ジムチャレンジ敗北者、ジグザグマになる。   作:匿名希望

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じたばた

 男に抱かれて降りた先は、テレビでしか見たことのないシュートシティで。

 その街中に並ぶテラスドハウスの一角が、彼とモンメンの根城のようだった。

 

 

 

 

『はあ……』

 

 きちんと片付いたリビング、その片隅で体を丸める。ようやく一息つけたものの、考えるべき問題は山積みだ。

 金持ってんだな、と男を羨む余裕もない。

 今の自分は飼い主のいないジグザグマで、このままでは何の後ろ盾もない野生個体として過酷なサバイブを強いられるだけの存在だ。

 俺は元ニート、現ポケモン。

 男は……携帯獣看護師。

 要するにポケモンセンターのスタッフで、国家資格が必要な超エリートだ。看護師といえば医師の補助役というイメージが強いかもしれないが、ポケモンの場合は人間と事情が違う。病院よりもセンターのほうが大きな施設なのだから。

 

『……はあ……』

 

 ため息しか出てこない。

 とりあえず食いっぱぐれずには済みそうだが、俺は一体これからどうすればいいのだろう。

 トレーナーを探すらしいが、そもそもが存在しない人間を見つけ出すのには無理がある。 

 

『……だいじょうぶ?』

 

 アンニュイでメランコリーな俺をさすがに心配したのか、モンメンがふよふよ近づいてくる。

 

『モンメン……』

 

 見れば見るほど、あの男には似つかわしくないかわいらしいポケモンだ。

 しかも、進化前なので戦闘能力はほとんど無いに等しいだろう。護衛としても頼りない。同じく進化前、石を投げれば当たるようなポジションの俺が言えたことではないかもしれないが。

 進化後のエルフーンは……たまに戦った。まあ、進化には特別な石が必要だから、普通に暮らしているだけの人間には手間なのかもしれない。

 そこへ、着替えたらしいレンが部屋に入ってきた。多少ラフになった(といっても黒いアイパッチの圧が強すぎるが)格好で、俺たちを見比べ。

 

「……もしかして、気が合うのか?」

『合わんわ』

『わからない』

 

 我の強い不思議ちゃん、苦手なタイプだ。

 気取っている訳ではなく、おそらく素の性格であろうところも苦手ポイントが高い。

 そんなことを考えていたら、男が近づいてきたのに気づかなかった。レンはすとん、と俺の脇に腰を下ろして。

 

「触るぞ」

 

 そう簡潔に告げて、カーペットに伏せていた胴体をひっくり返してきた。

 何か反応するより早く、露わになった腹を再びわさわさとまさぐられて、ゾワッとする。

 

『ギャーッセクハラ! ひとごろしー! あっポケモンだった』

「怪我がないか見るだけだ」

『ないよ怪我なんて……クッソ、エスパータイプになりたかったわー!』

 

 奇跡的に会話のようなものが成立している。

 言語でコミュニケーションを取る術がないので仕方がないが、ありとあらゆる権利を最悪の形で毀損されている。トラウマになりそうだ。

 

『誰か男の人呼んでーぇ!』

『うるさい』

「騒がしいジグザグマだな」

 

 さすが息ぴったりだな、と現実逃避しかかったところで、ようやく解放される。

 

「問題なさそうだ」

『最初から言ってるだろ! 聞こえてないか……』

 

 レンの手から逃れて、壁際で体を丸める。本当のジグザグマなら毛づくろいしていたあたりか。

 警戒しているように見えるだろう姿勢に、レンは憂い気なため息を吐いて。

 

「ほら」

 

 傍らのテーブルに乗っていたらしいバスケットから何かを取って、無造作に差し出してきた。

 薄ピンクで丸っこい、

 

『……モモンの実?』

 

 餌付けのつもりか。

 まさか毒は入っていないだろうが、ひとまず匂いを嗅いでみて、それからかぶりつく。今まで意識していなかったが、腹は確かに空いていた。

 人間からすれば行儀が悪いが、ジグザグマの体格ではよつん這いが楽なのだから仕方ない。

 甘くて美味しい木の実をぺろりと平らげて、果汁で汚れた口元を舐めていると。

 

『ジグザグマ』

『そうやって呼ぶな、俺にも名前あんだよ!』

『じゃあ、なに?』

 

 しれっと返されて、一瞬戸惑ったが。

 

『……イオノ』

『イオノ』

 

 感慨なく反復してみせるモンメン。名前を教えるなんていつぶりか、としみじみしかけたところに、

 

『レンには伝わらないけど』

『余計なこと言うなや』

 

 そんなこたぁわかっている。それに、あんなゴツい男に本名を呼ばれたところで嬉しくもない。

 そこでふと、思ったのは。

 

『……あんたは?』

 

 モンメン、モンメンと種族名で無遠慮に呼びつけていたが、指摘が入ったことはなかった。

 何となくバツが悪いような気分になりながら尋ねてみたのに、彼女はぼうっと天井を仰ぎ。

 

『モンメンは……モンメンっていうなまえ』

『つまり無いってことね……』

 

 ポケモンにはありがちなことだ。

 

『ま、あいつニックネームとかつけなさそうな見た目だけどさ。あんた、トレーナーの名前にはこだわったくせに自分の名前に興味ないのかよ』

『別にほしいと思わない』

 

 モンメンが欲しがったところでどうにかなるものでもないのだが、本心から気にしていないらしい言い草だった。

 

『モンメンはモンメン。仲間は世界にたくさんいるけれど、“レンのモンメン”はここにしかいない』

 

 自分に言い聞かせるでもなく、当然のことを当然とする口調。やはり、良くも悪くも我が強く、可愛げのないポケモンである。

 

『レンもそう思ってる。だから、いい』

 

 ──ポケモンと人間の感性は、決して交わることのないラインにそれぞれ存在している。

 スクールでそんなことを言われたのを、今さらふと思い出した。

 発言したのは生徒の間でも『変わり者』と有名な男講師だったが、このイレギュラーな状況下で10年以上ぶりの納得を掴む。

 ニックネームをつけたがるのはあくまで人間的な感性であり、別にポケモンは欲していないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、ソファで本を読み始めたレンの横顔を、見るともなしに眺めていると。

 

『イオノのトレーナーは?』

 

 しばらく黙っていたモンメンが、そんなことを尋ねてきた。そういえば、名前がどうとかよりもいの一番に聞くべき内容であるはずだ。

 はなからそんなものはいないので、聞かれないことを疑問にも思わなかった。

 少し考えて、

 

『……いない』

『いない?』

 

 ありのままを答える。モンメンは不思議そうにしていたが、あっけらかんと、

 

『やっぱり野生?』

 

 ホウエンジグザグマという種族はともかく、野生のポケモン自体は珍しくもない。

 当たり前に偏見などは持っていないようだ。それはそれで有り難いが、今言いたいのはそういうことじゃない。

 

『とにかく。ポケモンとして誰かの手持ちになったことは一度もない。それだけは確かだ』

『ふうん』

 

 細部は省いて、事実のみを伝えておく。

 レンが取った行動は正しいのだが、こちらの事情が特殊すぎた結果、完全に無駄。

 モンメンはしばらく何か考えていたようだったが、やがて、

 

『じゃあ、レンのポケモンになろう』

 

 ……どうしてそうなる。

 

『ええ……? まあ……うん……』

 

 論理の飛躍としか思えない提案だったが、冷静に考えずとも一番現実的かもしれない。

 

『……まあ……そうなるのが一番安牌かもなあ……』

 

 とにかく、今の俺にはニート時代以上に後ろ盾が必要なのだ。

 何をするにも、ただ生きていくのにさえ。

 俺に余計なことをせず、落ち着いていて、それなりに安定した財力のある人間──飼い主という案件で見れば、レンはそこそこ優良物件だ。モンメンという前例もある。

 

『とりあえず、今はな……』

『うん』

 

 あくびを噛み殺さずに放逐する。

 いい加減、疲れて眠くなってきた。とにかく色々とありすぎたのだ。少し休みたい。

 鼻面を体毛に埋めて、瞼を下ろす。

 今日は、自分でも不思議なことだが、久しぶりによく眠れそうだった。

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