ジムチャレンジ敗北者、ジグザグマになる。   作:匿名希望

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さいはい

 今日も今日とて、俺はレンに連れられてあの公園へ『お散歩』にやってきている。

 

『……はー……』

 

 天気は変わらず快晴、しかし、今日の俺はだらけモードだった。

 ベンチで本を読むレンの隣で、体を伸ばしてぼうっと景色を眺めるだけ。今日はバトルはやっていないようだが、やっていたとしても、この心境では参加したいとは思えなかった。

 

『やる気ないね、どうしたの』

 

 見かねたらしいモンメンが、俺の胴体に着地しながら話しかけてくる。重くはないが暑苦しい。

 慰めのつもりなのだろうか。腹に圧がかからない程度の勢いでもふもふと跳ねる。行動自体は何も喜ばしくなかったが、モンメンの気持ちだけはそれなりに嬉しかった。

 

『元気だして』

『ありがとう』

『オレで良かったら話聞きますよセンパイ!』

『うんありが……何だお前』

 

 会話にいきなり異物が混入してきた。無い首を伸ばしてベンチの下を覗き込む。

 ──どこかで見たポケモンが、媚びるような目でこちらを見上げていた。ドギツいマゼンタピンクの体色、吊り上がった耳が特徴的な、

 

『ベロバーっすよ、ベロバー! ほら、前ここでセンパイに負けた……』

『ああ……センパイ言うな』

 

 有り難くないほうの小悪魔だった。

 しかも、馴れ馴れしさが唐突に天元突破している。一回負けたくらいで舎弟ヅラすな。

 

『覚えててくれたんすね』

『マメパトじゃねんだから覚えとるわ、あれから一週間しか経ってねえよ』

『いや、センパイほどの力を持つお方なら毎日こう、ありとあらゆるポケモンをちぎっては投げちぎっては投げして名前なんか覚えてないかと……』

『こえーよキテルグマかよ、買い被りの度合いが常軌を逸してるよ!』

 

 一週間会わなかっただけで美化されすぎだろ。コイツはコイツでどんだけ調子乗ってたんだ。

 ドン引きする俺をよそに、ベロバーは次にモンメンのほうを見上げ、

 

『ご無沙汰してますモンメンのお嬢!』

『おじょー?』

『マジでやめろ!』

 

 茶番にモンメン(とレン)を巻き込むな。というかモンメンは全く尊敬するきっかけないだろ。

 そこまで考えて、ベロバーの近くにあのクソガキの姿が見えないことに気づいた。

 嫌な感覚がぞろりと背筋を撫でていく。まさか初めて大敗を喫したせいで、ヤツに追い出された訳ではあるまいな。行き場を失ったことで俺に媚びざるを得なくなったとか。

 

『ていうかお前、あのクソガ……トレーナーは?』

『え、元気っすよ?』

 

 ズッコケそうになった。

 そういうことが聞きたかった訳ではないが、そういう答えが返ってきたならそれでいい。まあ、一応慎重に聞いた俺が馬鹿みたいではあるが。

 そんな俺の心境はおそらく露知らず、ベロバーはからからと笑いながら、

 

『センパイに負けたのが悔しかったみたいで、今はまた真面目に特訓しなおしてます。態度は悪いけど、根は真面目なヒトなんすよね』

『ほーん……』

 

 仲が良さそうで何より。

 あのクソガキ、マジでクソと思っていたが、そういうひたむきさも持ち合わせていたようだ。それで侮辱がチャラになる訳ではないが、総合的に見て俺よりはマシな人間性をしているかも。

 

『近所なんでオレが勝手に出歩いてるだけっす』 

 

 そう付け加えて、

 

『で、どうしたんすか? センパイ』

 

 改めて聞き直してくる。場が整えられすぎて、何でもないとは言いにくくなってしまった。

 

『別に元気ないとかじゃないんだけどさ』

 

 色々と考え込んでしまって、バトルをする気にならないだけだ。負の感情に囚われている訳ではない──と、思いたい、だけかもしれない。

 このベロバーに打ち明ける気にはなれず、少し考えて適当に誤魔化す。

 

『色々あってなんかこう……矜持みたいなものが勝手に揺るがされたというかね……』

『きょうじ?』

 

 先日のワイルドエリアの件だ。

 最初からレンを守ってやろうなどという意気込みがあった訳ではなかったが、ここまで自分の存在意義のなさを見せつけられると、ね。

 キテルグマをワンパンできる程度の力を持つ、ポケモンバトルが好きじゃない男。

 気が合わない、という言葉で片付けられればまだ良かった。

 俺、いらない子じゃん。

 ふと浮かんだそんな確信がもやもやと思考回路にまとわりついて、集中できない。

 

 

 そもそも俺はポケモンとしても三流だ。技もまともに出せないのだから。

 元人間だったからなどという言い訳は誰にも通用しない。そこまで思って、ふと。

 目の前のベロバーを見て、思い出したことがあった。

 

『なあベロバー』

『はい!』

『ちょっと頼みたいことあんだけど』

『……はい?』

 

 ベンチから飛び降りる。今日はリードを外されていたので、体は自由だ。

 レンがこちらをちらっと見て、すぐに手元の本へと視線を戻す。咎めるつもりはないらしい。

 

 ポケモンバトルだけが価値ではない。

 

 脳内でまた聞こえた。

 わかってる。

 わかっているつもりだ。でも、

 

『……俺にとってはバトルが大事なんだよ』

 

 昔も、今も。

 レンが褒めてくれなくても、誰が褒めてくれなくても、俺にとっての俺の価値はそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『技の出し方……っすか?』

 

 バトルコートで向かい合ったベロバーが、間の抜けた顔で発言を繰り返してくる。

 

『そう』

 

 技の出し方を学びたいがモンメンはおそらくマジで頼りにならない、という状況で、ベロバーがやってきてくれたのはまあラッキーだった。

 本人の鬱陶しさですぽんと頭から飛んでしまっていたが、よく考えれば棚からマラサダ。

 しかし当のベロバーはへらへらと、

 

『いやぁ……センパイ並みのお方にオレみたいな雑魚が教えることなんて何も……』

『そういうのいいから』

 

 ウゼえ謙遜を一蹴する。こっちはこっちでわりと必死にお願いしてるんだが。

 

『お前は俺を強いと思ってるらしいけど……俺の強さは決して安定したものじゃないんだよ』

 

 所詮ジグザグマだし。

 ベロバーが最終進化形になれば簡単に覆せる程度の差だ。モンメンもまた然り。

 馬鹿にしていた相手に負けたということと、そいつが強いことは別にイコールではない。

 そこでベロバーもようやく本気になってくれたらしいのは良かったのだが、

 

『うーん……改めて言われると難しいっすね』

 

 微妙な反応。そりゃそうか。

 義足を得て生まれて初めて歩けるようになった人間の歩行指導を、健常者に頼むようなものである。最初からできていたことを上手く教えるのは難しい。その気持ちだけはわかる。

 ふと。ついてきただけのモンメンが、退屈そうに浮かんでいるのが視界に入った。

 

『モンメンは何か技覚えてねーの?』

『わざ……』

 

 試しに聞いてみる。

 レンの態度からしてバトルしたことはなさそうだが、それでもポケモンが一切技を覚えていないなどあり得ない。このモンメンでも使える技の1つや2つくらいはあるはずなのだ。

 

『たぶん』

『何か俺にうってみろよ』

『エエッ』

 

 深い意図はない提案だったのだが、なぜかベロバーのほうに驚かれた。あたふたと会話に割り込んでくる。

 

『喧嘩かと思われて心配されますよ! オレにしときましょうよ』

『他人のポケモンに喧嘩売ったと思われるほうが面倒だろうが!』

 

 もしモンメンが俺にガチで攻撃するようなことが起きた場合でも、レンは100億%モンメンの肩を持つだろう。想像するまでもないことだ。

 

『それにこいつ一応フェアリー複合だぞ、お前致命傷だろ』

『あー』

 

 こんなんでもドラゴンタイプの技は軒並み透かせるんだよな、と思うと感慨深くはある。

 モンメン自身は何も考えていなさそうな顔で揺蕩っているだけだ。その暢気な様を見ていると、ガブリアスあたりにチルットと間違われて食われないかだとか、無駄な心配さえ芽生えてくる。

 とりあえず、教師ヅラで指示。

 

『なんでもいいから、やってみろ』

『わかった』

 

 さらっと同意するなり、目を瞑ってみせる。何も起こらないと思いきや、俺の体から緑の発光体がいくつか浮かび上がって、モンメンのほうへ吸い込まれていった。

 

『……“吸い取る”か……?』

 

 技の威力に加えて、モンメン自身の練度が低いせいか、カスみたいなダメージしかない。まさしく痛くも痒くもというヤツだ。

 

『覚えてはいるんだな』

 

 出せといきなり言われて出すこともできる。その点では間違いなく俺より優秀である。

 “吸い取る”が草タイプの技で、じゃあフェアリータイプの技──

 

『……“妖精の風”は?』

 

 首、というか体全体を傾げるモンメン。おい、フェアリータイプの基本のキだろ。

 モンメンはようせいのかぜ、とのんびり繰り返して。それから、木の葉の翼をひらひらと羽ばたかせてみせる。途端、ラメパウダーをばら撒いたように空間が煌めいて、

 

『アッイタタタタ』

『これ?』

 

 体に掠った瞬間、襲い来る衝撃。

 “吸い取る”よりは明確な痛みが全身を襲う。何というか、ちくちくする感じだ。

 

『よ……よくやったモンメン、なんで使えた?』

 

 ぴんと来ないという雰囲気だったが、それでも過不足なくこなしてみせたのだ。

 モンメンの感じる何かに、俺が技を安定して出すコツのようなものがあるはず、

 

『覚えてたから』

『………………』

 

 ──天才肌を惜しげもなく披露してくれるので、案の定参考にならない。

 あーあ、振り出しだ。

 がっくり来て、よく見れば小さなクレーターの目立つコートへごろんと横になる。

 

『俺が今使えるのはあのなんかよくわかんねえ技と、“腹太鼓”……』

『キャパ的にはあと2つくらいっすね。センパイならすごい技覚えてますって!』

『すごい技ね……』

 

 ジグザグマが自力で覚える技に期待が全く持てないのだが、だからと言ってレコードやマシンの技なんて貴重なもの持っているだろうか?

 例え覚えていたとして、それを自力で捻り出すのはさらに難しすぎないか。

 

『……ジグザグマはそもそも進化前なんだよな……』

 

 そういえば、今さらだが。

 進化に特別な条件などはなかったはずで、順当にバトルを重ねれば簡単になれるはずだ。マッスグマに。……自分で言っておいてなんだが、進化先のほうにも大した期待が持てないぞ。

 

『マッスグマに進化するのが大体20レベル前後、てことは今の俺はそれ以下?』

『そんなことないと思いますけどねー』

『まあ……だよな』

 

 最初の機会を逃しても、成長は続くし、新しい技は覚え続ける。

 しかし、パルスワンを倒してもなお全く進化する雰囲気がなかったのはどういうことだ。まさか格下の相手だったのだろうか。

 

『ポケセン行けば一発でわかるけど、レンがバトルに興味ねーからなぁ、…………』

 

 何気なくつぶやいた一言に、我ながら予想以上に足を取られる。思考が深みに嵌る。

 レンのせい。

 レンさえ。

 アイツさえ協力的なら、こんなに悩まなくて済んだのに。俺はバトルがしたい。俺が手持ちだったとしても、レンはその欲求に良い顔はしなかっただろう。何となく、そう思った。

 もやもやする。

 

『……まあアイツゴリランダー並みに強いし……』

 

 そうだ。

 俺の強さはレンに必要ない存在だから、アイツは気にも留めてくれない。

 許せない。なんで。

 いやいや、助けてくれて養ってくれた相手に思うようなことじゃないだろ。

 わかってるけど。

 どうして理解してくれないんだ。レンの理想を俺に押しつけないでくれ。

 違うんだって。

 

『……あ゛ー……』

 

 ちょっと、ヤバいな。

 思考が分裂していることをようやく自覚した。

 落ち着いていたと思っていた鬱っぽさが、一気に噴出して、脳の表面を覆う。まずいとわかっていても、止められない。

 

『……イオノ?』

 

 モンメンの声が、遠い。

 

 ポケモンバトルだけがお前の価値ではない。

 ポケモンバトルだけがお前の価値ではない。

 

 ガンガンと、耳障りにリフレインする声。

 

 “15年以上前に聞きたかった”。

 ああ、そうだ。

 それ以上の意義はない金言だった。

 いや、“15年以上前の俺に聞かせたかった”。

 ポケモンバトルだけが価値ではない。

 そんなことはわかっている。わかっているのだ。少なくともそのつもりではある。

 

 だったら何故か。

 俺は俺の歩んできた道を否定したくない。

 俺の人生そのものを否定したくない。

 否定できない。

 ただ、それだけだった。

 自身の希望さえも無駄な思い込みだったと結論づけてしまったら、じゃあ俺は、一体今まで何のために生きながらえてきたのだろう。

 

 その現実を受け止めてなお、へらへらと暮らし続けられるほど俺は強くない。

 弱くて、どこまでも脆い。

 死にたくなる。きっと。

 今だってそうだ。

 死んでしまいたい。そういう気持ちが薄っすらあること自体は否定しない。

 

 必死で打ち込んできたもの以外に人生の価値基準があるなんて、そんなの当たり前じゃないか。

 それによって自分の人生に価値を与えたいから打ち込んできたんだ。

 耐えられないから見ないふりをしているだけ。

 無駄な希望、無駄な行為、無駄な人生。

 お前が責任を取ってくれるのかよ。この積み重なった“無駄”に意味という価値を与えて買い取ってくれるのか?

 

『お前に何がわかる、』

 

 レンは必要とされている。

 レンはとても強い。

 基準としては恵まれた生活をして、それなりに慕ってくれる人たちに囲まれている。

 あいつの人生において、時間という限りある金をベットしてきた分野は少なくとも間違ってはいなかった。無駄にはならなかった。

 お前に何がわかる。

 レンが口にした言葉を、今は俺が脳内のレンに向けて投げつける。何も知らないくせに。勝手なことばかり言いやがって。

 

 きつく目を瞑って、

 

『……センパイ?』

 

 はっと、我に返った。

 ベロバーとモンメンが、揃って俺を覗き込んでいた。ベロバーがおそるおそるといったふうで、

 

『なんか、今のセンパイからめちゃくちゃウマい感情出てますけど……大丈夫っすか?』

 

 人間やポケモンのマイナスエネルギーを好んで食らう。そんな図鑑の一文が頭をよぎる。

 ──気持ちが悪い。

 ベロバーではなく、俺が。

 

『……帰るわ、』

 

 背を向けて、歩き出す。

 ここしばらく大丈夫だと思っていたのに。

 自分はちっとも『大丈夫』などではなかったことを、改めて噛みしめる。

 夢敗れて何年も引きこもっていた人間の精神がまともな訳はないか。本当に、くだらない。

 

 

 

 

 とぼとぼと戻ってきた俺を見るなり、レンは開口一番。

 

「またあのベロバーと揉めたのか」

 

 揉めた訳じゃないって。

 

「懲りないヤツだな」

 

 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。振り払う元気もなかったので、そのままにしておいた。

 

「……まさか怪我したのか?」

 

 それも違う。

 ひとまず頭を振って否定しておく。

 レンはそんな俺をしばらく黙って観察していたようだったが、

 

「帰るぞ」

 

 そう言うなり、抱き上げてきた。気安く触るなよ。いつも通り思ったが、今日はなおのこと抵抗する元気がなかった。

 レンの腕の中で揺られながら、日が傾き始めた街並みをぼうっと眺める。複雑なグラデーションに彩られた街は、いつも以上に美しく見えた。

 夢のような光景だ。

 そう、夢ならば。

 

 願わくば、俺の人生そのものが、何か悪い夢でありますように。




主人公のハイテンションは情緒不安定の裏返しでもあります
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