エロゲー世界のモブは、ラスボスを拾ってしまった。 作:すぺしあ
ランが家出した。二日ぶり数百回目、今度は何だろうと思えば、まさかのヒュノの家に行ってくる。冗談ではない危ないだろうそんなこと。
どっちが危ないかでいうと、どっちとも言えない。
ヒュノがランの逆鱗に触れてしまう可能性もあるし、ランはヒュノに丸め込まれてしまうかもれしれない。とても不安だ。ヒュノの言葉は気をつけるように、と口を酸っぱくして言っては来たが、それをきちんとランが守ってくれるかは、ラン次第。
俺がどうこう言えるところにはないのだ。
とはいえ、それはそれとして俺にはランを止めるという意思がある。義務ではないが、努力は必要だ。というわけで、これで夢散しても恨まないでくれよ、ヒュノ。
いや、あまりヒュノのところには行きたくないのだが、
理由は、ヒュノ本人に会いたくないということのほかに、もう一つ。ヒュノの領域には、ある存在がいるのだ。それは――
「上層“コメット”!」
あちこちに鏡の破片が散らばる世界。
砕け散ったとでも表現したくなるその情景に、流星が混じった。
上空から降り注ぐ一撃を、俺は慌てて避けていく。いや、狙いが甘くて当たることはないのだが、万が一を恐れたのだ。
堕ちてきた星の弾丸を目の前でみながら、その射手を見る。空に、一人の少女が浮いていた。地味な、目立ちたくないと全力でアピールしているような少女だった。
「それは威嚇です。これ以上、前に進まないでください」
「……威嚇?」
いや、普通に外したように見えたが……ともかく少女は俺に用があるようだ。
「此処から先は、ヒュノ様の宮殿です。見知らぬ人間が通ってよい場所ではありません」
「ヒュノの信徒か。あいつ、やっぱり用意してやがったな」
「――ヒュノ様です」
俺がそう吐き捨てると、再びコメットと言う名の上層能力が飛んでくる。だいぶ、俺から離れたところに着弾したが、彼女は縛になりたてだろう。
もしかしたら、先程の一撃が初めての能力行使だったかもしれない。
彼女はヒュノがたらしこんだ縛だろう。
縛神ヒュノが神と呼ばれるのは、彼女がその能力で虚夢をたらしこみ、信徒にした上で縛にするからだ。ヒュノには無数の信徒がいる。彼女はその一人で、おそらくはヒュノがつい先程縛にしたばかりの少女だろう。基本的に、ヒュノの神殿に近寄る信徒はいないから、彼女はヒュノの神殿から出てきたところのはずだ。
そして、ヒュノに唆されて、俺を足止めするように誘導されている。
「そこをどいてくれ、俺はヒュノに用がある」
「だから、ヒュノ様だと……!」
「どいてくれって言ったんだ。俺の言うことが聞けないのか?」
「――ひ、ぅ」
そう言って、踏み出した。
ヒュノの信徒は、総じて意思が弱い。ヒュノに見初められて、人をやめたばかりの彼女は、全能感に包まれているだろうが、それでも反射的に引いてしまうだろう。
「だから、どいてくれ。もうこれ以上は言わないぞ」
そうだ、どいてくれ。
どいてくれないと、俺が一方的にボコられてしまうだろ。俺はモブなんだ。この少女はどうかしらないが、俺は先程のコメットを無事に受ける力もないんだぞ。
「……で」
そして、少女は手にしていた筒――バズーカ、とかそういう表現は正しくないように見えるが、あれはなんと呼べばいいのだろう。
筒を抱えて、叫んだ。
「できません! ヒュノ様の元に、貴方のような人は、と、通せません!」
……マジか。
少しだけ意外だった。どう考えても少女は意志の弱いヒュノの信徒のイメージから逸脱しない少女にしか見えないのに、拒否した。
それだけ彼女には素質があるのか? だからヒュノはここを任せたのか?
いや、そんな事を考えている場合ではない。彼女が拒否した以上――
「だから! 引いてください!」
彼女はその勢いで攻撃してくるぞ!
筒からコメットと呼ばれる能力――つまり隕石を発射する彼女は、それをこちらに向けてくる。連射は効かないようで、単発だが威力は地面を軽くえぐってくる。
だから、慌てて俺はその場を離れるのだ。
そうそう当たらないといっても、避けるのは容易といっても、当たれば終わりなのはモブの悲しきスペックなのであった。
「この! この!!」
何度か攻撃を避ける、彼女は成り立ての縛だ。服装からして現代人、戦い慣れているわけがないだろう。だから、回避は容易なのだ。
とはいえ、こちらからできることはそうないのだが。
ヒュノの洗脳が強力なのか、彼女の意思がこちらの想像以上に強いのか、どちらにせよこの場を切り抜けるのには言葉だけでは足りないだろうか。
逃げるほうがはやいか、という選択肢が浮かぶ。それも間違いではないが、しかし――
それより、状況の変化のほうが早かった。
「……あぶない!」
「何がですか! あぶないのは貴方ですよ! 貴方が引いてくれないから!!」
「違う!!」
叫び、しかし説明している暇もない、俺は意識を切り替えて、一気に飛び上がる。少女はこれが初戦闘、反撃という選択肢に一瞬思考が止まるだろう。
だから、一度だけ、こちらから仕掛けることができる。
その一度を、
「避けるんだよ!!」
彼女を助けるために使う。
直後、夢幻獣が堕ちてきた。
「……!」
目の前に降り注ぐナメクジのような奇妙な怪獣に、少女は目を白黒させた。俺が彼女を抱えてその場を離れながら着地、彼女をその場において、夢幻獣に向き合う。
じゅるじゅると、実体を伴わない軟体生物のようなフォルム、怪獣という言葉のイメージからは若干はずれるが、これもまた夢幻獣だ。
「……音に反応するタイプか、さっきの砲撃で引き寄せられたな」
「えっ……えっ!? なんで、すか、あれ!」
「でも、上層ならなんとか……アレが夢幻獣だよ、ヒュノから聞いていないのか?」
「あ、あんなのが……!?」
悲鳴を上げる少女をよそに、俺はその場を離れる。上層級、つまり夢幻獣としては一番の雑魚だが、俺には対抗手段がない。
幸いなことに、この少女は縛、攻撃的な上層使い、であれば対処は可能だろう。だったら問題はない。対処は容易だ。
だから、俺が距離を取ったが、しかし少女は動かない。
目の前に夢幻獣が迫っているのに。
「おい、逃げるか対処しろ!」
「えっ!?。 えっ!? そ、そんなこと言われても!」
「……初陣には無茶だったか!」
俺は慌てて彼女の元へ戻り、手を引く。抵抗はなかった。思考が停止しているのだろう、彼女に現状へ適応する能力はなかった。
そういうことなら、こちらで手を貸さなければ向こうは動けない。
……やはり、彼女は典型的なヒュノの信徒だ。だったら、あそこで引かなかったのはどういうわけだ?
意志の弱い彼女が俺に対して意地になった理由。そこに意識を向けながらも現状は窮地に変わらない。わけも分からず手を引かれているだけの彼女は、言い方は悪いがお荷物だ。
せめて、自分でなにか考えてもらわないと行けない。
「落ち着け、アンタが縛ならアレには十分対処ができる。空を飛んで、上からさっきの隕石で仕留めればいい!」
「きゅ、急にいわれて、も!」
「できるんだよ!」
夢の世界であるこの夢幻世界は、つまるところ人の意思で現実を改変することが可能な世界だ。だから、彼女ができると思えば、それはできるし、できないと思えばできない。
そして頭が硬ければ、できるとは思えない。
彼女は、そういう人間なのだろう。そりゃあヒュノの信徒にもなる。が、しかし、現状対処法が一つしかない以上、彼女にはできるようになってもらわなければ行けない。
「……何か、考えはないか?」
「そんなこと言われても!」
だから、問いかける。
ただし普通に問いかけるのではない。
「アンタの考えが必要なんだ。どうすればいいと思う、俺はそれが聞きたい」
ここで大事なのは、答えを肯定すると伝えること。
彼女が何を言ってもいい、その内容を俺は全力で肯定する。ヒュノとやっていることは同じだが、やり方は違うつもりだ。
「そ、そんなの……」
「なんでもいい。俺は絶対にそれを否定しない」
「……!」
彼女には、これが必要なんだ。
「…………あ、貴方なら」
「うん?」
「貴方なら、うまく動けませんか?」
そして、彼女は肯定を免罪符に、否定しないという言葉で、彼女の意志を支えるのだ。
「わ、たし、飛べません。さっきはえっと、ヒュノ様に……その、だから……えっと、そうじゃなくて。貴方は一人で……私を助けて……」
「つまり」
少女は説明が下手だった。
しょうがないよな、戦闘と同じだ。やったことがないことは、人間はできるようにはできていない。ましてやそれを、肯定されたことがないんじゃ。
どうやったって、できるようにはならないよな。
「こういうことか!」
俺はそう言って、少女を抱えると足に力を籠めた。
飛び上がって、夢幻獣から距離を取る。
「あ、あわわ!」
「どうだ!? ここからなら狙えるだろ!」
「え、えっと」
距離をとれば、危険が少なくなれば、少しは冷静になれるだろ。落ち着けば、ちょっとは攻撃する余裕も生まれるだろ。
だったら、それを作るのが俺の仕事だ。
「できる!」
肯定も忘れない。
「……!」
少女が、筒を一瞥してから、それを構えた。
彼女の心に落ち着きが戻る。
「何も一発で当てなくていい。そして、一発でも当たればあいつは倒せる。だから、思う存分、やっちまえ!」
「…………はい!」
そして、少女は、
「上層……“コメット”!!」
再び、流星を見舞った。
――そして、はずれた。
「そんな!」
「もう一発!」
更に放つ、しかし外れる。
当たらない。先程、俺との戦闘でも一発も当たらなかったのだから当然だ。仕方がないことだが、はずれれば焦る。どれだけ大丈夫だと言っても、焦る。
焦ればより攻撃は外れるし、当てるために近づけば彼女は萎縮する。だから近づけない。
「あ、あたって! あたって!!」
「いいぞ! もっと撃て! 弾切れはないんだ、遠慮はいらないぞ!」
そして、放つたびに俺はそれを肯定する。それでも、まだ当たらない。
「どうして!!」
少女が、ついに弱音を零し始める。
まずい、と思うが……しかし更に厄介なことが起きる。
怪獣の動きが変わったのだ。
夢幻獣には拙いながらも学習機能がある。今の状態ではこちらを夢散させることができないなら、状況を変えなくてはならない。それがわかっている。
その上で、それが有効かどうかはまた別の話。この間の熱線が悪手だったのが、そうだ。
しかし、
「……っ!」
今回は、好手だった。
動きの鈍重なナメクジ怪獣は、自身の体の一部を飛ばしたのだ。触手を伸ばすように、こちらに勢いよく射出する!
一気に飛び上がって避けた。
「あ、あああ!」
無理な体制に、少女の体がバランスを崩す。まずい、と思うが、何とか抑え込むことには成功する。しかし、彼女の手から筒がスっぽ抜けそうになっていた。
「待って!」
「――!」
それを見て、俺は即座に手を添える。筒を抑えて手放すのを防いで、彼女の元へと戻した。ほっと一つ息を吐く少女を見て、俺はその筒に手を添えたまま。
「大丈夫だ。その筒で、よく狙って」
少女に呼びかけた。
途端。
「……っ! はい!」
少女の意志に炎が灯る。
筒を構え、二人で照準をあわせ、少女は筒をスコープに見立てる。覗き込むようにして、怪獣を狙う。怪獣は再び触手を飛ばしてくるが、
「……そこ!」
もう、遅い。
少女がコメットを放った。直後、
――怪獣は、彼女の一撃に撃ち抜かれていた。
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能力――と単純に言うが、正式にはこれは夢想能力という。夢想、という言い方もしなくはないが、能力の方が通りがいい。
つまり、夢に想った結果が、能力となって現出する。
縛の理想を形にするのが夢想能力の本質と言えよう。
つまり彼女にとって、あの筒と流星こそが、理想だったのだ。
ともかく、俺たちは勝利した。夢幻獣は音もなく散っていく。ただし、残る者もある。モヤのようなものが後に残り、それが少女に吸い込まれていった。
「これ、は……?」
「夢塵……すごく大雑把にいうと、経験値だ」
「経験値」
まぁ、そうとしか言いようがないのだからしょうがない。夢幻獣は討伐することで夢塵と呼ばれるモヤを生み出し、これを夢幻獣を倒した縛は吸収できる。
吸収すると夢想能力が強くなる。
だから、経験値。
ゲーム脳な縛には、夢幻獣狩りは人気のエンタメだったりする。
「えっと、虚夢の変わりには……ならないんですか?」
「それはならない。虚夢を捕食することで得られるエネルギーは、それとは完全に別のものだ」
「そう……ですか」
ヒュノに唆されて虚夢を食べたのだろうが、それでも冷静になってしまえば、少女は虚夢を食べることに忌避感が出るのだろう。とはいえ、食べなければ飢えて死ぬ。
そこまでは面倒見きれないのだが、まぁ、今はできることをしよう。
「とにかく、だ。――おめでとう」
「……えっ?」
「何を驚いてるんだよ。勝ったんだぞ? アンタが倒したんだ」
彼女を肯定する。
ヒュノの信徒は総じて悪人ではない。意思が弱いだけで、至って善良だ。だから、素直に肯定すればそれを素直に受け取ってくれる。
彼女もそうだ。
「あ、ありがとう……ございます」
少しだけ照れたように、少女ははにかんだ。
「初めて、言われました」
「……」
「ありがとう、って。私、感謝されるようなこと……初めて、しました」
初めて。
主語はない。でも、想像はできる。
――肯定されたことのない少女だから、肯定されればそちらに転んでしまうだろう。
ヒュノの信徒の特性だ。
「……こ、こっちこそ、えっと。その、ごめ……な、さいっ」
「いや、いいよ。ヒュノはああいうやつだからな」
「えっと、でも、そうです。ヒュノ様は知らない人を通しては行けないって……でも、えっと」
えっと、えっと、と悩む少女にもはや戦意はない。
彼女にこれ以上俺と戦闘することは不可能だろう、善良という気質は良くも悪くも、人になつきやすい。俺に対して、一度でも好意的な感情を抱いてしまえば、彼女はもう、俺を攻撃できない。
卑怯ではあるが、俺はそもそも戦えないのだから、こうせざるを得ないのである。
「あんたが決めればいいさ」
「そ、そんな事言われても……」
「時間はいくらでもある」
そして、その上で決定権を少女に委ねた。彼女が帰れというのなら、この場は諦めよう。そうならないよう行動したつもりだが、こればかりは彼女の考え次第である。
「……ヒュノ様が通すなって言われたし。でも、この人はヒュノ様と仲良さそうだし……でも……」
責任を押し付ける、という行為は場合によっては卑劣とも言えるが、それでも彼女には、自分で考えて決めてほしかったのだ。
その決定から発生した問題には、俺も付き合うから。
だから――
「……あれ?」
ふと、そこで少女は何かを思い出した様子で、声の調子を変えた。
「そういえば、そもそもヒュノ様が通しては行けないって言ったのは」
――違和感。
見落とし。
なにか、重大なことを、見落としている。
そんな、そんな違和感。
何故?
答えは、
「あっちから
もう、手遅れだった。
――そもそも、ヒュノが俺を足止めするならば、いくらなんでも手が早すぎる。縛になりうる虚夢はそうそう簡単に用意できるものではない。事実、先日のおっさんは縛にならずに死を選んだ。
彼女は予め用意された縛なのだ。そして、ヒュノは俺の行動を読めない。読めないから、読まない。
縛を予め用意することはしない。
後に知ったこと。ランがヒュノの宮殿にたどり着いたのは、彼女と入れ替わりのタイミングだったらしい。つまり、俺がここに来るだろうとヒュノが知った時点で、彼女はヒュノの前にいなかった。
ヒュノの前にいないということは、ヒュノが興味を失ったということで。
目の前の少女が、俺を足止めするためにここに配置されたわけではないことの、証明でもあった。
「――――あ」
少女が、何かに気がつく。
俺は、気がつけなかった。
「あぶない!」
だから、少女は先程、俺が彼女にそうしたように、しかし、彼女は俺を引っ張ることはできず。
直後。
「下層術式。“光雷一閃”」
俺を突き飛ばした少女に、
一条の光線が突き刺さった。
「な、あ――」
視線が、そちらに向く。
そこに、居た。
ジャケットを身にまとった騎士のような男。
それは、
「――――この無限世界に、大いなる秩序のあらんことを」
夢幻機関。
「縛の撃破を確認。これより――コード・サイクロンβの排除を開始する」
この世界の秩序を標榜する乱暴者が、
まるで埃を払うかのように、縛となった少女を薙ぎ払い、現れた。