ジムチャレンジ敗北者、ジグザグマになる。 作:匿名希望
どうだ。俺の勇姿を見ろ全人類。
技が出たのは正直、かっとなったはずみだったが、何にせよポケモンバトルらしい勝利をおさめられたことには間違いないだろう。
ベロバーがボールに収められる。
それを見届け、意気揚々と踵を返そうとして。
「──やれ、パルスワン!」
背後で響いた声に、硬直する。
バウッ。
応えるように響いた唸りと、パチパチ電気が爆ぜる音。聞き覚えのある響き、その名前。
まさか──慌てて振り返った先、
『げえっ』
臨戦態勢で地面を蹴り上げるポケモンに、凍りついた。2匹目、しかも見るからにエースだ。
パルスワン。ワンパチの進化形。
ベロバーなんぞとは格が違う。
当のクソガキは今にも人を殺しそうな目でこちらを睨みつけている。ざまあ、と喜ぶ気には、少なくとも今はなれそうになかった。
「あいつ、2匹目のポケモンいたんだ……」
知り合いらしいギャラリーがそんなことをぽつりと呟いたのが、風に乗って聞こえた。
ヤツなりに奥の手のつもりだったのだろうか。この公園のバトルコートに来るようなヤツは大抵、ベロバーでじゅうぶんだったけれど、俺は光栄にもそうではなかったようだ。
はた迷惑な話である。
やりきった感に満ち溢れていた俺とは違い、このパルスワンは明らかにやる気満々だ。
『やるぞやるぞやるぞー!』
『バカ、ジグザグマごときに出すようなポケモンじゃねぇーだろ!』
パルスワン。とんでもなく素早い。以上。
けれど、それが最も厄介なのだ。
そこで麻痺になんかさせられた日には、もはや目も当てられないことになるだろう。
バトルの所作はさっぱりそうなレンにもこの光景のヤバさだけは伝わったのか、
「もういいジグザグマ、戻れ!」
響いたマジックワードに思わずびくっと震えたが。一向に『戻らさせられる』気配はない。
振り返っても、レンはモンメンとともに棒立ちでこちらの様子を窺っているだけだ。
正直、拍子抜けした。
『……モンスターボールがないから勝手に呼び寄せられないのか……』
そういうことか。
僥倖。いや、奇禍か。
どちらでもいい。
それを今から決めるのがこの俺なのだから。息を深く、大きく吸い込む。
『こんなところで負けてられるかよ……!』
そうだ。思い出せイオノ。
初陣だぞ、初陣。これからの人生──ならぬポケ生のプライドに関わる事態である。
『来ぉいパルスワ、』
「パルスワン、“スパーク”!」
『おげぇ』
瞬間。
バチィ、と稲妻のムチが縦横無尽に駆け巡る。ぎりぎりのところで避けたが、毛先は焦げた。
完全に、運避けだった。
次はない。
焦げ臭いニオイのする尻尾を地面に擦りつけて揉み消しながら、強く思う。
こいつを迎え撃つとか無理寄りの無理!
『……とはいえ、一発で仕留めねーとどうせ返り討ちにされる!』
ジグザグマは基本、非接触技なんて器用なものは持ち合わせていない。パルスワンの特性は“静電気”ではないが、もはやそれ以前の問題だ。
『アッハハ、逃げられたーぁ!』
『ギャア!』
ぶるぶると頭を振ったパルスワンが突っ込んできたので、慌てて狭いコートを逃げまどう。
なんか、なんか無いのか、打開策、
『なんかこう……すげー積み技とかねーの!? “剣の舞”とか“瞑想”とか“竜の舞”とかさあ! いや最後はドラゴンじゃないから無理か』
『こいつめっちゃうるせー!』
パルスワンがケタケタ笑いながら罵ってくる。うるせえ、喋ったほうが集中できるんだよ。
『ジグザグマが使えるのは“砂かけ”、“鳴き声”、“つぶらな瞳”……? どれもやり方わっかんねえ! うろ覚えでやって成功するもんかな!?』
やり方がわからないというのは、つまり覚えていないということか。でも、そもそも俺はポケモンとして技を出すのはこれが初めてなんだ。
コツなんてわかりっこない。
ベロバーを倒した技だって、次うまく出せるかどうかもよくわからないのに。
ああもう、考えが纏まらない!
『クソぉ、こういうのは開き直りが肝心!』
『お?』
コートの端できつくブレーキ。迫りくるパルスワンに向き直って──
『えぇーい、出ろ渾身の変化技ぁ!』
後ろ足2本で立ち上がり、前足を伸ばし。
天に、祈ってみる。最後は神頼み、もとい自分の第六感頼みだ。それしかないだろう。
一瞬、沈黙が落ちた。
と、思いきや。
どうやら祈りは通じたらしい。高く掲げた前足が、自然と腹部へと伸びて。
──ぽんぽこぽん、と丸くもないそこを、軽妙な音を立てて叩き始めた。
「え……」
クソガキはベロバーの如くあ然としていたが、俺はこの技に覚えがあった。
自分の体力を半分近く削る代わりに、攻撃能力を最大まで高める──
『“腹太鼓”……!?』
『へぇあ?』
息が荒くなり、疲労感が体に満ちる代わりに、奥底から湧き上がってくる謎の高揚感。
これが、バフの感覚。
『クソ自傷戦法じゃねーか! オボンとか持ってねえのに……まあいいや、俺のフルパワー名前よくわかんない技食らえぇーッ!』
下手したら見たこともないであろう積み技に固まるパルスワンの横っ腹に、例の突撃。
『どっせぇええぃ!』
幸いながら、再び成功したようで。
綺麗な弧を描いて吹っ飛ぶ黄色。クソガキの足元に落ちる頃には、完全に目を回していた。
『よッしゃあ!』
完全勝利。素晴らしい。さすが俺。
クソガキのほうは、まさかの3体目──まではやはり持ち合わせがなかったようで。しばし魂を抜き取られたような顔で立ち尽くしていたのが、
「何なんだよそのジグザグマ……」
ボールをしまうでもなく、すんすんと鼻を啜り出した。よっぽど敗北が屈辱的だったのか。
クソガキが泣き始めたことで、今日一番ギャラリーがざわついている。こいつどんだけこのムカつくキャラで幅利かせてきたんだよ。
『あーあガキ泣かせた……いや全然心痛まん。ざまあみろボケども』
ポケモンバトルは数え切れないくらい負け越してからが本番だぞ。いや知らんけど。
今度こそ清々しい気持ちで戻、
「ジグザグマ」
レンのほうから出迎えてきた。躊躇なく汚れた地面にしゃがみ込んで、目線を合わせてくる。
「無茶をして……」
評価を変えない。断言した通り、レンは先の試合運びを明確に褒めも、怒りもしなかった。
ただ、悲しげに肩を落として。
腰に提げていたポーチから、よく見るスプレー型の簡易傷薬を取り出してきた。ぷしゅぷしゅと全身に吹き掛けてくる。げ、目に入った。
『……おお……めっちゃ楽になった』
かがくのちからってすげー。プラシーボ効果とかでもなく、普通に痛みや疲労感が消えた。
戦いで受けたダメージではなく、ほぼ“腹太鼓”で消し飛んだ分なので名誉の負傷だろう。
『イオノ、えらい。強い』
『うはは』
レンの代わりに惜しみない称賛を送ってくれたモンメンが、フワフワの体を擦り寄せてくる。温かい被毛は日向の匂いがした。
「……帰るぞ、ジグザグマ」
『へいへい……自分で歩けるって』
再び抱き上げられて、今度こそコートから遠ざかっていく。
予想通りではあったが、レンはあのガキから小銭をせしめようなどという魂胆は持ち合わせていなかったようだ。もう興味すらないと見える。
それはモンメンも同じらしい。
まあ、俺もそこまでの思い入れはない。
むしろ、気になるのは例の技のほう。今回は奇跡的に成功したが、雰囲気でやったらなんか上手くできた、ということでしかない。
レンの肩に顎を乗せながら、思い返す。
『……“腹太鼓”で体力が削れたのはわかったのに、あんだけスピードとパワーが出た攻撃技は、最初から反動を受けた感じが全然しなかった……』
ノーマルタイプが覚える高威力の攻撃技は、命中不安か反動覚悟のものが多い。
けれど、あの技はそうではなかった。“電光石火”並みのスピード、加えてそれ以上の威力。しかも『外すかも』という感じは全くなかった。
『……何なんだあの技、』
ちょっと不気味な感じではある。
“のしかかり”とも“怪力”とも違う感じがするし、技ボキャブラリーにしっくりくるものがない。
またしばらく考えて、
『……ま、ジグザグマが何覚えるかなんて最初から把握してねーし……?』
マッスグマやタチフサグマ含め、手持ちに入れようと思ったこともない。
“腹太鼓”を覚えるらしいことすら知らなかったので、これは考えるだけ無駄かもしれない。
「ジグザグマ」
『……何だよ、』
脱力した体を抱え直される。
「ポケモンバトルで勝つことだけが全てではないんだ。それはお前の価値の一側面でしかない」
ポケモンバトルが全てではない。
──淡々と、けれど微かに悲壮感が滲んだ囁きだった。ぎゅっと、胸の奥底が締めつけられるような響きに息が苦しくなる。
酸っぱい味が口の中に広がった。同情の味だった。それはこんなくだらないことを言うレンのためにか、それとも愚かな俺のためにか。
『……その言葉、15年くらい前に聞きたかったね』
それだけを無意味に絞り出して、目を伏せる。
まったく、人生というのは実にやりきれないものである。