そこは、落ちているのか、それとも上昇しているのか。
右も左も、そして上下どころか斜めもわからない浮遊感の中流れ込んでくる感情の奔流。どうして、なんで、裏切り、絶望、悲しみ、痛み、苦しみ・・・・。これ以上にないぐらいの負の感情が少年、神田英雄へと流れ込む。常人なら発狂して精神崩壊するであろうその膨大な量の情報も、今の彼からしてみればなんとどうでもいいことだろうか。
愛おしい人、誰よりも近くで、そして誰よりも遠くにいたあの子に、今自分はなんて言えばいいだろう?
「ごめん」――――違う。
「ありがとう」――――違う。
どれをとっても当てはまらない。今更そんなことを考えてもどうにもならないというのに、そんな実現しない〝もしも〟を考えてしまう。それほどまでに、彼の中で巴マミという少女の存在が占める割合は多かった。一種の依存・・・・そう言ってしまっても過言でもないほどに。
「そうだね。きみはたしかに彼女に対して依存していた」
「あぁ…そうだ。俺はマミがいないとダメなんだ。なんにもできないし、なんにも・・・・守れない」
「そうやって、いつまでも自分の世界に閉じこもっている気かい?それでは、現実の彼女はどうなるだろうね」
自分と対峙する青年は、此方の背後を指さす。そこに映っているのは、今にでも引きちぎられそうなまどかの様子だった。しかし、それでも英雄は応じない。
「どうでもいい…マミのいない世界なんて・・・・」
「でもきみは死のうとはしない。自ら命を絶てばそんな苦しみからも解放されて愛しの彼女にまた逢えるはずだ。そうしないのは、なぜかな?」
口を開きかけて、止まる。言葉が出てこないからだ。そんなこと、と思ってもそこから先へとつながる言葉が見つからず、口どもるしかない。そんな英雄を見かねてか、青年は溜息をついて語りだす。
「・・・・3年前。今から約3年前のことだ。この街に、二人の少年少女が引っ越してきた。だがその道中、大規模な事故に巻き込まれて少年は死亡。少女は瀕死の重傷を負った。・・・・そしてその事故から翌年。何故か少年は生きていた。少女も重傷を負いながら後遺症もなく無事に生活している。何故だと思う?」
「・・・・なにが言いたいんだ?」
明らかに苛立っているのをあらわにする英雄。全く理解できない相手の思考とこの空間そのものがただでさえ謎でわからずイライラしているのに、この上さらにわけのわからない問答。どうにもこの男のことが理解できない。
「つまり、きみは彼女の〝願い〟によって生かされているってこと。きみが生きているということは、それだけで彼女の願い――――〝絆〟は繋がっている。そしてその絆は独りの少女によって束ねられているんだ。キミに光が受け継がれたように、ね」
「…アンタの要件はなんだよ!?いい加減にしろ!」
そうしてとうとう、英雄の我慢が限界を振り切った。
「コレはいったいなんだ!?俺は一体なんなんだ!?」
「キミは人であり、光さ。そして、光は絆でもある。それを忘れないでほしい…」
答えになってない!そう言おうとしたが急に意識が薄れてきて言葉が出ない。それでも必死に声を出そうとするもでてこない。言葉が音にならない。いくら叫ぼうが手を伸ばそうが届かない。やがて英雄の意識は完全に消え、その空間から消滅していった。
「…きみは光に選ばれた最期の適合者(エンドデュナミスト)だ。ここから先、きみがどんな物語を歩むか・・・・ここで見届けさせてもらうよ。神田英雄君…」
◆
意識が現実に戻る。といっても、現実とはかけ離れたような場所で現実とは言い難いが。落下しているような感覚の中、英雄は完全に覚醒した頭と目で視界に映るまどかを見る。そして、その間に挟まるようにして漂う白い、短剣のようなもの――――〝エボルトラスター〟。
「戦えっていうのか…俺に」
英雄のつぶやきに、エボルトラスターが応えるように脈打つ。
「・・・・こんなことにしておいて・・・・」
腹が立つ。
「今更話しかけてきて、わけのわからない説明して・・・・!」
エボルトラスターを手にとり、それに向かって文句を言う。返ってくる返事は当然ないが、言わずにはいられない。
「今回だけだからな!?」
鞘から引き抜くと、そこから光があふれ出して英雄を銀色の巨人に変える。大きさは40mはあろうかという巨体だ。その巨体から繰り出される拳は当然、通常の攻撃とはまったく比にならないほどの衝撃と規模だ。その一撃が、まどかを分解している魔女に向かって叩き込まれる。衝撃で吹っ飛ぶ魔女。まどかを解放した巨人はその手にそっと納め、地面へと降ろす。
「まどかァ!・・・・ってえぇ!?」
聞きなれた声が聞こえ、上を見る。白いマントに青い衣装。そして剣に魔法衣やヘソに見える宝石と同じ青。魔法少女となった美樹さやかがそこにいた。
(さやか!?まさか、QBと契約を・・・・!?)
どういういきさつでこうなったかは知らないが、彼女が自分で選んだことだ。今はそれよりも、ここから無事に脱出することが最優先。
『シェアッ!』
右腕を胸の前まで持っていき、パッと展開する。頭上から水の波紋のようなものが広がり、それまで銀色一色だった躰に赤が加わり、さらに胸には青く輝く、魔法少女でいうなればソウルジェムのようなものが現れる。鎧を纏ったかのような感じを連想させる巨人は、使い魔達を手から放たれる光弾で消滅させ、またそれに負けじとさやかも剣を振るう。スピードを生かし、また底なしの展開力を見せ、剣を縦横無尽に操る。巨人とさやか、二人の攻撃でもう疲労困憊の魔女のところに、さやかの急降下の突きと、巨人が腕をL字に組んで発した光線が直撃し跡形もなく消滅した。