茂野大吾くんを野球ガチ勢にしてみた話   作:stright

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続いてしまった……。




 ぱしゅっ。音を立ててマシーンからボールが放たれる。

 軌道は真ん中高め。絶好球。

 ややアッパー気味にスイングし、ボールを捉える。

 スパァン!と甲高い音を立て、緩やかな放物線を描いた打球が前方のネットへと飛んでいった。

 

(……少し振り遅れたか。もう少しスタンスを空けてみるかな)

 

 確かに打球の速度はそこそこだったが、当たりどころが良かっただけで及第点とは言えないだろう。

 狙った場所には飛んでいないし、感触もあまり良くない。

 この間の試合の時のような、イメージ通りのスイングとは程遠い。

 

 2球目が放たれる。今度のコースは内角低め。俺のやや苦手なコース。

 腕を少し畳みながら救い上げるようにスイングする。

 カーン。

 今度は先程よりもライナー気味に打球が飛んでいった。角度は悪くない。

 だがやや詰まっていた。もう少しヘッドを早く走らせないと。

 次だ、次。

 脱力し、膝を沈める。重心を意識しながら、自分の体重をコントロールする。

 3球目。

 今度はど真ん中。ヘッドを走らせフルスイングする。

 キュイイイン!

 イメージに近い打球が上がる。感触も悪くない。タイミングもばっちりだ。

 けれど、少し上に上がり過ぎな気もする。

 

(もっとコンパクトにスイングしないと鋭い打球は飛ばない。

 俺は体がまだ小さいから、力で飛ばすというよりも、スイングスピードを上げないと話にならない。

 ……少ししたら、あの打法を試してみるか)

 

 集中。集中。まだまだ足りない。この間うまくいったからと言って、毎回同じようにできるなんてことはない。

 自惚れるな。俺に才能なんて上等なものはない。

 焦らず、着実に、一歩一歩進むんだ。

 スイングを一振り一振り丁寧に。どんなことも無駄にするな。

 

(今日のノルマまであと5打席分ある。まだ時間はある。

 ギリギリまで、限界まで。

 感覚を、研ぎ澄ませ)

 

 

 

「おい。見ろよあれ」

「ああ。やばいな。130キロのマシーンだろあれ。それを全球ジャストミートって」

「あれだけ体が小さいのによく飛ばすなあ。小学生だよな、きっと」

「しかもさっき変化球入りのやつもやってるところ見たけど、全部いい当たりしてたぜ」

「まじか。あの鬼畜仕様のやつをかよ。……とんでもねえな」

 

 

 さあ、のこりの打席も集中していこう。

 

 

 

 

「僕と一緒に、野球をやらないか」

「は?」

 

 練習試合の後、急に投げかけられた言葉に俺は戸惑いが隠せなかった。

 佐藤の眼はとても真剣で、冗談やからかいの類の感情を感じなかったことも大きかっただろう。

 けれど一番は、なぜ俺にそんなことを言うのかがわからなかったからだった。

 

「なんだよ。急にそんなこといって」

「……今日の試合。君のプレーを見て思ったんだ」

 

 そんな俺の言葉を無視して佐藤は話始めた。

 うすうす感じてはいたけど、マイペースだな、こいつ。

 

「君のプレーは、なんというか、とてもすごかった。

 僕は野球はまだ始めたばかりで、詳しいことはよくわからないんだけど、凄くワクワクしたんだ」

「あ、ああ。ありがとう……?」

「試合中のアドバイスも凄くわかりやすかった。

 フライの捕り方とか、送球の仕方とか。コツの伝え方っていうのかな。とにかく、野球初心者の僕でもわかりやすい、的確なアドバイスをしてくれて助かった。

 だから今日の試合は僕も楽しかったし、もっと野球をやってみたいって思えたんだ」

 

 佐藤はなんだか逸る気持ちが抑えられないかのように、前のめりになって俺に詰め寄ってきた。

 その勢いに、熱意に、何だか押されてしまう。

 

「僕は君と一緒に野球がやってみたい。というかやりたい。

 あのわくわくするような感覚を、もう一度味わいたい。

 だから大吾君も一緒に――」

「ちょ、ちょっとまってくれ」

 

 ぐいぐい来る佐藤の言葉を遮り、一度落ち着かせる。

 俺のそんな様子に佐藤も我に返ったのか、咳ばらいを一回してごめんと謝ってきた。

 それに軽く手を振ってこたえる。

 

「事情はわかった。佐藤が野球をやりたいっていうのも理解した」

「本当かい? それなら」

「けど悪い。俺はもうやめたんだ。今更戻ってくる気はないよ」

 

 今チームで野球をやる理由はもうあまりない。特に三船ドルフィンズは軟式のチーム。今日みたいな単発の練習試合とかならともかく、この時期に今更チーム練やポジション争いをしたところで得られるものは少ないだろう。

 だったらその分の時間を個人練習に回して、スキルアップを図った方が良い。

 来年中学に上がれば、嫌でもチームでの練習が中心になってくるんだ。引き出しを増やし、できることを今のうちに増やしておいた方が選択肢が増える。

 

「け、けど君はあんなにすごいプレーをしてたじゃないか。守備でもバッティングでも」

「凄いかどうかはわからないが、そりゃあ何年かは野球やってるからな。ある程度はできるよ。

 それに今日は助っ人としてきたんだ。失敗しないようにがんばったさ。

 でもそれだって大したレベルじゃないし、細かいところでのミスも目立ってた。俺なんてまだまだ全然だよ」

「え……」

「でもお前は違う。お前には才能がある」

 

 佐藤は今日の試合が初めての野球だったんだ。それなのにいとも簡単にヒットを放ち、打球勘を身に着け、試合中にはその化け物クラスの肩を見せつけた。

 こいつには俺なんかと違って、別格の才能がある。それも、いずれはプロになれるかもしれないほどの。

 ああ、羨ましい。

 

「佐藤はチームでしっかり野球をやった方がいいよ。お前くらいの力があれば、すぐにうまくなれるさ。

 幸いと言えるかはわからないけど、今ドルフィンズは人数ギリギリみたいだし、今日みたいに試合にも出れるんじゃないかな。お前器用だし、どのポジションになっても絶対活躍できるさ」

「……」

 

 俺の言い分に複雑そうな表情をする佐藤。そこまで気落ちされると何だか悪い気分にもなってくる。

 だが時間は有限なのだ。佐藤には悪いが、俺にも俺の事情がある。

 

「そういうわけだから。悪いな。

 今日見た限りじゃ、お前絶対いいとこまで行けるよ。

 がんばれよ」

「うん……」

「それじゃまた今度な」

 

 じゃあなと後ろ手に手を振り、若干気まずくなった空気から逃げるように、佐藤と別れた。

 さて、家に帰ってからもやることはたくさんあるぞ。

 切り替えよう。

 

 

 

「……」

「どうかしたのか、佐藤」

「いえ。さっき茂野に一緒に野球をやりたいって言ったんですけど、ダメでした。

 もうやめたから、やる気はないって」

「そうか……」

「あんなに、あんなに上手いのに。どうして野球をやらないんだろう」

「大吾なりの事情があるんだろう。今はそっと――」

「いえ、僕は諦めませんよ、監督。

 絶対に彼を野球に呼び戻して見せます」

 

 

 

 

 

 月曜日。早朝のメニューを終え、朝食を食べてから学校へと向かう途中、女子と話す佐藤の姿を見かけた。

 あんなことがあったから少し気まずい。気づかれないように速足で通り過ぎようとすると、ばっちりと目が合った。

 しまった。

 俺と目が合った佐藤は、にこやかな人好きそうな笑顔で声をかけてきた。

 

「やあ。大吾君。おはよう」

「……ああ。おはよう、佐藤。朝から元気だな」

「やだなあ。大吾君。僕らは一緒に野球の試合に出た仲じゃないか。堅苦しい。

 光でいいよ。光で」

 

 あははと、この間のことがなかったかのように笑いかけてくる佐藤。

 それほど気にはしていないようだ。スポーツ選手らしいメンタルをしている。

 するとそんな俺たちの会話を見て不思議に思ったのか、近くにいた見覚えのある女子が声をかけてきた。

 

「二人はなんだか仲がよさそうだね。この間初めて会ったばかりだったのに」

「あ? いやそんなことはないよ。まだそんなに話してもいないしな」

「あっ。ひどいな大吾君」

「本当の事だろ」

 

 ちぇっと少しすねたような顔をする佐藤。なんなんだよ。さっきから。

 そんな佐藤をまあまあと落ちつけ俺に向き直り、おずおずと俺の顔を窺う女子。

 たしか名前は佐倉だったかな、おんなじクラスの。あんまり話したことないからなあ。

 

「茂野君……。さっき佐藤君から聞いたんだけど、野球の試合出たってほんと?」

「? ああ。メンバーが足りないっていうから、穴埋めとしてな」

「そ、そっか。……そうなんだ」

 

 佐倉は俺の返答に伏し目がちに頷くとそれきり黙ってしまった。よく見ると少し体を震わせている。

 どうしたんだよ。

 

「大丈夫か。佐倉」

「へっ⁉ だっ、大丈夫だよ、気にしないで」

「お、おう」

 

 俺が声をかけると、あわててなんでもないと手を振る佐倉。

 しばらく顔を眺めていると、顔が少し赤くなっていった。目も僅かに泳いでいる。不思議な奴だなあ。

 そんな佐倉を見あぐねたのか、助け舟を出すかのように佐藤が問いかけてきた。

 

「そういえば大吾君。この間の試合で疑問に思ったことがあったんだけど」

「なんだよ」

「僕が木村君の代わりに守備に就いたとき、フライの捕り方を教えてくれたじゃないか。その時にグローブを顔の横で固定しろって言ってたけど、あれはどうしてだったんだい? 確かに捕りやすかったけど」

「ああ。あれはな、初心者はどうしたって飛んでくる球との遠近感が図りづらいからな。無理に手を伸ばしたり、自由に動かせるようにしてしまうと、なまじ球に近づいている感じがするから距離感が狂ってしまうんだ。

 だから物を見る目とグラブの位置を併せて固定することで、球とどのくらい離れているのかってのを見やすくしてるんだよ。手を伸ばし切って捕球したら、送球動作にも入りにくいしな」

 

 こいつが野球初心者だったっていうのは前もって知ってたし。チームに入りたてっていうなら、まだ基礎も教えてもらってはいないだろう。

 加えて田代監督はおとさんやこいつの親父、佐藤寿也とは同年代だっていうから、まさかこいつがズブの素人でほとんど何も知らないとは夢にも思っていなかったに違いない。実際に事情を話したら慌ててたし。

 

「慣れるまではそうやってとってた方がいいよ。まあ、お前のことだからすぐにコツをつかむだろうけど」

「うん、わかった。ありがとう」

 

 朗らかに笑う佐藤。その姿を見て何も思わないわけではない。

 いくら素人だとは言え、野球をやるのであれば一番いろいろ知っているであろう人物が傍にいるはずだろう、とか。

 どうして事前にその人物に野球のことを聞いてこなかったのか、とか。

 佐藤選手が離婚したのは知っている。少し前に報道があった。

 きっといろいろな事情があったのだろう。家庭の事情だ。深く突っ込むのは良くはない。

 気になることは多くある。だが言い方は悪いが、俺には関係のない話だ。

 切り替えよう。

 

「あとこれからお前がどこのポジジョンを守ることになるのかは監督が決めることではあるけど、自分のやりたい場所くらいは考えた方がいいと思うぞ。

 野球はポジションごとに使う筋肉が違うし、動き方も違う。今の時期ならある程度やることを決めて練習をした方がいい。佐藤ならどこでもできるだろうけど、目標があった方がモチベーションも上がるしな」

「あはは。一応褒められてるのかな。おっけー。考えてみるよ」

「ああ」

「……大吾君は、本当に野球に詳しいね」

「え?」

「あのさ、そんなに詳しいのにどうして――」

 

 そんなことを話している間に学校についた。元々それ程離れた場所にあったわけではない。

 話していればすぐ着くのは当然か。さてと、やることやりにいかないと。

 

「悪い。俺委員会の仕事があるからここで」

「あ、うん。大変だね、お疲れ様」

「おう、またな。佐倉はまた教室で」

「うん。またね」

 

 玄関口で手を振って二人と別れる。面倒だが、仕事は仕事だ。

 早く済ませて俺も教室に行こう。

 

 

 

 

「どうしたの、佐藤君。早く教室行こうよ」

「やっぱり、ちゃんと話さなきゃだめだな」

「……?」

「あのさ、佐倉さん。ちょっと協力してほしいことがあるんだけど」

 

 

 

 

 放課後。

 いつものように授業を終え、いつものように早々に帰ろうとする俺に、珍しいことに声がかけられた。

 振り向くとそこには今朝少し話した、佐倉の姿があった。

 

「茂野君。ちょっとまって」

「……なんだ佐倉。何か用か」

「えっと、その。この後って何か用事ある? なければその、ちょっと付き合ってほしいかなー、なんて」

「は?」

 

 急だな。これまでほとんど接点なんてなかったのに。話したのだって最近になってからだぞ。

 ……さては。

 

「佐藤に何か言われたか」

「えっ。う、うん。ちょっと用事があるから茂野君を引き留めてくれって」

「……はあ。なるほどな」

 

 この間の話の続きかな。佐藤もしつこいな。

 このままズルズルと付きまとわれても面倒だ。ここらできっぱりもう一度断っておいた方がいいだろう。

 幸い今日は休養日だ。この後は勉強と研究をするしか用はないし、早めに話をつけてしまえば問題はない。

 

「わかったよ。どこに行けばいいんだ」

「……! うんっ! あのね、一回家に帰ってからでいいから、グローブをもって公園に来てくれって」

「りょーかい。サンキューなわざわざ」

「ううん。いいんだ。……また、茂野君が野球やってるとこ見れるし」

「え?」

「なんでもないですよー」

 

 弾んだ声でいつもの下校仲間の下へ戻っていく佐倉。

 そんなどこか上機嫌な彼女の姿を不思議に思いながらも、俺は帰りの支度を手早く済ませ、帰路へと着いた。

 

 家についてからすぐに、クローゼットの中にしまっていたグローブを取り出し準備をする。

 公園はそれ程離れた位置にあるわけではない。自転車でも徒歩でも行ける距離だ。

 グローブを持って来いということは、向こうも一度家に帰っているのだろう。

 ならば早く行き過ぎても仕方がないか。それなら今のうちにやれることを少しやってから行こう。

 俺は机の引き出しからビデオカメラを取り出し、その中に記録された映像を選択し、再生した。

 この間のバッティングセンターで撮った映像。そこには俺のバッティングフォームや、フレーミングの姿が映っている。そこから細かな差異や乱れ、歪みがないかを確認する。

 スイングに関しては終盤になればなるほど安定はしてきているのが分かる。だがスイングスピードはまだまだだ。差し込まれ気味なものも多い。

 フレーミングはブレは少なく、逸らした球はなかったが、これはマシーンの球である。生きた球でない以上、全てアジャストしなければ意味がない。球速が上がっても、安定して捕れるようにならなくては。

 

(こうしてみると、自分がまだまだなのがよく伝わってくる。俺にはまだスキルアップが不可欠だ)

 

 佐藤にも事情をきっちり説明して諦めてもらわないと。

 あいつとは違って、俺には才能なんてものはないのだから。

 せめて小学生の間くらいは、自分の練習だけに費やさないと。

 一通りの確認を済ませた俺は、ビデオを仕舞い、そんなことを思いながら公園へと向かっていった。

 

 公園につくと既に佐藤と佐倉の姿があった。どうやらキャッチボールをしながら待っていたようだ。

 仲がいい。そういえば、二人は家が近いと言っていたな。だからなのかな。

 近づくと二人とも俺に気付いたようで、大きく手を振ってくる。

 

「悪い。少し遅れたみたいだな」

「いーよいーよ。僕らもさっき来たところだし。いい感じに体も温まってきたし、それなりに楽しかったしね」

 

 遅れてきた俺に嫌な顔一つせず、そんな返しをする佐藤。こりゃそれなりに待ってたな。

 すぐに準備して来るべきだったか。悪いことをした。

 バツの悪そうな顔をする俺に佐藤は気を遣ったのか、そうだと言いながら俺に声をかけてきた。

 

「折角だし、大吾君もキャッチボール入りなよ。グローブ、持ってきたんでしょ」

「ああ、言われた通りな」

「なら早く入った入った。三角に回していこう、順番に。それじゃ僕からいくよー」

 

 ていやあと叫びながら佐藤は俺にボールを放る。

 バシィ!と音を立ててボールはグラブに突き刺さった。

 強いな。

 

「もっと肩の力抜けよ。キャッチボールなんだから。

 佐倉、いくぞ」

「う、うん」

 

 動作一つ一つを確認しながら丁寧にボールを投げる。

 肘の位置。手首の返し。指先の方向。どれも気を抜けるところなんてない。

 何度も反復して練習した動きの通りにボールは指先から離れ、佐倉の胸元へと向かっていった。

 パシン!

 いい音だ。きっちりポケットで捕っているな。

 

「上手いじゃないか佐倉。野球、やったことあるのか?」

「えっと、私じゃないんだけど。お兄ちゃんが野球をやってて、よく一緒にキャッチボールしてたから」

「なるほど。でも、それだけじゃあんなに綺麗には捕れないさ。佐倉、きっとセンスあるよ」

「そ、そうかな。ありがと。……茂野君も、ナイスボール。すごくコントロールいいね」

「ん。サンキュー」

 

 いいながら佐倉は佐藤へとボールを回す。ボールは正確に佐藤のミットの中へ納まった。

 悪くないな。スローイングも自然だし、変な癖もついてない。案外、本格的にやったら化けるかもな。

 というか。

 

「佐藤。なんでお前キャッチャーミットなんだよ。普通のないのか、普通の」

「あはは。いやー、うちにあるのがこれしかなくてね。その内新しいのを買ってもらうよ」

「ったく」

 

 自分のグローブすらもまだ持ってないのかよ。俺の呆れたような視線に、佐藤はおどけながら答えた。

 

 そんな感じでしばらく3人でキャッチボールをしていた。最初の内は会話も挟んでいたけれど、次第にそれも止んでいき無言でキャッチボールは続いていった。

 ボールがグローブへ納まる乾いた音だけが断続的に残り、緩やかな時間が流れていった。

 そんな時間を破ったのは、やはり佐藤だった。

 

「大吾君」

「なんだ」

「キャッチボールをしても思ったけど、君はとても野球がうまいね」

「……そんなことはないさ」

「そんなことあるよ。

 だって、さっきから君の投げたボールは一度の狂いもなく、佐倉さんの胸元に構えたグローブに収まってる。

 ボールの早さも、佐倉さんが捕りやすいようなスピードになっているし。

 もちろん、佐倉さんが経験者だってこともあるけど、それだけじゃない」

 

 佐藤はボールを投げるのをやめ、俺に向き直った。

 

「この間の試合だってそうさ。

 君はどこに打球が飛んでくるのかわかってるかのように動き出していたし、追いついていた。

 バッティングもそう。なんていうのかな。一人だけ打球の質が違ってるのが、素人の僕でもわかったよ」

「そりゃ、どうも」

「君自身が君をどう思っているのかはわからないけれど、僕は傍で見て思ったんだ。

 茂野大吾って野球選手は、とてもすごいやつだって」

 

 右手に持ったボールを強く握りしめ、熱く語る佐藤。熱のこもった、本気の想いがそこにはあった。

 

「そんな君が野球をやらないなんてもったいない。

 何があったのかは知らないけど、君は野球をやるべき人だ」

 

 ……? あれ? ちょっとまて。

 

「僕は君と一緒に野球がやりたい。だからどうか、もう一度――」

「すまん、ちょっとまってくれ」

「――野球を、ってなんだい」

 

 言葉を遮られて少しむっとしたような顔をする佐藤。

 しょうがないだろ。ここで言っておかなきゃいけないと思ったんだから。

 

「お前、何か誤解してるぞ」

「? 何をだい」

 

「俺別に、野球辞めてねーけど」

 

 空気が固まった。佐藤は口を開けたまま(ついでに佐倉も)動かなくなった。

 しばらくそんな状態が続き、俺が佐藤の顔の前でおーいと手を振ってから、10秒後。

 えええええっ!! という大きな声が公園に響いていった。

 

 

「あはははっ! なんだそうだったのか! てっきり君はもうやってないのかと思ったよ」

「お前がやけに真剣な顔をしてたのはそういうことか。会話が噛み合ってないはずだぜ」

 

 場所を公園のベンチに移し数分。再起動した佐藤と佐倉が俺の話を咀嚼するまで僅かに時間はかかったが、誤解は無事解けたようだ。

 なんでも俺のやっていないの言葉を、チームで、ではなく、野球を、と解釈していたらしい。

 確かに学校では野球の話題とか出さないし、練習も一人でやっていたから気づかれていなくても無理はないか。

 どうやら4年の時チームを辞めた際に野球も一緒に辞めていたと思われていたようだ。

 まあ、それは仕方がないか。特に誰に何か言ったわけでもないし。

 

「よくよく考えてみれば、普段から野球の練習をしていない人があんなに動けるわけないよね。

 いやー、だまされちゃった」

「ほんとにねー。まったくもう」

「……なんか嬉しそうだな、佐倉」

「べつにー」

 

 先程までの重い空気とは打って変わって明るい雰囲気になったな。

 あははと朗らかな空気の中で、俺は内心でため息をついた。

 するとひとしきり笑って落ち着いたのか、改めて佐藤が話しかけてきた。

 

「それにしてもなんで一人で練習をしてるんだい?

 野球をやるならチームで、ちゃんと指導者に教えてもらった方がいいだろう」

「……最初はそのつもりだったよ。だけど茂野Jrがチームにいるとそれだけで目立って、いろいろと騒がしくなるんだ。

 俺はそんな状態で集中できるほど肝が太くないから、小学生の間は個人練しようと思ったんだよ」

 

 誰かさんと違ってな。

 

「じゃあチームに入らないってのは」

「この時期にチームに入ってやったところで、あんまり得られるものはないかなって思ったからだよ。

 もうあと一年で中学生になるし、どうせならまっさらな状態で、新しいチームに入りたいしな」

「なるほどね……」

 

 ふむ。とひとり納得したように頷く佐藤。なんだよ。

 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、佐藤はにやりと笑った。

 

「それなら、大吾君がチームでやりたいと思わせるような何かがあれば、君はチームに入るんだね」

「ん? ……まあ、そういわれてみれば、そうだな」

「だったらさ」

 

 佐藤はベンチから立ち上がると、俺の前に立った。

 その顔には自信があり、不敵な笑みが浮かべられている。

 

「僕がその理由になってあげるよ」

「なんだって」

「君、キャッチャーをめざしているんだろう?」

「ああ、一応な」

「僕はね、今朝君と話していても思ったんだけど、やってみたいポジションがあったんだ」

 

 右手に握られたボールには力が入り、まるで佐藤の思いの強さが表れているようだった。

 

「僕はね、ピッチャーがやりたいんだ。野球の花形であるピッチャーを。

 そんな僕が、君が思わず捕りたいって思うようなボールが投げられれば、君はチームに戻ってこれるんだね」

「……へえ」

 

 面白い。それは俺への挑戦状ってことかな。

 

「賭けをしよう、大吾君。

 今から僕の全力の球を君に投げる。

 君がそれに魅力を感じたなら、僕の勝ち。君はチームに戻ってくるんだ。

 逆に何の魅力も感じなかったのなら、僕の負け。今後一切チームに戻ってきてとはいわない」

「いいだろう。佐藤」

 

 お前が例え天才でも、まだ野球を始めたばかりのお前がそこまでの球を放るとは思えない。

 けれど、期待をしてしまっている気持ちも確かにあって。

 そしてこの対決が、何故か俺の野球人生で、とても重要な対決だと思えてしまったのだ。

 

 互いに先程までキャッチボールをしていたから、肩は温まっている。

 俺はバックにしまったままだった専用のキャッチャーミットを取り出した。

 ついにこれを使う日がやってきたんだ。

 僅かに震える指先を、深呼吸をして落ち着け左手へとミットをはめる。いつも通り、よく馴染む。

 ミットをはめたまま佐藤の正面へと回る。何度かパンパンとミットを叩いてから、ゆっくりと構えを作った。

 

「投球練習は5球な。いきなり全力では投げるなよ。キャッチボールとは違うんだからな」

「おっけー。わかったよ。……それにしても、すごく堂に入ってるね」

「そりゃどうも」

 

 褒めたってなにも出ねーぞ。

 言われた通り佐藤は一球一球、ボールの感触を確かめるかのように放ってきた。

 パァン!といい音を立ててボールはミットへと収まる。

 5球の投球練習が終わり、ついに勝負の時がやってきた。

 

「……」

「……」

 

 お互いに言葉はなかった。あるのは心地よい緊張感とある予感だけ。

 佐藤が大きく振りかぶり、ワインドアップの体勢を作る。

 ゆっくりと、コマ送りのようなスピードで時間が流れ。

 鞭のようにしなやかな右手から放たれたボールは、俺のミットへと突き刺さった。

 

 スパァァァン!

 

 甲高い音が公園の中に鳴り響く。

 僅かな振動と重みをミットの中で感じた俺は、滲みだすその味をしっかりと噛み締めた。

 

 目の前には得意そうな顔をして、こちらに微笑みかける佐藤の顔。

 とんでもなくむかついたけど。めちゃくちゃ悔しいけれど。どこか心地よくもあって。

 思わず浮かんだ笑みを、俺は堪えられなかった。

 

 

 

「俺の負けだ、光。一緒に野球をやろうぜ」

 

 

 

 俺の物語はこの時、本当に始まったのかもしれない。

 あの感触に、あの感動に、俺は囚われてしまったのだ。

 きっと、ずっと、忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 勘違いタグあった方がいいかな……。
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