深夜、上杉家にて。
「俺は勿論戦う。行かない訳にはいかねぇよな」
「ありがたいね。それで、いつが空いているとか希望はあるかい?中野君は娘の修学旅行だとか」
「あー、うちの風太郎もそろそろ修学旅行だ。俺もそこがいいな」
「違う学校で日時が会うだろうか?」
「まぁその辺は先生と話しとくよ。マルオは......聞くまでもねぇか」
時間が時間なので、二人は早く上杉家を出た。
凌馬は去り際、勇也に一言。
「バロンも来るからよろしくね」
「あいつも来るなら心強いぜ」
勇也との話を早く済ませ、外で待っていた戒斗をダンデライナーに乗せる。
「中野君と殆ど同じだったよ。なんでも修学旅行が良いとか。京都だって」
「場所なんぞどうでもいい」
「まぁね。それじゃ、かっ飛ばしていくよ!!」
帰り道、凌馬はかつてないほどハイになりながらダンデライナーを操縦していた。
無理矢理テンションを上げなければやっていられないらしい。
二人は戒斗が眠っていた建物の中に戻った後、犠牲の少ない戦法を考え続けていた。
森がある以上人数差は埋められないが、戦闘能力では勝っている自信が多々ある。
「私達のチームワークで乗り切ることは不可能じゃないだろう。しかし、こちらの人数は五人。あ、勿論私も戦う気満々だよ」
「わかっている。......差がある以上、派手に動かず確実に数を減らすしかない」
「雑魚の群れというわけじゃないからねぇ......敵の数が少ないほど強いと考えるべきか」
「こちらと同じ人数になったりしていれば不味いな」
「うーむ......」
結果として目立った作戦は考えられることなく、ただひたすらに頭を狙うというものが採用された。
「作戦というものではないけど......要は君だ。頼むよ」
敵の幹部に強いインベスがいた場合は、ゲネシスライダーが全力で応戦し、レデュエはバロンに託すという。
「言われずともだ」
「......ま、君がいくら強くても、敵がそれ以上の力を持ってしまっては意味が無い。つまるところ強化が必要なんだ。分かるかい?」
「それは否めん」
「一方的に蹂躙されてしまえば、私達は嬲り殺しになるかもしれない」
至極当然であるものの、凌馬は忘れてはいけないと念を押した。
「我々のチームには親がいる。子持ちなんだ。少し離れたと思えば親が肉塊に───なんてのは笑えない」
負けた先の結末を考えればそれが妥当であるものの、何も知らぬ子にしてみればあまりにショックな出来事と言える。
「トラウマになるし、その子は少なからず私達を恨むだろう。その中でヘルヘイムを知ってしまい、果実発見......なんてことになれば最悪だ」
「そこで戦う意思を見せなければ、そいつはただの弱者だ」
「お、なにか意見があるのかい?」
「知って尚、ヘルヘイムに臆さず仇討ちすると啖呵を切れるだけの心があれば別だが.....貴様から聞いた果実を”食いたくなる衝動”というのはどうも理解出来ん.」
「こらこら、君は極少数派という自覚を持ちなさい」
凌馬が気合いでどうこう出来るものでは無いと説明するが、目の前の男はやってのけてしまいそうなだけに、確実であるはずの事実が真正面から破壊されそうなだけに、下手な発言は出来なかった。
「やれやれ......話を続けるよ」
「あぁ」
「さて、突然だがここでクイズだ」
「本当に突然だな」
突然空気を変えてやたらと明るくなる凌馬。
戒斗が不審がる中構わず言葉を続ける。
「戦極ドライバーの方がスペックが低いことは、君自身よくわかっているはずだ。なのに何故要が君なのかわかるかい?」
「知らん」
「同じ条件下で戦った場合、我々の中で一番強いのは君だ。私とて負ける気はないが、前世のトラウマがすごい」
「......同じ条件下だと?」
戒斗は凌馬の発言の意味が理解できず眉間に皺を寄せた。
戦極ドライバーとゲネシスドライバーの差を彼はよく知っている。
葛葉紘汰や呉島貴虎というイレギュラー除いて、戦極ドライバーがゲネシスドライバーに適う道理は無いのだ。
故にベルトが違うにも関わらず”同じ条件下”と言った凌馬の言葉に理解が追いつかないのは当然のことだった。
「貴様のことだから何か考えがあるんだろう。変に詮索する真似はしないが......」
「期待してもらって構わない。ただ突発的な変化に精神は慣れていても肉体が慣れていなければダメだ。強引に戦って大事なところで体にガタが......なんてのは洒落にならない。だから君には今から数日間、過酷な体験をしてもらう」
「過酷な体験......だと?」
凌馬は無言で頷く。
その理由は、リスク故だった。
「常人ならば死ぬかもしれない危険性を孕んでいるが......大丈夫かい?」
戒斗は、迷うことなく答えた。
「良いだろう」
上等だ、と言わんばかりに好戦的な様子だった。
「よし、それじゃあ奥に進んで貰えるかな。ここに二度も連れてきた理由がわかるはずだよ」
戒斗が目にしたものは、衝撃的な光景だった。
そこにあったのは何かの装置。
円形の線が引かれた地面の周りを四本の柱で囲むように立っている。
「君には今から、ヘルヘイムの毒に近しいもの......正確に言えば毒を薄めたものを浴び続けてもらう。そこの中心に立ってスイッチを入れている間は、君の体がどんどんと蝕まれていく。その毒を利用して、半ば強制的に体を変化させる。短期間だから荒っぽくなるが、許しておくれ」
要するに、耐え続けろということらしい。
ヘルヘイムの毒は人間では抵抗できないが、ゲネシスドライバーを装着することで侵攻を抑え込むことができる。
「とりあえず変身機能のないゲネシスドライバーを渡すよ。完成品は時間がかかり過ぎる」
「あぁ」
戒斗はゲネシスドライバーを腰に巻き、サークルに入る。
「ま、この実験をするにあたって、とりあえず君に目的とリスクを教えておくよ」
○○○○○
「(やはりこのベルト、性能が段違いだ。変身できないにしても、こうも抑え込めるとは......)」
それからと言うもの、凌馬が必要な物を作ると言って研究所に戻ってから、半日と数時間が経過していた。
浴び続けたことで毒は全身に巡り、ズキズキと痛みを伴う侵食を見せるが、戒斗は膝を着きながらも耐え続けていた。
「ぐっ......」
そんな中、凌馬から言われたリスクと目的を思い出す。
『とりあえず君には......今患っている”ヘルヘイム症”を耐え抜き、耐性を作ってもらう』
ヘルヘイム症。
それは、インベスが人を襲った際傷口から趣旨が入り込み、発芽していずれは体を覆い尽くしてしまう現象のことである。
一度患ってしまえば、誰もが苦痛にもがくこととなる。
『......その傷、もろに攻撃を受けたろ?』
凌馬が見ているのは、戒斗の腹。
インベスから膝蹴りを受けた時、ダメージはあったものの傷は浅いと油断した。
ヘルヘイムの毒は小さな傷口から戒斗の中に入り、確実に広がっていた。
『......気づいていたか』
『そりゃあね。包帯を巻いたのは私だ。何より傷を直接見ている。平然としている君の方がどうかしている』
『アームズを貫通してきたのに加え、それどころではなかったからな』
『......これは、耐久性能の強化も必要かな?』
凌馬は、包帯を巻く際戒斗の肌が僅かに変色しているのを見つけた。
発光し、蔓が出てくる傷など普通は存在するはずもなく、見覚えしかなかったので容易に想像できたのだった。
だが経験したことのある痛みだとしても、耐え難い苦痛であることには変わりない。
先に待ち構える悲劇を防ぎ、世界を地獄に変えないため、そして何より、彼自身の信念のため。
「弱者が踏み躙られない世界」を作るべく、体が痙攣しようと、血反吐を吐こうと歯を食い縛り耐える。
「ぬ、う......!」
体中が悲鳴を上げるなどというレベルではなく、確実に死に近づくその光景は、最早狂気のそれであった。
仮に腕の小さな傷口から侵されるだけでも、その腕を失う方がマシな程の痛みを有するヘルヘイム症。
その源となる毒が、全身に回っている。
否。今も尚、回り続けている。
その量を増やしていきながら。
「っづ......!!」
特に痛むのは、傷口がある腹。常に武器で抉られ続け、刺され続けているような痛み。
「があっ、ぐ......!!」
死に物狂いで耐える。
耐えて耐えて耐える。
「うおぉおおおおっ!!!!」
───ドクン。
「っ!!」
その時、戒斗の体が脈打った。
───ドクン!!
更に大きく。
「ぐあっ!!」
───ドクンッ!!!
ここで、凌馬から言われたもう一つの言葉を思い出す。
『リスクだけど......まず前提として、君がヘルヘイム症を患っているのは結構な事故だ。だからこそ起きることだとも言える。浴びる毒が元々あった傷口の毒に反応した場合、高確率で痛みは中和されるはずだよ』
『ほう......』
『だが君が傷を負っている以上、死ぬ確率は上がるしアクシデントも起こりやすい。だから、仮に貧乏くじを引いた場合......』
───ドッ!!!!
『狂う程の痛みが来るから、気をつけたまえ』
狂う程の痛み。それがどれ程のものかは体験しなければ分からない。
そして今戒斗は。
「グアァアアアアアアーーーーーーッ!!!!!」
最早動けなくなりそうな程の痛み。叫ばずにいられない、形容し難い痛み。
痛みと呼べるかも怪しいその感覚。
ただ明確なのは、彼が生命の危機に瀕しているということ。
本能的にそれを理解しながら、苦悶の表情で耐えていた。
「っう”ぅ”う”う”う”う”!!!」
この時戒斗の頭では、幼い頃に受けた屈辱と、前世の自分を思い出していた。
『俺は二度と誰にも屈服しない』
『奴らにとって人間は取るに足らない弱者だ』
『世界が終わるか、俺が終わるか!』
『そんな奴から先に死んでいった!』
父も、屈したから死んだ。
世の弱者も、強者に無理矢理屈服させられ地獄を見せられ死んでいく。
自分の知る人間の殆ども、力に屈して飲み込まれて死んでいった。
『強さは力の証明なんかじゃない!』
だが、そんな中でも諦めない。
光のような者も存在する。
『私の思う強さと、戒斗の思う強さって違うんだよ』
「っ!!」
『強い奴の背中を見つめていれば、心砕けた奴だってもう一度立ち上がることができる!』
『みんな過去を乗り越えて、前へ進もうとしている』
『誰かを励まし、勇気を与える力......それが本当の強さだ!』
『人類には......まだまだ、未来があるよ』
「うおぉおおおあああーーーーーっ!!!!!!」
○○○○○
「君を放置した私にも責任はあるだろうけど......期間中寝ずにずっと毒を流し続けるなんて......これこそ狂気だ」
「......妥協は......しない......っ、それが......俺だ......!!」
「血を吐きながらもよくやったよ、本当に」
戒斗は、毒と毒が反応してからも、気を失うことなく毒に抗っていた。
その期間、実に一週間と三日間。
「普通こんなことをすると確実に死ぬんだけどね......」
凌馬は少し呆れつつ、冗談めかして言う。
結果として成功したものの、戒斗の体の生命機能は停止しつつあった。
簡単に言えば、瀕死である。
「(とは言っても、彼が死ぬところは想像できないし......大丈夫かな)」
決して屈さぬ男にため息をこぼす凌馬だが、その口角は上がっていた。
戒斗の背中を優しく叩き、激励の言葉を送った。
「お疲れ様。よく耐え抜いた」
やることを終えたのを確認し、戒斗は耐えることをやめ、今までの負荷と疲労を一身に受けた。
そうすれば倒れるのは勿論なので、凌馬がしっかりと支える。
「これで君の体は......より強くなった。あとは君がその体を扱いきれるかだが......」
前世の戒斗を思い出す。
何があっても折れることのなかった精神力。
それは沢芽市のアーマードライダーの中でも頭抜けていた。
「心配はいらないか。何はともあれ、今は休ませないとね」
瀕死の戒斗を担ぎ、以前眠っていた部屋へと運ぶ。
適切な処置を施した後、ベッドに寝かせた。
凌馬はバサッと白衣を翻し、科学者らしく研究所へ戻って行った。
「課題はまだあるけど......目を覚ましたら自分から来るか」
戒斗の眠るベッド横に、新しいロックシードを置き残して。