茂野大吾くんを野球ガチ勢にしてみた話   作:stright

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「――とかなんとかいって、自分はすぐにチームからいなくなったやつがいるらしいんだけど、どう思う?」

『……、あはは。いやあ、ひどいやつもいたもんだねえ』

「そうだろ、そうだろ。しかもそいつ、俺に何も言わずに転校したんだぜ。自分からチームに誘ったくせにさあ。

 金曜にはわかっていたはずなのに、それを土曜の練習中に知った俺の驚きといったらもう。

 世の中にはそんな薄情な奴もいるんだぜ、佐藤も気をつけろよ。

 ああ悪い。お前には無用の心配だったかな。謝るよ。なにせ――」

『ごめん! 謝るからそろそろ許してくれないか。

 というか電話をかける度にそのいじりするのもうやめてよ。何回やるのさ』

「俺が飽きるまで」

『ひどいなもう』

 

 まいっちゃうなあ。そういいながら電話の主は困ったような声で答えた。

 少し意地が悪すぎたか。

 けれどこっちが腹を立てていたのは事実なので、この程度のいじり位は許してほしいところだ。

 例えそれが家庭の事情で、どうしようもなかったことだったとしても。

 ため息を一つつき、未だ気落ちしている光に声をかける。

 

「まあなんにせよ、平日にバッテリー練習ができないのは痛いな。このままだとぶっつけ本番になる」

『そうなんだよね……。パパのおかげで土日の練習には顔を出せるし、試合にも行けるとは思うんだけど、やっぱり群馬から神奈川は遠いねえ』

 

 そうなのだ。今、光は群馬にいる。

 母方の祖母が体調を崩し、それを心配した光の母が急遽引っ越しが決めたそうだ。

 光もそれを知ったのは引っ越しをする直前だったらしい。急な決定に光自身も心の整理が追い付かず、伝えるのが遅くなってしまったと後になって電話で聞かされた。

 光が来なかった土曜の練習終わりに監督から伝えられた時には、あの野郎と思ったが、時間をかけずに連絡がきたから一応の納得はした。

 それになんとかして母親を説得し、父親の協力も取り付けて翌週末のチーム練習から参加しているのだから、義理は果たしている。転校は光にとっても不本意なものだっただろうし、しょうがないことだろう。

 それはそれとして、一言何か言ってからにしろよと思わなくはなかったが。

 

「今度の試合、俺たちは一応スタメンで出ることにはなってる。今回は問題はないが、大会なら勝ち続ければ当然ダブルヘッダーとかもあるし、どうしたって投手は二人以上必要になる。

 卜部はいい投手だが、連投規制もあって連続では投げられない。出番があるとするならそこだ。

 だからこそ、俺たちはそれに備えて準備をしておく必要がある」

『うん、そうだね。僕も投球の練習はしてるよ。大吾君に言われた通りシャドー中心だけどね』

「それでいいよ。今はただがむしゃらに投げたってしょうがない。フォームを安定させることが最優先だ。

 球を投げるのは指のかかりと、ボールの回転を確かめるくらいでいい。投げ込みは俺との練習までとっとけ」

『わかってるよ。少し退屈だけど、まあしょうがないよね。楽しみはとっておくよ』

 

 なんとももどかしいが、物理的な距離が離れている以上仕方のないことだ。お互いに今できることを少しずつ進めていくしかない。

 個人練習自体はこれまでやってきたのと同じことだ。やることは変わらない。後はバッテリー間の呼吸だけだ。

 光には投球練習の際の動画を撮って、俺に送るように言ってある。ピッチングフォームの癖やリズムは多少はわかっているつもりだ。だが試合の空気や実際に練習を重ねることでわかってくることもある。キャッチャーとしては、少しでも一緒に練習する時間が欲しい。

 

「お前、今度の練習試合の時もこっちにくるんだろ。その時うちに泊まってけよ。そんで日曜に送ってもらえ。

 少しでも練習する時間が欲しい」

『いいのかい?』

「ああ。かーさんもダメとは言わないだろ」

『わかった。僕もお母さんを説得してみるよ』

「頼むぜ」

 

 じゃあなと別れを告げて電話を切る。そしてスマホの画面が暗くなるのを見てから、机の引き出しの中へとしまった。

 ふうとため息をつき、気持ちを整える。

 それから野球ノートと鉛筆を取り出し、今日送られてきた光のピッチングの動画をタブレットで流す。

 さあ、これからもうひと仕事だ。頑張らないと。

 俺は気合を入れ直し、机へと向き直った。

 

 

 

 俺が三船ドルフィンズに戻るとなった時、母さんや姉ちゃんは意外とすぐ納得してくれたが、監督にはそれなりに驚かれた。

 どうやら監督も俺が野球を辞めていたと思っていたようだ。練習試合の時も俺が無理をして出ていたと思っていたらしい。

 それが勘違いだと知ると、むしろ監督の方から歓迎された。監督自身おとさんと高校時代ともに野球をやっていたし、その息子がチームを辞めてしまったことに責任を感じていたのだろう。一言何か言っておけばよかったかと逆に申し訳なさが募った。

 戻った当初は、この時期に6年生の俺が入ったことにチームメイトはいい思いはしないだろうと思っていたのだが、この間の練習試合のこともあってか、何人かの例外はいたが割とあっさりと受け入れてもらうことができた。内心どう思っているのかはわからないが。短い期間とはなるが、そこはコミュニケーションをとっていくしかない。

 何はともあれ無事チームに復帰した俺は、多少の不安を抱えつつも練習に取り組んでいった。

 その際には現エースの卜部隼人や正捕手の鈴木アンディとのいざこざが多少あり、今でも毒を吐かれることはあるが、まあ中途加入ではあるし当然の感情だ。仕方がない。いい気はしないが、甘んじて受け止めるしかないだろう。

 俺にとっては予定を先取りして、デメリットを理解しながら復帰をしたのだ。気を遣って満足なプレーをしなかったらそれこそ意味がないし、チームメイトにも失礼だ。全身全霊をもって、野球に没頭していくしかない。

 いずれにせよやることは変わらない。この状況に感謝し、好きなことに全力で向き合っていくのみだ。

 

 復帰初日には監督に希望のポジションを光とともに伝えた。

 俺がキャッチャーで、光がピッチャー。監督にその場でテストを受けさせてもらい、一応の合格をもらうことはできた。しかし光はまだ野球を始めて間もないことは監督もわかっているし、俺自身も実践から離れていた期間が長かったこともあり、基本は外野手として出場し、少しずつ試していこうということになった。

 光の真っすぐを受けた監督はとても驚いたような顔をしていた。流石に佐藤寿也の息子とはいえ、ほとんど初心者の光が一二〇キロ前後の球を投げているのだ。無理もないだろう。

 だがしかしコントロールだけはどうにもならず、大枠から外れすぎるというわけではないが、まだまだ実戦で試すには心もとなかった。投球練習で半分以上ストライクが入らないのに、試合でいきなり入るわけがない。本番に強いと言われる選手もいるが、それでも最低限の能力は必要である。

 光の野球センスは間違いのないものだ。だからこそ並行して投手としての練習をしつつ、外野手として出場しながら経験を積む。光には現段階でもクリーンアップを打てるだけの能力がある。その打力を腐らせるのはもったいないだろうしな。

 俺の方も一緒に見てもらったが、キャッチャーは一朝一夕で変えられるものではない。単純な能力だけでなく、ピッチャーからの信頼やチームメイトの守備の癖、咄嗟の判断力など総合的なものが必要となる。大会までの期間が短い以上、正捕手の起用を今変えるのはメリットの方が少ない。

 そういった理由もあり、俺も基本的には外野手、光が登板するときは捕手としての起用も考えるという形となったのだった。

 チーム事情を考えれば妥当な判断であり、チャンスが与えられているだけむしろ有難い。現在のドルフィンズは万年一回戦負けのチームということもあってか、カンフル剤としても少しは期待されているのかもしれない。

 なんにせよ、どんな思惑があろうがチームにいる以上は勝つためにできることをするのみだ。

 

 

「……」

「どうかしたのか田代。そんな考え込んで」

「藤井か。いや、今日のあの二人のテストのことでな」

「ああ、あの。すごかったよな光のやつ。初心者とは思えねえ球投げてたよな」

「いやそっちもそうなんだが、大吾のやつがな」

「大吾がどうかしたのかよ。……ああ、肩が弱いのにキャッチャーやるって言ったことか?」

「ちがうちがう。

 ……あいつな、光の球を涼しげな顔で捕ってたんだよ。それも全球、アジャストして」

「え? そういや、そうだったような」

「あれだけ荒れてる球を全部ポケットで捕るのは容易なことじゃない。光程の球速ならなおさらな。

 きっと、相当練習してきたに違いない。すごい奴だよ、あいつは」

 

 

 その後練習試合前に佐倉がチームに加入するといったことはあったが、おおむね順調に事が進んでいった。

 練習試合には快勝し、俺と光は共に全打席で出塁するなど結果を残した。チームメイトからも多少のやっかみはあったが、認めてもらえたように思う。

 卜部やアンディからは、今回の結果もあってかあたりも弱まった。二人は東斗ボーイズという強豪チームを倒すために5年生から移籍してきたというから、少しは戦力になりそうだと思われたのだろう。利害の一致というやつだ。わかりやすくていい。

 大会まではもう2週間余り。ケガさえしなければ出場できる可能性は高い。課題も多いが、それ以上に楽しみな気持ちの方が強い。

 出るからには何が何でも勝ちたい。目指すならやはりてっぺん、全国大会出場だろう。

 才能なんて呼べるものはない俺だけど、だからこそ今までやってきたことを全部出し切りたい。

 その上で結果を出すことができれば、俺がやってきたこともきっと意味があることに思える。

 やりたいことを見つけたのだ。分不相応のものだとしても、後悔しないようにしたい。

 さあ、今日も野球を探求しよう。

 

 大会当日。一回戦の相手は、谷川イーグルス。実績としては近年のドルフィンズと変わりがない。

 ドルフィンズのスターティングメンバーは、

 

 一番 センター   俺

 二番 ライト    光

 三番 ピッチャー  卜部

 四番 キャッチャー アンディ

 五番 サード    有吉

 六番 ショート   木村

 七番 レフト    岸本

 八番 ファースト  松原

 九番 セカンド   勝俣

 

 以上のラインナップとなった。

 いきなり一番に抜擢とは驚いた。思わず監督の顔を見たが、監督はお前ならできると深くうなずいてきた。

 なんともまあ期待してくれたものだ。だが、悪い気分じゃない。

 それにしても光が二番か。この間は五番だったのだし、今回もクリーンアップかと思ったのだが。

 攻撃的二番は昨今の野球界ではトレンドになってきているからおかしくはない。光なら二番の役割とか気にしなそうだから面白いとも思う。

 だがまだ初心者当然の光だと、バントなどの小技はハードルが高い。選択肢としても取りづらいだろう。事実上捨てたようなものだ。

 それでもそうしたということは、それほど光に期待をしているということなのか。信頼をしているということなのか。

 まあどちらにしても、勝つために監督が選んだことだ。疑問に思うよりも期待に応えることを考えよう。

 試合が始まる。まずはうちの攻撃からだ。

 ヘルメットを被り、バットをもってベンチからネクストへと向かう。

 相手のピッチャーが投球練習を始める。投球動作から癖やリズムをつぶさに観察する。

 腕の振りや角度、足の運び、ボールの速さ。見落とせるところなんて何一つない。

 最初が肝心だ。今回は切り込み隊長なのだから、それに足る仕事をしなくては。

 谷川の投球練習が終わり、俺はネクストから打席にゆっくりと入った。

 審判のプレイボールがかかる。

 俺は息を吐き、バットを体の前に平行に構え、スタンスを広げた。

 ここからは集中だ。余計なことはもう考えない。

 さあ行くぞ。

 初球。インコース高め。ボール。

 サウスポーなだけあって、やや独特な軌道を描いている。

 球速は大体九〇前後か。それなりの速さだ。

 二球目。これもインコース。外れてボール。

 俺が右打者だからか、内側を攻めてくるな。確かにクロスファイヤーは有効だが、同時に甘く入ったら危険なボールでもある。

 俺は前足を半足分下げ、スクエアからややオープンに構え直した。続けてインコースに来るなら、この方が捌きやすい。

 三球目。インコース。今度はストライクにきた。

 腕を畳み、ヘッドを走らせてボールを捉える。

 キュイン!と音を立ててボールはライトへ向かって飛んでいった。

 少し手前で落ちるかと思ったが、ボールの勢いは衰えず、そのままフェンスを越えていった。

 先制の先頭打者ホームラン。

 狙いとしてはツーベースが理想だったのだが、まあいい。出鼻を挫くことはできただろう。

 あとボールを少し呼び込み過ぎたかもしれない。インコースを流せたのはよかったが、もう少し速かったら詰まらされていただろう。まだまだ見極めが足りないな。

 次だ次。

 そんなことを考えながら、俺はゆっくりとダイヤモンドを一周した。

 

「見たか、卜部」

「ああ。初見の、しかも大した球ではないとはいえ、左の内角攻めを逆方向にホームランてやべえな」

「完全に見切った打ち方だったな。見ろ、相手ピッチャー呆然としてやがる」

「無理もねえ。あんなんくらったら平然となんてしてらんねえだろ。気の毒に」

「つくづく味方でよかったと思っちまうな。茂野も佐藤も。

 ……負けてらんねえぞ」

 

 その後、続く光もセンターオーバーのホームランを放ち追加点。クリーンアップも爆発し、初回に一挙4得点。

 守備を経てもなお勢いは止まらず、5回までに14得点。コールド勝ちで試合を決めた。

 佐倉も代打で途中から出場し、2安打。快足を飛ばしてのツーベースもあり、結果をたたき出した。次の試合ではスタメンもあるかもな。

 卜部はランナーを幾度か出したものの無失点完投。エースの貫録を見せつけた。

 勝ち試合だし光の登板もあるかとも思ったが、監督としては余計な情報を他のチームに渡したくはなかったのだろう。ピッチャーとしての出番はなかった。

 今回の試合だけでも光の非凡な才能は見て取れたのだし、警戒されるはずだ。スイングは打席を経るごとに鋭く研ぎ澄ませれていっているのが分かるし、守備範囲も広くなってきている。間違いなくドルフィンズの中心選手として見られるだろう。少しでも情報の露出を抑えるのは間違いではない。

 とにかく無事に一回戦を勝ち抜くことができたのだ。反省点はあったにせよ、今は喜ぶべき時だ。

 ベンチで号泣する監督やコーチ、歓喜するチームメイト、手招きをする光と佐倉。その姿に少しまぶしいものを感じながら、俺もその輪に加わったのだった。

 

「そういや田代。どうして今日光が二番だったんだ? この前は大吾だっただろ」

「ん? ああ、できれば大吾と光をくっつけて打線に置きたかったんだよ」

「なんで?」

「いっちゃあなんだが、今のウチでスイングが一番鋭くて、技術があって、考えながら打席に立ってるのが大吾だからな。そいつのすぐ近くでバッティングを観察できれば、光にとってはただの練習よりずっと効果がある。

 上位に置くことで打席に立てる回数も多くなるからな。今日の試合も大吾の打席をじっくり観察してたし、見るたびに粗さがなくなっていった。チームとしても悪くない選択だったと思う。

 極端に言えば二人で点が取れるのが理想だ。今日は出来過ぎだったがな」

 

 

 一週間後。相手は虹ヶ丘ビートルズ。コールド勝ちで終えたことで、スカウティングも僅かではあるができたから全くの情報なしというわけではない。

 イーファスピッチ中心の、ゴロで打ち取る守備のチーム。盗塁など足を交えた攻撃も多く、少年野球としては細かい戦術を使ってくるチームだ。

 監督は以前ドルフィンズの監督だった小森さん。うちにも何度か来たことがある。姉ちゃんの時はまだ監督だったしな。

 キャッチャー出身の監督だ。当然うちのデータも集めているだろうし、一筋縄ではいかないだろう。

 気を引き締めていかないとな。

 ドルフィンズのスタメンは、

 

 一番 センター   俺

 二番 レフト    光

 三番 ピッチャー  卜部

 四番 キャッチャー アンディ

 五番 サード    有吉

 六番 ショート   木村 

 七番 ファースト  松原

 八番 セカンド   勝俣

 九番 ライト    佐倉

 

 という感じになった。九番に佐倉が入った以外は一回戦と同じメンバー。

 佐倉は期待されてるな。この間の試合でのバッティングを見る限り無理もないか。

 光が群馬に行ってからは平日は佐倉と一緒に練習することが多くなった。指導をしていてもバッティングフォームも悪くないし、ミートも上手い。守備は打球判断は甘いが、足も速いし取り返せる範囲だ。ライトなら十分にやれる。際どい所は俺がカバーすればいいしな。

 俺はスタメンを告げられて慌てる佐倉に近づき、声をかける。

 

「やったな佐倉。スタメンじゃん。がんばれよ」

「え、えと、う、うん。ありがとう、茂野君。

 ……だけど、いいのかな。わたしなんかが出ても」

「いいに決まってるだろ。この間の試合とか、練習の動きとかが認められたからこその結果だ。妥当だと思うよ」

「でも、私のせいで出られない人が」

「……佐倉」

 

 暗い顔をする佐倉に歩み寄り、肩をポンと叩く。

 眉尻を下げた瞳は揺れ、内心の不安が伝わってくるようだった。俺はその不安を取り除いてやれるように、微笑みながら語りかけた。

 

「スポーツをやっている以上、そういったことはよくあることだ。

 選ばれた以上は、選ばれなかった奴のためにも必死になってプレーをする必要がある」

「……」

「だけど、だからって気負う必要はない。俺たちは野球をやりにここにきてるんだ。グラウンドに立つなら、楽しまなきゃ損だぞ」

「え?」

「それに、少なくとも俺はお前が試合に出れて嬉しい。一緒に練習をしてきた仲だしな。実力もよく知ってる。

 お前ならできるよ。俺が保証する。

 頼りにしてるぞ、佐倉」

 

 俺の言葉に俯いていた顔がだんだん上がってきて、最後には真っ赤になった。

 何やらそわそわし始めて挙動不審になっている。どうしたのだろうと顔を覗き込むと、すごい勢いで逸らされた。そして慌ててベンチの自分の荷物のある場所へと向かっていった。

 その姿に内心で首をひねっていると、いつの間にやら近づいてきていた光に肘でつつかれた。

 

「なんだよ」

「いやあ、大吾君も隅におけないなあと思ってさ」

「何言ってんだか。それより今日の相手だ。手ごわそうだぞ」

「あっ、話を逸らした。まあいいけどさ。

 そうだね。でもまあ、相手がどこだって、誰だって関係ないよ」

「やけに強気だな」

「だって、負ける気がしないからね。

 僕たちは無敵だ。今日も勝つよ、絶対に」

 

 

 

 試合が始まる。

 光のやけに自信たっぷりな発言には少し意表を突かれたが、同時に頼もしさも感じられた。

 ああいう人に安心感というか、何かを感じさせることができる選手がエースとかになるのかな。そんなことを思いながら、俺は守備に就いた。

 プレイボールがかかる。

 一回の表。虹ヶ丘の攻撃。

 先発は卜部。今日も調子は良さそうで、球も走っている。一回戦をコールドで、しかも無失点で勝ち抜いたことで心に余裕ができているのかもしれない。完全に相手バッターを見下ろしながら投げていた。

 簡単に三者凡退に抑え、ドルフィンズの攻撃に移る。

 虹ヶ丘の選手たちが守備に就き、相手のピッチャーが投球練習を始めた。

 やはりとても山なりなボールだ。八〇キロでてるかわからない。

 これで半速球、スナップスローも交えてくるのだから厄介だ。

 少年野球だからこその緩急のつけ方。考えたことがないわけではなかったが、本当に実践する相手がいるとは。

 相手エースの姿を見る。やはりとても体が大きい。小学生にしてはかなりの恵体だ。羨ましい。

 イーファスと半速球を中心にしてるのは、急激な成長に体がまだ追い付いていないからかもしれない。

 もしかしたら全力で投げれば、光と同じくらいの球を投げる可能性もある。追い詰められればそういうことも考えられる。一応、頭の片隅に入れておこう。

 投球練習が終わり、審判に呼ばれ、俺はネクストから打席へ向かった。

 一礼し、バッターボックスに入る。さあ集中だ。

 一投目が投じられる。ふわりとした球はゆっくりと低めへ落ちていった。ストライク。

 打席で見るとやっぱり打ちづらそうだな。ポイントが線じゃなくて点って感じだ。

 上体を突っ込み過ぎたらかなりの確率で凡打になるだろう。引き付けないと。

 二球目。今度はうち寄りに投じられたボールは、またもゆっくりと低めにミットに収まった。やや外れてボール。

 危ねえ。今のとられてたら厄介だったな。

 緩い球の攻略はシンプルだ。できるだけ我慢してボールが自分のポイントに入ってくるのを待ち、打ち抜くこと。甘いボールを逃さずに一振りで仕留めること。

 要するにいつもと変わらないってことだ。

 集中。集中。

 三球目。今度は外側。ゾーンを掠めてストライク。

 追い込まれた。そろそろ半速球も来るかもしれない。

 俺は姿勢を低くし、バットのヘッドをやや斜めに構えた。

 四球目。半速球。本当に来た。

 俺は腰を回転させ、バットの上部でボールを掠めた。

 ファール。

 なんとかカットできたか。でもやっぱり速度差結構あるな。力感もないから、フォームに見分けもつかない。

 油断できねえ。

 息を少し長めに吐き、気持ちを落ち着かせる。さて、どれだけ粘れるかな。

 勝負だ。

 

 カイイインと金属音が響き、ボールが弾かれる。

 今ので十球目。段々癖やリズムが分かってきたぞ。

 苛立ったように俺を睨みつける相手エース。ふははは。乱れろ乱れろ。

 既にフルカウント。そこから何球も粘られたら、ピッチャーはたまったもんじゃないだろう。

 そろそろ相手としても、俺を切りたいはず。

 ちらりとベンチの方を見る。すると監督がサムズアップして応えてきた。

 もういいだろう。

 俺は次の球を悠々と見送った。

 フォアボール。

 バットを脇に置き、バッティンググローブを外しながら一塁へと歩く。

 後は頼んだぞ、光。

 

 キィン!と僅かな金属音とともに白球がフェンスの向こう側へ飛んでいく。

 光はそれを見送った後、悠々と歩き出した。

 先制のツーランホームラン。

 僅か二球。確かに甘いボールではあったが、それを一振りで仕留めるとは。

 末恐ろしい。本当に。

 ……ああ、羨ましい。

 僅かに湧き出たそんな黒い感情に蓋をし、ホームへと走ってくる光を迎い入れる。

 

「ナイスバッティング、光」

「ありがとう。いやあ、大吾君のおかげだよ。じっくり観察もできたし。

 それに来る球が分かってれば、難しいものでもなかったしね」

 

 虹ヶ丘の守備はイーファス用のシフトが敷かれている。打たせて取るからこそ、効果的な守備位置につくことでより確実にアウトにできるように動いているのだ。だがそれは味方側も、ピッチャーの投げる球種が分かっていなければできないことである。

 案の定イーファスと半速球の時で内野手の動きが異なっていた。スカウティングの際も気になっていたことではあったが、確信が持てなかったために俺の打席で真偽を確認していたのだ。

 そしてそれは正解だった。腰を低く構えた時は半速球。それ以外はスローボール。これほどわかりやすい特徴があれば、球種を定めるのは難しいことじゃない。

 まあ例え球種が分かっていたとしても、それをいきなりホームランにできるのは光のセンスあってこそのものだが。

 

 

 先制することはできたが、その後試合は膠着状態に陥っていった。

 予想していたことではあったが、球種バレした理由をすぐに気づかれ修正されたのだ。

 また俺や光はまともに勝負をされなくなったことも大きいだろう。いい当たりをしても守備シフトに防がれてしまったことも何度かあった。

 それでもリードしたまま5回を迎えたのだが、ここでハプニングが起きた。

 正捕手のアンディが一塁を駆け抜けようとした際に、足首を捻ってしまったのだ。

 幸い重症ではなさそうではあったが、大事をとって病院に向かうことになった。

 そして、代わりの捕手として俺がマスクを被ることになったのだった。

 

「まさかこんな形で、初マスクを被ることになるとはな。わからないもんだ」

「……」

「なんにせよ、やることになった以上はやりきらないとな」

「……」

「おーい、聞いてるか、卜部」

「うるせえな! 聞いてるよ!」

 

 苛立ちを露わに俺に食って掛かってくる卜部。こりゃ相当あがってるな。

 

「落ち着け卜部」

「これが落ち着いていられるか! わかってんのか、二点差だぞ二点差! いつ追いつかれるかわからねえ点差だってのに、実戦経験のねえ、組んだこともねえキャッチャーといきなりぶっつけ本番だぞ! ありえねえ」

「落ち着けって、卜部」

「俺はこんなところで負けてられねえんだ。なんとしても勝って東斗ボーイズとやりてえんだ。じゃなきゃここに入った意味がねえんだ。それを――」

「お、ち、つ、け、う、ら、べ」

 

 ヒートアップする卜部の頭を軽く叩く。卜部は目を白黒させながら俺に向き直った。

 やっとこっち向いたか。

 

「いてえな。なにす」

「切れる理由はよくわかるが、落ち着け。

 ――勝ちたいんだろ」

「……!」

 

 確かに卜部の言う通り状況はあまり良くない。僅差のゲームだし、気を張っていて当たり前だ。

 だがそれでも冷静さを失った方が負ける。普段のこいつならそれくらいわかるはずだ。

 それくらいアンディはこいつに信頼されているのだろう。キャッチャーとして羨ましい限りだ。

 だが。

 

「俺を信じられないのも無理はない。まだチームに入って日が浅いし、キャッチャーとしての姿なんてほとんど見せたことないんだからな。不安に思うのも当たり前だ。

 だけど」

 

 プロテクターを付けた胸をどんと叩く。そして不敵に笑って見せる。少しでも頼もしく見えるように。

 

「試合に勝ちたいって思いだけは一緒だ。俺の全力で、お前の全力に応える。

 信じてくれとは言わない。だが、協力してくれ。

 そして、アンディに勝利を報告しに行こう」

「……。ちっ。当たり前だ! 足引っ張ったらぶっ飛ばすぞこら」

 

 少しは冷静さを取り戻したようだ。いつもの憎まれ口に戻った。

 にやりと笑って見せる。すると卜部は気に食わなそうに視線を逸らした。

 

 パァン!とボールがミットに突き刺さる。

 ボールの勢いは衰えていない。綺麗な回転をしているし、問題はないだろう。

 心地よい緊張感と、焦がれていた景色が視界いっぱいに広がる。

 さあ、ここからだ。楽しんでいこう。

 俺はミットを数度叩いてから、マウンドに佇むエースに向かってその手を突き出した。

 

 

 試合はドルフィンズが勝利した。

 スコアは六対一。終わってみれば快勝だった。

 六回までは投手戦となるも、佐倉のライトの頭を越えるスリーベースヒットをきっかけに、四点を追加。

 結局卜部は最終回まで一人で投げ切り完投勝利。最終回に一点を失うも、気力で最後まで投げ切った。

 憎たらしい奴ではあるが、本当に尊敬する。まさにエースという感じだった。

 

 さあ、次だ。午後からは三回戦が始まる。浮かれている暇なんてないぞ。

 俺は気合を入れ直し、次の試合へ思いをはせた。

 

「……」

「どうだった? 卜部君」

「佐藤か。……何が」

「何って、大吾君と組んだ感想だよ。すごかったでしょ。彼」

「……ああ。悔しいけどめちゃくちゃ投げやすかったよ。

 全部ビタ止めで、ミットもいい音なるし、終盤も球が走ってるように感じた。

 完投できたのは、茂野の力のおかげでもある」

「大吾君、凄くキャッチング上手いよね。

 僕、彼にしか受けてもらったことなかったから最初はわからなかったけど、試合とかで相手のキャッチャー見てみるとよくわかるんだ。彼のすごさが。

 早く試合で受けてもらいたいよ。ああ、早く次の試合にならないかなあ」

 

 

 三回戦の試合。対戦相手は本郷シャークス。

 この大会、全試合コールド勝ちをしている強豪だ。

 だが、語ることはそう多くはない。

 なぜなら、

 

 この試合の先発は佐藤光。

 そしてキャッチャーは俺、茂野大吾。

 

 

 

「ついにこの時が来たね。大吾君」

「そうだな。緊張、してないか」

「まさか。するわけないよ。

 わくわくしてしょうがないさ」

「そうかよ。まあ、心配はしてなかったけどな」

「ひどいな、大吾君」

「だってよ、負ける気しないんだろう?」

「……ふふふ。その通りだよ。

 言っただろう。僕たちは無敵なんだって」

 

 

 

 

 

 

 初先発、初バッテリーで臨んだこの試合。

 俺たちは、ノーヒットノーランをたたき出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回最終話の予定(未定)
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