「えー、我々も三年生になったということで......」
「すみませーん。上杉学級長、声が小さくて聞き取れないのでもう少し大きくお願いします。ね?」
「(あの野郎......つっかかってきやがって......)」
キラーン。という音が似合うようなウインクをされ、風太郎は青筋を浮かべた。
「一学期のメインイベントと言ってもいいあれについて話し合いたいと思います!」
そして口を歪め、肩を揺らしながら笑う。
「いよいよ始まるぞ......」
クラスがその行動に対して湧き出た言い様のない感情に思わず唾を飲む。
その時、風太郎はカッと目を見開き、メインイベントを口にした。
「全国実力模試が!」
「修学旅行ですね!皆さん全力で楽しみましょー!」
「そっちかよ......」
目に見えて落胆する風太郎と修学旅行の話をする四葉を尻目に三玖と二乃は別の話をしていた。
「二乃、放課後バイト?」
「ええ。今日が初日だわ」
「じゃあ頼みたいんだけど、フータローにプレゼントのこと探ってほしい」
「なるほどね。いいわよ」
了承した時、三玖はとても嬉しそうに笑っていた。
二乃は思わずときめいてしまい、自分も負けていられないと思って一花を見た。
「(今日会えるとはいえ、一花がどう出るか分からない以上、手段は選べないわ)」
そしてバイト先へ向かう途中も、何故か焦燥感を感じていた。
三玖の恋路を応援しながらも、一花のことが頭から離れない。
「(リードしてるはずなのに......おかしいわ......)」
一花に恋愛相談(?)をした時、帰ってきた答え。
『そういうことはなかったかな』
今思えば、あの答えは一花が嘘をついているために出た返答であると二乃は考えた。
「(告白されたのに意識されてないわけないわよね)」
妙な不安を抱えつつ、店に入って素早く着替えを済ませる。
そして戒斗が来ていないことを確認し、褒めてもらうべく店長の指導の下、ケーキの作成を始めた。
「おい二乃、足引っ張んなよ」
一足先に来ていた風太郎の言葉に、鼻を鳴らして強気に返す。
「私を誰だと思ってんのよ。こんな仕事朝飯前だわ!」
その言葉に風太郎は愚かとでも言いたげに嗤った。
「くっくっく......家事担当といえどお嬢様......働くことの、社会の厳しさを思い知れ!」
そして二乃が気合いを入れて臨んだ結果、そこには完璧なまでに綺麗に彩られたケーキが。
「素晴らしい!完璧だ!」
店長が絶賛するほど、二乃が作るケーキは指示通りに出来ていた。
それどころかワンポイント加え、ケーキの見た目には影響を出さず、食感を変えたりしていた。
「初日から......いや、以前からこれほどのものを作れていたと考えると、君は天才だ!」
「えぇー?店長のお上手な指導のおかげですよー」
店長から送られた言葉に風太郎は悔しげに顔を顰めた。
「......ケッ。戒斗の方が上手いっつーの!」
「ふん、でも戒斗はいないじゃない。えーと、厳しさをしれ、だったかしら?ごめんねー。あんたとはレベルが違うのよー」
「くっ......ちくしょおおおおっ!!!」
「ホホホホ!」
何も言い返せず誤魔化すように店の机を綺麗に拭きまくる風太郎を二乃は何処ぞの魔女顔負けの声で嘲笑った。
そして遅れて店に来た戒斗が見た絵面は、輝く机と座って息を切らす風太郎という、言葉にしづらいものだった。
「か、戒斗......二乃の野郎......生意気だぜ......」
「......ああ」
戒斗は何も言えず、それしか返せなかった。
そんな時、扉が開く音を聞いた二乃がキッチンから顔を出した。
「戒斗!やっと来たのね!と、ところで、この髪型どうかしら......?」
戒斗の姿を見てサッと近づき、二乃は普段のツーサイドアップではなく、一風変わったポニーテールを少し照れながら見せた。
「(どう?......まぁ、肯定すればいいのは確かだろう)」
「か、戒斗......?」
「......いいんじゃないか?」
「っ!」
先程試しに風太郎に聞いたところ、仕事がしやすそうという似合う似合わないではなく損得を基準とした感想が返ってきただけに、今戒斗に褒められた嬉しさは、普段よりも上だった。
「えへへ......」
顔を綻ばせて機嫌を良くする二乃を見て、風太郎はイチャつくなと言わんばかりに二乃をキッチンへ連れていった。
そしてキッチンから騒ぎ声が聞こえるなど色々ありながら時間が経ち、次に出てきた店長は当然のように戒斗にコックコートを渡した。
「今からキッチンに立ってくれないか?」
「俺はもう辞めた。それに、この声の数からして総動員しているはずだ。人手は足りている」
「......今日だけでいいから、君にお願いしたい。給料も弾むよ?」
店長の目には何故か星が浮かんでおり、戒斗が極力関わらないようにしても時既に遅く、店長は何故今日に限って頼み込んだのか、その理由を語り始めた。
「”M・A・Y”という名を知っているかい?この界隈では知る人ぞ知る有名なレビュワーだ。誰もその素顔や正体は知らない。
しかし、口コミサイトに星をつければその分客が倍増するという魔法のようなこともやってのける......何故か?その人の評価が的確だからさ。そして今夜予約が入った。そしてこの春の新作を御所望だ。その意味が分かるよね?」
「ほう......それで?」
「僕はね、学生で君以上の腕を持つ子はいないと思う。今日中野さんが作ったケーキを見た。相当な腕だ。だが、彼女はおそらく料理全体に特化している。数値にした時、彼女は殆どのジャンルで君に優っているだろうが、スイーツ菓子類への突出具合は君の方が上だと思ったんだ」
「......長々と話しているが、要は俺にその春の新作とやらを作れと言いたいんだな」
そして間髪入れず断った。
店長に驚く様子はなく、どうやらダメ元で頼んでいたらしい。
「二乃に頼めばいいだろう」
「彼女も腕は確かだが、先程少し失敗したんだ。新人さんなのに加えて初日だから仕方ないが、彼女は少し負い目を感じているみたいでね。モチベーションも低下しているように見える」
簡単に言えば、二乃ではダメだから戒斗に頼みたいということらしい。
「......俺が見せてやる。中野二乃の底力を」
店長に差し出されたコックコートを持ち、戒斗は力強く告げた。
着替えてキッチン内に足を運べば、一人で生地を作る二乃の姿が。
「(誰もいないとなると、今は休憩か?)」
二乃の顔は真剣そのもので、負い目を感じているようには全く見えなかった。
「あれ?どうしたの?その服......」
「お前、初日からキッチンなのか?」
「え?あ、そうよ!結構凄いでしょ?」
二乃の顔は、少し悲壮感があった。
失敗したという事実の中に、ここから巻き返そうというやる気が見え、目を見てもまだ死んではいなかった。
「......ん?」
何かに気づいた戒斗は、無言で二乃の手を取った。
「な、何?」
突然の行動に二乃が戸惑うが、戒斗はじっと二乃の手を見つめるだけ。
そして呆れた表情を見せ、二乃を咎めた。
「......少し来い」
「ちょ、今生地が......」
耳を傾けることなく休憩室に入ると、風太郎が机に段ボール箱を一つ置いており、二人が入ってきたのを見て中身を見せた。
「見ろこれ。百個注文のはずが千個注文しちまったサンタだ。向こう十年はこれでやっていける」
「あの時は誰も怒らなかったな」
「ああ、不思議な人達だよ。あとこの机の傷、俺が転んでつけたもんだ。ケーキを別のテーブルに運んだり、皿なんて何枚割ったか数えきれねぇ。それに比べりゃ小さいミスだ。ていうか、あれは新人に任せる店長が悪い」
「俺も面倒な客が来た時は殴ったな」
何故か自らの犯した過ちを次々に言う風太郎と戒斗の意図が読めず、二乃は混乱した。
「......もしかして励ましてる?」
「ち、違ぇーよ!誰がそんなことするか!仕事の過酷さを教えてやってんだよ!」
隠すようにぶっきらぼうな言い方をするが、いずれにしても二乃の心は少しばかり晴れていた。
「あー、気遣わせちゃってごめんね。ちょっと弱気になってたわ」
心のどこかで後ろ向きな考えをしていた自分を恥じ、自分の手で頬を叩いた。
「うん。もう大丈夫」
先程までの強がった様子もなく、二乃は椅子に座る。程よく肩の力が抜けたらしい。
「さて、M・A・Yさんが来るまで少し時間あるわね」
そんな二乃を見て、自分の出る幕がないことを感じ、戒斗は席を立った。
「あとはお前たち次第だ。この店を殺すも生かすもな」
「うん、見ててね。頑張るから」
「任せとけ!」
そして戻るためにキッチンを経由していくと、バイトメンバーや店長はいつM・A・Yが来るのかソワソワしながら店内を覗いていた。
「あ、駆紋君。一つ聞いていいかい?」
「何だ」
「新人さんに任せるのは完全に僕のミスだ......中野さん、落ち込んでいなかったかな?」
店長はその時のことを少し後悔しているようだった。
もう少し指導するべきだったと。
「フッ、あとは二乃に任せろ。俺は帰る」
「......その顔だと、良いことがあったみたいだね。わかったよ。それはそれとして、M・A・Yさんに興味は」
「ない」
店長の制止を無視して店を出ようと扉に手をかけた時、同じタイミングでマスクにサングラスという不審な格好をした客が入ってきた。
「!」
「ん?」
その客は驚いたように戒斗を見た後、そそくさと三番テーブルに座った。
なんとなくキッチン方面を見ると、店の者たちはその客を見てヒソヒソ話していた。
「なるほど。奴が例の客か」
風格が無いなと思いながら三番テーブルの客を見ると、先程は近くにいたので見えなかったが、頭にはアホ毛があった。
「......まさかな」
見覚えるのある髪型と星型の髪飾りを見ても尚、戒斗はその客が知り合いではないだろうと思い込むことにした。
「五月」
そうしたのだが、どう見てもその正体は五月だったので話しかけてしまった。
「か、戒斗さん!気づいていたのですね......」
名前を呼ぶと五月は驚き、気づかれない完璧な変装だと思っていたことを口にした。
「一つ教えておこう。ここのケーキは美味いぞ」
「ほう!ならばご一緒に......」
「これから用事がある。付き合えなくてすまんな」
戒斗は申し訳なさそうに五月の頭に手を置いた。
「なら仕方ありませんね。またいつか」
「ああ」
特に気にすることも無く、五月は戒斗に手を振った。
そして店を出る直前、五月の接客に来ていた二乃と目が合った。
「......♡」
二乃は唇に手を当て、戒斗に向けて飛ばす、所謂投げキッスをした。
戒斗はどういった意味が理解できなかったので、スルーして帰った。
「もしかすると、風太郎にキスをしたのは二乃なのでは?」と思いながら。
そして翌日、用事を済ませるべく目的の場所へ向かった。
「よお、戒斗」
目的の場所はなんてことのない喫茶店。
戒斗を、呼び出したのは風太郎の父、勇也だった。
「なんか飲むか?」
「いや、遠慮する。用件はなんだ?」
「ん?あー、そんな大したことじゃねーよ」
ヘラヘラ笑って見せる勇也。
本当に笑っているようには見えず、かと言って戒斗に対して敵意を向けているわけでもなかった。
「まさか、お前がバロンだとは思わなかったぜ?」
「誰から聞いた?下田か?戦極凌馬か?」
ピリ、と戒斗の雰囲気が重くなる。
下田と凌馬、二乃以外に自分の正体を知る人間はいなかったはずなのにも関わらず、目の前の男は「お前がバロン」と断言するような言い方をした。
「まーそうカリカリすんなよ」
それを肌で感じながらも、勇也は話を続けた。
「俺は今まで奴の姿こそ見てきたけどな、その正体はわからなかった。だがある日情報が入った。”変身者は学生だ”......ってな」
「その変身者という単語、久しぶりに聞くな。そうか、マルオか」
「お、勘がいいな」
「で?目的はなんだ」
戒斗自身もこれから戦闘を繰り広げるつもりはなく、勇也の話を聞くことにした。
「いや、お前に頼みがあるんだ」
「頼みだと?」
「ああ。お前があの怪物と戦ってたのは知ってる。けど、風太郎やらいは、五月ちゃんたちには知らせて欲しくねぇんだ。あのドライバーのことも、奴らのことも」
そう言って頭を下げた。
普段は軽い調子でおちゃらけている勇也の真剣な声を聞いて、戒斗は親からの子供に対する想いを感じた。
「......もし、意図せず知ったなら?」
言われずとも、戒斗はインベスの脅威から周りの人間を守るつもりでいた。だが二乃や風太郎は既に知っているし、五月も短時間ながら目撃している。
そういったアクシデントが発生した場合は一体どうして欲しいのか、戒斗は聞いた。
「守ってやって欲しい」
勇也の言う守る、というのは恐らく怪我をさせて欲しくないということだろう。
ドライバーやロックシード無しではインベスには太刀打ちできない。インベスの強さに、戦えない弱い人間が立ち向かったところで、一方的に蹂躙されるだけ。
「もちろんタダとは言わねぇよ。お前には最大限の礼を───」
「お前が何を思ってそんなことを言うのかは知らんが」
最後まで言わせず、戒斗は勇也の頼みを断るように告げた。
「あいつらは強い。それは保証する」
「ッ、いくら心が強くても、あの怪物には敵わねぇだろ!」
どれだけ内面が強かろうと、圧倒的な戦闘力の前には無力。
互いにそれを身をもって経験していたからこそ、勇也は戒斗の言い分に憤っていた。
「ほ、他のお客様もいらっしゃいますので......」
「あ、ああ。すんません......」
感情が高ぶり、机を強く叩いたせいで他の客は萎縮してしまっていた。
勇也は勘定を済ませ、場所を変えて早く歩く戒斗の後ろをついて行きながら説得し続けていた。
「なぁ戒斗!分かってんだろ!」
戒斗は答えない。
「おい!ガキ共だけじゃ勝てねぇ!」
勇也も負けじと繰り返す。
「お前の力が頼りなんだ!」
何を言おうと、戒斗の意見は変わらない。
「風太郎はな!ようやくお前以外に楽しく話せる友達が出来たんだよ!」
勇也の声は必死だった。
大人か子供かなどは関係なく、縋るように戒斗に頼み続ける。
「あの子らも、皆いい子たちなんだ!お前も分かってんだろ!」
戒斗が一切反応を見せないことに段々と勇也の心は折れかけていた。
「頼む......頼むよ......」
そして、消え入るような声で最後に呟いた。
「お前も知ってるだろ......どんだけ強い人でも、死んじまうんだよ.....」
「......!」
戒斗の足が止まる。
後ろを振り向くと、勇也は泣いていた。男泣きという訳でもなく、静かに涙を流していた。
「もう、あんな光景は見たくねぇんだよ......人が本気で絶望する瞬間なんてよ......」
「......お前は」
「マルオと俺と下田だけじゃ絶対勝てねぇんだ......戦極がいても......」
戒斗は、その涙の理由がなんとなく想像できた。
今の勇也の顔が表す感情は喜びでも、怒りでも、悲しみでもない。
言うなれば───
「恐怖......か。お前......いや、お前たちは、底知れない何かを恐れている。違うか?」
「ああ......俺たちの戦いは終わったと思ってた......」
戦いという単語を聞き、ヘルヘイム関連であることを悟る。
勇也たちが底知れない恐怖を抱く程のヘルヘイムに関する存在。
それ程の存在となれば、運命を乗り越えし者達の他なかった。
「あの化け物と戦うには、お前の力が必要なんだ......!」
その時、戒斗の頭に激痛が走った。
思わず膝をついて頭を押さえる。
「お、おい?」
「ぐっ、う......!」
その時の頭の痛みは、何かを思い出そうとした時の感覚に似ていた。
だがその時のような軽い頭痛ではなく、内側から広げられるような苦しい痛みだった。
『所詮、お前も、我ら──────と同種だ。その運命から逃れることは出来ない』
『あなたは......あなたで良いんです......───のまま、で......』
『俺の───は......もう......』
痛みと共に流れる過去の景色。
戒斗にとって思い出したくない、蓋をしていた過去が蘇りつつあった。
「っ......治、まれ......!」
だが痛みは治まらず、戒斗はこのまま意識が飛ぶのではないかと思った。身を任せてしまえば間違いなく苦痛が待ち受けているというのに、その痛みは戒斗を闇へ引きずり込もうとする。
「戒斗ッ!!」
戒斗の肩に手を置き、揺さぶる勇也の声を聞いて一瞬意識がハッキリと戻り、その瞬間に半ば無理やり頭痛を静めた。
その後、荒い呼吸を繰り返す。
「はぁ......はぁ......」
「大丈夫か?かなり辛そうだったぞ」
「(意図せずだが、借りができたか......)」
そして呼吸を落ち着かせ、勇也に一言。
「貴様の要求、呑んでやる」
「本当か!?」
「だが、勘違いするなよ。あくまで利害が一致しただけだ。俺は俺の目的を果たす......!その間までなら戦ってやる」
「ああ、それでいいぜ」
交渉が成立し、勇也はホッと息を吐いた。
そして戒斗の頭痛を気にかけながらも、仕事のために帰っていった。
残った戒斗は、一人考えていた。
「(あの記憶は......何年も前の......)」
何故あのタイミングで記憶が蘇りつつあったのか、それがどうしようもなく謎だった。
「(答えは出ないか......まあいい。いずれにせよ、俺は手に入れる)」
戒斗は歩き出した。
凌馬の研究所でも、家でもない何処かへ、
「(俺が何のために戦うのか......その理由を!)」
自らの追い求める答えを探しに、彼は新たに進み出した。