ジムチャレンジ敗北者、ジグザグマになる。   作:匿名希望

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バトンタッチ

 前略。

 とうとう実家から追い出されたかと思いきや、いつの間にか暗くて狭くて湿ったところに身動きできないまま押し込まれていた。

 何を言っているのかわからねーと思うが俺も以下略。第三部、完。

 

 

 ──待て待て、状況を整理しよう。

 ジムチャレンジという夢に破れたへなちょこトレーナーである俺(27)は、それ以来実家に引きこもって早1☓年。不良債権にしびれを切らした両親は、何らかの伝手を頼って、俺に住み込み工場勤務という労働をあてがうことに成功した。

 それがつい最近の話。

 で、無事に自室からお天道様の下へ引きずり出されることとなった俺氏。

 そこまではいい。いや良くないが。

 問題は、それがどうしてこんな人権軽視としか思えない現状に陥っているのか、だ。

 10代のほとんどをポケモンバトルに費やし、何も残せなかった俺は職歴どころか学歴も危ういのだが、それでも最低限ヒト扱いされるべきではなかろうか。引きこもりニートだからといって勝手に人権を軽んじられてはかなわない。

 というか、単に輸送が雑というだけならまだ構わない。荷物を纏めて家を出てから、今に至るまでの記憶がないという不安点はあるけれど。

 最悪の事態──つまり、工場勤務なんて真っ赤な嘘で、俺はこれからなんかヤバい目、具体的に言えば人身売買などの憂き目に遭う可能性が非常に恐ろしい。

 そんな最期を迎えるような人生を──送ってきたのだろうか。

 再三言うが、まったく身動きが取れない状況なもので、ネガティブなことばかり頭をよぎる。それでも両親への懺悔より、生への執着ばかりが浮かぶあたりが実に俺らしい。

 

 

 ──うっ。今、激しく揺れた。

 先ほど輸送と言ったが、どうやら俺は乗り物か何かでどこかへ運ばれる最中らしい。

 耳を澄ますとガタゴト言っているのが聞こえるので、きっと、自動車ではなく電車。

 貨物列車か何かだろうか。

 周囲の様子を窺おうにも、とにかく暗く、何も見えない。

 いつからここにいて、いつまでここにいればいいのか。積み重ねる疑問に精神が苛まれる。

 ぐぇ、また揺れた。

 ぎぎっと車体が不快に軋む音が聞こえて、体が引っ張られるような感覚があった。

 さらに数度揺れて、止まる。

 

 

 ──停車したのか。駅か何かに。

 そう思った瞬間。

 体が浮いた。軽々と、何の予備動作もなく。

 おいおい確かに平均体重をキープしてたがそれでもそんな軽々と持ち上げられる訳が。

 予想外の事態に背筋が冷たくなったところで、今度は突然の墜落感が襲ってくる。うげ。

 何だ何だと身を縮こまらせるより早く、どこかへ放り出される感覚があって。

 ぶわっと、明るくなった視界に広がる木目。

 近づいてくる。落ちている。

 ……床に向かって?

 

「ぎゃん」

 

 次の瞬間。

 受け身を取る暇もなく、盛大に激突。

 が、結構な高さから落ちたらしいものの、そこまで痛みはひどくない。

 いつの間に身体能力が向上したのか、と驚きながら、ふと気づいたこと。

 視界がやたら低い。

 見渡した風景はやはり、慣れ親しんだ電車の中だったけれど。行き来する人間も、やたらと大きく見える。妙に落ち着きなく見えるのは、つい先ほど駅に停車したから、なのだろうか。

 どやどやと、押し合いへし合いしながら扉へと向かう人の群れにぶつかりそうになって、慌てて座席の隙間に飛び込んだ。

 電車を降りる彼らは俺には見向きもしない。

 これは一体、どういうことだ。

 暗くて狭いどこかからここに落ちて、それでも誰も騒ぐ様子がない。

 たまたま見られなかった、という超好意的解釈もできるが、こんな通路のど真ん中で人間が出てきて、そんなことがあり得るのだろうか。

 大体、どうして“解放された”?

 俺は今まで閉じ込められるなり、捕縛されるなりしていたはずだ。何か目的があって。

 “誰か”が俺を見張るなり何なりしていたのじゃないか。見渡す限り、何かを探すような不審な動きをしている乗客はいない。

 助かったー、と手放しで喜ぶ気にはなれなかった。状況に不安要素が多すぎる。

 うっかりミスか、計算のうちか。

 そもそも今の俺は、

 

「ねー、ママぁ」

 

 間の抜けた、甲高い声ではっと我に返る。顔を上げると、通路に親子連れがいるのが見えた。

 幼い娘と、荷物を抱えた母親。

 子どもは親の上着の裾を引っ張りながら、こちらに注意を向けようとしているようだ。

 その時は、何のことはない、興味を引くものでもあったのだろうと思った。

 けれど、子どもは。

 

「あそこにポケモンさんがいるよぉ」

 

 “俺”を指差して、確かにそう言った。

 

「……ポケモン?」

 

 俺の疑問と全く同じタイミングで、振り返った母親が聞き返す。

 ポケモン。ポケモンって。

 一応、周りを見渡してみても、人間はもちろんポケモンの一匹もいない。

 そんな、まさか。

 じゃあやっぱり、俺のことか?

 健康な27歳児男性が、まかり間違ってもポケモンに見える謂れはない。俺の1/5ほどの年齢であろう子どもにだって、それは同じのはずだ。

 しかも、

 

「ああそうね、ポケモンさんね」

 

 “俺”の姿を視認したらしい母親は、あっさりとそれを肯定しやがった。

 マジか。

 本当に、ポケモン。確かに、それならいきなり車内に現れても騒ぎにならなかったこと、視界がやたら低いことなど、さまざまな事象にある程度の説明がついてしまう。

 閉じ込められていた、と感じたのは、もしかしたらモンスターボールに入れられていたのかもしれない。ポケモンはともかく、ボールならそれこそ赤子だって簡単に持ち上げられる。

 悪夢みたいな結論だが、納得はいく。

 おそるおそる自分の体を見下ろそうとしたが、手も足も視界にさえ入ってこない。おい、俺は一体何のポケモンなんだよ。

 次にそんな疑問が湧いてきたが、親子はそれには答えてくれそうもなかった。

 

「きっと誰かの手持ちよ。早く降りないと、次の電車に乗り遅れちゃう」

 

 急いでいるのだろう。

 子どもの手とスーツケースとを引いて、早々に電車を降りていってしまった。

 軽率にほっとしたが、それで状況が改善された訳ではない。このままここにいては、駅員に回収されるのがオチだろうか。この場所がどこかもわからないが、とにかく逃げるべきか。

 ああ、考えが纏まらない。

 何もかも夢ってことにならないだろうか。

 誰か助けてくれ、と投げやりで曖昧なSOSを脳内で繰り返しつつ、現実逃避で蹲る。

 その時、背後で靴音がした。

 ブーツか何かを履いているのか、妙に重厚な響きだった。それは、迷いない正確なリズムでこちらに近づいてきて。やがて、すぐ側で止まる。

 まだ人間がいたのか。

 別の車両から移ってきたのか。

 間違いなくこちらにやってきた気配に、今すぐ開いた車窓から線路に飛び出すか迷って、怖じ気づいてやめた。諦観を込めて、振り返る。

 ──想像よりずっと大きな人影が立っていて、ぎょっとした。

 青みがかった黒髪、左眼にアイパッチ。軍人じみた雰囲気の、背筋の伸びた若い男だった。

 物見遊山の観光客というふうではない。

 しかしまさか駅員ではないだろう。

 思わず腰が引けたところで、その男がおもむろに膝を折った。顔を寄せてくる。

 そのまま海の色の隻眼を眇めて、

 

「……ホウエンジグザグマ?」

 

 そう、呟いた。

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