茂野大吾くんを野球ガチ勢にしてみた話   作:stright

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 お待たせ致しました。生きてました。

 これまでのお気に入り登録及び評価感想、本当にありがとうございました。とても嬉しかったです。

 なかなか更新出来ず、申し訳ない気持ちになりながらも、何とか投稿することができました。

 それでは最終話、どうかお楽しみください。


4

 3回戦が終わった後。俺はいつもの行きつけのバッティングセンターで練習を行っていた。

 光は群馬に帰ったし、チームでの反省会も終わった。この後用事があるわけでもない。

 体は2試合終えた後だということもあって、疲れからか多少重く感じる。だが、俺みたいなやつにとっては、時間というものを有効に使わなくては()()()()()

 休息もトレーニングの一環だというが、俺はそれ以前の問題だ。むしろキャッチャーとしては、体が重い状態で効率よく動く練習にもなる。

 それに、どうせ明日からは試合まで一週間開くのだ。日中は学校で体を無理に動かすこともない。やらない理由はない。

 などと自己完結しつつ、息を整えバットを手に持つ。

 俺はゲージに入り、数回スイングをしてからコインを入れボールが飛んでくるのを待った。

 

(次の準々決勝の相手は東斗ボーイズ。ここ数年ずっと全国大会に出ている強豪だ。

 本郷も強かったが、それよりも投手力も守備力もさらに上。総合力で言っても、実績に違いないレベルだ。

 それに、なんといっても()()()()()()

 

 高めに飛んできた白球を一閃する。弾かれた打球はセンター方向へ向かって飛んでいく。

 息を吐き、スタンスをやや狭めてから足に力を入れる。

 今度は低めに緩い球が飛んでくる。体が動き出すのをぐっと堪え、ポイントまで引き付ける。それからやや腕を伸ばしながら、逆らわずに右へ流した。

 ヒット性の当たりがライト方向へ飛んでいく。それを一瞥してから、次を待った。

 暫くすると1打席分の時間が終わった。俺は背後を振り返り、次を待つ人がいないのを確認した。

 息を大きく吐き、体の力を抜く。さあ次だと気合を入れ直そうとすると、隣のゲージから聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「精が出るな、茂野」

「……眉村か。久しぶりだな」

「ああ」

 

 目を向けるとそこには元メジャーリーガ眉村健の息子であり、次の準々決勝の相手でもあるチームのキャプテン、眉村渉がいた。

 眉村とは少し前まで一緒に練習をしていたことがあった仲だ。顔を直接合わせるのは半年ぶりぐらいか。

 あれから一度も会っていなかったというのに、あまり久しぶりという気はしないのが不思議だな。

 戸惑う俺に眉村は何も気にしない様子で声をかけたかと思うと、ゲージの左打席に立ち、前を見据えた。

 眉村はマシンから飛んできた球を無駄のない鋭いスイングで打ち返した。弾かれたボールは逆方向に大きな放物線を描いて飛んでいく。

 凄まじい打球だ。速さも高さも申し分のない。俺の理想とかなり近い。

 ――ああ。凄い、な。

 すぐさま次の球が飛んでくる。インコース低め。難しい球。

 眉村は今度もそれをいとも簡単に腰を回して救い上げた。

 放たれた打球はライナーで、そのままライト方向のネットへ吸い込まれていく。

 その後も眉村は一度も打ち損じることなかった。

 

(流石だな。全て芯でミートしている。スイングスピードも速い。()()()()()()()更に成長してるな。わかってたけど。

 ……くそ。負けてられないな。集中、集中)

 

 その姿に触発されながら、俺も意識を切り替え、コインをいれ、マシンに向き直った。

 

 決めていた打席数分の練習を終えてからゲージを出ると、眉村がベンチに座っていた。先にゲージから出て俺を待っていたらしい。

 その手には有名なメーカーのスポーツドリンクが2本握られており、内1つを近づいてきた俺に差し出してきた。

 一言礼を言ってからそれを受け取る。すると眉村は気にするなと言わんばかりに手を振った。

 とても様になっている。なんかイラっとした。

 首を振ってそれらの思考を追い出し、空いている隣のスペースに座る。

 もらったスポーツドリンクを一口飲み、一息ついてから俺は眉村に話しかけた。

 

「お前がバッセンに来るなんてな。てっきりもう来ないのかと思ってたよ」

「なに、次の試合相手の調査をしていたら見覚えのあるやつの姿を見たんでな。偵察がてら、挨拶に来たのさ。

 お前ならきっと、ここで練習をしてるだろうと思ったからな」

 

 眉村は俺を一瞥し、腕を組む。それから一つ頷いた。

 

「あの頃よりも数段レベルアップしているな。スイングも何もかも。

 本郷相手に快勝しただけはある。あそこは打撃のチームという印象だが、投手もそこまで悪くはなかった。

 それを簡単に打ち砕くとな」

「買い被りだよ。打撃は水物だし、打ちそこないも結構あった」

「謙遜するな。ビデオで見ただけではあったが、タイミングは全てあっていた。相手も雰囲気に呑まれていたしな。

 紛れもないお前自身の実力の結果だ。誇れとまでは言わないが、もう少し自信を持て」

 

 あの眉村が俺を褒めている。なんだかそれがむず痒くて、頬をかいた。

 それから少し咳払いをし、何かを誤魔化すように口を開く。

 

「それにあの試合に勝てたのは、俺だけの力じゃない」

「……あの佐藤2世のことか」

「知ってたのか」

「まあな。直接会ったことはないが、親父から話だけは聞いてた」

 

 そんな俺の言葉を聞いてから、眉村は僅かに不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「確かに球は速いな。本郷の打者が全員振り遅れていたし、前にもほとんど飛ばしていなかった」

「だろう?」

「だが俺は、あいつにはそれほど脅威を感じなかったな」

 

 どこか吐き捨てるような、つまらなそうな声で眉村は言った。

 眉村が不機嫌そうなのは毎度のことだが、今回は少しおかしい気もする。

 どこか不思議に感じている俺を置いて、眉村は続ける。

 

「確かに球速はある。だが、見ていてもコントロールが良いという印象は受けなかったし、投げ方も単調だ。

 四球を出した後のセットポジションも不安定だった。いつ点を取られたっておかしくはなかったな」

「……」

「才能はあるんだろう。でもまだ荒削りの原石止まりだ。あいつだけだったら、まだまだ俺たちの敵じゃない」

 

 確かに光はまだ野球を始めてから日が浅い。それ故の弱点が多くある。

 今はまだ誤魔化せているが、勝ち進んでいけば光のデータもそろっていく。

 そうなれば初心者ならではの穴をつかれていく可能性が高い。

 光自身の才能があるからこそ気づかれずに済んでいるが、それも時間の問題だろう。

 だがあの試合だけでそれらを見抜くとは。流石としか言いようがない。

 俺が感心している裏で眉村はベンチからゆっくりと立ち上がる。

 

「それでもあいつは点を取られなかった。それもヒットの一本すらも。それはなぜか」

 

 眉村はそこで言葉を区切ると、俺をゆっくりと指さした。

 

「――茂野、お前のリードがあったからだ。お前が佐藤の手綱を握って、あいつの欠点を補っていた。

 投手を調子づかせるキャッチング。ポイントポイントでの声掛け。タイムをとるタイミング。牽制。

 一つ一つの行動が、佐藤を本郷をも圧倒するほどの投手に様変わりさせた」

 

 そんなことを、普段から鋭い目を更に細めて言ってきた。

 ……なんともまあ、過大評価してくれたものだ。

 

「それは違う。確かに多少は力になれていたかもしれないが、あれは光の実力だよ。

 あとうちには光だけじゃなく、頼れるチームメイトだっているんだ。好守だってたくさんあった。

 あれは全員が頑張った結果だ」

「ふん。どうだかな」

 

 首を振りベンチの脇にあるバッグを背負うと、眉村は俺に背を向ける。

 

「何はともあれ、次の相手はうちだ。これまでと同じようにいくとは思わないことだな」

「試合に絶対なんてないさ。油断なんてするつもりは毛頭ないよ」

「……俺は必ずお前に勝つ。あの日、俺の誘いを断ったことを試合が終わってから後悔するんだな」

 

 そう言うと出口に向かって歩き出していった。

 ……自信家なところは相変わらずだな。

 それにしたって。

 

「あいつ、まだ根に持ってたのか」

 

 思わずそう呟いてから、手に持ったスポーツドリンクを一飲みすると、俺はもう一度ゲージに入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 夕飯の後、今日の試合の反省を終え、俺は次の試合相手の研究を行っていた。

 

(東斗のエースは眉村の双子の姉の眉村道塁。左のサイドスローで、本格派。

 球も速くて、コントロールもいい。守備も悪くない。しかも左でサイドだから、ただの左よりもタイミングが計りにくいだろう。出てきたら大分厄介だな。

 打線も眉村を中心にまとまってる。打たれだしたら止まらないかもしれないぞ。

 出だしを慎重にいかないとな)

 

 まあ、眉村姉に関しては序盤はそこまで心配しなくても大丈夫かもしれないが。

 そんなことは考えながらノートとタブレットとにらみ合っていると、不意にスマホが鳴った。

 画面をのぞいてみると『佐藤光』と書かれている。俺はペンを置き、ノートを閉じてから電話に出た。

 

『やあ、大吾くん。こんばんは』

「どうした光」

『ははは。どうしたとはつめたいなあ。

 今日ノーヒットノーランを一緒にやった相棒に向かって。もっと労ってくれてもいいんだよ』

「切るぞ」

『まってまって。冗談だから。聞きたいことがあったんだよ』

 

 少し慌てたような声が聞こえた後、光は咳払いを一つしてから仕切り直した。

 

『ねえ、大吾くん。今度の準決勝だけど、先発は誰になると思う?』

「なんだよ藪から棒に。それに、それは俺が決めることじゃないぞ」

『でもアンディくんの怪我で、次の試合もマスクを被るのは君じゃないか。監督にも意見を聞かれているんだろう?』

「まあ、な」

『そうだろう? だから、僕は君が誰を推したのかを聞きたいのさ』

 

 ふむ。そりゃあ光としては今日最高のデビューをしたわけだ。初先発での初勝利。しかもノーヒットノーラン。

 次の試合は優勝候補と言われている東斗ボーイズ。自分が先発かどうか気になるのは当然か。

 俺は少し考えた後に、自分の考えを正直に伝えた。

 

「……光には悪いが、俺は卜部を推したよ」

『へえ』

 

 もっと大げさに驚くと思ったが、光は案外冷静だった。それを意外に思っていると、光は言葉を続けた。

 

『それはどうしてだい? 今日の試合で、僕はノーヒットだったんだよ。状態も悪くはないと思うんだけど』

「だからこそ、かな」

『……?』

「あの試合でお前はいい意味でも悪い意味でも目立っていた。当然東斗も、お前が先発してくると思っているだろうな」

『だったら』

「わざわざそんな風に警戒をしている相手の思った様にしてやる必要も無い。お前を想定しているからこそ、お前じゃない投手が出てくれば、それだけで思惑から外れるんだ」

 

 あれだけのピッチングをした光のことを無視することなんてできるはずがない。加えて打棒の方も大会で成績を残している。ただでさえ光は、あの佐藤寿也の息子なんだ。それだけでも警戒の下となっているだろう。

 

 

「それに、この間の試合では大して影響はなかったが、お前にはまだまだ弱点が多い。特に、長いイニングを投げていくにはな」

『それは、具体的にどんなところだい?』

「まず第1にコントロールが良くない。始めたばかりだからしょうがない部分もあるけど、甘いコースや高さに来ることが多いな」

『うっ』

「腕の振りが鈍くなると逆球も多くなる。幸い球に力があるから何とかなってるが、粘られたりして球数稼がれて、スタミナ切れしたらもうアウトだな」

『ううっ』

「あとセットも不安定だ。明らかに球威が落ちるし、甘い球も増える。ランナーが出た時のクイックとなったら余計にな」

『うぐぅ』

「短いイニングだけだったら、それでもなんとかなるだろう。それだけのものをお前は持ってる。

だがイニングを重ねれば重ねる程、打者もお前の球を見るようになる。そうなればまだコントロールの甘いお前の真っ直ぐは、慣れられて打たれる可能性が高くなる」

 

 既に眉村には光のことがばれている。用意周到なあいつのことだ。ある程度の対策を立ててくるだろう。

 

「今度の対戦相手は全国にも何度も出ている強豪だ。言っちゃ悪いが前の試合とは訳が違う。

 だからお前には試合の終盤まで我慢をしてもらって、最後を締めて欲しいって言うのが俺の本音だ。初見だったら、お前の球を打てるやつはそうはいないだろうしな」

 

 これは本音だ。今の光にとっては先発で頭から投げるよりも、少ない人数を後先考えずに全力でねじ伏せるほうがあっている。小手先の力でなく、その圧倒的な才覚をもって。

 ――若かりし頃の茂野吾郎(憧れ)のように。

 

『……褒められてるのか、貶されてるのかわからないね。

 まあでも、納得はいったよ。そういう訳だったらしょうがないね』

「意外とすんなり飲み込むんだな」

『あはは。そりゃあ悔しくないって言ったら嘘になるけど、僕よりもよっぽど僕のことを理解してる大吾くんが言うことだからね。理由も聞いたし、もう大丈夫さ』

 

(あー……、くそ。この信頼が重いなあ)

 

 光にはこういうところがある。楽観的というかなんというか。

 俺みたいなやつには眩しすぎる。だけど、悪い気分じゃない。

 

(次の試合、必ず勝つ)

 

 俺は心の内で新たに決意を固める。それからしばらく話をした後、通話を終了した。

 さて、それじゃあ信頼に応えられるように頑張りますかね。

 少し固まっていた体を解すように伸びをしてから、俺はノートに向き直った。

 

 

 

 

 

 

 監督からの連絡もあり、次の試合の先発は卜部に決まった。バッテリーを組むのは俺。

 アンディのケガの状態は思ったよりは良かったらしいが、長時間屈んでいる足への負担の大きいキャッチャーはまだ厳しいらしい。残念だが、しょうがないことだと本人も納得しているそうだ。

 卜部はそんなアンディの分もやってやると気合十分である。念願の東斗ボーイズ戦ということもあって、調子も悪くない。

 俺はそんな卜部やアンディ、そして佐倉と共に平日は練習に励んだ。

 卜部とはこの間の試合で組んだが、それも僅かの間。急造バッテリーに変わりはない。できる限り呼吸を合わせる必要がある。卜部のことを知り、引き出しを知り、特性を理解し、最高のピッチングを作り上げていかなければならない。

 卜部も前の試合で多少俺のことを認めてくれたのか、時々棘はあるものの協力的に練習に参加してくれている。

 元々野球への情熱が強い奴だ。スタミナやメンタルに不安が多少はあるが、完成度の高い、いいピッチャーである。勝負勘もあるし、守備も上手い。負けん気が強いのもいいピッチャーの証だ。気持ちが球に乗れば、心強い武器になるだろう。

 アンディも積極的に意見を出してくれている。本人が一番悔しいだろうに、チームが勝つために尽力してくれるのには頭が下がる。長い間バッテリーを組んでいたこともあって、とても参考になっている。

 佐倉もこの間の試合で何か掴んだのか、打撃も絶好調だ。俺と卜部のバッテリー練習にもバッターとして意欲的に付き合ってくれている

 学校にいる間も声をかけてくることが増えた。以前はあまり話すことはなかったのだが、休み時間や昼休みには俺のところに来て野球に関する質問をしてきたり、キャッチボールをしたりすることが多い。そんな感じで最近はほとんど一緒にいるかもしれないな。

 試合で結果を出して野球が楽しくなってきたのだろう。初心者とは思えないほどにセンスもある。背も高いし、体格もいい。打ち込めば打ち込むほど伸びていくだろう。その内ピッチャーをやってみても面白いかもな。

 そんな風にできることを各々でやりながら、準々決勝までの日々を過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 準々決勝当日。いよいよ東斗ボーイズ戦だ。

 先発メンバーは、

 

 一番 ライト    佐倉

 二番 ピッチャー  卜部

 三番 キャッチャー 俺

 四番 センター   光

 五番 サード    有吉

 六番 ショート   木村

 七番 レフト    岸本

 八番 ファースト  松原

 九番 セカンド   勝俣

 

 となった。一番には打撃好調の佐倉。足も速く、コンタクト率も高い。速球にもきっちり合わせられる。

 本人は照れていたが、悪くない選択だと俺は思う。最近の活躍を思えば、アンディがいない今、九番に置いておくのはもったいないと判断したのだろう。

 そう今回、アンディーは一応大事をとってスタメンから外れている。だが状況によっては、代打で出てくることになるだろう。

 正直に言えばアンディの打力が打線にいないのはキツい。この大会全試合で四番を任されているし、長打力もあるし、勝負強さもある。だからこそ、チーム内におけるアンディへの信頼感は強かった。そのアンディが抜けることは、単純な戦力ダウンだけでなくチームとしてのレベルも下がると言っていい。

 だが背に腹は代えられない。ケガを放って試合に出て悪化してしまったら、それこそ取り返しがつかなくなる。

 幸いと言っては何だが、アンディ本人も自分の役割を理解しているため、ふてくされたような態度をとらずにベンチを盛り上げようとしてくれている。本当に尊敬する。

 そんなことを思いながらベンチで試合の準備をしていると、監督がメンバー表を持ってきた。

 相手チームのラインナップを確認する。メンバーは、

 

 一番 ファースト  眉村道塁

 二番 セカンド   平田

 三番 センター   弓削

 四番 キャッチャー 眉村渉

 五番 ライト    高坂

 六番 レフト    小峠

 七番 サード    中村

 八番 ショート   酒井

 九番 ピッチャー  小松

 

 となっていた。

 予想していた通り、先発は眉村姉ではなかった。明日準決勝があるということもあり、エースを後ろに回したのだろう。大会には連投制限もあるから、投げさせるにしても、なるべく球数を少なくしたかったに違いない。

 今日投げる予定の小松もいいピッチャーだ。大柄で背も高く、球も早くて重い。強豪チームとして、層の厚さを感じさせる選手でもある。

 だがこっちにとっては好都合だ。変則左腕の眉村姉より、本格派右腕の小松の方がタイミングは合わせやすい。何せうちには光がいるのだ。右投げの速球はある程度ではあるが見慣れている。手も足も出ないという程ではないだろう。

 問題は、キャッチャーが眉村渉だということだ。あの眉村がリードするのだ。楽観的になんてなっていられない。気を引き締めないとやられる。

 俺はスパイクの紐を結び直しながら、どうやって戦おうかと思考を巡らせた。

 

 審判から声がかかり、両チームの選手が整列する。

 並んだ時に眉村と視線が合った。互いに言葉はなく、言おうとも思わなかった。

 ――絶対に負けねえ。

 思いだけを新たに、今までで一番苦しくなるであろう試合が始まった。

 

 先頭打者の佐倉がバッターボックスに向かう。だがその足取りは重そうに見えた。

 俺はベンチから佐倉に歩み寄って肩を叩く。

 

「大丈夫か、佐倉」

「茂野くん。う、うん。だいじょうぶだよ」

 

 そう言いながらも緊張する様子を崩さない佐倉。

 俺は一巡すると、意図しながら不敵な笑みを浮かべる。

 

「佐倉。お前は大丈夫だ」

「えっ、し、茂野、くん?」

「そう、大丈夫だ。お前の頑張りは俺が一番よく知ってる。

 お前ならできるさ。難しいことは考えるな。いつも通り、楽しんでいこう」

「――、うんっ! 頑張るねっ。あたしっ」

 

 佐倉は意気揚々と打席に向かった。うん、これなら大丈夫だな。

 審判のプレイボールがかかる。

 俺はベンチから相手ピッチャーの投球動作を集中して観察する。

 動作は大きくない。小さな動きから投げる、どちらかというと野手投げに近い感じだ。

 だが指の掛かりが良いのか、ボールが綺麗な縦回転をしている。球速もあるし、コントロールも悪くない。

 さあ、眉村はどんなリードをするのか。

 第一球。外れてボール。

 まずは様子見か。慎重だな。佐倉が女だからって油断も何もないようだな。

 二球目。内角ストライク。

 厳しいコースだ。高さも申し分ない。手が出なくてもしょうがないな。

 三球目。もう一度内角。今度もストライク。

 内角を続けたか。内を意識させたということは、今度は高確率で外にくるか。

 四球目。やはり外角低め。僅かに外れてボール。

 よく見たな佐倉。今のはストライクに見えてもおかしくないぞ。

 さあ、次はどう来る。

 五球目。内角高め。ストライクコース。

 佐倉は腕を畳んで引っ張り、サード方向へと転がした。バウンドがよかったのか、快足を飛ばして一塁へ駆け抜け、ギリギリセーフ。

 やるな佐倉。打ち取られた当たりでも、あきらめずに走り切った。これはでかいぞ。

 一塁にいる佐倉に拳を突き出す。すると佐倉も照れくさそうにしながらも、やり返してくれた。

 続く二番の卜部は初球から送りバント。

 甘くないボールだったがそれを見事に一塁線へと転がして見せた。ナイスバント。

 これでワンアウト二塁。得点のチャンス。

 さあ、次は俺の番だ。

 ネクストで数回スイングしてから打席に向かう。

 審判に一礼してから、打席に入る。眉村は俺を一瞥すると、ミットをマウンドへと向けた。

 息を一つ大きく吐き、集中する。スタンスはややクローズド気味に保ち、ヘッドはやや寝かせる。

 俺としては内よりの球は腰を回転させれば何とか打てるが、パワーがない分、外角の球の方が苦手だ。だからこそ外の球に合わせやすいようにフォームを構えた。

 無論、そのことは眉村もわかっているだろう。あからさまではないとはいえ、わかるように()()()()()。俺の意図もある程度読んでいるはず。その上で初球、どうくるか。

 初球。インコース低め。ボール気味。

 俺は来た球を足を開いて、腕を畳みスイングする。打球は三塁線をわずかにそれファール。

 やはりインコースに来たか。そしてボール気味の際どい球。誘ったのは俺だが、仕留めきれなかった。いいボールだ。

 二球目もインコース。今度は高め。

 僅かに動くそぶりを見せた後、バットを止める。ボール。

 今のもかなり厳しい球だったな。初回の一打席目の攻め方じゃないぞ、これは。

 ちらりと眉村を見る。すると眉村は俺を見てふっと笑った。このやろう。

 三球目。外に大きく外れてボール。これでカウントは2ボール、1ストライク。

 バッター有利のカウントになった。多少は狙いが絞りやすくなるが、強気な眉村のことだ。さあ、どうする。

 定石で行くならインコースだが、まだ2ストライクにはなっていない。今の誘いで追い込んでおきたかったはずだ。ということは今度はストライクで来るはず。

 四球目。なんと今度はクイックで投じてきた。小松の大柄でありながらも、素早い動きで放たれたボールのコースはアウトコース高め。

 タイミングをずらされ、体が流れる。なんとかバットを止めたが、ぎりぎりゾーンに入りストライク。

 やられた。今の球は打たなきゃならない。追い込まれた。

 だがこれで外を二球続けた。今の俺のフォームを見ているなら、外を続ける可能性は低いはずだが。

 先程とは逆にゆったりとしたフォームで放たれた五球目は、外角低めだった。

 俺は僅かに虚を取られるも、何とか足を踏み出し、逆らわずに右へ流した。

 打球はライナー性の当たりで一二塁の間を抜けていった。

 だが()()()()()()()()()ライトに素早く捕球され、サードへと送球される。

 結果はライトゴロ。二塁ランナーの佐倉は三塁でアウトとなり、ツーアウトとなった。

 四球目までは定位置で守っていたライトが、五球目では前進守備をしていた。間違いなく眉村の指示だろう。まんまと誘いに引っかかって、狙った方向に()()()()()()()。俺は呆然と一塁からバッターボックスの方を見る。すると眉村は不敵に笑って見せた。

 やられた。

 俺は悔しさを隠しきれずに、地面を蹴った。

 

 

 

 その後光も打ち取られ、スリーアウトチェンジ。

 変わって一回の裏。マウンドには先発の卜部が立ち、マウンドを馴らしている。

 初球だな。初球の入り方で今日の卜部の調子が分かる。

 投球練習では球が走っているように見えたが、果たしてどうか。

 暫くして東斗の一番、眉村姉がバッターボックスに入る。

 ちらりとその横顔を窺う。眉村から話を聞いたり、遠目から姿を見たりしたが、直接こんなに近くで見るのは初めてだ。

 確かにかわいいな。そんなことを思いつつ、気を引き締める。

 こんなにかわいくてもプレーは可愛くない。名門東斗ボーイズのエースを張り、切り込み隊長をやっているのだ。油断なんてできようはずがない。

 息を吐き卜部とアイコンタクトする。できることはやってきたのだ。後はぶつけるだけだ。

 プレイがかかる。

 いつも通りのワインドアップから放たれた卜部の第一球は、要求通りのコースに飛んできた。

 パアン!とミットに心地よい音が鳴り響く。

 アウトコース低め。ストライク。

 痺れるくらいにドンピシャ。文句なんて付けられないほどの、最高の球。

 間違いない。今日の卜部は最高だ。これは、俺のリードが重要になってくるぞ。

 ナイスボール!と言いながらボールを返す。すると卜部は得意げに笑った。

 二球目。続けてアウトコース低め。

 眉村姉は踏み出し、バットに当てるも切れてファール。

 この球なら遊び玉は要らない。テンポよくいこう。

 三球目。今度もアウトコース低め。

 眉村姉はそれを見送り――、ストライクがコールされた。

 今のは手を出せなくてもしょうがない。卜部のコントロールが良かっただけだ。

 三球三振。最高の滑り出し。悔しそうな眉村姉の姿を横目で見送り、次の打者を見据える。

 その後二番バッター、三番バッターを危なげなく打ち取りチェンジ。立ち上がりとしてはこれ以上ない形で締めて見せた。

 初回に眉村に回らなかったのも大きい。ランナーがいるのといないのとじゃ、怖さがけた違いに変わるからな。

 滑り出しは互角。いや、ランナーを出さなかった分、こちらの方がやや良かったかもしれない。

 だが相手ピッチャーの小松の調子も悪くない。眉村のリードも合わさって、なかなか連打は厳しそうだ。

 これは我慢比べになるな。そんな予感がよぎりながら、俺は次の攻撃に備えるのだった。

 

 二回表。ドルフィンズの攻撃は、ランナーを出せず三者凡退に終わった。

 元々尻上がりな投手なのか、段々と調子が上がっているように見える。手に負えなくなる前に早めに攻めなくては。

 変わって二回の裏。とうとう眉村の打席が回ってきた。

 投球練習の傍ら、こちらを見ながら素振りをする眉村の姿を確認する。

 この前も思ったが、やはりスイングスピードが違うな。他の東斗のメンバーと比べても突出しているのが分かる。十分に気を付けないと。

 だがまだ序盤。ここで四番の眉村を抑えておくことができれば、後の打者にも「簡単には打てない」という印象を植え付けることができるだろう。

 今日の卜部の状態はいい。だから大胆に攻めていく。際どく、ギリギリを突いて。

 攻めた結果の四球は仕方ない。逃げずに向かっていこう。

 さあ行くぞ。

 眉村が左打席に入る。冷静にマウンド上の卜部を観察する様子は、油断の欠片もなかった。

 出だしが良すぎたか。こちらとしては多少は隙を見せてほしいものだが。

 まずは初球だ。

 卜部がワインドアップからゆっくりとモーションに入り、一投目を投じる。

 内角高め、ストレート。眉村はピクリと反応を示すも、手は出さずに見送った。

 1ストライク。

 よし。眉村の性格上、甘い球でなければ初球には手を出さないと思ったが、大丈夫だったようだ。

 次。二球目は外角低め。今度は外れてボール。

 今回も手は出してこなかったか。嫌な見逃し方するな。

 三球目も外角低め。僅かに浮いたが、眉村は見送った。

 これで1ボール、2ストライク。追い込んだぞ。

 だが、ここまで一度も手を出してこないのが気になるな。初球以外は全然反応しない。狙いは何だ。

 念のため次も外角に。一つ外そう。つられてくれれば儲けものだ。腕の振りは緩めるなよ。

 俺が出したサインに卜部は頷く。そこから少しテンポを遅らせて、モーションに入る。

 投じられた四球目は、僅かに内に入ったが力の入ったいいボールだった。

 それを眉村は狙いすましたように強引に踏み込んで、一閃した。

 きぃん!と甲高い金属音と共に打球はレフト方向に飛び、そのままフェンスを越えていった。

 先制のソロホームラン。完ぺきな当たり。

 眉村は打球の行方を見ることなく、悠々とベースを回り始めた。

 今の一打、踏み込み方を見ても俺の配球を読んで打っていた。最後以外振らなかったのも、恐らくは外角へ投げさせるためだったのだろう。甘かったか。

 今日の卜部の調子は端から見ていてもいい。攻める気持ちも凄く出てきている。だからこそ、その気持ちがボールにも乗っていた。勝負する気持ちの強さが僅かにゾーンの中にボールを呼び込んでしまったのか。

 だが今のは仕方ない。少し逸れたとはいえ、コースは悪くなかったし、力もあった。相手を褒めるしかない。

 俺は一度タイムをとってから、マウンドに佇む卜部に声をかけに行った。

 

「悪い、卜部。今のは完全に読んで打ってたな。俺のリードミスだ」

「……なあ、茂野。今の俺の球、どうだった?」

「ん? ああ、悪くないボールだったよ。力も乗ってたし、気持ちも入ってた」

「なら、どうして打たれたんだ」

「今言っただろ。俺のリードミスだって。あいつが外角狙いだったのを読み切れなかったんだ。お前のボールは間違いなく良かったよ」

「そう、か」

「ああ。……引きずるなよ。大事なのは打たれた後だ。まだ序盤。この後を抑えれば問題ないからな」

「わかった」

「頼むぜ」

 

 ……どの口がそんなこといってんだか。

 そんなことを思いながら、ポンとミットで卜部の胸を叩いてから定位置へと戻る。

 

(それにしてもやっぱり動揺してたな、卜部のやつ。これがどんな感じで影響するか)

 

 続く五番。先程のホームランの影響か、制球が定まらずにこの日初めての四球。

 六番には甘く入った高めのストレートを外野まで運ばれ、ノーアウトランナー1,3塁。

 

(まずいな。さっきのホームランで完全にリズムを崩されてる。立ち上がりが良かったのもまずかったか。

 卜部のやつ、自分の調子を疑ってるんだ)

 

 おそらく眉村も、今日の卜部の攻略は難しいと判断したのだろう。だからこそ、その出鼻を崩すために多少ボール気味でも踏み込んで長打を狙ったのだ。結果ホームランになったのは出来過ぎだったのかもしれないが、その目論見は見事にはまったと言っていい。

 

(次は七番の中村。下位打線とはいえ、今までのチームとは違う。ランナーもいるし、気を抜けるところじゃないな)

 

 ここはバックを信じるしかない。俺はサインを出すと、二遊間が寄り中間守備の体勢になった。

 1,3塁であるならば低めを攻め、ゴロを打たせてゲッツーを取れたら理想的だ。外野もやや前進させて、犠牲フライを打たせないようにしていこう。

 ただしノーアウトでの三塁にランナーがいる状態だ。一応警戒しておかなくちゃな。

 卜部がセットポジションから一球目を投げる。すると七番はスクイズの構えをとった。

 

(初球から仕掛けてきたか! でもそうはさせないぞ!)

 

 卜部は要求通り外に一球外した。中村はスクイズの構えを解く。どうやら偽盗だったようだ。

 だがスクイズの構えを見せた。となればいつ仕掛けてきてもおかしくない。だが、気にしすぎてカウントを悪くしてしまっては意味がない。

 

(まだ序盤。相手のスクイズが決まったとしてもまだ2点。後ろ向きになるのはまだ早い。攻めていくぞ)

 

 卜部は俺のサインに頷き構える。二球目は内よりの高め。入ってストライク。

 今度は仕掛けてこなかったか。高めの少し甘めの球だったのに、手を出してこなかったな。

 ちらりと打者の様子を伺う。立ち位置的にはベースに少し寄ってるな。

 だがバットは短く持ってない。スクイズだけじゃなく、ヒッティングもあり得るぞ。

 三球目。外角高め。ボール気味に外していく。

 だがボールは要求した場所ではなく、真ん中高めへと放り込まれてきた。

 

(まずい!)

 

 抜けていったその球を中村は振りぬいた。

 パアン!という音と共に打球はセンター方向に飛んでいく。前進気味に守っていた外野の頭を超える勢いだ。

 

(くそっ! 裏目に出たか! ここで甘く入るとはっ)

 

 ボールはぐんぐん伸びていく。このままだとフェンスを越える勢いだ。

 

(超えるな、超えるな!)

 

 俺の祈りも通じず、あと少しでフェンスの向こうまでボールが届くといったところで、

 

 いつの間にかフェンス際まで動いていた光が、ボールをもぎ取った。

 

「まじかよっ!」

 

 相手チームの選手の誰かがそう叫ぶ。しかし、これは紛れもないチャンスだった。ランナーが全員飛び出している。

 

「光っ! サード!」

 

 俺の叫びが届いたのか否か判断はつかないが、光はボールを取った後その自慢の強肩で、サードに向かって文字通りレーザービームを放った。

 ぐおっという勢いでボールは三塁へ飛んでいき、ドンピシャでグローブの中に吸い込まれていく。

 サードランナーは戻り切れずにフォースアウトとなり、これで一気にツーアウトとなった。

 

(今のは危なかった。光がいなかったら超えられてたな)

 

 ナイスセンター!と一言光に声をかける。すると光もグローブを上げてそれにこたえてくれた。

 

(これは大きい。チームが勢いに乗れるファインプレーだ。流石だな)

 

 卜部もほっとしたような顔をしている。俺はツーアウト―!とバックに声をかけてから、座って構え直す。

 さあ、バックが盛り上げてくれたぞ。流れに乗っていこう。

 続く八番バッターにはフォアボールを出すも、徐々にボールが枠に集まりだし、最後九番バッターには威力を取り戻したストレートでセカンドゴロを打たせスリーアウトチェンジ。

 八番への四球はヒヤッとしたけど、一失点で大きく崩れなかったのはデカいな。雰囲気も悪くないし、卜部の調子も戻りつつある。焦らずいこう。

 

 

 

 三回の表、ドルフィンズの攻撃は八番の松原からだったが、小松の速球に合わせられず空振り三振。

 九番の勝俣は粘るも当てさせられて、ショートゴロで2アウト。

 そして打順は二巡目へと回り一番の佐倉。

 先程ヒットを打った佐倉を警戒したのか、四隅を使った配球で的を絞らせず、最後は内角低めをひっかけてショートにゴロを打つが、初回の時と似たような形でその俊足を生かし内野安打で出塁。

 だが続く二番の卜部はフルカウントからのピッチャーゴロでアウトとなりチェンジ。

 しかしこの回でかなりの球数を消費できたな。そろそろ次の回あたりで点を取りたいな。

 裏の守備では、調子を取り戻した卜部が九番、一番、二番を三者凡退に抑えた。エンジン全開になった卜部は、テンポよくコントロール良く投げ切り、球数も少なくすることができた。

 やっぱり投手戦の模様になってきたな。どこかで流れを変えていかないと。

 

 

 続く四回の表、打順は三番の俺から。

 この回は先頭打者としてまずは出塁しないと話にならない。反撃の糸口を掴まなければ。

 一打席目で小松の投球の大体のタイミングはわかった。他のメンバーへの投球で眉村の配球のパターンも少し読めた。後は打席内で微調整をすればいい。

 今度はいつも通りスクエアスタンスでバットを構える。息をゆっくりと吐き、丹田に力を入れていく。

 ヘッドを立て上体をやや前かがみに、そしていつもよりも膝を低く構え、両足に体重を乗せる。

 出し惜しみはなしだ。()()()()()()、ここで流れを作るためにも、一気にいくぞ。

 初球アウトコース、ボール。

 一球外してきたか。警戒されてるな。

 だが釣られるな。俺が打つのは甘く入ってきた球だけだ。集中しろ。

 余計な思考が晴れ、次いで周りの音が消え、視界にはピッチャーの姿だけが見える。

 集中、集中、集中。

 二球目は内角に高めの球。今度もボール。

 誘ってきているのか。だが、もうこの直球には慣れた。このくらいじゃもう釣られないぞ。

 そして三球目。外角に僅かに甘く入った球を、ギリギリまで呼び込み、インパクトの瞬間に腰を逆回転させて振りぬいた。

 ギュイーンという音を立てて打球はレフト方向に飛び、フェンスへと直撃した。

 角度は付かなかったが、打球の質は最高だった。狙いどおりに打てたな。

 俺は打球を確認しながら、二塁ベースへと到達する。

 試合では初めて試したが、何とか成功した。でもやっぱり負担が大きいな。何度もはきついか。

 

 

「い、今何が起きたのワッキー。な、なんかすごい飛ばされたんだけど」

「ワッキー言うな。……恐らくだが、打つ瞬間に腰を逆回転させたんだ。それによりスイングスピードを上げている。だからあそこまでの打球が生まれたんだろう。所謂ツイスト打法と呼ばれるものだ。

 だが体ができていない分、あれだけのフルスイングはそう何度もできないはずだ。切り替えていくぞ」

 

 

 続く打者は四番の光。一打席目はアウトにはなったが、いい当たりを放っていた。この打席も期待できるな。

 だが、打順と状況を考えると果たしてまともに勝負してくれるかどうか。眉村はあからさまに立つ様子はないが、そのまま普通に攻めてくるとも限らない。

 光は普段は穏やかに微笑んでいる口を一結びにし、真剣な目で相手ピッチャーを見つめている。集中はできてるな。

 俺は塁上で光を応援しながら、少しでもプレッシャーをかけられるように大きめにリードを取る。

 だがピッチャーの小松は僅かに動揺する素振りを見せたものの、光への初球は内角低めにストライクが決まった。光はスイングするも当たらずに空振る。

 勝負か。確かにアウト一つ取ってない状態でランナーを増やすのは良くない。だが光以降の打者のことも考えたら、避けてくることも考えられたんだけどな。強気な眉村らしい。

 さあ、吉と出るか凶と出るか。

 次いで二球目、三球目と内角を続けられ、四球目に外角の球が来て2ボール、2ストライク。

 そして五球目今度も内角に来た球を光は流し打った。

 キィン!と打球は右中間へと飛んでいく。ライトとセンターが懸命に追いかけるも、ギリギリ手前に落ちた。

 俺はそれを確認してから、サードベースへと全力で走る。当たりが良すぎたのか光は一塁で止まったが、チャンスは広がった。

 それにしたって今の球、なかなかに難しい球だったと思うが、よくあれを外野に持っていったな。あんな球を打ったら普通はファールになるか、どん詰まりのゴロになるかのどちらかだと思うんだけどな。流石だ。

 チャンスが拡大しバッターは五番の有吉。前の打席は三振だったが、タイミングは悪くなかった。それにこの状況だ。

 三塁塁上から小松のモーションと眉村の動きを見つめ、同時に一塁にいる光へとサインを送る。ちらりと監督にもアイコンタクトを送ると、田代監督はこくりと頷いた。

 有吉への一球目はアウトコースへストライク。様子を見ながらも厳しいコースへ投げ込んできたな。

 向こうもこちらの狙いを読んでいるのだろう。問題は仕掛けどころだな。タイミングがすべてだ。

 二球目のモーションに入ったのを見ながら、小松に走る素振りを見せる。すると動揺した小松は枠を大きく外した。これで1ボール1ストライク。平行カウント。

 やはり眉村自身は揺さぶりは効果が薄いが、小松自身にはまだ効果がありそうだ。

 そして三球目、有吉はバントの構えを見せる。小松は今度も枠を外しボール。

 序盤から快投をしてたからな。初回以来のピンチだ。頭ではわかっていても、なかなか普段通りというわけにはいかないだろう。

 そろそろだ、と思ったところで眉村がタイムを取り、内野陣がマウンドへと集まる。

 勝負所だからな。このまま落ち着かせずに一気に攻めたかったところだけど、流石というべきか。

 その後何やら眉村が小松に何か言い、眉村姉がその肩を叩く。それから小松は頷くと、マウンドを降りていった。

 ここでピッチャー交代か。カウント的にはバッター有利だが、既に中盤。小松の状態は悪くなかったが、ここで簡単に点を取られるわけにはいかないと判断したのか。

 変わってピッチャー用のグラブを右手にはめ直して、眉村姉がマウンドに上がった。ここで出てきたか。

 ここからが東斗のベストバッテリー。

 だが今が俺たちにとってのチャンスには変わりない。ここで得点できるかどうかはかなり重要になってくる。頼むぞ有吉。

 眉村姉が投球練習を終え、所定の位置につく。どんな投球を見せてくるのか。

 セットポジションから構え、しなやかな左腕から放たれたボールは有吉の胸元に突き刺さった。

 ……エグいな。あのクロスファイヤーは。あれはなかなか打てないぞ。有吉のやつ、完全に腰が引けてやがる。

 そして最後もインコースに投げられ、有吉は見逃し三振に終わった。

 これで1アウト。流石東斗のエースだ。小松も凄かったけれど、やっぱり一つ飛びぬけてる感じがするな。

 バッターは六番の木村。うちの元トップバッターだ。パワーはそれ程だが、小技ができて足も速く、選球眼もいい。2アウトになる前に何とかしたいな。

 木村への初球。今度も内角でストライク。

 驚いたような顔をしてるな。かなり腰も引けてる。相当食い込んで見えるみたいだ。どうやって攻略していくか。

 しかし彼女もまだマウンドに上がったばかりだ。球に勢いはあるが、まだ本調子にもなり切れてない気もする。だからこそ本来の状態になる前に点を取りたい。

 二球目、インコースに食い込むようにしてきた球を木村はバントするも、当てられずに2ストライク。

 まずいな、追い込まれた。これで向こうはボール球三つを有効に使うことが出来る。迂闊に飛び出せない。加えて球の勢いも増してきている。これは……。

 そして三球目、アウトコース低めに来た球に合わせられずに、木村は三振した。

 これで2アウト。最後の1球は誰がどう見ても最高の球だった。完全にエンジンが掛かってしまったようだ。

 その勢いで七番の岸本も完全に翻弄され、空振り三振。

 チャンスは作ったものの、三者連続三振でこの回も無得点という結果に終わった。

 ピンチからのエースが登板して、無失点。これはチームが勢いづくぞ。次の守備、これまで以上に気を付けないと。

 

 

 

 裏の守備、打順はクリーンアップから。

 兎に角先頭打者だ。慎重に行こう。この回は眉村にも回る。余計なランナーは出さないようにしなくては。

 そんな事を思いながら攻めたが、三番の弓削にはカウントぎりぎりまで粘られて四球。

 続く四番の眉村には厳しく攻めたものの、見極められ連続四球。

 ノーアウトで一、二塁。ヒットは打たれてはいないし、投げている球も悪くないが、やっぱり流れが良くないな。

 既に四回。残りはあと2イニング。ここでの失点はどうしても避けたい。

 ……仕方がない、か。

 俺は監督にアイコンタクトをした後、審判にタイムをかけてマウンドに駆け寄った。

 

「卜部」  

「わかってるよ。……悔しいがしょうがねえ。

 今点を取られるわけにはいかねえからな」

「……悪い」

「なんでテメェが謝んだよ。これは単なる俺の力不足だ。俺の責任だ。テメェにはやらねえよ」

 

 そう言って卜部は外野へと走っていった。

 ……卜部はああ言ったが、今日のあいつは絶好調だった。俺がもっと上手くリードしてやれてれば、もしかしたら完投だってできたかもしれない。責任は重い。

 このままあいつを敗戦投手にはさせないぞ。

 そう決意し、新たに外野からマウンドへとやってきた光と向き合う。

 

「ようやく出番がやってきたね。よろしく、大吾くん」

「ああ。……難しい場面だが、ここは点をやるわけにはいかない。お前のゴリ押し投法が必要だ」

「ゴリ押しって。ひどいなあ。

 ……でもまあ任せてよ。皆の頑張りを無駄になんかさせないからさ」

「頼むぜ」

「頼まれたよ」

 

 ポンとグラブとミットを合わせてから定位置に戻る。

 明らかなピンチで、気を抜けない場面なのになんでだろう。なぜだかすごく落ち着けている。不思議だ。

 光のもつ謎の自信に釣られてしまっているのかな。とにかくここからだ。

 ランナーがいる状態での登板は厳しものがある。だが光ならと思わずにはいられない。

 ここで流れを変えるぞ。

 三球の投球練習が終わり、バッターがバッターボックスに入る。

 バッターは五番。クリーンアップ。前回の打席は四球だった。だが名門チームの五番だけあって、見逃し方は上手かった。注意が必要だ。

 けれど光にはコースを狙うコントロールはないし、技術もない。真っ向勝負しかできない。

 だから俺の役目はあいつを信じて、最高の球を投げられるようにサポートするだけだ。

 さあいくぞ光。

 ランナーは気にするな。お前の最高の一球を投げ込んで来い。

 光がセットポジションから振りかぶる。落ち着いたモーションから放たれた一球は、ズドン!という音を立ててミットに突き刺さった。

 コースとしては甘い。けれどこの試合の中で誰よりも速く重い球は、東斗の五番といえど反応できなかったようだ。

 打高投低と言われるようになった今では、ストレートだけで抑えることはかなり難しくなってきている。トレーニング技術が発達し、練習方法が洗練され平均球速が上がってきていてもそれは変わらない。むしろ選手全体が速球を打てるようになってきているのだ。だからこそコントロールが重要であり、ピッチャーとしての技術が必要なのだ。速球しか投げてはいけない少年野球であるならなおさらだ。

 だが光の才能はその常識を簡単に覆す。元々あった素質に加えて、理想のフォームを追い求めてここまで作り上げてきた、未完成でありながらも威力の増したストレートは、出会った頃よりも更に成長、いや進化した。

 単純な球速だけじゃない。伸びもキレも質も比べ物にならないほどに。それこそ本郷戦の頃よりもさらにだ。

 見ろ、相手チームの選手たちの顔色が変わったぞ。

 無駄球は要らない。ねじ伏せろ光。押し切るぞ。

 そんな気持ちを持ちながら俺がサインを出すと、光はどこか満足げに頷いた。

 

 

 

 その後光は五、六、七番を連続三振に取った。三者連続三振。完璧なリリーフだった。

 もう終盤の五回に入る。ここで得点できなかったら、残りは最終回の攻撃だけになってしまう。

 何とかして点を取りたい。頼む、出てくれ松原。

 俺の願いとは反対に八番の松原は空振り三振に終わった。

 まずいな。完全に調子を上げてきてる。どうにかして突破口を開かないと。

 そうやって考えながらマウンド上の眉村姉を見つめていると、ベンチの田代監督が動いた。

 九番の勝俣に代わってアンディを代打に。ここで勝負を賭けるのか。

 指示を受けたアンディがバットを持って素振りを始めた。

 確かにアンディならば出塁する可能性はさらに上がるだろう。しかしアンディはまだケガが完治していない。走塁や守備はまだ未知数だ。負担を考えても、あまり長いイニングを戦うことは避けたいはず。それでもアンディを代打で使うのであれば、延長のことはもう考えないということになる。

 アンディが出塁すれば、上位打線に回る。この回仮に三者凡退に終われば、次は二番の卜部からになる。それだと俺や光にもランナーがいない状態で回ってくる可能性も高い。連打が難しい眉村姉だ。そんな状況になれば、先程の焼き増しにもなりかねない。だからこその策なのだろう。

 アンディもそれが分かっている。眉村姉の投球練習を見る目がそれを物語っていた。

 頼むぞアンディ。なんとか道を切り開いてくれ。

 アンディがバッターボックスに入る。プレッシャーも相当あるはずだ。どうアプローチするのか。

 眉村姉が初球を投じた。コースはここまでうちのバッター全員が苦労していたインコース。

 それをアンディは肘を畳んで振りぬいた。

 キィン!という金属音と共に打球が綺麗にセンター方向へと抜けていく。

 初球攻撃。眉村姉へのこの試合初めてのヒット。これで同点のランナーが出たぞ。

 流石だ。まさか初球を振りぬくとは。決して甘いボールではなかったというのに。

 塁上でガッツボーズをするアンディにみんなで声援を送った。これはデカいぞ。最高だアンディ!

 続くバッターはここまで2出塁の佐倉。何とかつないでくれ。

 打席に入った佐倉に必死に声援を送る。佐倉が出れば逆転の眼も出る。頼む、頼む!

 その佐倉は粘った末に、しぶとくライトへと打球を運んだ。

 よくやった佐倉!これで逆転が現実味を帯びてきたぞ。

 バットを準備し、ネクストサークルに向かう道すがら佐倉へとガッツポーズを送る。佐倉はそれに少し照れながらガッツポーズで応えた。

 次は二番の卜部だ。何とかしてチャンスを広げてくれ。頭の中でそう願っていると、卜部が声をかけてきた。

 

「心配すんな」

「え?」

「だから心配すんなって。必ずお前までいい形でつなげてやるからよ。黙って見てろ」

 

 そういった卜部は、際どい球をカットしながら球数を投げさせ、最後には四球を選んだ。

 一塁へ歩く途中で卜部は俺を見ると、拳を突き出してきた。俺は最大の敬意をもって応える。

 思わず笑みが零れる。この土壇場で、しかも相手は東斗のエースだっていうのに。マジかよ。有言実行か。くそ、みんなかっこいいじゃんかよ。

 俺はネクストから立ち上がり二、三回素振りをしてから打席に向かう。

 既に満塁で、フォアボールでも同点。慎重にボールを見極めていかなくては。後ろは光だ。繋げば何とかなる。

 

「大吾くん!遠慮なんていらないよ!」

 

 そんな俺の考えを読んだのか、歩き出した俺に光はそう叫んだ。

 振り向くとそこにあったのは、いつものむかつくくらい爽やかな笑顔で。

 

「君に任せるからさ。決めておくれよ。

 君なら打てる。信じてるよ!」

 

 そんなことを言い放った。

 ……ったく、買い被り過ぎだっての。でもまあ、悪い気はしないかな。

 見てろよ。今度は俺がお前らの頑張りに報いる番だ。俺は一層気合を入れ直して、再度バッターボックスへ歩き出した。

 今度は東斗の選手たちがマウンドへと集まる。当然だろうな。ここがターニングポイントだ。この局面で点が取れなかったら、きっと俺たちに勝ち目はない。

 ピッチャーの交代はないだろう。なんてったって今登板しているのはエース。眉村道塁以上のピッチャーなんていない。もしピッチャー交代をするのであれば可能性があるのは()()()だけだが、それはしないはずだ。

 だとすれば、俺ができることは今の時間を使って出来る限り集中を高めておくだけ。

 打席では初めてだが、映像では何度も観たし、塁上からもベンチからも見ていた。後はイメージして、打席の中で修正していくだけだ。何が何でも打つ。

 作戦会議が終わり、東斗の選手が守備に就く。見たところ前進守備で、外野がやや前に来ている。だがサードが前に出ているな。スクイズの警戒もしているようだ。

 ならば一塁線へと転がせばとも思うが、打たされてしまえばゲッツーになる可能性もある。迂闊なことはできない。

 さあ、勝負だ。

 俺の全部を賭けて、いくぞ。

 初球アウトコース。ストライク。

 慎重に入ってきた。流石の眉村も攻め方を少し変えてきたな。

 ランナーがいようがピンチであろうが関係ない。球の勢いは今まで以上。敵ながら、本当に凄いピッチャーだ。

 ふー、と息を吐き意識を集中させる。

 徐々に周囲から音が消え、自分の鼓動だけが聞こえるようになる。

 俺が狙うのは甘く入った球だけだ。どんな投げ方であろうと必ずボールはホームベースの上を通るのだ。フォームに惑わされるな。集中しろ。

 勝負は一振りだ。この打ち方はもう何度もできない。無駄に振るな。一回に全てを込めろ。

 腰を落としバットのグリップを握り直す。大振りはいらない。とにかくコンパクトに振り抜くんだ。

 二球目今度はインコース頭ぎりぎりの場所へ。ボール。

 釣り球か。ブラッシュボールに近いが、大袈裟に避けるほどでもない。当たれば当たるでデッドボールで同点だ。むしろ儲け物だ。

 これで平行カウントだ。満塁だからボール先行にはしたくない筈。ならそろそろストライクで来る。

 次だ。次で決める。

 眉村姉が振りかぶる。だが、それはここまでのサイドスローのフォームとは違っていた。

 上体が傾き、左腕が地面と垂直になる程に縦に伸ばされた投げ方。茂野吾郎(おとさん)のような、迫力のあるオーバースロー。恐らくはここまで隠してきたであろう切り札。

 これまでと違うリリースポイント、違う勢いで放たれたボール。甘く入って来たボールを俺は振り抜いた。

 パアンという打球音と共に俺は走り出す。打球はピッチャーへと向かって飛んでいった。

 まずい。予想以上の球の勢いに押されて打球が上がらなかった。あんな切り札を隠していたとは。

 しかしここでまた思ってもいない事が起きた。

 真っ直ぐにピッチャーへ向かっていったボールは、マウンドのプレートに当たり、ポーンと高く跳ね上がったのだ。

 イレギュラーバウンド。九死に一生を得るチャンス。

 アンディはその隙にホームへと滑り込んだ。恐らくは俺が打ちに行くと思ってモーションに入った瞬間から走り出していたのだろう。

 更に()()()()が目に入ったことで、俺は一瞬ピッチャーの視界に入るように速度を緩めてから、必死に一塁へと走った。ここで俺がアウトにならなければ、同点以上が確定した上で、余裕をもって光にまわしてやれる。

 走れ、走れ、走れ!

 息が切れ、足が悲鳴を上げる。ガタガタになってきている足を必死に上げる。一生懸命やることしか出来ないんだから、こんなとこで根を上げてたまるか!

 ようやく眉村姉がボールを捕球し、ファーストへと送球をする。俺はヘッドスライディングで、一塁へと滑り込んだ。

 結果はアウト。だが、その間に二塁ランナーの佐倉が三塁を蹴っていた。

 東斗の一塁手は慌ててホームへ投げ返すも、一歩及ばずセーフ。これで2点。逆転だ。

 なんともカッコがつかないが、やれることはやりきった。二人のおかげだな。

 俺はベンチに戻りながらホームにいる二人へと拳を突きだす。アンディと佐倉は手を振って応えた。

 そう。実はアンディと同じように、佐倉も眉村姉がモーションに入った瞬間に走り始めていたのだ。佐倉はその快速を飛ばして、打球が上に高く上がっている時にはもう三塁に到達していた。

 その光景が目に入ったからこそ俺はわざとスピードを緩め、ピッチャーに俺の存在を印象付けた。一塁に送球すればアウトを取れると思えるように。そして佐倉は俺とのアイコンタクトの後、ホームへと駆け出していった。

 眉村も佐倉の姿は目に入っていただろう。だが捕球をした時点で三塁から動いていなかったからこそ、そのままファーストへ投げさせたのだ。

 俺にとっての嬉しい、そして眉村にとっては悔しい誤算だったのは佐倉の足の速さと度胸だ。彼女が咄嗟の俺の合図に気付き、それを躊躇いなく実行してくれたからこそ、この得点が生まれたのだ。

 このまま勝てたらこの試合のMVPは佐倉だな。そんな事を思いながら、俺は歓喜の輪に加わっていくのであった。

 

 

 

 その後光はセンターフライに打ち取られチェンジ。

 だがこれで攻撃を1つ残した上で勝ち越しだ。追われる立場になってしまったが、これは大きいぞ。

 

「光、頼まれた通り点取ったぞ。今度はお前の番だな」

「あはは。まあ、ぎりぎりだったけどね。アンディくんと佐倉さんのおかげだし」

「うるさいな。取ったことには変わりないだろ。

 ……残りアウト6つだ。頼むぞ光」

「ふふっ。ねえ、大吾くん」

「なんだよ」

「のこり、全部三振でいいかい」

「ああ、いいぜ」

 

 そう言って俺たちはグラブとミットを合わせた。

 そして光は宣言通り、八、九、一番を連続三振で打ち取る。これで前の回と合わせて六者連続三振だ。

 手が付けられなくなってきてるぞ。味方ながら恐ろしいやつだな。

 そして最終回。ドルフィンズの攻撃はエースの意地か、眉村姉に三者凡退に抑えられてしまった。五回に点を取れて本当に良かった。

 六回の裏。東斗ボーイズの攻撃は二番の平田。だがエンジンのかかった光の球に合わせられずに三振。

 続く三番の弓削も三振に仕留めた。

 これで2アウト。あとアウト1つで準決勝進出だ。

 最後のバッターは眉村。ホームラン一本で同点だから、無理して勝負する場面ではない。ではない、が。

 ここで勝負を避けるわけにはいかないよな。

 負けられない戦いだからこそ、退けない場面もある。

 こいつを打ち取れれば、次の試合にも弾みがつく。

 眉村は全国でも屈指のバッターの筈だ。本気で全国を目指すなら、光の力がどこまで通用するのか確かめなくては。

 何より光が更に一つ上のピッチャーになる為にも、この勝負は必要だ。

 お前ならできる筈だ、光。眉村を抑えてみせろ。

 そう想いをのせて光にサインを送る。するとあいつはいつも通り自信に満ちた顔で頷いてみせた。

 全くあいつは。眉村のヤバさは散々教えたって言うのに。本当に大物だな。

 俺が思わず吹き出していると、バッターボックスの眉村が不機嫌な顔で話しかけてきた。

 

「余裕だな、茂野」

「ああ? 余裕なもんかよ。内心ヒヤヒヤしてるさ」

「それにしては、笑っているように見えたが」

「いやなに、相方がアレだと大変だなって思っただけさ。本当に飽きないよ」 

「……まだ終わっちゃいない。このまま終わると思うなよ。すぐに追いついてやる」

 

 そう言って眉村は光を睨みつけた。

 ああ、俺だってお前がこのまま終わるなんて思っちゃいないよ。色々データで研究しているであろうお前だからこそ、こっちも対策を練ってあるんだ。

 多分1打席しか通用しないであろう方法だが、それで十分だ。この打席を死ぬ気で抑えていく。

 さあ行くぞ光。

 ゆったりとしたワインドアップから動作一つ一つを確かめるように放たれたストレートは、アウトローへ突き刺さる。

 バチン!とミットに突き刺さるボールを見て、眉村は驚いた様な顔を見せた。

 そりゃ驚くよな。ここまでアバウトなピッチングしかしてなかった光が、アウトコースぎりぎりに決めたんだから。誰だってそうだろう。

 続く二球目もアウトコースへ。今度は眉村も反応しカットする。だがボールは一塁線へ切れていった。

 もう対応してきたか。やっぱり別格だな、こいつは。

 だがこれで光のコントロールを意識付けられた筈だ。二球連続で同じコースに来たんだからな。

 勿論光のコントロールが急に良くなった訳ではない。ある程度の制球力はついてきたが、卜部や眉村姉とは程遠いレベルでしかない。

 そんな光がアウトコースに投げきれたのは、プレートの位置の問題だ。元々真ん中にはそこそこ投げ切れていた光の立つ位置を移動させただけ。光の意識としては高さだけ変えていることになる。まあ単純な話ではあるのだが、それにしたって本番でやり切れるのは流石としか言いようが無い。口で言う程簡単じゃないんだけどなあ。

 しかし球数を重ねればこいつにはタネが割れてしまうだろう。二球で追い込めたのはラッキーとしか言いようがない。初見殺しも良いところだ。

 でも、運でも何でも、追い込んだ事に変わりはない。

 さあ、決めよう。お前の最高の決め球(ウイニングショット)で。

 光がゆっくりと振りかぶる。落ち着いた佇まいで、けれど躍動感のあるフォームで放たれたストレートは、何にも遮られずにド真ん中に突き刺さった。

 空振り三振。スリーアウト。

 光がマウンドで叫び、野手全員がマウンドに走り寄る。

 この瞬間、勝者が決定した。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、大吾くん。どうしたんだい、そんなところで」

 

 試合後小さな祝勝会を終え、帰ってから縁側で休んでいると、家の中にいた光が声を掛けてきた。

 光は明日も試合があるため今日は俺の家に泊まっている。これまでも何度か泊まっているだけあって、とてもリラックスしている。というか俺よりもゆったりしてるんじゃないか。

 そんな姿に若干呆れてしまう。なんともこいつらしい。

 

「いや、今日はしんどかったなと思ってさ。これで明日もあるんだから、息をつく暇もない。きっついなーって」

 

 本当に今日の試合は神経を使った。今までの人生の中で一番疲れたといっても過言じゃない。色々手札を切ったし、綱渡りな試合だった。

 何より眉村が相手だったからな。試合終わった後凄い目で睨まれたし、本当ヤバかったわ。暫くはゴメンだな。

 

「ああー、本当にね。

 まあ、僕は負ける気はしなかったけど」

「まじかよ」

「うん。マジマジ」

 

 あははと笑う光。こいつの神経はどうなってるのかねえ。羨ましいわほんと。

 

「前にも言ったろう? 僕たちが揃えば無敵なんだ。

 負けるはずなんてないんだよ」

「その根拠の無い自信はどこから出てくるんだよ……」

「根拠ならあるさ」

 

 そう言って光は俺の横に座る。そして、

 

「最高の球を投げる僕と、最高の球を捕る君がいる。

 根拠なんて、それだけで十分だろう?」

 

 なんてことをあたかも必然のように言い放った。

 ……全くこいつは。根拠になってねえよ。

 正直明日の試合は今日より厳しいものになるだろう。

 連投制限もあるし、卜部も光もあまり投げられない。

 俺も今日無茶を結構したから、ベストコンディションでやり切るのは難しいだろう。

 加えて今日の明日だから、チーム全員の疲労も相当な筈だ。

 でも、どうしてだろうな。これだけの悪条件が揃っているというのに、こいつがこうやって断言する姿を見ていると、不思議と勝てそうな気がしてくる。

 

 けど、まあしょうがないか。

 

 あの日、こいつの球を受けた日から、俺はこいつに引っ張られているのだから。

 

 さあ、相棒がこう言っているのだから、明日の試合なんとしても勝とう。

 

 こいつの言葉を嘘にしないためにも。そして、俺自身のためにも。

 

 

 

 

 

 照りつける太陽が眩しい中、準決勝が始まる。

 相手も優勝候補の一角を崩した勢いのあるチーム。

 だがその勢いに飲まれはしない。

 何せ、俺たちは無敵らしいから。

 このまま頂点へと駆け上がっていこう。

 そしていつかはあの、夢の舞台へ。

 

 

「よし、今日も楽しんでいこう!」

 

 

 俺たちの戦いはここからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 To be continued 「act Junior high school」.(未定)


 ここまで拙い文章にお付き合いいただきありがとうございました。これにて一応の完結です。
 この4話だけで今までの3話分位のボリュームとなってしまいました。試合描写を書いてみていたら、付け足し付け足しでどんどん伸びていき、リアルの兼ね合いもあってどうしても長くなっていってしまいました。
 もしかしたら今後も改稿等をこっそりとやっているかもしれません。ちらりと見たときに、あれ?なんか変わってるな、なんてことがあるかもしれませんが御愛嬌ととっていただけたらと思います。
 なおキャラ設定などはそのうち活動報告の方にあげさせていただこうと思いますので、興味のある方はご覧ください。
 
 改めましてここまで読んでいただき、ありがとうございました!


 
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