上杉とバナナと五つ子   作:フェンネル

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変化

「なんで?一花って言ったじゃん」

 

「いや、すまん。自分でも分からんが......お前が一瞬三玖に見えたんだ」

 

その時、風太郎の視界が傾いた。

自分で倒れているのを自覚した後、偽五月から一言告げられた。

 

「当たり」

 

嬉しさのあまり三玖が飛びつき、二人して地面に倒れる。

 

「......マジか」

 

驚きすぎて逆にそれだけしか言葉は出なかった。

なんなら風太郎は今でも一花なのでは?と思ったりしていた。

 

「一つ聞いてもいい?私の悩みは心当たりありそうだったけど、私が偽五月じゃなかったら、何に悩んでると思ってた?」

 

「......バレンタイン」

 

少し照れながら風太郎が呟いたその一言で、三玖は全てを察した。

 

「返してないことに腹立ててんのかと思った」

 

それなりに恥じらっているのか顔に手をやりながら、自意識過剰だったことを明かした。

 

「あはははは!」

 

「なっ、笑うなよ!お前こそなんで辞めてほしかったんだよ!」

 

「あ、やっぱそれはなし」

 

「はぁ!?」

 

風太郎は教師であり、自分は生徒。その関係は変わらない。

だが、関係が変わらないからといってその他全てが変わるわけではない。

 

「(私を見つけてくれてありがとう)」

 

口には出さず、自らの想い人へ三玖は最大限の感謝を向けた。

とびきりの笑顔を向けられ、風太郎は思わず目を逸らした。

 

「......やれやれ」

 

これには部屋の外から話を聞いていた戒斗も、思わず口角を上げてしまった。そして問題が解決したことでその場にいる理由はなくなったので、中野祖父に会いに行った。

 

「おい、爺さん」

 

「駆紋戒斗か。久しいな」

 

「ああ。久しぶりに会ったんだ。少しは挨拶でも......と思ってな」

 

中野祖父はマルオのように敵意丸出しではなかった。かといって受け入れようとする様子もなかった。

どっちつかずではあるが、戒斗の強さと人間性を見抜いていたので時々話をする程度の仲にはなっていた。

 

「で、あいつらと話はしないのか?」

 

「......昨日もそれを聞かれたな」

 

「なるほど、マルオにも言われたのか」

 

「ああ。そしてこう答えた。二度と身内の死の悲しみを与えたくない......とな」

 

戒斗は感情を出すことなく、中野祖父の言葉を聞く。

 

「孫たちはわしの最後の希望だ。零奈を喪った今となってはな」

 

「なるほどな......まぁこれはお前たち中野家の問題だ。俺やそこにいる上杉が口を出す問題ではない」

 

「ん?そこにいるとは?」

 

戒斗は何故かすぐ近くで隠れて話を聞く風太郎を引っ張り出し、中野祖父と向き合わせた。

 

「い、いやぁ俺も昨夜その話を聞いていたので、最後くらい挨拶をと。......お世話になりました」

 

丁寧に深く頭を下げ、礼をする。

 

「それで、何かお礼とか......」

 

「......なら、一つ孫たちに伝えて欲しい」

 

「な、なんでしょう?」

 

───自分らしくあれ。

 

「!あんた......」

 

中野祖父は見抜いていた。孫たちが自身を気遣い、同じ格好をしていることに。風太郎も今の言葉からそれに気づき、頷いた。

 

「あいつらは強い。きっと乗り越えますよ。あんたの死も。短い付き合いですがそれは保証します。な、戒斗」

 

「ああ。だから元気に長生きしておけよ。また来るからな」

 

「フッ......その時は、五人を見分けられるようになっているんだな」

 

そう言うと中野祖父は戒斗を見た。

長い白髪で隠れているだけでなく、細い目を開いて力強く。

 

「......孫たちを頼むぞ」

 

「任せろ。それに、俺だけじゃなく、こいつもいる」

 

「そうか。ならば安心できる。おぬしら二人なら、きっと......」

 

戒斗の隣で話を理解できずにいる風太郎を見て、中野祖父は自然と安心できた。この二人ならばやってくれるだろうという、不思議な安心感があったから。

 

「ところで、温泉は行かなくていいのか?」

 

「あ、ああ。俺はもう入りましたけど、戒斗はどうする?」

 

「俺は今から帰るからな。特に用はない」

 

そして荷物を持ち、旅館の扉を開けようとしたところを止める人間が何人かいた。

 

「あれ?戒斗くん帰っちゃうの?寂しいなー」

 

五月の格好をした一花。

 

「もう少しいてよ」

 

同じく二乃。

 

「戒斗、ちょっとお話したいんだけど」

 

同じく三玖。

 

「なら私も流れに乗ります!帰らないでください!」

 

同じく四葉。

 

「帰っちゃうんですか?」

 

そして本物の五月。

 

「戒斗!なんで温泉来なかったんだよ!」

 

「何故来ると思っていたんだ」

 

戒斗が温泉に来なかったことに怒っている勇也。

 

「戒斗さん帰っちゃうの?皆で写真撮ろうよ......」

 

思い出を残したいらいは。

 

「娘たちもこう言っていることだ。残りたまえ」

 

「お嬢様たちを悲しませると許しませんぞ。ほっほっほ」

 

言葉とは裏腹に目で帰れと訴えるマルオと五つ子達の方へ戒斗の背中を押す江端。

なんと全員揃って集まっていた。

 

「タイミングがいいのか悪いのかわかんねぇな......」

 

そして旅館を離れ、一番見晴らしのいい山の頂上まで移動し、全員で写真を撮ることとなった。

そしてシャッターを押すのが誰なのか問題が浮上し、江端がやろうとしたが戒斗が止めた。

 

「あんたも中野家の一員のようなものだ。いないのは酷だろう」

 

「駆紋様......ありがとうございます。ですがいち運転手の私をそこまで気遣わなくてもよろしいのですよ?」

 

「そういうわけにはいかない......と言いたいが、譲らなさそうだ。すまんな」

 

「いえいえ」

 

そして江端は嬉しそうにシャッターを切った。

 

「全員同じ姿かー、これはこれで記念だね」

 

「いや、じっくりみても誰が誰か分かんねーな」

 

「お父様も見分けられますよ。愛があれば!」

 

「愛で目を補うってか?ガハハハ!」

 

勇也のシャレに被せるようにマルオが姉妹を先導し、下山していった。

そんな中、風太郎と戒斗は誓いの鐘の前にいた。

 

「知ってるか?あの父親、偽の旅行券を作ってまで来たらしいぞ。多分だけど、爺さんを気遣ってのことだ」

 

「......奴は気を許した相手には甘いからな」

 

「あー、たしかにそんな気はするな。あ、そうだ。今日俺偽五月の正体を見破ったんだよ!」

 

戒斗は隠れて聞いたことは言わず、嬉しそうな風太郎の話をただ聞いていた。最初は一花と思ったが何故か三玖に見えた時のことを聞いて少し驚いたりもした。

 

「それでさ、俺があの時三玖とわかったのはもしかしたら愛なのか......って思ってさ」

 

「恋愛感情というよりは、親愛に近いものだろうな......ん?」

 

「まぁ、何はともあれ見破ったのは事実だしな。フッフッフ。これでもうあいつらに騙されずに済み......どうした?」

 

自画自賛する風太郎の言葉を聞きながら時折頷いたりしていると、中野家の誰かが戻ってきた。

そして風太郎に近づき、何かしようとする。だが身長が足りないのかつま先を震わせながら背伸びをする。

 

「いや何だよ。てか誰だお前」

 

顔を近づけてくるので風太郎が遠ざかろうとすると、体が傾き足を滑らせてしまった。それと同時に姉妹の誰かは一気に接近する。

倒れるわけにはいかないと風太郎は支えるために誓いの鐘の紐を握った。だが勢いに負け、背中を地面に打ってしまう。

 

「なっ───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ゴーン。ゴーン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紐を握りながら倒れたことで鐘の音が響き渡り、風太郎は勢いよく倒れた。

その隙を見て五月の格好をした誰かは風太郎に覆い被さった。

そしてすぐに離れ、走って下山していった。

 

「大丈夫か」

 

戒斗が風太郎を起き上がらせると、唇を触って何やら呟いていた。

 

「......キスされた。しかも唇に」

 

「は?」

 

「あと、やっぱ誰だかわかんねぇ......」

 

戒斗は考えるのをやめ、とりあえず下山した。

上杉家に帰ってから詳しい話を聞いても、風太郎は何処吹く風といった様子で、まともに話ができなかった。

そして戒斗はこの件について深く詮索しないようにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某月某日、中野家にて。

一花の放ったその言葉は、四人を戦慄させた。

 

「来週からお家賃を五等分します。払えなかった人は前のマンションに強制退去だから、皆で一緒にいられるように頑張ろ!ということで───」

 

四人は未だに働く先が見つかっていないことに冷や汗を垂らして焦った。

 

「よろしくね♡」

 

一花は猫撫で声で言うが、相当のプレッシャーをかけながら笑っていた。

そして喫茶店にて、一花以外の四人はアルバイトのためチラシを見ていた。

 

「さて、一応働くつもりではあったから求人集めといたけど......どうする?」

 

「コンビニ、新聞配達、みんな大変そう......」

 

全員同じ場所で働こうにも、そんな大人数を募集している場所もない。

そもそも、五人は得意なことも違うので働く先は別々がベストだった。

 

「接客業とかどうかな?あ、でも悪いお客さんとか来たらどうしよう......お金を稼ぐって大変だなぁ」

 

「それでもお金が必要なのよ。一花があんなこと言うなんて思わなかったわ」

 

「でも、一花のあの感じ懐かしかった」

 

四人はどことなく一花の裏の顔を見たような気がした。

 

「今までは一花に無理をかけ過ぎていましたし......」

 

「ああなった一花は手強いわ。前のマンションに強制退去ってなると、パパと二人きりよ......き、緊張感はあるわね......」

 

五月はやるからには自らの血肉となり得る仕事にしたいと言い出した。

 

「血肉って......賄いが出るってこと?」

 

「そ、そういうのじゃありません!上杉君じゃないんですよ!」

 

「ま、どうせならやりたいことをってのは同感だわ」

 

ここで四葉が一つのチラシを取り出した。

 

「上杉さんといえば、このバイト先を見つけ───どわあっ!」

 

風太郎と戒斗が働いているケーキ屋の紙を四葉が見せた途端、二乃と三玖が凄まじい勢いで紙に手を伸ばした。

 

「やった」

 

「二乃、それ渡して」

 

紙を奪い取れたのは二乃。三玖は自らの運動能力の低さを呪った。

 

「なんでよ。私の得意分野なのよ」

 

「なんでわざわざそこなの?まさかフータローじゃないよね」

 

「違うわよ。ここは......」

 

急に黙り込んだ二乃を見て、三玖は察した。

ああ、二乃は戒斗がいるから行くのだと。自分と同じ下心なのだと。

 

「ま、まぁ何故かあの二人がいるけど、不本意よ不本意!」

 

「(なのににやけるんだ)」

 

言葉には出さず、ただそう思う。

 

「でも、一緒のお仕事したいなー。三玖、このお掃除のバイトなんてどう?一緒にやろうよ!」

 

三玖が選んだのは、戒斗と風太郎の働くケーキ屋だった。

面接は店長と風太郎、三玖と二乃の二対二で行われることとなった。

 

「店長。私たち二人で料理勝負をするので、それで審査してくれませんか?」

 

「それなりに自信がある、と?」

 

「私はすごい人たちに教えてもらってます。今年のバレンタインもいっぱいチョコを作りました」

 

三玖は誇らしげに答えた。

 

「ちょっと!それって私の手伝いあってこそでしょ!」

 

「最後は一人で作れた。なので店長、お願いします」

 

「わかった。とりあえず実践してみようか」

 

三玖の発案に店長が頷き、姉妹でどちらがケーキを上手く、美味く作れるかという戦いが始まった。

 

「お、二人とも結構手慣れてるね」

 

「三玖......あの髪の長い方はたまに戒斗に師事してるらしいですよ。もう一人の方は......凄いやつです」

 

「いきなり語彙力が落ちたね。......まぁ、駆紋くんから習っているのなら期待できるよ。どちらも即戦力かな?」

 

二乃は丁寧かつ素早く。

三玖はゆっくりしながらも正確に。

双方別の方面に突出していたので、勝負の行方は完成するまでわからなかった。

 

「完成よ!」

 

「できた」

 

「おお。結構早いね。ふむふむ......ん?」

 

店長は、店と遜色ない二乃が作ったケーキと、その横にある三玖のケーキを交互に見る。最初に三玖のケーキを見た際思わず二度見していたが、風太郎にその理由はわからなかった。

 

「中野......三玖さんかな?これは......」

 

店長が指を指すのは色合いだけはケーキの何か。

平たく言えばダークマターに片足を突っ込んだようなケーキだった。

 

「最後の方はまだ習っていないので」

 

「(まさかバレンタインからこうも成長するなんて......侮れないわね、三玖)」

 

「ま、まぁともかく試食してみようか」

 

一瞬で二乃に軍配が上がった。

風太郎はどちらも美味いと言っていたが、一般的な味覚の店長にしてみれば違いは明白だった。

 

「それじゃ、来週からよろしくね」

 

店の外で、三玖は項垂れていた。

 

「負けた」

 

「なんで勝てると思ったのよ。まぁ......悪かった───」

 

「向かいのパン屋も募集してるんだ。こっちにしようかな」

 

「切り替え早いわね」

 

パン屋に風太郎はいないぞと二乃が言えば、特に気にする様子もなく頷いた。

 

「私の目的はフータローじゃないから。それに、どうやら作るのは好きみたいだし」

 

三玖は、風太郎の好きなタイプBEST3を思い出す。

一位は「お兄ちゃん想い」なので無理ではあるが、次の二位は料理上手なので可能性はあると考えていた。

 

「(料理上手になって、フータローに好きになってもらう私になるんだ)」

 

以前までのダウナーな様子はなく、明るく前を向く三玖を見て、二乃は何故か負けたような気がした。

 

「(こうも前向きだと、勝った気がしないわね......腑に落ちないっていうか......)」

 

三玖と同じように、二乃はバイトで果たすべき自分の目的をしっかりと確立した。

 

「(このバイトで、絶対あいつに私を好きにさせてみせるんだから)」

 

 

 

 

 

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