません。次に意識が覚醒した時には三玖が私を覗き込んでいたので、ものすごく恥ずかしかったです。
その後戒斗さんに少し怒られました。怒られた後は沈みましたが、三玖から戒斗さんが心配していたと聞いてとても嬉しくなりました。
○○○○○
旅行最終日/朝
程よく雲のあるいい天気。
上杉家と中野家はほぼ同じタイミングで起きていた。
「今日でここの飯が食えなくなるのかー。最後に温泉入っときてーな」
「あれー、お兄ちゃんは?」
「ん?どこ行ったんだ?そういえば戒斗もいねーな。帰ったか?そういやさっき不思議な話を聞いてな───」
中野家。
「昼の船を取っているから、帰り支度を済ませておくように」
「三玖、トイレから戻ってこない......最後に皆で温泉行きたいのに......」
「五月ちゃん、知らない?」
件の二人は今、同じ部屋で対面している。
二人とも五月に言われ、その部屋で待ちあわせることとなっていた。
そして役者が揃い、最初に五月の方から正体を言おうとしたところを風太郎が止めた。
「お前は俺が正体を暴く。だから答えは聞かねぇ」
「わかりました」
「(それが俺なりに示すことができる、こいつらと向き合う覚悟だ)」
風太郎は、中野祖父からの質問の答えを出した。愛があれば見分けられる。この言葉を胸に、緊張しながら推理へ臨んでいた。
「......さて、前のリベンジだ。五月から話は聞いてるな?」
「......はい」
「ならあいつに頼まれた件を含め、順を追って説明していこう」
候補者は一花、二乃、三玖、四葉の四名。
「まずは四葉。あいつの旅行自体にあった。故に俺には関係ないから除外だ」
「正解です」
「続いて二乃だが、お前は足に色を塗ってない。よって二乃ではない」
ほぼ一息で二乃を除外したことに三玖は驚きながらも理由を問う。
「な、なぜペディキュアを塗っているのが二乃だとわかったんですか?」
「まぁ色々あってな。深くは聞かないでくれ。あいつの悩みに関してもな」
遠い目の風太郎を見てとりあえず三玖は頷いた。
そして次に言われた「デミグラス」という単語に返答の仕方が分からずただ困惑することとなった。
「で、お前は一花と三玖に絞られたわけだが......」
「(もしかしたら当ててくれるかも......)」
風太郎は顔を顰めながら三玖を見る。
「まだわからない」
「そう......ですか」
三玖は一瞬期待した自分を恥じて拳を強く握った。
「(私は何を期待して......)」
「(正直一花だと思えば一花に見えるが、三玖も同じだ)」
風太郎はこの場で特定するしかないと思い、様々な質問を持ちかけるも、全て躱された。
「えーっと、俺の名こと呼んでくれないか?」
「......「上杉君」その手にはかかりませんよ」
「徳川四天王って......」
「わかりません」
他にも内緒話がしたいから耳を貸してくれと言えば、一花がピアスをつけている右耳ではなく左耳ならどうぞと返されたりもした。
「(ボロを出さないよう答えてぇってことは三玖か?いや女優の一花という線も......)」
「(......もうやめてフータロー。こんなこと意味ないよ)」
三玖は早く見つけて欲しいと願いながら、諦めて欲しいとも思っていた。
「(フータローに私は見つけられない)」
「だめだ、わからん。お手上げだ」
「そう......ですよね」
風太郎は両手を上げて降参のポーズをとり、三玖はその結果に納得した。
「ああ。あいつを呼んでくれ」
「あいつ......?」
「ほら、あいつだよ......お前らの末っ子の......今お前が変装してる......名前は......えっと......」
「(ああ......そういうこと......)」
風太郎は五月の名前を出して判別しようとしている。それをわかった上で三玖は五月の名を読んだ。
「五月ちゃんね」
「ハハハハ!かかったな!五月をちゃん付けで呼ぶのは一花のみ!つまりお前は一花ってことだ!」
外れるわけがないと自信満々で偽五月の正体を言った。
「......あはは、まんまとやられちゃったなぁ」
三玖はそれを肯定した。一花の振りをしながら。
「手間かけさせやがって。まぁ、悩みの見当がつかなかったからそうじゃないかと睨んでいたがな」
三玖が一花の振りをしたことで風太郎の中で目の前の五月は一花であるという事実が強く刷り込まれた。
「仕事絡みか?」
「ま、そんなとこ。じゃあ私もう行くね。帰り支度があるから」
「え、いや......」
早口で捲し立て、止めようとしても反応せずさっさとその場を去ろうとする三玖の背中を風太郎は見つめる。
「(やはり、俺はこんな方法でしか判別できない。だが、それでいい)」
『長い月日を経て、相手の仕草、声、ふとした癖を知ること......それはもはや愛と言える』
「(これで一件落着。偽五月、お前の正体は───)」
なぜこのタイミングで中野祖父の言葉を思い出すのか、風太郎には分からなかった。だが偽五月の背中を見ていると、拳を握っているのが偶然目に入った。
「三玖か?」