ジムチャレンジ敗北者、ジグザグマになる。   作:匿名希望

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ものまね

「散歩に行くぞ」

 

 レンの休日は、その一言で始まる。

 ジムチャレンジ期間とかいうクソ忙しいであろう時期でもそれは変わらない。

 

 

 不真面目な人間の筆頭である俺は、真面目なこってと思ってしまうが、トレーナーとしては優良物件なのは間違いない。

 ポケモンの身からすれば、忙しいからと世話をおろそかにされては堪らないはずだ。

 

『へいへい……まだ食べてる途中』

 

 円柱形のペレットを噛み砕いて、飲み込む。

 ポケモンフーズの味にも慣れてきた──というよりは、レンが俺の選り好みに辛抱強く付き合ってくれただけだ。一般的なフーズは人間の感性では生臭すぎてキツいものがあったが、オーガニックが売りのこれはまだ食べられる。

 まあ、ちょっと薄味だけど。

 

『ジャンクフードとか食べたいよな。……この体じゃ受け付けないか?』

 

 レンはキャンプをしないので、当然、そこで振る舞われるカレーにありつくこともない。

 自炊自体はまめにするほうなので、カレーも上手く作れるだろうと思うんだが。

 閑話休題。

 俺がまだお食事中で、散歩どころではないことにようやく気づいたらしいレンが、目の前にしゃがみ込んでくる。一粒つまみ上げて、

 

「やっぱりこれは食いつきがいいな」

 

 “まだ許せる”の範囲だけど。 

 俺はしょっぱいのが好きなんだよ。

 レンは道端の石ころを見る目でペレットを眺めていたが、やがておもむろに口へ放り込み。

 

「……離乳食の味だ」

 

 そんなご感想。

 俺だってウマいと思って食ってる訳じゃないわ!

 

『おい、俺のメシ取るなよいやしんぼめ』

『いやしんぼー』

 

 エアコンの風になびかれるモンメンが、ゆっくりと視界を横切っていく。 

 

『……あんたは光合成で食事が済むから良いよな。俺も草タイプになりたかった』

 

 日光浴ができない日でも、レンの家には植物育成ライトが備わっているので問題なし。

 たまにおやつ代わりに砂糖水を舐めるくらいなものだ。経済的にもエコロジー。

 もしかしてジグザグマってコスパ悪い? 最後の一粒を飲み込んで思う。

 

『おいしい?』

『おいしくはない。ごちそーさん』

「終わったな」

 

 俺はお行儀が良いので皿を舐めたりはしない。ちょっと食休み……としけこみたいところではあったが、レンはもう行く気満々らしい。

 持っていたハーネスを首に回そうとして。

 ──上着のポケットで鳴ったスマホに、レンの動きが止まる。片手間に取り出し、その着信画面を見て、一瞬、妙な顔をした。

 

「少しそこで待っていろ」

 

 指差してそう言い放ち、震え続けるスマホを片手に寝室へと向かう。

 業務連絡ならペットに聞かせたところで構わんだろうと思うが、レンなりの矜持なのか。首に纏わりついたハーネスを振りほどいて、ベッドにごろん。やっぱこれ嫌いだわ。

 

『行かないの』

『さあ。今は電話チュウ』

『でんわ……』

 

 モンメンは微妙な反応。いくら人間社会で長く生きていても、携帯の電波が基地局を介してドウタラコウタラ……というのはわかりづらいか。人間だって全てを理解している訳じゃないし。

 

『ま、アイツも忙しい時期なんだよ。……お、』

 

 神妙な顔のレンが、部屋から出てきた。うつむいたまま後ろ手で扉を閉め、近づいてくる。

 

『何だよ、仕事か?』

 

 思い悩んでいるふうでもあった。

 やっぱり急な仕事の連絡か。

 それなら俺なんかに構わず、行けばいいのに。あ、でもジムに行くなら連れてってほしいけど。

 

「ジグザグマ」 

 

 だから、何さ。

 しゃがみ込んで、目線を合わせてくるレンの隻眼を、同じように見つめ返す。

 レンは一瞬、言い淀んで。目を逸らし。それからまたすぐに俺を見据えて、

 

「……お前のトレーナーが見つかった」

 

 そう、きっぱりと言い放った。

 

 ──え。今、なんて、

 

「IDナンバーの照会も済んでる。今……エンジンシティの駅にいるらしい。時間があるなら寄ってほしいとかで────」

 

 トレーナー? 俺の?

 語りかけるレンの声が脳内でぼやけていく。さあっと血の気が引いていく感覚。

 これが現実だとは思いたくない。夢ならこのまま醒めてほしい。

 俺の、トレーナーが、見つかった。

 

 ──い、いやいやいやいや。

 

 ありえない。

 ありえない、ありえないありえない、

 

「今日は休日だし。お前が良ければこのまま、これからエンジンシティに向かって、」

 

 ありえないんだっつーの!

 

 ベッドから飛び出して、部屋の隅に縮こまる。

 なんで。なんで今更。意味がわからない。

 そうだ、そもそも俺はどうしてポケモンなんかになっているんだっけ。そんな記憶さえも無いのに、トレーナーが見つかったなんて。

 頭がおかしくなりそうだった。

 

『……モンメン、』

 

 気負いなく飛んできたモンメンが、丸まった俺の頭上で停止する。心配する雰囲気はなく、単純に俺の門出を喜ぶ表情だった。

 おぞましい。

 

『よかったね』

『なんッも、よくねーよ!』

 

 不思議そうに目を細めるモンメン。こいつ、俺が言ったこともう忘れやがったのか。こんな状況になること自体がおかしいっていうのに。

 童話の親指姫で、姫の生みの親がいきなり名乗り出てくるようなものだ。そんなものは初めからいないのに。

 

『……どうして?』

『言っただろ、俺にはトレーナーなんていたことないんだって……!』

 

 レンと出会うまでのことが、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

 いつの間にか暗くて狭いところ──モンスターボール?──に閉じ込められて運搬されていた。そんな状況に心当たりはないし、どこの誰がそうやって俺を運んでいたのかもわからない。

 そこでふと、思ったこと。

 俺は本当に、本当にたまたま、その魔の手から逃れられただけであって。

 そいつは、今も俺を探しているんじゃないか。探していて──そして、見つかった。

 

『今度こそ殺される……』

 

 震えが止まらず、歯の根が合わない。

 明確な死と苦痛のイメージが、すぐそこにまで迫ってきている。

 

『イオノ……?』

 

 明らかにおかしい俺の様子を、さすがに見咎めたらしいモンメンが、控えめに呼びかけてくる。

 レンもやって来た。

 

「おい。ジグザグマ?」

 

 俺の顔を改めて見て、眉をひそめる。

 常に間抜けな表情に見えるジグザグマだが、とても怖い、くらいの意思表示はできるらしい。

 

「……もしかして、嫌なのか?」

『嫌に決まって、………………』

 

 ──待てよ。

 

 本能にストップをかける。

 恐怖の中によぎる、一筋の光明。

 ここで駄々を捏ねれば、レンはエンジンシティ行きを却下するかもしれない。ただ、それは一時しのぎにしかならないんじゃないか。

 状況は何も好転しない。

 どちらにせよ今の俺には有効な手札がない。

 

『……このまま逃げ回っても、何も変わらないんじゃないか……?』

 

 はたと思い当たる。

 そうだ、冷静になれイオノ。

 相手はおそらくモンスターボールを持っているし、俺の居所も下手をしたら割れている。そこまで情報量に差がある状況で、これから俺が生きおおせられるもんだろうか。

 情報だ。情報を集めるんだ。せめて、そいつの尻尾くらいは掴んでやらないと。

 

『…………い、……行こう、エンジンシティ駅へ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 がたごとと、揺れる車両。

 流れる景色を見る気分にもなれず、レンの太ももを枕代わりにしつつ黙してその時を待つ。

 男の足なんか枕にしたって……なんて軽口は、脳内ですら叩く気にはなれなかった。

 

「どうした」

『やぁーめーろーやぁ』

 

 窓枠に頬杖をつくレンが、冗談めかして頬をつついてくる。それを軽く払って押し退けた。

 一転、ウソウソ俺ってば元気いっぱい☆を演出して電車に乗り込むまで漕ぎ着けたはいいが、それ以上の気力は捻り出せなかったのだ。

 つまり、今の俺は超ブルー。

 

「元気がないな」

 

 元気も悋気もあるか。こっちは心情的には生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ。

 首を傾げたレンが鞄から取り出してきたのは、手のひらに収まる程度の木の実。ロゼルの実だった。比較的、珍しい種類だ。

 

「これでも食べるか」

『いらね、そんな気分じゃ……いやこれウマッ』

 

 食べ物で釣る気かと思ったが、美味かった。

 さくさくした食感と、質のいい紅茶のような香りが上品なハーモニーを奏でている。さすが、高値で取り引きされるだけはある一品だ。

 ジグザグマになって、甘党にもなった気がする。そんなに甘いもの好きでもなかったのに。

 ……て、そうじゃなくて。

 

『……こいつら、寂しいとかないのかね』

 

 モンメンは既にのんびり寝入っているし(電車に乗るといつもそうらしい)。

 極端に惜しまれても困るが、ここまであっさり手放されると、何となくね。まあ、別にレンは望んで俺を手に入れた訳ではないし。

 

『ま、いいけど……』

 

 元の飼い主に戻すというだけのことに、何か思えというほうが無茶ぶりなのかもしれない。

 鬱陶しいのがいなくなって、内心ではせいせいしているのかも。俺の実家と同じ。

 

「機嫌は治ったか」

『まーね』

「……久しぶりに飼い主に会うんだから、いい顔しろよ」

『ひゃめろ』

 

 頬を軽くつねられて、上に引っ張られる。

 余計なお世話だっつーの。

 それに、会いに行くのは飼い主じゃない。良くて詐欺師、悪くて人殺しの悪魔だ。

 

 ──次は、エンジンシティ、エンジンシティ、

 

『……来た、』

 

 待ち望んでいたアナウンス。

 跳ね起きる。

 

「……降りる駅だ」

 

 眠ったままのモンメンは肩掛け鞄に入れ、俺は両腕に抱えて、レンが席を立つ。

 休日、わりと早い時間の車内は空いていて、乗客の姿はほとんどなかった。スムーズに出入り口のほうへと向かって、ドアにもたれかかる。

 

『……ちょっと、痛いんだが……』

 

 抱きしめる腕の感触が、いつもより強張って感じたのは気のせいだっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か、ウールーの群れが線路を占拠するとかとんでもないトラブルが起こって電車が止まらないかとか思ったりもしたが。

 ガラルレールウェイ、ブラッシータウン行きは無事、エンジンシティ駅へと到着した。

 してしまった。

 ええい、ここまで来たら覚悟を決めるしかないだろう。瞑っていた目を見開いて、レンの歩みの先をじっと見つめる。キテルグマが出るかサダイジャが出るか、とにかく、運を天に任せよう。

 

 乗客の少なさで、目当ての人物はすぐわかった。降り立ったホームの向こうには、あの駅員と、

 

「あ……いらっしゃいましたよ、」

 

 全身黒ずくめで、帽子を目深に被った、男とも女ともわからない人影が並んで立っていた。

 真冬でもないのに。黒のロングコートに黒手袋に黒いハットに黒いブーツのまっくろくろすけ。

 たぶん、いや絶対、こいつがトレーナー。

 自称、俺のトレーナー。

 冷静に考えろ、どう見ても、

 

『……明らかに超、不審者じゃねーか……!』

 

 何がどうしてこんなヤツがトレーナーだって信じちゃったワケ? 外見で人の良し悪しを差別するのは良くないってか。そりゃそうだけど!

 これじゃ情報なんか読み取れやしない。

 そもそも、あちらもそれを警戒してこんな見た目をしてきたんじゃないのか。もう確信犯だろ。

 

 想定内だが予想外の事態に、どっと嫌な汗が溢れ出す。が、慌てているのは当然俺だけで、それ以外のメンツは至極なごやかだった。

 

「……お久しぶりです、」

「ええ」

 

 にこやかにレンを出迎えた駅員は、次に腕の中の俺を見やって、またにっこり。

 

「良かったねえ」

 

 何が!? いや客観的に見れば良くはあるか、もう情緒がめちゃくちゃになりそう。

 レンが一歩、歩み寄る。

 

「……お別れだ、ジグザグマ」

 

 ああ、このままだと速攻で今生の別れになりそうだ。できればすぐさま助けてほしい。

 冷や汗がすごいが、もさもさと全身に生えている毛のおかげで気づかれていないようだ。

 レンの手が頭をひと撫でして、それで、彼なりの別れの挨拶は済んでしまったらしい。控えめな仕草で差し出される。

 

「……ほら、」

 

 そこまではまだ良かったが。

 黒ずくめがポケットから片手を出した。そこに握られていたのは──モンスターボール。

 ぞっと背筋が冷たくなった。

 まずい。“アレ”を使われたら、終わる。

 永遠に、事態が改善しなくなる。

 こんなところで速攻、奥の手が出てくるなんて、見くびりすぎていたのかもしれない。

 

 もう、コイツの正体なんかをのんびり探っている場合じゃない!

 

「っ、」

 

 レンの胸板を踏み台にして、ヤツに飛びかかる。レンは若干ふらついたものの、それだけだった。山みたいな体幹だな、とかまあ、そういうことは今は一旦置いといて!

 

『むぐっ』

 

 腕ごともぐ勢いでモンスターボールを咥えてぶん取り、すたっと着地。

 で、後は、思いっきり歯に力を入れて──

 

『ぅぎ、ぎぃ……』

 

 噛み、砕く。

 ミシミシと口の中で人類の叡智が軋む音が聞こえて。やがて、バキッ、と不吉な音がした。

 続いて、バキバキバキッと。

 後は流れでお願いします。

 

『っ、壊れた、』

 

 人間の握力じゃあ壊せそうにもない精密機器でも、ポケモンの咬合力があればわりと簡単に鉄クズへ変えられるようだ。

 モンスターボールはもはや原型を留めていなかったが、ここから何かしらの情報を拾われては困る。とりあえず、咥えておこう。

 

 それで、それで、それで──

 で、──次は、逃げないと。 

 

「ジグザグマ!」

 

 ──呼びかけられた。

 一瞬、我に返って、振り返る。

 レンの声だった。立ちすくむレンと、騒ぎに気づいて目覚めたらしいモンメンが、俺を呆然と見つめていた。

 でも、今の俺にはもう関係ない。

 その後ろに佇む黒ずくめが、今のところは俺を追ってくる気配がないことだけ。

 逃げられる。今なら。

 

『ごめん、』

 

 それだけを何とか口に出して、でき得る限りのスピードでエンジンシティ駅を飛び出す。

 さらに何か言っていたような気がしたが、それを聞こえないふりをすることだけが、今の俺に唯一できる自己防衛の手段だった。

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