その日、勇也から追って詳しい話をされた戒斗は、凌馬に伝えた上で作戦を立てていた。
戒斗が出した案は、とりあえず戦うというものだった。
だが直ぐに却下され、凌馬の勇也たちの力も含めた上で慎重に捜査するという作戦を遂行することになった。
「とりあえず、君にはいつも通り過ごしてもらう。彼らのドライバーをアップデートするのには少し時間がね。上杉でも勝てないとなると、かなりの強さだ」
だからこそ、戒斗もその作戦に賛成した。
先日デェムシュと戦った身としては、あのレベルのオーバーロードが複数身体いるというのは想定外で、勇也達には些か荷が重い。
「だが、何かあればすぐに言え。ドライバーの件......頼むぞ、戦極凌馬」
「(君が私にそんなことを言うとは、自体は思う以上に深刻らしいね......)任せてくれ。責任を持って熟させてもらうよ」
戒斗の頼みに安心感のあるグッドサインと共に答え、まずは下田から回収していたゲネシスドライバーの改造を始めた。
その日はそれからすぐ別れたが、翌日研究所に入ると、同じ姿勢で火花を散らし続ける凌馬の姿が。
「おや、こんな朝に来るとは珍しいね」
「貴様、24時間やっていたのか?」
「そうだよ?......ところで、早く学校に行かないと遅刻してしまうが、どうするんだい?」
そう言ってすぐベルトのアップデートに戻る凌馬を見て、戒斗は声をかけても無駄なことはわかっていたので学校へ向かった。
「(あの分なら大丈夫そうだな。まぁ、奴はたまに熱が入りすぎるとところがあるが......)」
そんなことを考えながら歩いていると、誰かに軽くぶつかった。
「わっ......!」
「む、すまん」
声から女性だと察し、肩に限定して体を受け止める。
「あ、ごめんなさ......あれ?」
「怪我は......ん?」
戒斗が顔を見ると、ぶつかったのは黒縁メガネをかけた一花であることが分かった。
「戒斗くんじゃん。おっはー」
戒斗は携帯を取りだし、画面を見て顔を引き攣らせた。
「ああ。ところで、このメールの数は一体なんだ?何故お前だけ他の四人の倍はあるんだ?」
「あー、それね。実は───」
一花の話によると、風太郎は五人に勉強を教えていたことで学年順位が落ちてしまい、家庭教師を辞めさせられそうになったとのこと。
そして風太郎に変わって一位になったのは、武田祐輔という男だという。
「あのやたらと煌めいている奴か」
「あはは......二年の頃同じクラスだったんだけど、覚えてない?」
「なるほど、変な既視感を感じたのはそういうわけか」
そしてその武田と次の全国模試で点数を競うこととなり、風太郎は武田の上をいくのに加えて全国模試で十位以内に入ることをノルマに家庭教師を続けることになったらしい。
「上杉は言わずもがな、お前も前から女優業と並行していただろう?だから心配はいらないな」
「へぇ、信頼してくれてるんだ?」
「まぁな。ところで、なぜ眼鏡を?」
「えへっ、少しは知的に見えない?」
知的に見えるかどうかはさておき、様になるなと戒斗は思った。
「一応変装なんだけどね」
「変装だと?」
「昨日ね、私が出てた映画の試写会があったんだ。そこそこテレビでも取り上げられてたみたいで......」
戒斗は記憶を遡って一花の撮影を最後に見た日を思い出す。
最後に見たのは、ケーキ屋での撮影。だがそれにしては公開が早すぎる。
「お、覚えてる......?あの時の映画なんだけど......」
「(あの時......)」
気恥しそうにする一花を見て、戒斗は首を傾げる。
そして一花の言葉と変装の理由が=で結ばれた。
「つまりお前は、一般人に声をかけられないよう変装していたと」
「もー!恥ずかしいから言わないで!」
戒斗の背中を何度も叩いて、一花は顔に溜まる熱をなんとか放出する。
「変装はお前たちの得意技だったな」
「私たちね、こういう時のために常備してるんだ。四葉や三玖だったらすぐにいけるかな。あ、二乃もでき......」
それから一花はしばらく口を開かなかった。
足も止まり、戒斗も止まる。
「?おい───」
「そんなことしたら戒斗くんとフータローくんが見分けつけられなくなるからやめよっか」
突然言葉が止まったので声をかけると、一花は誤魔化すように変装用具を鞄の中に仕舞った。
「一つ教えてやる。上杉はノーヒントで三玖の変装を見破った。それと、俺も変装していようがお前と二乃はわかる。なんとなくだが」
○○○○○
私はわかってもらえることに一瞬喜んだけど、二乃の名前が出たことでその喜びは消えた。
その瞬間、名前を出して欲しくないっていう気持ちが私の中で確かにあった。
「他の四人が見えたぞ」
「!」
みんなに会ったら、戒斗くんと話せる時間が無くなっちゃうよね......戒斗くんの意識が、他の子に向いちゃう......。
特に二乃。さっき名前を出されたらチクッとしたし......。
「ねぇ」
戒斗くんが離れないように手を握る。
「急に立ち止まってどうした。あいつらと離れるぞ」
こんなこと、戒斗くん以外には言えないな。
でも君は特別だよ。だって君の前だと、ブレーキが効かなくなるから。
「私の前で、他の子のこと話さないで」
付き合ってる訳でもないのに、そう口にしていた。
ただの重い女だと思われるのは嫌だけど、戒斗くんが私以外の女の子を見てるのはもっと嫌。私以外を見て欲しくない。私だけを見て欲しい。
「他の女の話をされて、お前が不快感を感じたのなら控えよう。ただ、二人の時という条件をつけさせてもらう。複数人いる時は流石に無理だ」
やっぱり戒斗くんは、こんなことを言っても否定しない。
私のことをよく考えてくれてる。
「ありがとう......急にこんなこと言っちゃってごめんね?」
「構わん」
だから私が胸に抱くこの感情は、ファンに対するものじゃないんだと思う。
それにしてはいき過ぎているし、こんなに独占したいなんて思わないよね。
「ね、戒斗くん。このままサボっちゃおっか」
「ともかく、立ち止まっている場合じゃない。遅刻するぞ」
「アッハイ」
フータローくんならともかく、戒斗くんもサボりはダメだと思うタイプかー。
そんなこんなで学校に着くと、もう遅刻寸前だった。
「まだ間に合うな。急ぐぞ」
「うん」
ギリギリセーフで教室の前に辿り着いた。
ドアを開けると、クラスメイトが一斉にこっちを見てきた。
「一花さん!朝のニュース見たよ!」
「女優ってマジ!?」
「びっくりした!」
「同じクラスにこんなスターが───」
スパァン!!
そんな高く鋭い音が聞こえるほど強い力で、私の前に立ってる戒斗くんはドアを思い切り閉めた。
「なんだこれは」
「だ、だから言ったじゃん。そこそこ取り上げられてるって......」
戒斗くんは額に手を当てて重い息を零す。
あらら、ため息吐かれちゃった。
そして急に私の頭に手を置いた。
「お前という女優が認知されていて、俺としては喜ばしい」
「えーと、ありがとう?」
「だが、今日お前は奴らに付きまとわれる気がする。そう考えると哀れに思うが......まぁ頑張れよ」
普段の戒斗くんじゃないみたいな、慈しむ感じで見てくるんだけど。
戒斗くんからすればそんなに辛いのかなぁ?
「ま、大丈夫だよ。そんなに心配しないで?」
「あぁ......とりあえず、このままドアを開けるか?向こうから入るか?」
「じゃあ向こうかな。こっち開けると皆なだれ込んできそうだし」
で、戒斗くんがもう一つのドアを開けると、そっちでも待ち伏せしてたクラスの皆は待ってましたと言わんばかりに突撃してきた。
「群れてぎゃあぎゃあと......ミツバチかこいつらは!」
「それはそれでなんか可愛いね」
そんな話をしていると、人数が多かったのか壁際に追い詰められた。
「貴様ら!周りを見ろ!」
戒斗くんの声も届かず、私は壁ドンされる形で守られてた。
近くに戒斗くんの顔がある。これ以上ないってくらい近くに。
「こいつら......このまま薙ぎ倒してやろうか......」
「これは事故だよ」
「何が───」
皆に気づかれないように私は戒斗くんにキスをした。
唇にはまだできないから頬で我慢しよう。唇はちゃんと関係を深めてからね。
「正気かお前は......押し潰されるぞ」
「んー?守ってくれるんでしょ?」
「その強かさはなんなんだ......」
その後手に指を絡めてニギニギする。
戒斗くんのおかげで本当に上手く隠れてるみたいで、誰も気づいてなかった。
「おい、片手は無理があるから離せ」
「やだ。あーあ、このまま倒れ込んできたら私押し潰されて死んじゃうのかなー」
無理があるって言いながら結構余裕あるんだ。
「......仕方ない」
戒斗くんは小さい声で何か言ったかと思えば、チラッと視線を後ろにやった。するとクラスの皆は後ろに下がっていった。
「貴様らのせいで教室に入れん。一花に質問するのはいいが、遅刻寸前なんだ」
「あ、そっか」
「いやー、ごめんごめん。女優さんなんてびっくりしたから、つい......」
戒斗くんは痺れたのか腕を鳴らして教室に入っていった。
それからは戒斗くんの言う通り、付きまとわれて今日一日中引っ張りだこになってた。
勉強会の時間になっても皆が話してくるから、申し訳ないけど三玖の変装をして逃げた。
「む、三玖か。勉強会はいいのか?」
タイミングよく戒斗くんと会った。
でも三玖の格好だから演じないとね。
「あ、戒斗く......戒斗。うん、今から行くよ。一緒に行かない?」
「......あぁ、いいぞ」
廊下を歩いてる間、特に喋らなかった。やっぱり三玖の状態だとそれらしい話題が見つからないな。
それに何かバレないから言い出す機会を失ったような気が。
「で、長女のお前がなぜ変装をしている?」
あっ、バレてた。
○○○○○
ある日、戒斗は二乃から相談を受けていた。
「上杉の誕生日?」
「そ。プレゼントってどうしたらいいと思う?あ、ちなみに当日に渡すわけじゃないわよ。だって今のあいつ、死にそうな顔してるし」
「......金でも渡せば問題なかろう」
そう言うと突然頭を叩かれた。
理由がわからず訝しげに二乃を見ると、呆れていた。
「あのねぇ、そういうことじゃないのよ。プレゼントっていうのは気持ちなのよ」
「なら俺に相談しない方が正しいんじゃないのか」
「あんた親友でしょ?的確なアドバイス貰えると思うじゃない」
「......プレゼントか」
戒斗は何も考えていなかった。
故に今考え、浮かんだものを候補として上げる。
「そうだな......然程金はかからず、かつ二乃らしいプレゼント......」
「疲労回復とか言ってたらしいから、そうね......アロマとかかしら?」
戒斗はアロマについてよくわかっていなかったが、疲労回復と聞いて迷いは無くなった。
「奴はそういうのには疎そうだが、良いんじゃないか?」
「じゃあ......一緒に買いに行かない?」
「荷物持ちを連れていくほど大きいのか?」
「えっと、そういう訳じゃないんだけど......とにかく!一緒に行くわよ!」
これ以上話しても無駄だと悟り、二乃は戒斗の手を引っ張って買い物へ向かった。
そして戒斗は道中で少し考えていた。
「(上杉への誕生日プレゼントか......どうしたものか)」
戒斗の中で大方の答えは決まっていた。
だが、それで風太郎が喜ぶかと言えば肯定できない。
「(まぁプレゼントというよりは、必要な物だ。あって損は無いだろう)」
「ねぇちょっと、聞いてる?」
袖を引かれる感覚に意識を向けると、むくれた二乃がジト目で見ていた。
「すまない。少し考え事をしていた」
「だと思ったわ」
そしてため息を一つ。
「せっかく二人で出かけてるのに、気の利いた会話とかないわけ?」
「強制的に連れてきたのはお前だろう。気の利いた会話などあるものか......いや、一つあるな」
「何?」
戒斗は今浮かべている話題をこんな状況でしてもいいのかと考える。
その話はパッと出すには深刻すぎる内容だったから。
「最近、インベスの出現が活発になっている。お前もくれぐれも気をつけろ......というだけだ」
二乃の方を見ると、気が滅入ったように項垂れていた。
「はぁ......普通そんな話、今ここでする?」
「伝えておきたかったからな。頭に入れておいてくれ」
「ん、了解」
それから二人は暗さをかき消すようになんでもない話をしながら図書館へ戻った。
入館した際に一花から受けた視線の理由は二乃にしか分からず、睨み合う二人を置いて、戒斗は五つ子から離れた場所にいる風太郎の肩に手を置いた。
「おい、生きてるか?」
「んあ?おお、戒斗か......大丈夫だぜ」
そう言うものの、目にはクッキリとクマが浮かんでおり、どう見ても不健康そのものだった。
「(やれやれ。この疲労具合......二乃の言った通り、相当な負担がかかっているな)」
今の風太郎にはインベスの話はするべきではないと考え、戒斗はできる限り睡眠を摂るように言い残して五人の元へ向かった。
そして戒斗が風太郎と話している頃、一花と二乃は火花を散らしていた。
「へぇ、二乃ってば戒斗くんと買い物してたんだ」
「えぇ、そうよ。二人っきりで、ね」
「ふーん。ところで、一ついいかな?二乃は戒斗くんのこと好き?」
その質問に答えるのに、時間はいらなかった。
半ば被せるように、二乃は即答した。
「大好き」
「私も」
「ッ......!」
二乃は歯噛みした。
「ま、今のうちに淡く恋しといた方がいいよ。いずれ私のモノになるんだから」
「姉ってだけで随分上からね......ふん。どーせあんたじゃ振り向かせらんないわよ。私は抱きしめられたこともあるんだから」
互いに煽るようにマウントを取ろうとする。
「それくらい私もあるよ。なんならキスしたし」
「はあ!?唇じゃないでしょうね!?」
「さー?」
あえて黙ることで一花が一歩リードしたか。
二乃も負けじと関係の深そうなワードを出した。
「まぁ?私と戒斗は裸の付き合いだし?」
「えっ!?」
一花は妹が思った以上に進んでいることに、焦りを感じた。
それから言葉は交わさず、睨み合いながら三玖と四葉の元へ戻ったところ、あまりのオーラに震えてしまっていた。
「あ、ごめんね二人とも。ちょっと二乃がね」
「悪いわね。一花がちょっとウザったくて」
「......へぇ?」
「何?」
またもやガンの飛ばし合いを始める二人。
三玖と四葉は何も言えず、体を寄せあって涙目になっていた。
「おい、ここは公共の場だ。落ち着け」
二人を静めたのは戒斗。
風太郎と話し終わったあとに偶然黒いオーラを纏う二人を見つけたので急いで駆けつけてきた次第だった。
「三玖と四葉を見ろ。姉二人が諍いを起こしていると不安にならないわけがないだろう」
「「はい、すみませんでした......」」
仁王立ちする戒斗と正座する二人。
図書館であることを歯牙にも掛けず、三玖と四葉が止めるまで戒斗の説教は続いていた。