ジムチャレンジ敗北者、ジグザグマになる。   作:匿名希望

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がむしゃら

 (不本意ながら)レンとモンメンと暮らし始めてから、早数日が過ぎた。

 

 

 その間、風呂にぶち込まれて洗われたり、ポケモンフードが不味かったりと色々あったが、それなりにポケモンの生活にも慣れてきた……と思う。

 まあ、思うだけだ。

 

 

 

 

 ──ビート対マリー、新進気鋭のジムリーダー対決によるエキシビションマッチ、開幕です!

 

 平和な昼下がり。バラエティ紛いの情報番組が終わり、シュートスタジアムで開催されるエキシビションの中継がシームレスに始まった。

 流行りのデザートだの、キャンプグッズには興味がないが、ポケモンバトルなら話は別だ。

 ぐでっとソファにもたれていたのを、きちんとした伏せの姿勢に直す。

 ──が、ほとんど同じタイミングで部屋に入ってきたレンが、あっさりチャンネルを変更してしまった。リモコンをテーブルに置いて、ソファの空いたスペースに腰掛けてくる。

 

『あーあ、』

 

 見てたのに、という恨めしさを込めて男を見上げるも、その思いは当然伝わらない。

 変更先は、野生ポケモンの生活を追ったドキュメンタリー番組。いやに荘厳なBGMが一周回って眠気を誘ってくる。

 

『こんなクソつまんねー番組見るなよな……』

 

 愚痴ってみても、当然反応はない。のんびりと湯気くゆるコーヒーを啜っている。

 しかも、

 

『おいおい気安く触んなよ、……はあ』

 

 空いた手を伸ばして毛並みを撫でてきた。馴れ馴れしいことこの上ない。軽く足を伸ばして手を押し退けると、逆に苦情が返ってきた。

 

「お前が毛づくろいしないからだ」

『カラダなんかべろべろ舐められるかよ。ポケモンじゃねんだぞ。いやポケモンだけど』

 

 本当ならば舐めて毛を繕うべきなのかもしれないが、普通に抵抗感が強い。レンは風呂に入れてくれるようだし、それでいいのではと思う。

 というか、まだ触ってくるな。退屈しのぎの手慰み代わりなのだろうか。

 

「退屈そうだな」

『あんたがチャンネル変えたせいでね……』

 

 強いて言うなら耳のあたりを撫でられるのがリラックスするかもしれない。

 少し間が空いて、

 

「散歩にでも行くか」

 

 そんなことを言い出した。

 散歩。人間と人間なら連れ立って歩くことを指す単語だが、ポケモンと人間だと……つまりワンパチなどでよく見る光景になるのか。

 うーん、正直プライド的にはノーサンキューなのだが、外に出て動きたい気持ちはあった。

 レンのほうは乗り気なようで、

 

「お前のことを話したら、センターのスタッフがお下がりをくれた」

 

 若干くたびれたハーネス。こちらに突き出してくるので試しに嗅いでみたが、

 

『ワンパチ臭ぁ』

 

 嗅覚が優れているのだろうか。普段は気にならない程度のニオイがやたらと鼻についた。

 若いオスのワンパチ。そんなところまでするすると頭に入ってくる。どうでもいい情報だ。

 良いとも悪いとも伝えられず黙っていたら、了承と取られたらしく。勝手に装着される。首周りが圧迫される感覚は不愉快だったが、まあ、そのうち慣れるだろうと思うしかない。

 窓際でうつらうつらしていたモンメンが、こちらに飛んでくる。

 

『さんぽ?』

『らしいけど。よくすんの?』

『うーん……』

 

 はっきりしない反応だ。確かに、モンメンの散歩って何だよという部分はある。

 

『モンメンは風強い日はしない』

『飛んでくからか』

『日向ぼっこなら家でできる』

『まあそうね』

「行くぞ」

 

 リードがつけられて、軽く引っ張られる感覚。ぐえ。思った以上に苦しいじゃねーか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天気は快晴、風は無し。

 ということでモンメンもついてきて、傍目には平和なお散歩がスタートした。

 

『……うーむ、情報量が多い』

 

 石畳からはさまざまなニオイがする。

 最初に街に出た時は、レンに抱えられて移動していたので気づかなかった。

 あまり人通りのない静かな街中なのに、このニオイのせいでやたら騒がしく感じる。

 

「行けそうか?」

 

 家から出てすぐの場所で立ち止まってしまった俺に、レンが気遣うような声をかけてくる。

 別に、怯えている訳ではないのだが。

 

『ま……大丈夫っしょぉおおなんか真っ直ぐ歩けん!』

 

 それ以上に大丈夫じゃないことがあった。

 意識すれば多少直線で歩けるが、ぼーっとしているとじぐざぐ歩きになってしまう。

 無意識に興味を惹かれる方向へ足が向いてしまう習性があるようで、どうしようもない。

 

『じぐざぐ』

『うっせえ!』

 

 名は体を表すというが、そのまんま。どうせならモンメンのように飛んでみたかったものだ。

 道路を挟んだ向かい側に目をやる。

 

『公園?』

 

 広々とした草原と、立ち並ぶ木々。こちらはまばらながらも人がいた。

 いくつかのベンチ、自動販売機、立て看板。のんびりとした風景の中に、若干の異彩を放って存在する、手作り感溢れるバトルコート。

 そこで向き合う子ども二人と、その足元で取っ組み合うポケモンに目が行く。

 

『バトルだ!』

「おい、」

『ぐえ』

 

 リードの持ち主を無視して突っ走ってしまったせいで、再び喉元に衝撃。もうこれ虐待だろ。

 

『良いだろテレビは譲ってやったんだから散歩くらいは俺を優先しろよーっ』

「まったく」

 

 やれやれ顔のレン。隣のモンメンがその仕草を下手に真似ているのがまた腹が立つ。

 最終的にはレンのほうが折れてくれて、バトルコートの近くまで連れて行ってくれた。

 クスネとココガラのバトル。明らかにテンションが上がったのがさすがにバレたのか、

 

「随分と血気盛んだな……」

 

 呆れ顔で揶揄される。

 良いだろ、別に。楽しい気持ちに何となく水を差されつつ、コートへ視線を戻す。

 明らかにクスネのほうが圧倒されていたその試合は、ココガラの“つつく”で幕を閉じた。クスネのトレーナーらしい少年は悔しげな顔で倒れた手持ちをボールに収め、ココガラのトレーナーらしい少女がほっとした顔で相棒の勇姿を称える。

 レンはそれを見届けるなり、

 

「終わったぞ」

『いや全然見てねーじゃん、せめてもう一戦、』

「順番待ち? おじさん」

 

 用は済んだとばかりにぐいぐいリードを引っ張ってくるレンに全身で抵抗していると。

 背後から、そんな声がかかった。

 利口そうな顔立ちの、身なりの綺麗な少年が、挑発的にレンを見上げていた。というか今、

 

『お、おじさ……』

 

 おじさん。おじさんって。

 レンは確かに老成して見えるが、おじさんと呼ばれるような年齢ではないだろう。下手したら俺より年下の可能性さえあるのだから。

 

「順番?」

 

 自分ごとのようにショックを受ける俺をよそに、レンは目くじらを立てることもなく、泰然と少年にその意図を問う。

 

「バトルのだよ」

 

 少年もといクソガキは、モンスターボールを手の中で弄びながらそう言い放った。

 その目はレンではなく、背後で浮遊するモンメンを品定めしている。カモだ、とでも思っているのだろうか。それとも単純に馬鹿にしている?

 性格の悪いヤツ。

 同類の俺が言うんだから間違いない。

 

「……俺たちはしない」

「そのジグザグマ、やる気みたいだけど」

 

 鼻を鳴らしてこちらを睥睨してくる。さっきのやり取りを見られていたらしい。

 おいおい、喧嘩売ってんのか。俺が本気を出すと警戒心の高いミブリムが草むらに逃げるぞ。思わずムカッとして身を乗り出すと、

 

「やめろ、ジグザグマ」

 

 レンが行儀悪く足でガードしてきた。革靴の爪先で、器用に背後へ押しやってくる。

 

「お前は俺のポケモンじゃない。何かあった時の責任が取れない」

 

 そういえばそういう話だったっけ。

 全くの正論であり、どこにも隙は無い。トレーナー、そんなものはいない、と言ったってレンは信じないだろうし、そもそも伝える術がない。

 ちぇーっ、だ。

 許可が降りず明らかに拗ねる俺を見て、クソガキが不敵に口角を吊り上げる。

 

「バトルさせてあげないんだ」

 

 おい、余計なこと言うな。レンからNGが出たのはもちろん癪だが、こいつに援護されてもこれっぽっちも喜ばしくない。

 が、俺より圧倒的に煽り耐性の高いレンは、平然と俺を抱き上げ、少年に背を向けた。その背中にかかる、さらに幼稚な追撃。

 

「おじさん、知ってる? そーゆーのも『ギャクタイ』って言うんだってさ」

 

 またくだらないことを。

 一笑に付そうとしたその瞬間、レンがぴたりと足を止めた。何、と顔を上げたのと同時に、

 

「お前に何がわかる」

 

 虚空を見据えたまま、それだけを。

 怒りも悲しみも読み取れない、凍りついた一言だった。あの少年に向けられているようで、そうではないとも言える、茫洋とした発言。

 若干、ぞっとした。

 なんかこれ、ヤバいんじゃないの。

 

「え? 何?」

 

 この期に及んで煽る気満々のクソガキを、悠然と振り返るレン。その顔はやはり落ち着いた無表情のままで、何の感情も窺えない。

 しかし、アイツが何か良くないスイッチを軽々踏み抜き、その結果レンがヤバい感情を抱いたらしいことはどことなく察せられた。

 おいおい何するつもりだよ。

 

『おいレンあのクソガキがクソなことはもはや覆せない事実だがお前がキャリアをなげうってまでわからせる必要は無…………お?』

 

 パチン、と軽い音を立てて、ハーネスがリードごと外される。

 ──俺がああだこうだ言う必要もなく、レンは当然に大人のようだった。解放された体が慎重な仕草で地面に降ろされる。これは、つまり。

 

「ここでお前が勝とうが負けようが、お前に対する俺の評価は何も変わらない。お前は今、お前のためだけに戦え」

 

 遠回しな許しが降りた。しかしまあ、レンは自分の気晴らし自体には興味がないようだ。

 全く大人なこって。見習いたいよ、嫌味なんて欠片もなく、さ。

 

『……言われなくてもそーするさ』

 

 ふらつきたがる体を抑えながら、バトルコートの真ん中へ歩いていく。クソガキのニヤついた顔が癇に障ったが、悔しがる様っていうのはこういう前振りがあって映えるもんだ。

 

「結局やるんじゃん」

『煽っておいてなんて言い草だこのガキ……尾てい骨と肋骨一度に折れろ』

 

 SNSに上げたらバズりそうなてちてち歩きでコートへ向かう俺とは違い、クソガキは気取った仕草でモンスターボールを構えてみせる。

 

「行けっ、ベロバー」

 

 ボールから現れるやいなや、スタイリッシュに着地したデビル野郎にぺっ、と唾を吐いてやる。

 予想通りすぎて面白くもない。個人的にもこの系統は正直好かない。

 

『クソガキらしいポケモンだな。イキリキッズ同士お似合いだぜ』

『ええ……ちょっとこいつガラルの姿より性格悪いよ……』

 

 分類いじわるポケモンにドン引かれるという腑に落ちなさ。お前仮にも悪タイプだろ。

 

『………………』

 

 しかし、ベロバーか。

 少し真面目に考えよう。

 ギモーに進化するのがレベル32、つまりこの個体はそれ以下の可能性が高い。覚える攻撃技は“猫騙し”、“噛みつく”、“ダメ押し”、“不意打ち”あたりだろうか。まあ大した威力ではない。

 むしろ特性“悪戯心”で変化技を出しまくられるほうが面倒臭いが、このクソガキにそんな慎重さがあるだろうか? いやない。

 なんてったって相手はあの『ジグザグマ』。最大級にナメてかかってこられなくては困る。

 

「ベロバー、“噛みつく”!」

 

 来た。一番スタンダードなのが。

 ベロバーが地面を蹴ってこちらに飛びかかってきた。人間の時だったら視認できない程度には素早い立ち上がりだ。けれど、

 

『──見える!』

 

 今なら、避けられる。

 どう動けばいいかを、体が知っている。

 雑魚なりにいい個体なんじゃないか、これ。もともと素早い種族とは思っていたけれど。

 あっさりかわされて、わかりやすくあ然とするベロバーを睨みつけてやる。

 

『フツーそこは“猫騙し”だろ、知らんけど!』

『なんでオマエがそんなこと言うんだよ!』

 

 少なくともお前の主様よりはちょっとばかしデキるトレーナーやってたからだよ、アホ。

 

「クソ、こいつ意外と素早いぞ」

 

 ふふん。得意になってレンを振り返ったが、腕を組んだ威圧的な無表情のままだった。ちぇっ。

 まあ、それはいいにしても。

 

『…………で、どうすりゃあいいワケ?』

 

 反撃開始! ──と行きたいのは山々だけれども、肝心の技が思い浮かばなかった。

 

『……ええ?』

 

 こんな土壇場で、マジか。

 ちょっと背筋が冷たくなる。

 そもそも、ポケモンにとっての『技』とは一体何なのだろう。人間が攻撃手段としてただ蹴ったり噛んだりするのとは、何が違うのか。今さらすぎる問答に苛まれる。

 そのあたりの感覚がそれはもう、さっぱりわからないので。ああ、もうちょっと真面目に座学をやっておけば良かった。

 

「もう一度“噛みつく”!」

『あーもー邪魔、今考えてんだよ!』

『オマエこそさっきから何言ってんだ!』

 

 俺をブチのめす気満々のベロバーがちょろちょろしていて、鬱陶しいったらありゃしない。

 こっちは本気で考えてるってのに。

 

『攻撃、攻撃、攻撃……』

 

 頭が痛くなってくる。

 “噛みつく”と言われて“噛みつく”が出せる、ある意味生まれながらのエリート様に用はないのだ。

 攻撃技。攻撃技だ。

 ジグザグマが──この体が覚えているはずの技が何かあるはずだろう。意識せずとも避けられたんだから、きっとできるはずなんだ。

 できる……よな!?

 

「次で仕留める、」

『食らえジグザグマァ!』

 

 3度目、飛びかかってくるベロバー。

 避けること自体は容易い。

 けれど、このままじゃジリ貧だ。攻撃だ。技を出すんだ。そうこうしているうちに視界の端でベロバーが再び身構えるのが目に入る、

 ああもう、

 

『だから、うっせーって言ってんだろーがっ!』

 

 ──全身に走る重い衝撃。

 ドゴォン、と鈍い音がして。

 ふと気づいた時には、コートの端まで吹っ飛んだベロバーが目を回していた。

 戦闘不能。

 倒した? 俺が? 技で。技が出た!

 

『何だこの技! でもやった!』

 

 いつの間にかちらほら集まっていたギャラリーが、ほんの僅かざわめきを立てる。

 それは恥ずかしい反面、向けられる視線は誇らしくもあった。

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