エロゲー世界のモブは、ラスボスを拾ってしまった。   作:すぺしあ

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“兄妹”

 縛神(ディアストーカー)ヒュノの居城は、鏡でできた宮殿である。壁を全て鏡で覆い、あらゆる場所から、この場にいる存在を映し出す。この宮殿においては逃げ場はない。全てはヒュノの見通すがまま、そう言いたげなこの城を、ヒュノは特別気に入っていた。

 

 そして、今日は殊更に機嫌が良い。

 

 みる者が見れば、一体どうしてしまったのだろうというほどに機嫌が良く、彼女をよく知るものであれば、その理由が二つあることを即座に見抜くことができるだろう。

 とはいえ、その外面は普段の彼女と変わらない、一体何が面白いのか、いっそ笑顔が能面にすら思える奇怪な笑みで宮殿を歩いていた。

 

「ああ、ランは今日も可愛いなあ」

 

 ここしばらくの関心ごと。ヒュノが執着する幼い少女の存在を、彼女は堪能していたのだ。

 

 ラン。苗字はなく、兄を名乗る青年と行動を共にする彼女は、この世界においては非常に特異な存在だ。彼女を前にした夢幻獣は一瞬にして夢散してしまう。その強さもさることながら、そもそも強さの理由が見えてこない。

 

「ランとは一体なんなのだろう。彼女は決して縛ではない」

 

 縛には、そしてそれと敵対する夢幻機関のエージェントには、力がある。それぞれに固有の能力があり、これは上層、下層、深層、深奥の四段階に分けられる。上層が最も弱く、深奥が最も強い。

 最強クラスの縛であるヒュノは、当然この深奥の力も使うことができる。

 

 だが、ランはそうではない。

 彼女は縛ではないから、能力は使えない。だが、そんなものを使わなくてもランは容易に夢幻獣を排除する。いや、やろうと思えばそれは夢幻獣に限らないだろう。

 間違いなくランの力は異常なのだ。

 

「そんな少女が、この世界で最も恐ろしい存在と同じ名前を持つ。彼は無関係だと言っていたけど、そんなはずはないよねぇ?」

 

 くすくすとヒュノは笑う。

 ランは異常であり、その異常の理由がこの夢幻世界における絶対の上位者、嵐であると言うことは想像するまでもないことだ、がしかし。

 そもそもヒュノは、ランの来歴などどうでもいい。

 

「それにしても、いい目をしていた。ランの目は本当に綺麗だ。綺麗で、吸い込まれそうで、無垢で、そして何より……純粋な殺意を私に向けてくれる」

 

 殺意。

 まさしくランがヒュノに向ける感情は殺意だった。しかし、それは決して単なる殺意ではないのだ。

 ランの殺意とは、敵意と区別がつかないのである。

 

「ランはあまりにも強すぎる! 強すぎるが故に殺意と敵意の区別もつかない! 今の彼女は、加減ができないと言うことだ!」

 

 加減ができないから殺意も敵意も関係ない。彼女が敵を排除しようと思う場合、どれだけ敵を殺そうとしないように加減しても、絶対に殺してしまうのだ。

 

「全ては彼女が強すぎるから! ああ、なんて理不尽なのだろう。そしてボクはそんな存在に殺意を向けられている!」

 

 ゾクゾクと震える体を押さえながら、ヒュノは好食に満ちた笑みで愛を囀る。それは少女への愛ではあった。しかし同時に、少女から殺意を向けられると言う行為へ対しての性癖だった。

 だから、ヒュノはただ陶酔しているだけなのだ。自分によっている、世界に酔っている。夢に酔っている。

 

「ああ、ボクは今」

 

 そしてヒュノは、

 

 

「生きている!」

 

 

 眼前に迫った扉を開けた。

 鏡張りの扉には、ヒュノの精力に満ちた笑みが映る。いかにも彼女は楽しげで、その姿は極度のスリルジャンキーに映るだろう。

 だが、違うのだ。

 

 ヒュノはそうではない。死と隣り合わせになりたいのではなく

 

「おはよう、少女よ!」

 

 そして、扉を開けた先、ベッドに横たわる一人に少女へ、ヒュノは声をかけた。

 ヒュノは彼女に会うためにこの宮殿を急いでいたのだ。静謐に満ちた宮殿は、いっそ孤独を通り越して虚無の域に到達している。そんな場所に、ただ一人佇む少女。

 

 しかしそんな彼女は、この宮殿には場違いなほどに普通だった。

 

 どこにでもいる女子高生だ。見た目はいいが、とにかくそれが目立たない。埋もれる容姿をしている。地味と言うことだ。

 茶色のブレザーの上に黒のカーディガンを羽織り、マフラーで口元を覆っている。黒縁のメガネと合わせて、彼女がさらけ出している素顔は、ほんのごくわずかである。

 身体中から目立ちたくないと言うオーラを纏った少女であった。

 

「…………」

 

 ポカン、と彼女は口を大きく開けている。驚き、理解できずに戸惑っている。ヒュノが期待した通りの反応だった。

 

「ああ、驚かせてすまない。いや気持ちはわかるよ、君はとても驚いている。推理などする必要もない。推測なんてもってのほかの事実に過ぎない。うん、君はとてもとても驚いている」

 

「あ、あの……」

 

「おっと混乱させているね、混乱しているだろう。これは少しばかり推測が混じっているんだ。なにせ君はこう言ったときにすぐに冷静になれないタイプだろうからね。では落ち着くまで話をしよう。ボクはヒュノ、君は?」

 

「え……」

 

「ああいやわかっているまずはボクに説明をさせて欲しいんだ。君はそれを聞いてほしい。そうだ。君はボクの言う通りにすればいいんだよ」

 

 捲し立てる。

 少女はこの世界にやってきたばかりであった、目が覚めたら鏡の世界。目の前にはテレビの中から飛び出してきたような探偵少女。むしろ自分がテレビの中に落ちてしまったかのようで。

 ああけれど、ヒュノが最後、念を押すように言った言葉は、

 

 ヒュノの言う通りにすればいいと言う言葉は、少女にも理解できた。

 

 それからヒュノはこの世界の理を説いた。夢幻世界、夢幻機関と縛。そして虚夢。少女は一つを知るたびに理解を投げ出そうとした。

 逃避だ。それ自体はごくごく当たり前の行動だ。そして、ここからは特殊だった。彼女が理解を投げ出そうとするたびに、ヒュノがいうのだ。自分は間違っていない。自分は正しい。

 

 そういえば、少女は信じた。

 

 世界にはさまざまな人間がいる。そしてその違いは、この世界の説明を受けたときに最も顕著に現れる。極度の現実主義者を標榜するものは説明する存在を狂言だと決めつけて現実から逃避する。

 創作に慣れ親しんだものは、自分が選ばれたのだと過信して、現実から逃避する。そして、自分の意思というものが極端に弱ければ、

 

 今、目の前にいる少女のように、正しいと強く言い切るものの言葉を信じるのだ。

 

「あの、私……死んだ……んですか?」

 

「正確には、死んでもいいと思ったのさ。君は今、とても混乱しているが、自分が死のうとしていることには疑問を抱かないだろう?」

 

「…………はい」

 

「だから、君は虚夢になった。この世界に堕ちてきたのさ」

 

 そう断言すれば、少女は何も言わなくなった。

 ヒュノは、そこでぐいっと体を少女に近づける。覗き込むようにして。状況を理解できた少女の心のなかに入り込むようにして。

 

「ずばり、聞こう。君は今もまだ、死にたいと思うかい?」

 

「え、っと……はい」

 

 問いかける言葉は、端的だった。

 少女の死に対する欲求は本物だ。理由など、虚夢であるという時点で語る必要もない、死を自覚すれば、反射的に死に向かうのが虚夢なのだ。

 先程、ヒュノが捕食した虚夢がそうであったように。

 

 しかし、

 

「本当に?」

 

「……はい」

 

 

「そんなことはないだろう」

 

 

 顔をギリギリまで近づけて、ヒュノは断言した。

 

「……え?」

 

 この少女に限っては、ヒュノがそう断言してしまえば死にたいという言葉は本音ではなくなる。いや、本音から本音へすり替わる。

 強い言葉は、彼女をその気にさせてしまうのだ。

 

 だから、

 

「君は本当は死にたくないんだ!」

 

 そう、ヒュノが言えば。

 

「そう……なんでしょうか」

 

「そうだ!」

 

 少女は、それを信じた。

 

「でも……虚夢は、数日もすれば、死んでしまう……ん、ですよね?」

 

「一つだけ、方法がある」

 

 そして、ヒュノは本題に踏み込んだ。

 ここからが、ヒュノが本当に彼女に対して話したかったことなのだ。これまで、ヒュノが何度もそうしてきたように、

 

 

「縛になればいいんだよ」

 

 

 縛神ヒュノは、無垢なる虚夢を魔道へと叩き落とす。

 

 縛。その存在はこの世界に自然発生したものではない。この世界に最初にあったのは夢幻獣、そしてこの世界に最初に堕ちてきたのは虚夢だ。であれば、縛はどこから現れたのか。

 夢幻機関のように、どこかの世界が直接介入を行ったのか。

 

 否である。

 

「縛……って」

 

「縛は、元は虚夢だったのさ」

 

「……!」

 

「縛は、虚夢が虚夢を捕食することで、変化した存在をさす」

 

「それって……人を食べるってことですか!?」

 

 少女は直ぐに察しが付いたようだ。まぁ、すでに縛が人を食べるということは話してある。察しが付くようにヒュノが誘導したのだから、それは自然なことだった。

 

「食べる、というのは正確ではないけどね。一つになるのさ」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 そして、

 

「ヒュノさんも、人を食べたってこと……ですか?」

 

 

「――――そうだ」

 

 

 肯定した。

 

「……!」

 

「ボクは縛であり、人を喰らって生きながらえる怪物だ。でもね、この世界ではそれが普通なんだよ?」

 

「そ、そんなの!」

 

「逆に言えば――」

 

 肯定して、

 

 ゆっくりと、少女から離れた。

 

 

「――ボクも、元は虚夢だったというわけだ」

 

 

 両手を広げて、少女に自身を見せつける。

 縛神、そう呼ばれる縛である少女は、しかし同時に元は虚夢だった。今、こうしている彼女も、かつては死にたくてここに来た。

 そう、言っている。

 

「この世界の縛は、元から全てそうなのさ。死にたくて、死んでしまいたくて、だけど生きることをギリギリで諦められなかったから、縛にすがった。そのために同胞である虚夢を喰らって。だから、この世界ではそれが当たり前のことなんだ」

 

「で、でも……」

 

「何を躊躇う必要がある? 虚夢は死にたいのだよ? その死に方に、糧という価値を与えるのが縛の仕事さ。君だって、無価値のまま死にたいとは思っていないじゃないか」

 

「そ、れは……」

 

 ヒュノは知っている。

 

「だったら、君は生きたいということと同義だ。縛になってでも、生きたいと思う気持ちを君は否定できない。ボクの言っていることは間違っていないだろう、正しいだろう」

 

「う、う……」

 

「何よりボクは――」

 

 何を?

 

 

「君に、生きていてほしいんだ」

 

 

 少女が欲しい言葉を、だ。

 

 縛神ヒュノは知っている。

 縛には能力があり、ヒュノの能力は“知ること”だ。ヒュノには少女の考えている事がわかる。少女がどうしてそういう考えに至ったかが解る。彼女がどんな言葉を望んでいるかが解る。どういう言葉を伝えれば、彼女が生きたいと思うか知っている。

 

 サイコメトリー、心を透視する能力である。

 

「わ、たしは……生きたい、です」

 

 少女は求めていた。求められることを求めていた。価値を求めていた。考えることを求めてはいなかった。だからヒュノは彼女に対して断言し、彼女に対して生存を望んだ。

 

 だから死にたいと心のそこから望んでいたはずの少女はいつの間にか心をすり替えられた。

 

「これを」

 

「……これは?」

 

 そして、最後に仕上げとしてヒュノは取り出した。

 

 

 虚夢であった。

 

 

 しかし、すでに意識はなく、虚夢のエネルギーだけがそこにある状態。さきほど、ここに来る前に、ランたちと出会ったついでに回収した虚夢のエネルギーだ。

 もう、ヒュノにはそれが男であったか、女であったかすらもあやふやだが。

 

「君には、特別にこれをあげよう。これは、虚夢が消えた後に残ったエネルギー、だからこれを使えば君は縛になれる。どうだい? これなら、君も抵抗が薄いだろう」

 

 優しさ。

 

 そう、少女には映る。

 

「……はい!」

 

 ヒュノがそうしたから、

 

 ヒュノの言うとおりだから。

 

 

 だから少女には、ヒュノが神に映るのだ。

 

 

 縛神ヒュノは、こうして縛を生み出す存在だ。夢幻機関の中では、彼女は単体でありながら危険度は最上級とされる。徒党を組まない縛としては、もっとも驚異として彼女を認定しているのである。

 だから、

 

 

 ヒュノにとって、この少女はもはや興味のかけらすら、向ける価値のない存在だった。

 

 

 

 :::

 

 

 

「――ボクは人間が好きだ」

 

 ヒュノに礼を言って、この場を少女が立ち去ってすぐ、ヒュノはポツリとつぶやいた。それは、自分のあり方を確かめるかのようであった。

 

「人は希望を持って生きている。その希望は、とても素晴らしいものだ。そして、希望は簡単には潰えやしない。たとえどれだけ絶望の淵にあろうとも、人は必ず立ち上がる」

 

 少女が去っていった廊下を眺めて、

 

「そう、今先程、ボクがそう導いてみせたように」

 

 慈しむように、ヒュノは続ける。

 

「ボクは、そんな人間が大好きだ」

 

 ――ああ、だから人間よ、等しく希望を持って立ち上がれ、心の底に眠る生きたいという意思を糧にして、この世界に生存本能の雄叫びを上げろ。

 

 もしも、この場にランの兄がいれば、そう続けていたかもしれない。

 このセリフは、ゲーム『無限奇譚』でも使われたセリフだ。主人公たちとの対決が決定的となったヒュノは、主人公たちに自身が縛にしたモノたちを焚き付けて襲わせた。

 その時の演説が、そういった内容だった。

 

 だから、ヒュノのあり方はゲームのそれと何ら変化はない。変化があったとすれば、その周囲だろう。

 

 そう、ランと、そして――

 

 

「ああ、あの兄妹は、どうしてこの世界で生きているのだろう」

 

 

 その、兄だ。

 

 ランという少女は解る。彼女は何も語らないが、彼女の名が、この世界における最悪の災害と一致することは明白で、彼女の力がヒュノにとってすら驚異であることは自明である。

 

 だが、

 

「なぁ、君は自分のことをモブと言っていたね? お兄さん」

 

 その兄は、一体何だ?

 

 

「災厄になつかれる存在が、モブであるはずがないよな?」

 

 

 ヒュノは、解らなかった。

 

 ヒュノと彼が出会ったのは、今からおそらく数年前。時間の概念があやふやなこの夢幻世界でそれは明らかではないが、どちらにせよ彼は消滅していない。

 

 虚夢ではないのだ。

 

 だが、縛でもない。

 

 彼は能力を使ったことがない、縛であれば誰もが使えるはずのその力を、彼だけは使えない。

 そして、夢幻機関に所属しているわけでもない。夢幻機関にとっても、あの兄妹は脅威として認定されている。

 なにより、

 

 

「でも、ボクには君の考えがわからない」

 

 

 ヒュノの能力が、彼には通用しないのだから。

 

「ああ――君はなんておかしな存在なんだろう!」

 

 ランと、その兄。

 この世界の、最も異質たる異物。

 

 ヒュノの興味は、あの二人にあった。

 

 そして、

 

「…………!」

 

 ヒュノは気がついた。

 そして、感じた。

 

 変化である。

 

 ヒュノの感覚に変化があった。この鏡の宮殿に来訪者が訪れたのである。

 

「まさか、そっちから来てくれるなんてねぇ」

 

 世界は、変化しようとしていた。

 

 数年の停滞の後、まるで、ランという少女の成長を見守った後、世界は変化する。

 

 そう、

 

 

「――いったいなんのご用かな? ラン」

 

 

 その日、人類を愛するだけ愛し、放り捨てる神の宮殿に、災厄と言う名の来訪者が、訪れた。

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