ジムチャレンジ敗北者、ジグザグマになる。   作:匿名希望

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つぶらなひとみ

『──ジグザグマ?』

 

 思わずそう繰り返したが、男は何の反応も見せなかった。考え込むように顎へ手を当てる。

 やはり聞こえていない──というか、通じていないのか。ポケモンならそれはそうか。

 

「野生……とは違うか」

 

 ていうか待て、今ジグザグマって言った?

 俺が? ジグザグマ?

 その辺にメチャクチャうろついてる?

 

『……ふ、ふつーすぎん……?』

 

 ポケモンになってしまった、という事実以上にショックを受けてしまった。

 ミュウだのポリゴンだの特別なポケモンなら喜べたのか、と言えばそうではないが、無意識のラインを余裕で下回られたのは衝撃だった。せめてピカチュウとかイーブイとか。

 あっ、でもリージョンフォームなのか。いやそれだから何なんだ。

 

「……もう車両には誰もいない、でも、野生個体が迷い込んだとは考えられない……」

 

 俺が勝手にショックを受けている間にも、眼帯男はさくさく話を進めてしまう。

 まあ、男から見たら、今の俺は取り残されたポケモンでしかないのだからやむを得ないか。

 いやしかしジグザグマ、確かホウエンの姿ならノーマル単タイプだったような、じゃあゴーストタイプへの打点がないってことかよ、でも悪複合だと格闘タイプのダメージが馬鹿にならな、

 

「ジグザグマ」

 

 呼びかけられた。思考が停止する。

 男の手のひらが、穏やかに頭を撫でてくる。

 見知らぬ他人、しかも歳の近そうな同性に触れられるなんて鳥肌モンだが、今はポケモンになったせいだろうか。嫌悪感はなかった。

 

「お前に飼い主がもしいるなら、きっともう電車を降りているはずだ」

 

 まさか理解させるためではないだろうが、淡々と状況を説明してくる。

 そういえば、俺も手持ちのポケモンにこうしてよく語りかけていた。内容を100%理解できるなどとは思っていなかったが、それでもポケモンには話しかけたくなるのが人情というものだ。

 大抵のトレーナーは持っているだろう“人情”がこんなところで役に立つなんて。

 言語化できない感傷がこみ上げて、無言でそれを飲み下す。今は不要な感情だった。

 男を見上げる。 

 

「俺と行こう」

 

 こいつに逆らうメリットはない。今は、おとなしく従っているべきだろう。

 差し出された手に、そっと短い足を乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──で、

 

『……だからってこれはなくね?』

 

 何に配慮したのかは不明だが、気づいたら軽々と縦抱きにされて連れ出されていた。

 男の歩みは安定感抜群だが、だからといって喜べるような事態ではない。多少ついていくのが大変でも、自分の足で歩いたほうがいい。

 それで、だ。

 もうひとつ、発見があった。

 抱き上げられてようやく気づいたのだが、男の数歩後ろにふわふわと浮かぶポケモン。

 綿毛の体に木の葉の羽──モンメンだった。

 男の手持ちだろうか。そこまで考えて、もし本当に俺がポケモンなら、こいつとは話が通じるんじゃないかと思った。

 

『なあ、おい、そこのモンメン!』

 

 肩から身を乗り出して呼びかけると、ぼんやり景色を見ていた琥珀色の瞳がこちらを向いて。

 

『──なに?』

 

 人間の声──だった。

 少なくとも、俺にはそう聞こえた。若い、という以上に幼い、少女のような澄んだ声。

 

『あんた、こいつの手持ち?』

『そうだけど』

 

 淡々と肯定される。そこに子どもらしい溌剌さはなく、声から感じる響き以上に、冷静で落ち着いた性格のようだ。

 

『こいつじゃなくて、レン』

 

 レン。思わぬところで眼帯男の名前が明らかになったが、そんなことはどうでもいい。

 

『俺の言ってること、わかるのか』

 

 そこで、モンメンが怪訝そうに目を細めた。訳のわからないことを聞かれた、と思っているのだろう。俺だってこんなことは聞きたくない。

 

『……どういうこと?』

『いや……』

 

 どう説明すればいいのか。

 27年、人間として生きてきたのに、気づいたらポケモンになっていましたなんて言ったら、間違いなくビョーキを疑われるだろう。このモンメンに何ができる訳でもない。

 俺が言い淀んでいる間に、モンメンはちょっと考えるような素振りをして。

 

『同じポケモンだから、わかるよ』

 

 その一言は、俺に妙な納得を与えてくれた。

 今の俺はポケモン。ようやく、仮定ではなくそれを受け止める気になった。

 

『……今の俺、何に見える?』

『ジグザグマ』

 

 ノータイムで返される。まさか男の目がバグっているなどとは思っていないが、何となく確認したくなっただけである。

 

『ホウエンのすがた』

『ああ』

 

 さらに付け加えてくる。

 行ったこともない地方のリージョンフォーム。まったく有り難くない“特別”だ。

 

『変なの』

 

 それきり黙ってしまった俺に、モンメンが端的な罵倒をぶつけてくる。

 確かに、会ったばかりのヤツが自分は人間かとしきりに聞いてきたら気持ち悪いわな。そう置き換えてダメージを半減しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 改札を抜けた男がまず始めに向かったのは、案の定というべきか、総合窓口。

 立ち止まった大柄な人影に気づいたのか、何か書き物をしていたらしい女の駅員が、ガラス越しにこちらを見返してくる。

 

「どうされましたか?」

「このジグザグマが、車内に取り残されていたようなんです」

 

 向き合う形で抱えられていたのが、くるっと体を180°回転させられる。

 暴れる理由がないのでおとなしくしているが、本物のジグザグマならもっと抵抗していたのかもしれない。見上げてくる駅員を、こちらもじっと見つめ返す。“つぶらな瞳”とか覚えてんのかな?

 

「車両内にポケモンが単独で……ですか?」

「野生とは考えにくいんですが」

「そうですよね」

 

 訳知り顔で相槌をうつ駅員。

 さすがというべきか、「何このジグザグマ、色違い?」みたいな腑抜けた反応はなく、リージョンフォームだと理解しているようだ。

 じろじろと矯めつ眇めつ眺め回してから。やや言いにくそうに、一言。

 

「……重く、ないですか?」

「問題ないです」

「そうですか」

 

 おい誰が重いって。一周回ってデリケートなお年頃なので気を使ってほしい。

 男が顔色変えずにスーパーダーリンっぷりを発揮してくれたが、ノーサンキューだ。

 

「迷いポケモンとして報告しておきますね。ホウエンジグザグマの……えっと、」

 

 再び言い淀む駅員。これ以上何が気になるんだと無い首を捻るより早く、

 

『ヒエッ』

「オスですね。まだ若い」

 

 男に股間をまさぐられた。毛並みを掻き分けられ、デリケートゾーンを観察される。

 あ、やっぱオスなのね。じゃなくて。

 

「ホウエンジグザグマのオス……と」

『穢された……こんな……男に……まだ誰ともヤッたことないのに……』

『なに言っているの?』

 

 幼気なチェリンボーイ(27)のピュアボデーが穢されてしまった。せめて駅員にされたかった。

 辱めを受けてメソメソぶっこいている俺をよそに、どんどん手続きが進んでいく。

 

「はい。では、これでひとまずお預かりを、」

「いえ」

 

 食い気味に制止。懐から小さな手帳のようなものを取り出して、駅員に見せる。

 

「携帯獣看護師資格を持っています。センターとのコネクションもありますので。一旦、こちらで引き取らせていただきたい」

 

 ……そういうことらしい。

 ここで男(withモンメン)とさよならバイバイできるかと思いきや、予想外の展開である。

 

『……マジかよ』『よかったね』

 

 何がだ。

 まあ、このまま駅に引き取られることと、男に引き取られることのどちらがましか、というのは総合的にみて甲乙つけがたいところはあるが。

 

「何かありましたらこちらに連絡を」

「かしこまりました」

 

 さらっと名刺を渡して、それで駅員とはサヨナラ。

 クソ、これから俺、どうなっちゃうんだろうな。

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