「ティロ・フィナーレ!」
湾曲し、出来上がった悪夢のような空間に輝く大きな光。一際透き通って響く少女の声は勝利の宣言と共にその暗闇を打ち破る。彼女の名は、巴マミ。――――魔法少女である。
「やった!」
「マミさん凄い!」
跳躍しながら放った自身の必殺技とも言うべきその一撃を放ったあとクルリと一回転して着地する。結界の主である魔女が消滅したことでその空間が維持できなくなり、出来上がった時同様空間が湾曲して元の景色へと戻った。
「これがグリーフシード。魔女の卵よ」
「た、卵!?」
「大丈夫。この状態なら安全、それどころか役に立つ貴重なアイテムだよ」
魔女の卵と聞いてうろたえるさやかにQBが肩に乗って説明する。
「ほら、私のソウルジェム、この前より少し濁ってるでしょ?これをこうして近づけると・・・・」
僅かに濁ったソウルジェムにグリーフシードを近づけると、ソウルジェムにたまった濁りが黒い泡のようなものへと変わり、黄色の宝石から吸い出されるようにして出ていきグリーフシードへと入る。この黒い泡のようなものが〝穢れ〟であり、これがたまると魔法少女は戦闘不能になるらしい。そしてそれを〝浄化〟するために必要なものがこのグリーフシードで、魔女を倒すと魔女が落とすものらしい。だがこのグリーフシード、全ての魔女が持っているわけではなく、運がいいと倒した後に残るとのことだ。それを聴いて、英雄は違和感を覚える。
――――何かが違う気がする。
ぼんやりとだが、どこか抜けている気がするのだ。しかしながらそれがなんなのかはハッキリしないためこれ以上何か言ってややこしくするのはよろしくないと判断しその違和感を飲み込む。
と、マミが物陰に向かってグリーフシードを放った。せっかくゲットしたものをなぜ?と思ったが、それは地面に落下することなく、乾いた音と共にその陰に潜んでいた人物をあぶりだした。
「ほむら・・・・」
「それ、あなたにあげるわ。まだ一回くらいは使えるはずよ」
「・・・・遠慮しておくわ。それに、これは貴女の獲物よ」
受け取った折角のグリーフシードをほむらはマミがしたように放る。突き返されたグリーフシードをキャッチしマミはいかにも不服な顔と態度でほむらを見る。
「あら、強がり?」
「違うわ。今回魔女を倒したのは貴女よ。だからそれは貴女のもの。それに今はストックにも困ってないしね」
手の甲で黒髪を払うと、ちょうど通り過ぎた風が彼女の髪を攫って宙へと誘う。キラキラと美しい黒髪の一本一本が夕日のオレンジを反射し綺麗に輝いていた。それに思わず見とれる英雄をみてさらに不服そうな顔を向けるマミ。
「…どういうつもり?」
「貴女と事を構える気はないわ。私でも、あなたの強さはよく知ってる。まぁ、邪魔をしなければ、だかれど」
ほむらと目が合う。それは英雄だけでなくまどかも同じで、さやかはなぜか眼中にないようだった。髪と同じく、綺麗な黒い瞳に二人の姿がくっきりと映し出される。
「そう…なら、もういいかしら?」
よほど機嫌を損ねたのか、多少言葉に棘と苛立ちを含んでいる。これは完全にご機嫌ななめのパターンだと英雄はバレないよう苦笑し、ほむらに「ごめん」と、手と表情を作って謝罪する。実際に声にしたわけではないのでこれが見えるのはせいぜいまどかだけで、さやかとマミはほむらを睨んだままだ。ちらりと此方を見て、目を伏せて小さく僅かに息をついてから念話をバレぬよう飛ばしてくる。
《貴方が言うなら、仕方ないわね》
《悪いなほむら。こう見えて此奴意外と子供っぽいから》
《知っているわ。・・・・それ以上に、本当は寂しがりやで頑固なことも、ね》
そう自分だけに言い残し、ほむらは去って行った。
◇
「まったくもう、なんなのよ」
「そうカッカすんなって。あいつにも悪気はなさそうだしさ」
「どうしてそんなことわかるの?」
「ん~…アレだ、男の勘って奴」
「当ったためしないじゃない」
「今夜はカレー!」
「ブ~。残念、シチューよ」
夕暮れの鉄橋を二人して歩く。まどかとさやかは先ほど別れ、今はマミと二人で帰路につきながら彼女のほむらに対する愚痴を聞かされていた。たしかに態度はキツイし目つきもどこか鋭いものがあるが、念話で聞いたほむらの声色はどこか丸み、優しさを帯びていた。どうしてあの声のように現実でも振る舞えないのかと考えてみるも、それは本人が頑なに拒否しているからだろうと結論付ける。
この結論も、男の勘という曖昧なものなのだが。
ともあれ、今回の夕食メニューはシチューだとテンションを上げる。もっとも好きな献立だけあって歩く足取りも軽やかなもので、ステップ混じりに歩道を歩いていく。すると英雄のポケットから何かが落ちた。だらしがないと苦笑しつつそれを拾ったマミだが、見て目を見開く。
(これ・・・・もしかして、私に?)
それは、どこにでも売っているような安い、子供っぽいデザインのストラップだった。銀メッキのかわいらしいイルカが黄色のガラス玉を抱えて跳んでいる様をもよおしたもので、実はこのストラップ、二つで一つのものとなる。イルカが跳んでいることで巻き上がっている水しぶき、これをもう一つと組み合わせるとちょうどハート型になるものですこしながら気になっていたものでもあった。
では、なぜそれが自分宛てのものだと思ったのか。それはかのイルカが抱えている宝石の色が自分の好きな黄色だからである。ソウルジェムも、魔法衣も黄色が主体としているだけあってそう考えてもおかしくない。
(英雄君・・・・)
突然のことに多少戸惑いながらもマミは前でステップ混じりに歩く英雄を見る。なんだか気恥ずかしくて頬を赤らめるも、その背中から目が離せなかった。気になっている男の子が、自分宛かもしれないプレゼントを拾った。それだけでも恋多き年齢まっただ中のマミにとっては充分刺激の強いものである。
「お~い、何してんだ置いてくぞ~!」
「え、ま、待ってよ!」
慌てて追いつくマミ。隣に並ぶとさらに気恥ずかしい。いったいどうしたというのか。今の彼女からは普段のお姉さん風は感じられずかなりもじもじしている。まぁ、当然といえば当然だがこんな場面でさえも今の英雄の視界には入ることはない。目指すは自宅、というよりマミの部屋。目的はシチューを食べること。
そんな感じがまるわかりな為、ちょっとムッとなって意地悪したくなる。
「・・・・英雄君は私がいなくなったらご飯どうするつもりなの?」
「なんだよ急に」
「ホラ、私魔法少女だし。いつ、その…」
「・・・・縁起でもないこと言うなよ。冗談にしてもわらえないぞ、ソレ」
「たとえの話よ。私だって負けるつもりなんてさらさらないもの。で、どうするつもりでいるの?」
「んなもん、想像したくないね。マミのごはん食ったらもうコンビニ弁当生活に戻ることなんて想像できないし」
うれしいが、少し複雑な気もするのが乙女心というもので。自分の存在価値は食事を作るだけ?なんて言いたくなるも、それは間違いなので脳内からかき消す。不器用で言葉遣いは少し悪いが、それでも彼なりに自分の事を高く評価してくれているということで納得することにする。
でも、それが料理の腕前だけというのがやっぱり納得できない。
「もう・・・・知らない!」
そう言ってフン、とそっぽを向いて歩くスピードを速め、駆け足になる。いきなりのことに首を傾げつつもマミを追う英雄。
この時、もっと彼女と一緒にいればよかった。
もっと、話をすればよかった。
もっと――――素直になればよかった。そう、後悔することになるとも知らずに英雄は想い人の背中を追いかけた。
◇
「で、今日は一緒じゃないんだ」
時間と日付は変わり、現在は土曜日の正午。ゆとり教育の実施されていた期間などとうに終わりを告げてかつてあった週休も祝日と日曜日のみとなっている。そして場所は学校終わりに立ち寄った見滝原大学病院。まどかとQB、そして英雄の二人+一匹はその受付ロビーの長椅子に腰掛けて雑談を交わす。あれ以来、マミの機嫌は少し斜めになり何を言っても「知らない」の一言と顔をそむけるだけのものとなっている。つまり、喧嘩中。それをまどかに話したところ、苦笑いをされた。
「マミの奴、今回はいつにもましてねちっこい。いったい俺がなにしたってんだ」
多分、ヒデ君の一言が原因なんだよと言ってやりたいが、そこは口出しするところではないだろと言葉を飲み込む。恋愛経験などない自分がヘタに口出しして事態を余計こじらせる可能性があるからだ。いい加減自分も恋愛経験の一つや二つしておきたいが、それもためらわれることが目の前の実例として二つある。一つは英雄とマミ。そしてもう一つが――――
「ハァ…ごめん、待たせて」
さやかの抱えているものである。
「ううん。上条君、今日もダメだったの?」
「うん。もうなんなのさ!前回は英雄だけ大丈夫でアタシはダメなんて…」
「男同士の秘密だ」
「もしかして、アンタら二人ってそういう・・・・!?」
「そろそろ俺も殴るぞ」
「お~恐い!」などと言ってふざけるさやか。だが、その瞳には明らかに失意に色が窺える。彼女がこうも落ち込んでいるのは、ひとえにさやかが上条恭介のことを好きだからだ。いわゆる片想いである。幼馴染の恋は叶わないなんて言葉を聞いたことがあるが、この恋はそうなのかもしれないと英雄は内心複雑に思う。
だが、そうでなくても恭介は世界的に有名なヴァイオリニスト。今は怪我で療養中だが完治してしまえばまた世界を飛び回ったりと大忙しの毎日が待っていること間違いない。その点、今は皮肉なことにさやかにとっては滅多にないチャンスともいえる。こういう時でもないと、想い人に逢えないというのはなんとも世知辛い話だ。
さやかと英雄の軽い漫才のような流れに笑いながらまどかはふと、病院を出て曲がった角に違和感を感じる。感覚的には、背筋がゾッとするというありきたりなものだが、それも覚えがあった。
「…ね、二人とも。アレってもしかして・・・・」
まどかの示す方へ視線を向ける。そこには、黒く光を放ち脈打つ小さな・・・・卵のようなものが壁に突き刺さっている。
「グリーフシードだ!」
「そんな、なんでアレがこんなところに!?」
駆けよってみると、それはさらに鼓動を速くしている。肩に乗っているQBの説明によると、孵化しかかっているとのこと。それを聞いて、さやかはマミの言っていたことを思い出す。
――――もし病院で結界でもできたら大変よ。ただでさえ弱っている人達から生気を吸い上げるから、目も当てられないことになるわ。
もしそれが現実のものとなったら・・・・中にいる人達が、恭介が危ない!
「英雄、マミさんの携帯わかる!?」
「わかるが、今は・・・・」
「今はなに!?」
「落ち着いてさやかちゃん。今ヒデ君とマミさん喧嘩中なの」
「喧嘩ァ!?こんな時になにしてくれてんのよアンタは!?」
「ンなこと言われたって仕方ないだろ!?俺にだって原因わかんねーし、そういうお前だって――――」
「二人とも喧嘩してる場合じゃないよ!もうすぐ結界が出来上がっちゃう!」
QBの警告でグヌヌ、となりながらも互いに言葉と感情を抑えて頷きあう。
「ヒデ、まどかにマミさんの携帯番号教えて」
「わかった。まどか、頼む。番号は・・・・」
まどかに番号を教える。それを受けて電話を鳴らすこと数秒、《もしもし?》という声を聴いてまどかの表情が一瞬明るくなる。
「マミさんですか!?まどかです。今見滝原大学病院にいるんですけど、そこにグリーフシードがあって、孵化寸前なんです!」
《なんですって!?今行くわ!》
「おい、お前場所わかんのか!?」
聞こえてきた英雄の声にマミが一瞬《ッ…》となるのが聞こえた。
《…わ、わからない》
「素直でよろしい。まどか、マミを迎えに行ってくれ。俺とさやかでコイツを見張ってる」
《危険よ!そんなことしたら二人が…》
「危険でも、コレが孵化したらもっと危険なんだろ?それに、さやかは梃子(てこ)でも動かなさそうだしな」
ここに恭介が入院している。その事実だけでもさやかがここに残るという理由には充分なものだ。好きな人の安否が気にかかるのは当然のことだろう。
「結界が展開されたら場所もわからなくなる。僕が一緒にいればマミをテレパシーで誘導できるから、急いで!」
もうなりふり構ってる暇はない。マミはわかったと了承し、英雄はマミとまどかが合流しやすいように自分の携帯をまどかに渡す。こういう事態だ、一度電話したとはいえ、履歴からまどかだと判断する余裕はおそらくないと判断した英雄はマミに「俺の携帯をまどかに渡す、だから必ず出ろよ!?」と少し乱暴ともいえる口調で言うと、《わかってるわよ!》とこれまた強い口調でマミも返してきた。まったくこの二人はとわずかに残った冷静さでまどかは思う。
「ヤベ、もう限界っぽいな・・・・まどか、頼んだぞ!」
「う、うん!」
鞄は重荷になるとその場に置き、駆けだす。彼女が病院の敷地から出た直後、結界は展開されさやかと英雄を飲み込んだ。
◇
展開された結界の中で英雄は深く深呼吸をする。この空間はいつ来ても息苦しい。これが生気を取られるという感覚なんだろうか。隣を見れば、さやかも少し震えている。あれだけ意地を張っても、やはりいざとなると恐くなるのはあたりまえだ、と英雄は安心させるように彼女の頭に手を置く。少しびっくりしたようにビクッと肩を跳ねるも、視界に入った英雄の空元気な笑顔に少し安堵したのか、多少なりとも明るさが戻る。
「…今すぐグリーフシードが魔女になるわけじゃないから、そうこわばることはないよ。それに、いざとなればさやかを魔法少女にすることもできる」
「…結局俺って、守られてばかりだな」
男ながら情けないと軽く落ち込む。でも・・・・と、英雄はポケットにあるものに軽く触れる。その意を感じ取ってか、彼にしかわからない鼓動がドクン、と脈打つ。
(いざとなれば、使うしかない・・・・)
「…ね、ヒデとマミさんていつから知り合いなの?」
「は?なんだよこんな時に」
「こんな時だから、だよ。ちょっとは気を紛らわさないとおかしくなる」
たしかに、と辺りを見回して英雄は頷く。
「…初めて逢ったのは、俺が小学生の頃だ。親同士が仲良くってさ。俺もマミもそれなりに物心ついた後だったから最初は結構話難くって。でも、なんやかんやで一緒にいる内にだんだんと距離も縮まっていって。・・・・今思えば初恋、だったのかもな」
「・・・・へぇ」
「・・・・んだよ?」
「ヒデでもそんな顔するんだなって思ってさ。なんだか新鮮で」
「…俺だって恋くらいするっての」
「でもさ、なんでそうならさっさと告白しないの?家も隣同士でいつでも告白するチャンスなんていくらでもあったのに」
さやかの意見を受けてそれもそうだと思う。どうして想いを告げないのか、それを考えた時、あることが頭に浮かぶ。
「…なんか忘れてる気がするんだよ。とても大事な・・・・」
◇
「へぇ、なんかいいなぁ」
マミと共に結界内部の中を歩きながらまどかは呟く。QBから「急がなくても大丈夫」とテレパシーを受け、気を紛らわすためにマミはまどかに自分と英雄のいきさつを話していた。
「そう?でも私魔法少女だから・・・・そういうのも、ね」
魔法少女だから、マミが英雄に想いを告げられない最大の理由がそこである。いまだに足踏み状態の彼女が関係を進展させるには、この枷をどうにかして軽くしてあげるしかないだろう、とまどかは思った。
ゆえに、自分の中で一つの結論をだす。
「…マミさん、私、魔法少女になろうとおもうんです」
「・・・・ホントに?」
「はい。・・・・私、こんなだから。誰かの役にたてたらって思うけど全然ダメダメで。でも、マミさんを見てて思ったんです。私も、こんな風になれるならって」
まどかの言葉を受けて、今まで繋いでいた手の力が抜ける。少し距離が空いたところで、マミが立ち止まった。
「…魔法少女なんて、いいものじゃないのよ?私みたいに、恋愛さえ思うようにできない。それに、死ぬかもしれないのよ」
「それでも、私にできることがあるなら。というか、魔法少女になれたら、それだけで私の願いは叶っちゃうんです。私も・・・・マミさんのように、誰かを助けたり、役に立ちたい。もしマミさんと一緒に魔法少女ができたら、それはとっても嬉しいなって」
「・・・・本当に?本当に私の仲間になってくれるの?」
「はい。私なんかに勤まるかどうかわからないですけど・・・・」
「鹿目さん・・・・!」
想いを打ち明けつつもそれでも控えめなまどか。それでも、そんな彼女の言葉を想いが、今のマミにはとても響いた。
たった一人、誰にも理解されることなく見滝原を、そこに暮らす人達を守ってきた少女。その孤独感と理解される寂しさや誰にも相談できない苦しみはそうとうなものだったろう。それでも彼女が戦い続けられたのは、偏に彼の―――――神田英雄の存在があったから。だが、それでも彼女の心は孤独に震えている。そこへまどかの「魔法少女になる」という言葉。まるで暗闇に差し込んだ一筋の光のように彼女の心に深く、温かく差し込む。
手を取り、涙を目に浮かべた少女は一変し笑顔になる。
「・・・・鹿目さん」
魔法少女に変身し、先ほどの弱々しいマミとは違う声で後ろにいるまどかに言葉を向ける。
「私、決めたわ。帰ったら、英雄君に告白する」
「おお、ついに!」
「ええ。貴女のおかげよ…ありがとう」
満面の笑みで、そう微笑んだ。
◇
「お待たせ、二人とも!」
後方から聞こえてきたマミの声に振り返る。どうやら無事に着いたようだ。
「マミ・・・・あの、さ。俺――――」
「英雄君。帰ったら、貴方に伝えたいことがあるの。・・・・私の、心からの気持ち。聞いてくれる?」
「…あぁ。もちろんだ」
「え、ちょ、何々?この雰囲気!」
さやかがはやし立てるように言う。それにまどかがこっそりと耳打ちすると「キャーッ」と言って悶え、
「いいねいいねぇ!青春だねぇ!」
などとおっさんじみたことを言う。照れくさそうに笑う二人。マミは意を決したように飛び出し、孵化した魔女を迎え撃つ。
「今日という今日は、一気に決めさせて!」
降りてきたのは、かわいらしいぬいぐりみのような外見をした魔女。マミは武器でるマスケット銃のグリップ部分で足の長い椅子をへし折り、落ちてきた魔女をさらにそのまま振りぬいた勢いで回転し、殴り飛ばす。壁に叩き付けられた魔女。さらに追い打ちのように数発発砲した後。落ちてきたその頭に銃口を突きつけてゼロ距離で引き金を引いた。
頭部を撃ちぬかれた上、リボンで拘束される魔女。地面からつるしあげられるその様をみて多少なりとも罪悪感を感じる英雄だが、その感情も次第に薄れていく。
そして―――――
「ティロ・フィナーレ!」
大型の砲門から放たれた攻撃は魔女を貫く。終わったとだらもが思った時、英雄の背筋を冷たいものが伝わった。
「マミッ!」
衝動に任せて名前を叫ぶ。それに首を傾げるマミは英雄の顔をみて振り向く。そこには、大きく口を開け、鋭い歯を光らせた魔女の姿があった。何がおこっているのかわからないままマミは立ち尽くす。そこへ横殴りの衝撃が襲い、その場から倒れた。
ピシリ、と、なにかの音がする。
「マミ、大丈夫か!?マミ!」
「ひ、英雄…君・・・・?」
間一髪のところで英雄に助けられた。マミは少しぐらつく視界を整えようとかぶりを振る。が、視界が僅かに安定しない。
「よかった…」
心底安心したような顔で自分を見てくる英雄。だが、その顔さえも今はよくわからない。それを悟られまいと見えているフリをして、
「助けてくれてありがとう」
そう言った。だが、その後ろに見えたものに目を見開き、マミは英雄を突き飛ばす。尻もちをつく英雄。「何するんだ!」と抗議の声をあげようと顔をあげると――――
「ごめんね、英雄君・・・・」
涙を浮かべ、そう呟くマミの、最期の姿がはっきりと見えた。
◇
なにが起きたのか。
なにがどうなったのか。
わからない。わからないでいたいと、これは夢だと自分に言い聞かせる。いつもの夢オチだ。そうだ、これは悪い夢だ。最近魔女だの魔法少女だのと色々あり過ぎたんだ。目が覚めれば、きっといつもの朝が訪れる。そうしたら、隣から愛しい女の子の声が聞こえてくる。いつものように、おはようって言って、朝が始まる。
そう、夢・・・・これは、夢なんだ。
「・・・・なぁ、そうなんだろ…なんとか言ってくれよ、マミ・・・・なぁ・・・・!」
地面を濡らす真っ赤な液体。それは、魔女の口からあふれ出てくる、巴マミだったもの。それが自分の頬を、生暖かく濡らす。ペッと魔女が、何かを吐き出した。落ちてきたそれに目を落とすと、それが明日くるはずだったマミの誕生日プレゼントだったことに気付く。
「あ…ああ・・・・」
それに触れる。ゆっくりと、カタカタ震える指先で、しっかりと手に取る。それと同時に蘇る、彼女が最期に見せた顔。
「そ、んな・・・・!」
「マミさん…!」
「・・・・うぅ・・・・あぁ…アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
絶叫が、結界内にこだまする。今まで聞いたことのない叫びにまどかとさやかは腰を抜かし、その場から動けずにこちらに狙いを定めてきた魔女をただただ恐怖のまなざしで見上げるでしかない。QBの契約を促す声も、全身を支配する恐怖の前ではなんの意味も持たなかった。
殺される。そう思った二人の目の前に、突如として何かが降って来た。光輝くその球体のようなものは、やがて銀色の巨人へと姿を変える。
「こ、今度はなに!?」
「脅えないでいいわ」
いきなり聞こえてきた声に振り向く。そこには、黒髪を靡かせる暁美ほむらの姿が。ほむらは地面に広がる赤い液体と散らばる黄色い宝石の破片を見つめ、眉を顰める。
「・・・・そう。そうなのね・・・・」
そして一瞬、哀しげな表情を見せ、二人の前に降りてくる。
「ここから退くわよ。居たら巻き込まれるわ」
二人の手をとり、跳躍する。少し離れた場所へと着地し、巨人と魔女を見る。なんだなんだと魔女は巨人を見つめ、とうの巨人はその魔女に拳を叩き込んだ。地面に転がる魔女。起き上がろうとした魔女を、さらに巨人は殴りつける。が、魔女は躰を転がすことでそれを躱し立ち上がる。
『シェアッ!』
再び殴る。殴って、殴って、殴りまくる。そのあまりにもの壮絶な光景に、ほむらはつぶやく。
「・・・・そう。許せないのね。自分が、ソイツが・・・・」
「…あの巨人、泣いてる・・・・?」
まどかのつぶやきに、さやかがまどかを見る。
「なんだか・・・・すっごく悲しそう・・・・」
そう呟くも、さやかにはただ一方的に殴りつけているようにしか見えない。
「・・・・見てられないわね」
そう呟いて、ほむらは自身の魔法である時間停止を使って時を止める。そして殴られている魔女の口元に向かって魔法で強化した腕力をつかい爆弾を放り込む。魔女の体内に爆弾が入ったのを確認すると止めていた時間を再び動かす。すると、放られた爆弾が魔女の体内で爆発し、その躰を内側から破った。巻き込まれたように見える巨人。だが、その躰にはかすり傷ひとつない。魔女がいなくなったことで結界が解除され、それに呼応するように巨人も姿を消し、あたりは通常の空間に戻っていた。
ただ一人、そこに巴マミの姿がないことを除いて。
事態が終息したことに、涙があふれ出す。それはマミの壮絶な最期を目にしたことによるもので、人目があろとなかろうと二人はむせび泣く。マミのストラップを握りしめ、ただ立ち尽くす英雄。
「…俺のせいだ・・・・俺がもっと、早く覚悟を決めてれば、こんな・・・・ッ!」
「…貴方のせいではないわ。これは、彼女を力づくでも止めておくべきだった私の責任よ」
そう二人にしか聴こえない会話をしたのち、ほむらは踵を返す。
「このことをよく覚えておきなさい。魔法少女になるって、そういうことよ」
平然と、冷酷なまでに言い放つほむらに反感をおぼえるさやか。だが、そのふってわいた感情も英雄の震える背中をみて落ち着く。この場で誰よりも深い悲しみにあるのは英雄だ。
「マミ・・・・ッ!」
呟いた名前が、虚しく落ちた。