「......で、何で私はあんたといるわけ?」
「それはこっちのセリフだ」
花火大会に行った戒斗だったが、人混みの中を歩いている時、誰かにぶつかられた。その時、前にいる誰かが倒れそうだったので腕を掴んだのだが、何と二乃だった。
「はぁ......せっかくの花火大会なのに、なんでこうもあんた達に会うのかしら......」
「達......?まさか上杉も?」
「そうよ。可愛い妹ちゃんを連れてね」
「そうか、らいはも......ひとまずここを抜けるぞ」
早々に人混みの中に入ったのは不味かったなと思いつつ、二乃と一緒に人の密集地帯から抜ける。
二乃は戒斗の服を掴んで何とかついて行く。
途中転びそうになり、戒斗が手を引くことで事なきを得たりした。
「やっと抜けたわ!」
「......それで、何故お前1人だけあんなところにいた?」
「はぐれただけよ。ってもう時間ないわ!行くわよ!」
「どこにだ?っおい!」
戒斗を引っ張ってどこかへ走り出す二乃。戒斗は状況が飲み込めずそのままついて行った結果、知らない店の屋上にいた。
二乃に説明を求めると、この花火大会では毎年5人で花火を見ているらしい。
「あの花火でないとダメなのか?」
「......5人で花火を見ないとダメなのよ」
曰く、母親が花火を好きでよく行った思い出の祭りらしく、いなくなってからも5人揃って毎年見に行っていたとのこと。
家族のことが大好きな二乃が気合を入れるのも納得する。
「それではぐれていたら世話ないな」
「皆他の屋台で遊びすぎなのよ!......電話にも出ないし」
二乃は段々と迫る時間に目が潤み始める。
戒斗はバツが悪そうに大きなため息を吐いた。
「おい、あそこにいるのは......」
「あ!一花!なんで電話に出ないのよ!?」
人混みの中を1人で歩く一花を見つけ、戒斗は二乃に待っていろと告げた。
「連れてきてやる」
「......任せたわ」
素早く階段から降り、誰かと電話している一花にどんどんと近づいていく。そして肩に手が触れようとした瞬間、知らない男に手を掴まれた。
「君は誰だ?一花ちゃんとどういう関係だい?」
「貴様こそ誰だ」
「私は彼女の仕事仲間だ」
「......仕事仲間だと。おい、花火はどうした」
「戒斗くん、ごめんね。......行きましょう」
逃げるように戒斗の前から去っていく一花と仕事仲間の男。
人混みを避けて追いかけるも、直に見えなくなってしまう。
「くそ、逃がしたか......」
「戒斗?」
「上杉......と三玖か」
仲良さげに手を繋いでいる2人を見て、戒斗は風太郎も友達を作る時期かと少し感慨深くなった。
「お前も花火を見にに来たのか?偶然だな」
「野暮用のついでだ。ところで、長女を見なかったか?」
「一花を?どうかしたのか?」
「さっき出会ってな。髭の生えた男といた。丁度さっき消えたところだ。今から追いかける」
「一花に用でもあるのか?」
「......5人で花火を見るらしいからな」
少しめんどくさそうに答える戒斗。
風太郎はこんな時も協力してくれる友人に涙を流しそうになった。
「とはいえ、三玖は足をやったみたいだから俺はすぐには行けない。戒斗、1つ良いか」
「何だ」
「あいつら、今日のために必死に宿題を終わらせた。それ程大事なイベントなんだ。だから......頼むぞ」
「......ああ」
「戒斗、ちょっといい?」
「どうした」
三玖は少し話をし、風太郎と三玖は他の姉妹を見つけるために手当り次第に向かっていった。
三玖の話によると、前に髭の男の車から一花が出てくるのを見たという。
「......ということは、今にも車でどこかへ行っているかもしれないな」
「誰の話?」
後ろから聞き覚えのありすぎる声が聞こえ、すぐに振り向くと一花が立っていた。
「こっち来て」
そして戒斗の手を引いて、店の方向とは逆に走り出した。
「おい......花火はどうする!5人で見るんじゃないのか!」
「...........」
一花は答えない。ただ走るだけ。
「答えろ!」
「ははっ、いーからいーから」
そして路地裏に駆け込み、戒斗の眼前に迫って告げる。
「さっきのことは秘密にしといて。
私は皆と一緒に花火を見られない」
突然の告白に戒斗は柄にもなく驚いて言葉に詰まった。
「何を......言っている?」
「急なお仕事頼まれちゃって......だから花火は見に行けない」
「仕事......」
あの男とのか、と戒斗は思う。
「うん。まあ同じ顔だし、1人くらいいなくても気づかないよ」
「それは無理があるぞ」
「ごめんね。人待たせてるから」
戒斗は路地裏から出ようとする一花の前に回り込んで止める。
「待て。ちゃんと説明をしろ」
「......ねぇ、戒斗くん。なんでお節介焼いてくれるの?」
試すような言い方で問いかける一花。
「...........」
「......私たちの家庭教師だから?」
「それもある。だが、俺は任された。その責任を果たさない訳にはいかない」
その言葉を聞き、一花は戒斗に優しさを感じた。
「......優しいね、戒斗くんは」
「そうでもない。俺は自分に従っているだけだ」
「......そっか。じゃあ、私はもう行くね」
「ああ」
「......あ、やば」
一瞬にして戻ってきた一花。戒斗が路地裏から顔を出すと、一花の仕事仲間の男がいた。そして路地裏に向かってくる。
「お前を捜してるんじゃないのか」
「どうしよ。仕事抜け出してきたから怒られちゃう......」
その後男が路地を確認したので一花は咄嗟に戒斗に抱きついて顔を隠した。
男は近くの箱に座り、誰かに電話をかけた。
「急にごめんね」
「大丈夫だ」
「ねぇ、戒斗くん」
「何だ」
「傍から見たら、私たちって恋人に見えるのかな?」
質問の意図がわからず首を傾げ、思ったことをそのまま答える。
「欧米じゃないからな。この状態では恋人に限られると思うが」
「ふふっ。ただの友達なのに、悪いことしてるみたい」
「もしもし」
「っ!」
突然男の声が聞こえたので一花は肩を震わせた。戒斗が男の方を見ると、男は焦りを含んだ声で電話の相手に謝っていた。
「び、びっくりした......気づかれたかと思った......」
気づかれないように男の方をチラッと見て気づかれていないことを確認する一花。
「少しトラブルがあって......撮影の際は大丈夫ですので......」
「撮影?おい、お前の仕事というのは......」
「あの人はカメラマンなの。私はそこで働かせてもらってる」
「カメラアシスタントか?」
「うん。良い画が撮れるように試行錯誤する。今はそれが何より楽しいんだ」
戒斗が一花の顔を見ると、その仕事を心から楽しんでいる顔をしていた。
それを見て戒斗は一花から離れる。気づかれてはいけないと引き寄せようとする一花だが、戒斗は大丈夫だと言って安心させる。
「少し待っていろ。俺が話をつけてくる」
「......うん」
戒斗の言葉は不思議と安心感があり、一花は全て委ねることにした。
そして戒斗は路地裏から出て男に声をかける。
「おい」
「君はあの時の......!丁度良かった!一花ちゃんを知らないか?」
「知っている」
「すぐに教えてくれ!もう時間が無い!」
「その代わり、少しだけ時間を貰うぞ」
「あ、ああ......数分程度なら......」
それを聞いて戒斗は路地裏の中へ戻り、一花と話を始めた。
「携帯は持っているか?」
「持ってるけど......戒斗くんは持ってないの?」
「持っていても連絡先が無いから無意味だ」
メッセージアプリのリストから二乃の連絡先を選び、通話ボタンを押す。
「......俺だ。近くに上杉は───ああ。少し頼みがある......助かる。頼んだ」
通話を切って携帯を返し、男の前に一花を連れてきた。
「一花ちゃん!」
「すみません、急に抜け出したりして」
「言い訳は後で聞くよ。とりあえず走って!」
2人が走っていき、戒斗は見送るつもりで止まっていたが、一花が手を握っていたせいで思い切り引っ張られることとなった。
「まさか手を握っていたとはな」
「えへへ、ごめんね」
男が車を取りに行っている間、また2人になった。一花は戒斗の目をじっと見つめ、先程と同じことを問うた。
「戒斗くん、なんでただの家庭教師の君がそこまでしてお節介焼いてくれるの?」
「言っただろう。俺は自分に従っているだけだ。それに、友のやりたいことを応援しないわけないだろう」
「......ふふ、ありがとう」
答えに満足したように笑った一花は何かの台本を戒斗に渡した。
「なんだこれは?」
「私ね、女優を目指してるの。半年前に社長にスカウトされてこの仕事に就くことができたんだ。それからちょくちょく名前もない役をやらせてもらってた」
「女優......というか、カメラアシスタントじゃなかったのか」
「そ。いよいよ本格的にデビューかもってこと。騙しちゃってごめんね」
「まあいい。それで、何故俺に台本を?」
「せっかくだし練習相手になってよ!相手役が戒斗くんね」
強引に始めようとする一花に戒斗は不満げな顔になる。
「......面倒だな」
「応援してくれるんでしょ?」
言葉に詰まり、仕方なく、本当に仕方なく相手役のセリフを読み上げる戒斗。そこはよくある学園モノの映画でクライマックスの感動の卒業のシーンだった。
「卒業おめでとう」
「先生、あなたが先生で良かった。あなたの生徒でよかった」
「...........」
セリフとはいえ、戒斗は一花の言葉を聞いて少し罪悪感に駆られた。
額を押えて俯く。そして少しだけ肩を落とした。
「あれ?私の演技力にジーンときちゃった?」
「......まあ、そんなところだ」
戒斗は家庭教師と言いながら全く勉強を教えていないことに罪悪感を抱いていたのだが、誤魔化すことにした。
「あ、社長の車だ」
「結局あいつは社長なのか」
「いやー、さっきは咄嗟のことだったから嘘ついちゃった」
「そうか。......練習はこれだけで良いのか?」
「うん。役、勝ち取ってくるよ」
「おい」
去ろうとする一花を呼び止め、顔を軽く叩いた。
一花は混乱した様子を見せたが、戒斗は言いたいことを言った。
「その作り笑いをやめろ」
「......え?」
「貴様はいつも大事なところで笑って本心を隠す。見ていて腹が立つ」
「...........」
「路地裏にいた時も、余裕のある顔をしていたが体は震えていただろ」
「あはは......気づいてたんだ」
バレていないと思ったのか、一花は苦笑いした。
そして自身の本心を告げた。
「私ね、この仕事を始めてやっと、長女として胸を張れるようになれると思ったの」
一花の声は少しだけ震えていた。
戒斗は黙って一花の話を聞く。
「一人前になるまではあの子たちに言わないって決めてたから、花火の約束あるのに最後まで言えずに黙って来ちゃった」
「なるほどな」
「これでオーディション落ちたら......皆に合わす顔がないよ」
「...........」
「もう、花火大会終わっちゃうね」
「そうだな」
「それにしても、まさか戒斗くんが私の細かな違いに気づくなんて思わなかったよ。お姉さんびっくりだ」
茶化すように言う一花だが、戒斗が気づいた理由はなんてことの無い普通の理由だった。
「お前の変化など、興味はなかった」
「わー、ひどーい」
「だが、お前が笑う時、どこか本心ではなかったように感じた。それだけだ」
「戒斗くんは何でもお見通しだね」
「ああも毎日絡まれていれば、少しは目に入る。鬱陶しいくらいにな」
「......そっか」
「まあ、以前の俺なら、この件はどうでもいいと一蹴しただろうな」
その時、車のクラクションが鳴った。近くの車を見ると、カメラマンの男が一花を急かしていた。
「だから、今から言うのは友としての言葉だ。よく聞け」
「うん」
一花が車に移動する際、2人はすれ違う。戒斗はその時、優しい声で告げた。
「頑張れ、一花」
「っ、うん!」
戒斗の激励に、一花はとびきりの笑顔で応えた。
その笑顔は、作り笑いではなく、長女としてのものでもなく、中野一花という1人の少女の、純粋な笑顔だった。