何もない部屋に、パチンという音が響く。証明機具に電流を通わせれば暗闇で満たされていた部屋に灯りがともる。時刻はすでに20時。とうに学生が出歩くには少々物騒な時間帯になってきているにもかかわらず、この部屋には主の他に二人の少女がいる。
すっかり疲労しきったその躰と精神はとうに限界を超え、常人離れした少女二人の力をもってしてもやはり身長差と体重までをカバーするのはキツイ。その為、ソファにやや乱暴に少年を座らせる形になる。ようやくたどり着いたことに深く息を吐き、改めて彼、神田英雄の表情をうかがう。まるで気絶したようにピクリとも動かず、瞳は虚ろで正面を見ているのかすら危ういようだ。
そこで、ややあってからようやく英雄が言葉を発する。
「・・・・知ってたのか?俺が一度死んでいて、マミが俺の為に魔法少女になったこと」
英雄の言葉に肯定の意を示すようにほむらと杏子は頷く。
「どうして、黙ってた」
「・・・・マミから言われてたんだ。これを話したら、絶対に自分のせいだって思うからってさ」
なるほど。全てお見通しというわけか。そう心中で呟いて英雄は乾いた笑みを浮かべる。結局、最初からずっと自分はあの子に守られていたということになる。頼りない、どこか抜けていてほっとけないと、だらしない姉、と思っていた。自分がいないと、どうも危なっかしいくらいの。守ってあげなきゃ・・・・。でも、実際は全くの逆で。守られていたのは自分の方。何も知らず、知らされず、ただ日常を謳歌しているその裏で、彼女は自分の命の為に願ったばかりに辛く過酷な運命を背負わされた。
もしあの時、自分がいなければ。もしあの時、喧嘩でもして頑なに引っ越しを拒んでいたのなら。もしかしたら結果は変わっていたかもしれない。マミが魔法少女になることも、こんな風に死ぬこともなかったかもしれない。
もしも・・・・もしも・・・・。
どんなに願おうと空想しようと目の前の現実は変わりなどしない。すでに起こってしまった事実や出来事を書き換えるなど、それこそ奇跡でもない限りそれはない。暗いものが、英雄の心を覆っていく。
「…ホント、情けないな」
「英雄・・・・」
「・・・・ほむら、杏子の事泊めてやってくれないか?ガサツで節操ないけど、ちゃんと言えば聞いてくれるいい子だからさ」
英雄の申し出にほむらは了承の意を述べようとするが、杏子は断固としてそれを拒否する。彼女は知っている。真実に気づいて何もかもに打ちのめされた人間が最後に辿る末路を。目の前の少年も同じだ。
――――自分の、父親と。
「ふざけんなッ!アタシは英雄と一緒にいる、梃子でも動かねェ。今の英雄を放っておいたら、絶対にマミの後を追いかける、そうに決まってる!そんなの・・・・そんなの、許さない!」
目じりに涙を浮かべる杏子。彼女の気持ちもよくわかる。ほむらもこんな状態の英雄を一人にするのは危険だと考えるが、そうやてここに残ったとしてもいい結果にならないとも思うからこそ、ほむらは杏子を連れていくことに承諾した。あまりにも、色々なことが一遍に起こり過ぎている。少し整理する時間が必要だ。
「行くわよ」
「ハァ!?テメーふざけてんのか!?こんな状態でコイツ放っておけばどうなるかくらい想像できんだろ!?」
「えぇ。でも、かと言って私たちがいてできることなんて一つもないわ。・・・・たとえ、魔法の力を使ったとしても、ね」
それは、皮肉だった。どんな奇跡を起こしたところで、結局は英雄の心を捻じ曲げていることにしかならない。現実を忘れさせ辛いことから目を背け続けても、そこに残るのは偽りで固められたただの偽物の安寧でしかない。そんなものになんの価値もない。ほむらは踵を返そうとするが、杏子はまだ動こうとしない。いい加減イライラが募って来たほむらは咎めるよう口を開こうとする。
「・・・・できることなら、ある」
何か決心したような顔つきでおもむろにパーカーのファスナーに手をかけ、降ろす。
「・・・・何をしているの」
「見りゃわかんだろ。落ち込んでる男を慰めるのも、女のやることだ。・・・・アタシは英雄に救われた。なんども励まされた。だから、今度は・・・・アタシの番。英雄が望むなら、アタシはなんだってする。たとえそれが、こういうことだったとしても」
そういって、一糸まとわぬ姿となり髪をまとめていたリボンもほどく。膝立ちになり、ソファに座ってうな垂れている英雄の手を取って、そっと自分の胸に触れさせた。
その光景は、とても儚げで。でも、今のほむらには怒りを湧き上がらせるのには充分すぎるものだった。普段の彼女からは全く想像できないほどに眉を顰めて怒りをあらわにして杏子の肩を掴んで力任せにこちらに向き直させる。
「貴女はどこまで愚かなの!?そうやって躰を差し出したところで、英雄の傷が癒えるとでも!?馬鹿なことをするのもいい加減にしなさい!」
「じゃぁどうすりゃいいってんだよ!?自分は死んでて、好きな人も目の前で死んで!その原因を作ったのは自分で!友達はゾンビにされた・・・・そんなモン、こうでもしねーと紛れるわけねぇだろ!」
目尻に涙を浮かべる杏子。勝気でどんな時でも強気な彼女が見せた普通の女の子の部分にほむらは一瞬目を見開く。直後、乾いた音が部屋に響いた。ほむらの振り上げた手が杏子の頬を叩いたのだ。
「そうやって、何もかもを忘れられるのならとっくに私がやってるわよ・・・・でも、現実はそんなことで全て有耶無耶にしてくれるほど優しくなんかない。それは貴女が一番よく知っている筈でしょ…?」
床に脱ぎ捨てられたパーカーを拾い、杏子にかぶせる。ほむらの言葉を聞いた杏子は何も言い返せず、ただ唇を噛み占めた。
「・・・・騒がせてごめんなさい。彼女は私のところで預かるわ。・・・・英雄、これだけは覚えておいて。貴方の事を、いつも心配している人がいるってこと・・・・それじゃ」
杏子を連れて、ほむらが出ていく。一人残された英雄は頭を抱えた。
◆
あれから数日。依然、英雄は学校に顔を出していない。そればかりかさやかまで最近はずっと休んでいる。学校側には病気でということにしてあるが、真実はそうじゃない。
あの出来事があった後、さやかは志筑仁美から上条恭介に想いを寄せていることをカミングアウトされた。そして、彼女は恭介に告白。その事がただでさえ情緒不安定になっているさやかを追い詰めてしまい、今ではもまどかでさえ連絡が付かない始末となっている。杏子も、街で逢ってもどこか上の空でほむらはというと、いつも通り何を聞いても「関わるな」の一言で取り繕ってはくれない。
自分ひとりだけが、何もできず蚊帳の外。それが耐えられなくなったまどかは、放課後にとある場所へと向かう。それは――――英雄の部屋だった。さやかも心配だが、もっとほっとけないのはただでさえ精神の弱ってる英雄だった。きっとまたなにも食べずにあんな風になっているに違いない。なら、せめて気持ちだけでも助けになりたいとお小遣いを前借してスーパーで買い物をしてから英雄の部屋へと向かう。途中母にからかわれたりしたものの、うまくごまかしてから歩を英雄の部屋へと向ける。
「・・・・あ、雨降ってきちゃった・・・・」
そういえばここのところ天候が安定してなかったし、今朝の天気予報では午後から雨になると言ってたっけと思い出す。鞄の中にある折り畳み傘を探し当て、それを差して少し足早に向かう。
スーパーから英雄の部屋までは時間はそうそうかかるものではない。体力もさほどない自分でも早歩き程度なら、息切れをそこまでせずにたどり着ける。が、いざ玄関の前まで来ると緊張してしまって中々ドアノブに手をかけることができない。手を伸ばしては引っ込めてを数回繰り返す。
そうして、何度目かの時。中から声が聞こえてきた。話し声ではない。でも、どこか切羽詰ったような・・・・そう、どちらかというと運動している時に出す声のような、力む感じに近い。そしてそれが親友のものだと気づいたまどかはハッとなってドアを開けて靴も乱暴に脱ぎ捨てて部屋へと入る。足は自然と寝室へと向いていた。そこで見たのは――――
「さ、さやかちゃん・・・・!?」
「ん…あぁ、なんだまどかか」
一糸まとわぬ姿の英雄と、またがるさやかの姿だった。手に持っていたビニールが音をたてて床に落ちる。
「なに、してるの?」
「なにって。見ればわかるでしょ?」
「そんな・・・・だって、さやかちゃんには上条君がいて、ヒデ君にはマミさんが・・・・」
「・・・・もうさ、どーだっていいんだよ。なんつーの?こうしてるとさ、全部忘れられるんだよね…戦ってる時以外にも嫌なことぜェんぶ忘れることができるのよ。それに・・・・アタシら、ゾンビ同士じゃん?ホラ、ぴったしでしょ」
そう言って此方を見てくる瞳はまるで色をやどしていないようだった。なにもかもを諦めたそんな目はまどかを映しているかどうかも怪しい。
「まさか、ずっとそうやってたの・・・・?」
「アタシが魔女を狩ってる時とか意外はね。・・・・知ってる?ヒデってさ、すっごく優しいんだよ。こんなアタシをウケイレテクレテ・・・・」
「そんなの・・・・そんなの、違うよ!」
まどかは反発する。彼女の言っていることが偽りだと確信できたからだ。その要因として、机の上でかろうじて青く光っているソウルジェムを指さす。
「こんなのでヒデ君の心を捻じ曲げてまで、さやかちゃんは自分を慰めてほしかったの?違うでしょ!?さやかちゃん言ってたじゃない。この力で、みんなを守るって、正義の味方になるんだって。なのに、こんなのってないよ…これじゃ、二人ともかわいそうだよ!」
まどかの反論。それにさやかはピクリと肩を震わせ、英雄から離れてベッドから降りる。ゆらゆらと不気味に歩み寄ってくるさやかを見て息をのみ、2、3歩後退った。
「じゃあアンタがアタシの代わりになにかやってくれんの?何もしないアンタの代わりにアタシがこんなことになってんのよ・・・・自分はのうのうと平気な顔して生きててさ・・・・それなのに何、今度は説教ってワケ?」
「さやかちゃん・・・・私、そんなつもりじゃ・・・・」
「だったらなんだってのさ!?こんな躰にされて、恭介に好きって言えるわけないでしょ!?抱きしめても、キスしても、手を繋ぐことだって・・・・。その点アタシとヒデはおんなじなんだよ。同じ痛みを抱えた者同士・・・・お似合いでしょ」
あまりにもの迫力にまどかは何も言えずに口どもってしまう。目すらあわすこともできずにいると、さやかのソウルジェムが何かに反応するかのように光り出した。
「チッ、こんな時に・・・・まぁいいや。ヒデ、帰ったらまたアタシを抱いてよ…」
魔法衣に着替えて、さやかは出ていく。扉が閉まった音と同時にようやくまどかは詰まった息を掃き出し、ペタンとその場に座り込む。
みんな、壊れていく。楽しかった日々が、温かかった想い出が、全て闇に沈んでいく。それがイヤで手を伸ばしても、ちっぽけな自分じゃ何一つ救えなくて。変わりたいと願っても、その願いがこうして全てを壊してしまうのが怖くて。どうしていいかわからなくて、まどかは泣きじゃぐる。
「ま、どか・・・・?」
その声に気が付いて英雄が起き上がった。顔からして疲労がたまりにたまっているが一目でわかった。まどかは涙を拭いて英雄に寄ると掛布団を英雄にかける。
「ごめんね、大丈夫・・・・?」
「あぁ・・・・これ、やっぱりさやかがやったんだな」
「うん。気づいてたの?」
「前に、イタズラで杏子に似たような魔法かけられたことがあってさ。それに感覚が似ていたのと…途中で、ホント断片的だったけど、さやかの泣いてる声と顔が浮かんだんだ」
「そう・・・・なんだ」
重い沈黙が、部屋に落ちる。
「…悪いな。こんなところ見せて」
気遣うように笑って見せるも、それが持つ説得力など皆無に等しい。まどかはそれが見るのが辛くて、そうじゃないと首を振る。
「私は大丈夫。みんなの抱えてるものに比べたら、全然へっちゃらだよ」
いつも通りの笑顔を浮かべ、散らばっていた袋の中身を片付けて以前来ていた時のように何かを作ろうとする。が、それを英雄は拒否し、食い下がるも頑なに拒まれたまどかは、
「じゃぁ、何か食べたくなったら連絡して。こんなことしかできないけど・・・・私、ヒデ君に元気になってほしいから」
そう笑顔で言い、部屋を出ていった。
降りしきる雨の音だけが、部屋に響く。誰もいない、灯りもつけない部屋で英雄は天井を見上げてベッドへ横になる。
もう、疲れた・・・・こんなことしかない世界なんて・・・・マミのいない世界なんて・・・・。そう思って英雄は目を閉じる。二度と、その瞼が開かぬように願いをかけながら。
◆
窓の外から光りが差し込む。いつの間にやら夜を明かしてしまっていたらしい。枕元のめざまし時計がけたましくなっている。普段なら、うるさくて止めるところだがそうはしない。する気にすらなれない。このまま、死んでしまおうか・・・・そう思ったとき、不意に音がなりやんだ。
「もぅ、こんな恰好で寝ちゃって・・・・ほら、早く起きないと遅刻するわよ?」
聞こえてきた声に英雄は飛び起きる。
少し大人びたような声。特徴的な髪型。見滝原の制服。そして、中学生らしからぬスタイルと、柔らかな物腰。その全ては、つい最近まで傍にあり、そして――――失った愛おしい少女のそれだった。
「・・・・マミ・・・・ウソだろ?だって、おまえは魔女に食われて・・・・」
「魔女?何をわけのわからないこと言ってるの。それに食われてって、人を勝手に殺さないでちょうだい」
「いや、だって――――」
「いいから、つべこべ言わずにとっとと起きる。おばさまもご飯を用意してまってるわよ?」
そんな馬鹿な。起き上がった英雄は部屋から出てリビングへ。すると、そこには朝食とおぼしきものと、キッチンには・・・・食器を片付ける母の姿があった。
「あらマミちゃん、いつも悪いわね。このこ朝は弱いから」
「いえいえ。私も父さんと母さんがそろって出勤の時が多いですし、そのたびにご飯もごちそうになってますから、これぐらいは当然ですよ」
「フフフ、すっかりお姉ちゃんね?」
そんな会話をしながら笑う二人を見る。
ありえない、と英雄は我が目を疑う。両親は事故で死んだはずだ。それにマミは自分の目の前で魔女に食われて死んでいる。今目の前ひ広がる光景は、もう二度とみることなんてないと思っていたものだ。おかしい。あきらかに何かが狂っている。
「どうしての英雄?そんなに恐い顔して」
「どうやら、今朝怖い夢でも見たらしいんです」
夢・・・・そうか、これは夢なのか。イヤ、それとも今までの方が夢だったのか・・・・?だんだんと、まるで塗り替えられていくように脳内が変わっていく。辛かったはずの記憶も、楽しかったはずの記憶も・・・・なにもかも。
ふと、なにかの温かさを感じた。懐かしい温度に英雄はハッとなって目を開くと。
「怖かったのね・・・・よしよし」
母に頭をなでられていることに気が付いて赤面。慌てて離れる。
「ちょ、母さん何すんのさいきなり!?」
「何って、子供が悩んでいるのに心配しない親はいないでしょ?」
「フフフ、英雄君たら、顔真っ赤よ」
マミに指摘されてう~と唸るも何も言い返せずに朝食が用意されているテーブルの前に腰掛ける。ムスッとした顔と態度をみて苦笑する二人も席につき、手を合わせて「いただきます」の声を合わせて食事に。
そこで、ふと思う。
(こんな風に食事するの久しぶりかも・・・・)
いままではマミと二人きりだった食事。でも、今は母がいて、隣にはマミがいる。もう叶わないと思っていた光景が目の前にあるのだ。
「遅れたァ!おばさん、おっはよ~!」
「あらあら、杏子ちゃんもいらっしゃい。今ちょうど食べ始めたところよ」
ドタバダと音が鳴ったかと思ったら入って来たのは見滝原の制服に身を包んだ杏子だった。それに驚愕して目を見開く。
「杏子!?どうしてお前がここに・・・・」
「ハァ?何言ってんのさ。英雄、とうとうマミのボケが移ったか」
「ちょ、〝杏子ちゃん〟!?それ聞き捨てならないわね」
「だってホントのことだろ?」
・・・・おかしい。たしかにそう感じた。自分の記憶が正しければ、マミは一度も杏子を下の名前で呼んだことはない。それは親しい人間、同性であっても苗字で呼ぶという癖があるからだ。さらに杏子とは英雄も付き合いは長い。間違える、ということはないはずだが。
「どうしたんだよ、人の顔じろじろ見て・・・・あ、さてはアタシに惚れたか?そうなんだな?それならそうと早く言ってくっれりゃいいのに・・・・てなわけでマミ、お前はお呼びじゃないから帰っていいぞ」
「なんですって!?英雄君は、わ、わわわわ、私が・・・・!」
マミが赤面してうろたえる。それを見てあらあらうふふと笑顔で見る母。そして、ガハハと笑う杏子。その光景を見て――――
「・・・・あらあら、どうしたの?」
「え?」
「何泣いてんだよ…からかって悪かったって」
「大丈夫?」
泣いている。そう指摘されて英雄は自分の頬に触れると湿った感触があるのに気が付く。それを意識した瞬間・・・・なぜだろうか。涙が止まらず溢れだし、嗚咽が漏れる。
(これだ・・・・俺がずっと欲しかった時間だ・・・・)
温かな家族。愛おしい人。自分を慕ってくれる友人。きっと学校に行けば、まどかが笑って迎えてくれて、さやかとネタではしゃいで、それを仁美が一歩引いた視線でみて笑っている。そしてそこにほむらがやってきて・・・・。
みんなが笑顔でいられる、そんな世界。何でもない普通の日々にどれだけ大切なものが詰まっているのかをようやく思い出せたきがして、英雄は泣いた。
◆
ゴロゴロと音がする。空には暗雲が立ち込め、それまで晴天だった青空を徐々に覆っていき、地面に影を落とす。次第に空気が湿り気を帯びてきて鼻を抜ける匂いが湿った土のものに変わった時、雨が降り出す。それまでの予報は晴れだったにも関わらずこうも急に雨が降るというのは、夏が近いからということなのだろう。
とはいえ、天気予報を信じてきて傘も持っていなかったマミと英雄は慌てて公園にある休憩スペースへと駆けこむ。こういう時、こんな場所があるのはラッキーだと濡れた髪の毛を拭きながら思う。
「もう、天気予報なんて信じない」
「まぁそう言うなって。あくまでもアレは予報なんだしさ」
「それは、まぁそうだけど・・・・」
口どもるマミ。こうも愚痴をこぼすとは珍しいこともあるものだと思っていると、なにやら剥れた顔をしてブツブツ言っている。この後予定でもあったのだろうか。
「なんか予定あったのか?」
「え、あ、うん・・・・実は、ね。この後、みんなでお茶会をしようって計画してたの。ホラ、今日誕生日だし」
「あ~…って、自分の誕生日にそういうことやるのってなんか違くないか?」
「い、いいのよ!それに企画してくれたのは私じゃなくて杏子ちゃんなのよ」
「・・・・そっか。珍しいこともあるんだな。杏子がそんなこと言い出すなんて」
「大方、自分の手料理を作って英雄君を落とそうとしてるのよ。まったく…油断も隙もあったもんじゃないわ」
そう言ってふくれっ面になるマミ。こういうところは後輩達には見せられないなと苦笑すると、なんだか愛くるしいものを見てるようで頭に手を乗せて撫でてみる。不意にやられたことに驚きながら赤面するマミ。
「ど、どうしたの?急に・・・・今日、なんかヘンよ・・・・」
「…こうしたかったんだ。嫌なら、やめるけど」
「・・・・イジワル」
少し空いていた距離を埋めるようにマミが腰を浮かせて英雄に寄りそうようにして座る。肩に頭を乗せそっと目を閉じるその横顔はとても幸せそうな表情だ。
――――でも。
「・・・・なぁ、マミ。これってさ、夢・・・・なんだよな」
「・・・・どうして?」
「まず、マミは一度も杏子のことを下の名前で呼んだことなんてなかった。それに・・・・母さんも、事故で死んでるし」
「・・・・ここは、貴方が望んだ世界。美樹さんと〝佐倉さん〟の魔法の影響で生まれた言わば夢の世界。理想と願望が詰まった、そんな場所よ」
そうか、と呟いて息をつく。
「ねぇ、英雄君。ずっとここにいましょ?ここでなら、私は貴方の傍にいられる・・・・私だけじゃない、みんなだって・・・・」
「・・・・あぁ、そうだな」
「じゃぁ――――」
「でも、それはマミが一番やっちゃいけないことだってわかってるんじゃないか?」
「・・・・」
「たしかに辛いし嫌なことばっかりだけどさ。でも、それでも希望を信じて生きてる子を俺は知ってる。その子は、多分俺なんかよりずっと過酷で辛い想いをしてきたんだと思う。なのに、俺だけここに逃げ込んだら、それは卑怯だよ」
「でも貴方はそれでいいの?後悔しない?」
「そうも言ってられるような状況じゃないしな」
苦笑いを浮かべる。こうなったのは、現実から逃げ続けてきたしっぺ返しだと英雄は思う。変えようと思えば変えられた。マミの死も、さやかと杏子の衝突だって。考えたみればいくらだもあったはず。なのにこうなったのはそれを躊躇って何もせず、ただ見ていることしかしなかった自分の責任だ。
なら、これをひっくり返すのも自分の役目。今、外で頑張っているであろう少女達の為に自分はまだここにいるべきではない。
「・・・・そう」
なにか諦めたような、でも嬉しさを含んだような声でマミが言い、立ち上がる。
「・・・・やっと決心したのね。遅すぎよ?」
「無茶言わないでくれ。得たいのしれない力があるってのは相当恐いもんだぜ?」
「でも、もう平気でしょ?」
そう言ってマミがエボルトラスターを差し出してくる。英雄はそれを受け取ると、まじまじと見つめて立ち上がる。
「・・・・それじゃ、もう行くよ。ちょっとの間だったけど、ありがとう。あの人にも、御礼言っといてくれ」
「・・・・うん」
どこか浮かない顔のマミ。それでも精一杯の笑顔を作る少女を、英雄はそっと抱きしめた。それと同時に、今まで堪えていたものがあふれ出す。それはマミではなく、英雄のものだった。
「・・・・もう、こういう時は普通女の子を安心させるものでしょ?」
「…だって、ずっと、こうしたかったんだ・・・・たとえ夢だったそしても、俺・・・・嬉しくて・・・・」
嗚咽を堪えて絞り出す声。もう今にも大声で泣き出しそうなちょっと頼りない少年を、マミはそっと抱き返す。
「…私もよ。ずっとこうしたかった・・・・でも、いいの。もっと大事なものを貴方から貰ったから」
「大事な、もの・・・・?」
「・・・・好きって、気持ちよ」
不意に顔が近くなり、やがて唇に温かく柔らかな感触が重なる。英雄は目を閉じてその感触に心をゆだね、やがて名残惜しそうに離す。
「不意打ちって、ズルいっての」
「フフ、これでもおねーさんですから。これぐらいのことはやれて当然です」
「・・・・俺も好きだ」
「ありがとう。私も、ずっと好きよ。・・・・だからっ」
今度は軽く、でも少しだけ強く拳を作って英雄の胸に当てるマミ。その際「えいっ」と力んでやっている為彼女なりの素での全力なんだろう。
「頑張ってこい、男の子!泣いてる女の子を助けるのはヒーローの役目でしょ」
「・・・・あぁ!」
胸の中にある確かな鼓動をしっかりと感じ取り、英雄は光に包まれて消えていく。
「ありがとうマミ・・・・行ってくる!」
「・・・・行ってらっしゃい」
その会話を最後に、英雄は還っていった。一人残ったマミはスカートのポケット中に手をいれ、握ったものを大事そうに取り出す。それは以前、英雄から渡されるはずだったストラップだった。それを見つめた後、胸の前で包むようにして握りしめる。
「…現実でも、こんな風に、いたかったな・・・・」
静かな涙が、頬を伝った。
◆
目を開ければ、そこは再び自分の部屋。背後に気配を感じて意識を向ける。
「・・・・美樹さやかが魔女になったわ」
「あぁ・・・・全部教えてもらったよ」
エボルトラスターが脈打つ。
「・・・・いいのね?」
「あぁ。・・・・もう、逃げない」
彼女の願いに恥じぬよう。彼女の想いに恥じぬよう。
前を見据える。やるべきこと、やりたいこと。全部から目をそらすことなく、しっかりと、真っ直ぐに。
「さやかを・・・・助ける!」
それが、英雄(ヒーロー)のなすべきことだと定めて。