ここに、一人の少女がいる。活発で明るく、誰にでも好かれる元気な女の子だ。
家族は父と妹の三人。母は若くして他界し、現在は父の切り盛りする教会で暮らしている。決して裕福とは言い難い家計ではあったが、それでも平和に毎日を過ごしていた。
しかし、父は違った。正義感の強い父は神からの教えを説くことはしても、それが全てではない。そこに自らの意見を強調させ、人々に訴えかけたのだ。だが当然彼の話に耳を傾ける者は誰もおらず行き場のない焦燥感のようなものだけが渦まいていた。
それでも、父は娘達の前では笑っていた。少女は父が頭を撫でてくれるのが好きだった。それがたとえ本心を隠した顔であったとしても。
――――ある日、白い使いが来てこう言った。
「きみの願いをなんでも一つ叶えてあげる。ただし、その代わりきみは人であってヒトではなくなることになる」
少女はその誘いを受けた。
祈りをささげ、代わりに背負った使命は異形の者たちとの戦い。だが、不思議と恐怖はなかった。家に帰れば、またあの笑顔に会える。あの大きな手で撫でてくれる。妹と一緒に遊べる。
――――はずだった。
目にしたのは狂ってしまった父の姿。あの優しかった父が、人を殺した。それだけでも大きなショックの彼女に父は追い打ちをかけるかのように言う。
――――この魔女め。
耳を疑った。嘘だと叫んだ。これは悪い夢だと泣き喚いた。でも現実はどこまでいっても現実でしかなく、少女の前に置かれたのは自分の祈りで希望を見出した父の活気溢れる顔ではなく、返り血を浴び、歪んだ笑みを浮かべている父の姿だった。全てを否定され、揚句命を狙われた少女は部屋の中を逃げ惑う。魔法という絶大な力を持っていても、それをいざというとき使えないのでは意味がない。向ける相手が人殺しをしたとしても自分の父親、できるはずもなくただ目の前の恐怖から逃れようと必死になる。そうしていつのまにか気づけば家から飛び出していた。涙をボロボロと流し、靴を履くことも忘れ、裸足で逃げ出した少女はようやく立ち止まり膝から崩れ落ちる。
なんで、どうして。もうそれしかでてこない。ふと、後ろを見た。もくもくと上がる煙。鼻を抜ける焼けた臭いと、赤々と光る炎。それに混じって臭って来る燃焼剤特有のものが彼女に更なる絶望を突き付けてきた。
誰かのために願った祈り。この身をささげてまで叶えた願いは今どうなっている?こんなことが自分の望みか?
いいや、違う。こんなことなど望んではいない。誰が望むものか。
すぐに助けに行かないと。そう考え立ち上がろうと足に力を込める。だが、その足は動くことを拒絶した。あの狂った人物を、妹を殺したあの人を、自分を否定したのにどう父と考えようか。魔女と罵られ、命の危機さえあったというのに。それでも助けるといえるのか?
問いかけて出した答えは――――逃げること。燃え盛る炎は、まるであの父の手のように大きくて・・・・少女を捉えようとするかのごく、燃えていた。
それから彼女は誰かの為、という物をしなくなった。行為のみならず、言葉にすることすら嫌うようになった。否定され、恐れられるだけ。誰も見てくれない、誰も自分と向き合ってくれない。
誰も――――。
しかし。
「おい――――」
この世の中、嫌いなことばかりだと思ってた。でも――――
「――――大丈夫か?」
そうでもないと、思えたんだ。
◇
「さやかちゃん、思い出して!私達の声を聴いて!」
後ろで声の限り叫ぶ少女。それを見て「あぁ、自分もそうすればよかったのかな」と軽く後悔する。なんでったってアイツの口車なんかに乗せられたんだか。つくづくバカに思えてきて笑いすらでてくる。
「…前に言ったっけ。あたしとあんたはおんなじだって。誰かの為に願って、結局このザマ。ホント、バカみたいだよな…」
飛んできた歯車を槍で防ぎながら独り言のようにつぶやく。とうとう頭までおかしくなったかとさらに笑いがこみあげてきて口角をゆがめた。
「でも、あたしと違ってあんたはスゲーよ。叶わないと知っても、まだ足掻きつづけたんだからさ」
逃げ出した自分とは違い、彼女は最後まで足掻いた。たとえやったことは褒められることでなくても、それでも根底にあることは変わってはいなかった。
誰かの為に戦う。魔法少女としては最低なことでも、ヒトとしては立派なことだった。その結果が魔女化(コレ)だとしても。
だからこそ、納得がいかない。認めたくはなかった。汚いことばかりして生き残ってきた自分がこうなるのなら納得がいく。そういう経緯でこの結末を迎えるのだから。
でも、コイツは――――さやかは違う。誰かの為に祈って、誰かの為戦い続けてきんだ。その結果がコレなんて・・・・そんなの、受け入れられるわけがない。
だから。
「そんなアンタを、このまま終わらせるなんて・・・・このあたしが許さない」
向かってきた歯車を今度は左に転んで回避。身を起こすと同時に踏み込んで腕を切り落とす。青い血のような液体がドバドバと溢れた。
「聴いてんのかさやか!いい加減目ぇ覚ませってんだようすのろがァ!?」
自分も声の限り叫び続けよう。彼女のように、祈りを捧げよう。言葉使いは悪いけど、でも、それで届くならどんな汚い言葉でも吐いてみせる。
自分でも不思議なくらいだ。こんな風に思えるなんて。でも・・・・なんだか、いいな。こういうのって。
脳裏によぎるかつての記憶。マミと些細なことでモメた記憶。英雄のことをからかって遊んだ記憶。そして――――二人と初めて逢った時の記憶。こんな自分にも救いがあったんだ。だから…
「頼むよ神様・・・・こんな人生だったんだ。せめて一度ぐらい、素敵な夢を見させてよ・・・・!」
着地し、ダメージにより膝をつく。息も荒い。もう、ダメだ。胸のソウルジェムも黒く濁ってきている。体に力も入らない。
(あぁ、やっぱりダメか・・・・。あたしじゃ、聴いてくんないよな・・・・)
崩壊する地面。感じる浮遊感。もうどうでもよくなったかのようになにも感じない心。すべてに諦めを決めた時。何かが不意に輝いた。
――――諦めるなッ!!
誰かにそう言われた気がしてハッとなる。直後、感じたのは温かな温度。心に染み入ってくるその心地よいぬくもりはゆっくりと、そしてはっきりと形をとっていく。巨大な手、躰。胸に輝く赤い印。銀色の肌。それがなんなのかに気付くまでに少しの時間を有した。
「…英雄?」
その呟きに頷く巨人。巨人は着地するとゆっくりとした動作で手を降ろし、彼女の身を共にいたほむらとまどかに預ける。
『…ゴメン、杏子。遅くなって』
「…ったく、かっこつけんなよな。これ以上どう惚れろってのさ」
『ハハ・・・・。でも、大丈夫。もう、決めたからさ』
力強い言葉に杏子は笑う。その笑顔をしっかりと胸に刻み英雄――――ウルトラマンは立ち上がり、振り返る。
『見せてやるよ。愛と勇気が勝つストーリーがあるってことをさ…!』
ウルトラマンが構える。それに呼応して魔女となったさやかが咆哮をあげた。ひるむことなく、彼は魔女を見据える。そこに囚われているであろう少女を救うために。
『シェアッ!』
書いていて気が付いたんですがネクサスってたしか浄化系の技なかたような・・・(; ・`д・´)