駆紋戒斗が何故体調を崩した訳でもないのに風太郎のようなおかしな解答となったのか。
時は最後から二つ目の科目が終わった後の休み時間まで遡る。
「戒斗、ちょっといい?」
三玖は戒斗に手招きし、教室の端に寄る。
「どうした?」
「多分、私だけじゃなくて皆思ってるんだけど......」
理由を問うと、三玖は口を開くまで少しの間を取った。
その様子は、どこかこれから話す内容を言いたくなさそうにも見えた。
「......戒斗ってさ、風太郎と同じだったりする?」
「同じ?」
「えっと......十位じゃなかったらクビっていう」
戒斗はほう、と感心した。
その言葉が正しかったことと、そこにいきついた三玖の勘の良さに。
『君も全国模試で十位以内に入らなければクビ......だそうだよ』
三玖は朝、武田に言われた言葉を見事に当てていた。
「何故そう思う?」
「一花がね、戒斗にもし自分が家庭教師じゃなくなったらどうするって聞かれたって」
一花に詳しい事情は話していない。
ただ今三玖が言ったことと全く同じことを聞いただけ。
にも関わらず、三玖はもしもの事態を考え、今自分に聞いている。
「そんなことは無いから安心しろ。ただの冗談だ」
「ほんと?嘘ついてない?」
三玖の中の大きな不安を拭うため、戒斗は嘘をつき、柔らかい声で言った。
「任せろ」
「戒斗がいなくなったら寂しいから......絶対だよ?」
その言葉には答えなかった。
「それに、まだ相談したいことあるもん」
「はっ......物好きな女だ」
チャイムが鳴ると同時に、すぐ席へと戻った。
「(あれ?なんだろう......すごく不安になる......)」
三玖は何故か胸騒ぎを感じており、先程無くなったはずの不安はまた膨らんでいた。
「それでは、始めてください」
そして最後の科目が始まった。
戒斗も風太郎も順調に回答欄を埋めていく。
「(ふむ、どうやら大したことはないらしいな。上杉の見ていた本の方がずっと難しい)」
スラスラとペンを止めることなく解き進めていく。
風太郎も、心の中では戒斗と同じようなことを考えていた。
「(よし、勉強したところがしっかり出てる。別の本も読んどいて良かったぜ。これなら戒斗も大丈夫そうだな)」
そして残り数問になった所、風太郎の腹を激痛が襲う。
テスト中なので声は出さず、我慢する。
だが痛みのレベルは風太郎自身の許容量を超えており、あっという間に意識が飛んでしまった。
「(っ!治まった!)」
そしてすぐに意識は戻り、腹の痛みも幸運なことに消えていた。
気を取り直して全問正解を目指そうとした時、寝不足の弊害が生じてしまった。
「(クソが!なんで今眠気が来るんだよ!)」
三大欲求に逆らえるはずもなく、風太郎は数秒もしない内に再び意識を手放した。
「(何をやってるんだ?)」
席順により、後ろから風太郎の背中が見えてしまうので戒斗は起きたり寝たりを瞬時に繰り返す風太郎の情緒に混乱した。
「(......まぁいい。俺もさっさと解答を───)」
その時、戒斗はペンを止めた。
そして眉間に皺を寄せ、チラリと窓の外を見る。
クラスメイトたちはテストに意識が向いており、監督の教師も寝ている。
誰も窓の外の風景には気づいていなかった。
「......いい度胸だ」
小声でそんなことを言ったかと思えば、戒斗は窓の外にいるであろう小さな怪物に殺気を放った。
すると校舎に張り付いていた初級インベスは転落していった。
かと思えば羽根を広げながら上昇し、戒斗を威嚇した。
「(今にも突撃してきそうだな。そうなれば窓ガラスは飛び散り、この部屋の人間に被害が及ぶ......)」
そうさせないために初級インベスを睨みつけ、動きを止める。
教室に入れは殺すと目で伝え、学校を離れさせようとする。
戦極凌馬がすぐに気づき、対処してくれることを願って。
「(初級ごとき、戦極凌馬なら余裕だろう。ベルトの製作者権限だかなんだか知らんが、改造しているようだからな)」
そして再びテストに取り組もうとした時、事件は起こった。
───ゾクッ!!
先程のインベスなど比にならない程大きな気配。それは寒気を感じるレベルで、教室では一部の生徒が何も知らぬまま震えていた。
「(ッ!何だこの寒気は......!?)」
風太郎は瞬きすらできない程体が固まる。
「(何これ......よく分からないのに、すごく怖い......まるで、あの時みたいな......っ!)」
二乃はコウモリインベスに殺されかけた時のトラウマが少し蘇ってしまい、まともにペンを握れなくなった。
「(これ......上杉さんが倒したあの怪物と同じ......でも、こんなに怖くなかった......)」
「(この恐ろしさ......林間学校の時のような......震えが、止まらない......!)」
四葉も五月も、この気配が以前出会ったものとは根本から違うことを本能的に察知した。
「(......まさか、インベスか!?)」
風太郎、二乃、四葉、五月の背筋には冷たい汗が流れていた。
インベスと遭遇したことがある四人は共に呼吸が段々と不安定になっており、命の危機を肌で感じていた。
風太郎は眠たい頭を何とか動かして、原因を見つけようと視線を色々なところに向ける。
「(いや違う!あの時の奴とはレベルが......!)」
戒斗はこの気配に覚えがあった。
重圧を放ちつつも、確固たる強さを含んでいる。
戒斗は教室の窓から見える屋上に、気配の主であろう相手の赤い体を見た。
「(奴め、まさか......!)」
その姿を見つけたと同時に、何をしようとしているかも分かってしまい、焦った戒斗は席を立ち、教室を飛び出した。
「おい駆紋!テスト中だぞ!回答権がなくなるぞ!」
教師の制止を無視し、屋上まで一気に駆け上がった。
扉を開けると、初級インベスが一体と、赤い体の化け物がいた。
「まさか、貴様がここに来るとはな......」
「侵略を始めるにはまず大人数の場所を狙うべきだ。所詮は脆い猿風情。集まったところでなんの戦力にもならない。ならば問題あるまい」
戒斗は見逃さなかった。
目の前の化け物、デェムシュの手にロックシードが握られているところを。
「フン!」
そしてそのロックシードを初級インベスに食わせたことで上級インベスに進化したかと思えば、デェムシュはクラックを開いてヘルヘイムの果実ではなく大量のロックシードを出し、インベスの口に詰め込んだ。
「グギャ!」
インベスはみるみるうちに巨大化し、理性を失いながらも戒斗を殺そうと拳を振るう。
校舎に拳が当たるのはまずいと考えた戒斗は、その拳を受けた。
優れた身体能力を持つ戒斗と言えど、受け続けるのは厳しい。
「場所を変えるぞ。変身!」
《ファイト・オブ・ハンマー!!》
バナナではなくマンゴーのロックシードを使い、連撃を叩き込みながら巨大化したインベスを学校から離れさせる。
「(何故奴があれだけのロックシードを持っているかは知らんが、まずはこいつを倒す!)」
ある程度離れたのを確認すると、マンゴパニッシャーを顔面に突き刺すように攻撃し、怯んだ隙を狙って腹に一撃を与えた。
「ググウ!」
「フンッ!」
すかさず飛び上がり、マンゴパニッシャーを地面に向けて投げ飛ばす。
地割れを起こし、インベスの足がふらついたのを見逃さずそのままトドメを刺しにかかった。
《カモンッ!マンゴー・スカッシュ!!》
バロンは敵単体に一番ダメージを与えやすいであろうスカッシュを使い、インベスの後頭部にマンゴパニッシャーを力いっぱいに叩き付けた。
すると地面にめり込むようにして大きな体は倒れ、バロンに軍配が上がった。
「さて、次は貴様の番だ......」
そう強気に言うものの、バロンは少なからず疲弊していた。
先程のインベスの耐久力はバロンの想像を超えており、今からデェムシュを相手にするというのは中々に骨が折れた。
と、この時は思っていた。
「フッ。やはり貴様は間抜けだ。その疲労の正体が何か気づかないとは」
「なん......っ!」
突然、バロンの変身が解除された。
戒斗は自らの腹部に深く突き刺さる剣を見て、体力が急激に減少した理由に察しがついた。
「貴様......!」
「俺は新たな力を手に入れた。それは今の通り、相手に痛みを与えず殺すというものだ」
わざわざ手の内を晒すものの、デェムシュの攻撃は痛みだけでなく衝撃すらも与えなかった。
方法を知ったとて、対処のしようがないのだ。
「駄目押しだ」
剣の柄を蹴り、さらに深く、やがて剣は戒斗の体を貫通した。
「ぐ......ああっ!」
圧倒的な初見殺し。
そうでなくともデェムシュの戦闘力をもってすればその力を使わずとも他者を蹂躙できた。
「貴様は......確実に消しておかねばな」
少し自らの流儀に反する行いに嫌悪を抱きつつ、これで良かったのだと無理やり正当化した。
「これで終わりだ」
デェムシュは、前世で戒斗ではなく葛葉紘汰という男に敗れた。
敗れたものの、何度か戦ってきた上で戒斗の精神力は葛葉紘汰をも凌駕していることも踏まえ、化ければ一番まずいのは誰か、それを考えてデェムシュは不意打ちという戦法をとっていた。
「ぐっ......はあああっ!!」
「何ッ!?」
だが、トドメを刺そうとした時、精神力や根性等という言葉では言い表せぬほどの強さで、戒斗は貫通した剣を引き抜いた。
「......貴様、本当に人間か?」
「当たり前だ。さぁどうした、何をそんなに驚いている?人間は貴様らにとっては猿なのだろう?」
デェムシュは戒斗の様子を見て全てを悟った。
「そうか、貴様は......」
「話は終わりだ。ここで確実に殺す」
再びドライバーを取り出し、敵を倒すべく近づく。
「......今でなくともいい。貴様はいずれまた俺と戦う。その時までそれはとっておけ」
デェムシュは戒斗の言葉を聞かず、一方的に伝えた後、体を霧へと変化させてどこかへ消えていった。
戒斗はその後を追いかけようとしたが、足に力が入らなかった。
「くそ......今度は逃がさん......!」
追いかけようという強い意志があっても、体が動かなければどうしようもない。
地面に伏し、デェムシュへの殺意を最大限に高めながら、戒斗は目を閉じた。
その後少しして凌馬が駆けつけたことで事なきを得たものの、デェムシュがロックシードを持っていた理由は謎のままだった。
「おかしいね......ロックシードを作るには私の頭か戦極ドライバーが必要なのだが奴は持っていた......となるとドライバーを持っていると考えるのが自然かな」
「だが、奴らがドライバーを手に入れる手段など、貴様が渡すか、中野マルオの工場から奪ったか。それともあと一つ、想像もつかないような方法なのか......」
話したところで結論が出るはずもなく、その話は二人の胸の内にしまっておくこととなった。
「そういえば戒斗くん、聞いたよ。今模試をしてるらしいね。それで抜け出してきたって?」
「何を言いたいのかはわかった。だがあのままでは奴らは校舎を破壊していた」
「それに関して私は何も言わない。ただ一つ。君は今学校を抜け出してきたんだろう?戻った方がいいのでは?」
「...........」
その日、戒斗は教師に叱られた。
こっぴどくなどという生易しい表現ではなく、言葉では表せぬ程に怒られた。
何人もの教師に怒鳴られ、数時間後に解放された。
「遅かったわね」
横から声が聞こえたので目を向けると、廊下で待つ一人の少女が。
「二乃か。ここで何をしている。勉強は......おい?」
言葉が止まった理由は、二乃の行動にあった。
戒斗の腰に手を回し、顔をぐりぐりと胸に押し付けていた。
「何だ」
「今日ね、テストの時寒気を感じたの。あの時の......ううん。あんなの比較にならないくらい怖かった」
「(恐らく、あの場の誰よりもインベスの気配に敏感なのはこいつだろう。あの殺気を全身で感じたのだからな)」
「だからあんたが教室を出た時、とっても不安になった。死んじゃうんじゃないかって」
戒斗が普通のインベスに遅れをとることはないと二乃は思っていた。だがデェムシュの気配を感じた時、レベルが違うことに気づくと同時に、戒斗が勝てるのかという不安も生まれた。
「戒斗......死なないわよね」
涙声、と言うのだろうか。
ややくぐもった声で話す二乃がどれだけ不安だったか考え、戒斗は頭を撫でた。
「死なん。俺自身の信念を曲げないためにも、必ず奴らは倒す」
「......戒斗らしいわ。ほんとはね、止めようかなって思ってたの。戦いを。でもあんたのそんな顔見たら、止めるに止められないじゃない」
二乃は戒斗から手を離し、小指を出す。
戒斗が何か問われれば、指切りだと答えた。
「約束事する時にね、小指と小指を結んで固く誓うの」
「......なるほど」
二乃の細い指と自分の指を絡ませる。
「指切りげんまん嘘ついたら......そうね。あんたが死んだら私も死ぬわ」
「正気か」
「だって好きな人がいなきゃ楽しくないもの」
「......なら、これは破れないな」
互いに僅かに口角を上げる。
「指切った!はい終わり」
そう言うものの、二乃は指を離さない。
「知ってる?これね、離れたらだめなの」
「そうなのか。ということは、これからこのまま生活するのか?」
「そうね。寝る時もお風呂も一緒よ」
「面倒な約束だな......が約束である以上は仕方がない」
戒斗は二乃がついた嘘を、一花に知られるまで信じ込んでいた。
つまり二人は小指を結んだまま全員が集まる中野家へ行ったのだ。
その時の一花の黒い目を、戒斗は生涯忘れないだろう。どこぞのただの馬鹿を思い出したから。
「とりあえずは届けたぞ」
「あれ?上がってかないの?みんないるけど」
「遠慮する。......じゃあな」
「? うん」
一花は家から離れていく戒斗の背を見つめていたが、何故か進んで欲しくないと思った。
気づけば戒斗の手をとって引き止めており、考え無しに行動したものなので言葉が思い浮かばなかった。
「えっとこれは......その......」
「どうした」
「戒斗くんに行って欲しくないなーって思ったんだけど......だめかな」
一花の手を解き、無言で戒斗は離れていった。
「あ......」
その場に残された一花は、何も言えず、ただ戒斗を見送るだけだった。
その時三玖と同じような不安を感じたが、気のせいだと思うことにした。
「......戒斗くんなら帰ってくるよね」
「一花ー?入らないのー?」
二乃の声を聞き、不安は頭の中から消えた。
「はーい!ごめんごめん今行くよ!」
いつもと変わらぬように家に駆け込み、風太郎を入れた六人でテストのことを話し合っていた。
思いの外できたことや、風太郎が最後眠ったこと。
「(七人でいたら、もっと盛り上がったのかな)」
そして戒斗は行く宛てもなく、ただブラブラと歩いていた。
デェムシュと遭遇してからインベスの出てくる気配はない。
故にやることがなかった。
「(どうしたものか......)」
「お、戒斗!」
この退屈をどう潰そうか、そう考えた矢先に声をかけてきたのは、久しぶりに再会したジャックだった。
「退屈そうだな」
「ああ。やることがないからな」
「奇遇だな。俺もだ」
そこからはしばらく会話がなかった。
二人は適当に道を歩いており、ふと何かを思いついたのかジャックは口を開いた。
「ちょっと話さねぇか?」