(注)この異世界小説家たちはフィクションです。   作:緑帽被

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「じゃあギルドでも組むか」

 少し突飛な話をしよう。

 

 冒険には仲間が必要だ。

 人は苦難を乗り越えるために、人と協力し、ときに足を引っぱり合う。

 

 対して執筆は孤独な作業とされる。

 いろいろな形態こそあれ、共同作業と呼ぶべき箇所は少ない。

 

 しかし、どうしても人の手を借りねばならない場面がある。

 

 酒の相手をしてもらうときだ。

 こればかりは、いくら物書きでも一人ではいられない。

 

―――――――――――――――――

 

 ニューザードはまだ眠っていた。

 日が昇り切らず、景観はやや青みがかっている。

 いつもは絢爛とした商店街も、今は鳥の声だけ聞こえる。

 

 春なのに空気が冷たい。体が縮こまるようだ。

 アリョーナは手をさすりながら目的地へ急いだ。

 約束の時間を、もう5分すぎていた。

 

 日がわずかに顔を見せたころ、ようやく到着した。

 例によって「偏屈作家」たちのボロ屋敷だ。

 

 さて、遅れること10分。時刻は7時40分。

 10分の遅れを許容できるかどうかは人によって変わる。

 多くの人は許してくれる。だがそうでない人もいる。

 アリョーナが知る限り、ソユーズは後者の人間だ。

 

 恐る恐る扉を叩き、

「……ごめんなさーい」

 と、押し殺した声で言う。

 

 それと同時に扉がバァン!と開かれた。

 目の前に、何とも険しい表情のソユーズが現れた。

 

「おいアリョーナぁ!」ソユーズが叫ぶ。

「は、はい!」思わず目をつぶった。

 

「……よくわかってるじゃねえか」

 

「……はい?」

 アリョーナはおそるおそる目を開ける。

 

 するとソユーズはいつになく嬉しそうにしていた。

 

「俺が指定した時刻、プラス10分が正しい集合時刻だ。

 つまり7時半と言ったら7時40分に集まる。完璧だ」

 

「……あ、そ、そうですよね!

 はい、ちゃんと下調べしたので!ばっちりです!」

「もし馬鹿正直に30分に来てたらその場でクビにしてるところだった」

「いやそれはおかしいですよ」

 

 二人が言い合いしそうになると、

 

「せんせー、おくれたー」

 

 と、おめかししたトローカが出てきた。

 

「ふたりともごめんね!

 さっきまでα波(アルファは)だったからおそくなっちゃった!」

「アルファ……なんですって?」

 

 ソユーズがあきれ顔で、

「寝てた、という意味だ」

 と補足した。

 

 

 さて、こんな早い時刻に集まったのにはちょっとしたわけがある。

 

 2日前、例の「戦争」の直後のことだ。

 ソユーズ宅の汚部屋っぷりに愛想をつかしていたアリョーナ。

 そんな彼女の一言が発端となった。

 

「もっと広い家に住めばいいんじゃないですか?

 先生、お金あるんでしょう」

 

 するとソユーズは本から顔を上げ、

 

「金は小説のために使う、これが作家の流儀だ」

「でもその流儀で先生が窒息してしまいます」

「だが住み慣れた家だ。

 なあトローカ、お前も離れたくないだろう?」

 

 トローカも本から顔を上げ、

 

「んー、たしかにそうかも!」

「ほら、今2対1で俺の勝ちだから」

 

「でもトローカちゃん、引っ越せばもっと快適に勉強できますよ」

「あ、じゃあひっこしたほうがいい!」

「秒速で裏切るじゃんお前」

「さあ先生2対1ですよ!」

「そーだよせんせー!」

 

 引っ越そうよ、という二人の熱い視線に耐えかね、

 偏屈作家もとうとう諦めた。

 

「……じゃあギルドでも組むか」

 

「ギルド?」

 アリョーナは首をかしげる。

「って、冒険者用の?」

「そうだ。ギルドを組めば、東エリアのギルドハウス群から一軒貸してもらえる。

 実をいうと前に一度組もうとはしたんだが……」

 

「ことわられちゃったんだよね」

 トローカが残念そうに笑う。

「最低3人必要です、って言われちゃった」

 

「じゃあ、私が加われば」

「条件クリアだ」

「それですよ!」アリョーナがぐっと踏み込んできた。

「近い近い近い」

 

 ちなみに、ギルドを組むメリットはほかにもある。

 活動内容を報告して、ギルドから資金を援助してもらえる。

 定価安めのギルド食堂を利用できる。などなど。 

 

 そういうわけでとんとん拍子に話が進み、

 ギルド結成申請にまでこぎつけたのだ。

 

 

 ニューザード東エリア「ギルドブロック」

 ブロックの真ん中に位置する協会を拠点として、多くの冒険者たちがギルドハウスで暮らしている。団地のような場所だ。

 人口密集区域として、また数多くの実力者が集う場所として、ニューザードのランドマークとも言われる。

 

 で、すっかり日が昇ったころ、3人は協会に到着した。

 さまざまな依頼や仲間募集の声が飛び交い、争奪戦が繰り広げられる場所。

 今日も例外でなく、罵声やら歓声やらが響いている。

 

「あー……」

 ソユーズは入って早々肩を落とす。

「いつ来ても苦手だ、ここは」

 

 するとトローカがさっと振り返り、

 

「わたしはすきだよ!

 なんかみんな元気!ってかんじ!」

 

「お前はどうかそのまますれずに育ってくれ」

 

「先生が言うと説得力ゼロですね」

 アリョーナがちゃかした。

「えーと、窓口は……」

 

 窓口は入って左の一角にあった。

 「クエスト依頼」

 「クエスト受注」

 「完了報告・報酬受取」

 の隣に「ギルド結成申請」の窓口があった。

 

 結成したい旨を伝えると、小さなテーブルに案内された。

 

「……えーと、それでは」

 窓口のきれいなお姉さんが応対する。

「ソユーズさん、アリョーナさん、トローカさんの3人ギルドで申請ということで、承りま……」

 

「……ソユーズ?って、もしかしてあの……」

「いや人違いだ」ソユーズの速攻否定。

「そうでしたか、失敬しました。……ところで」

 

 と、何やら怪訝な顔をされた。

 

 

「見たところ、あまり冒険をなさっているようには見えませんが……」

 

 

 ――この展開。

 つまり「冒険者ギルドなのに冒険してないし依頼も受けてない」ことに突っ込まれるのは3人全員が心配していた。

 特にソユーズは、

「これで申請不可とか無いといいがね」

 と何度も言っていたほどだ。

 

 だが最終的にはアリョーナが「秘策で何とかします」と言っていた。

 

「……あ」

 お姉さんが気付いた。

「もしかして、ドラゴン討伐のアリョーナさん?」

 

 アリョーナは内心ほくそ笑みつつ、

「はい!」

「そうでしたか!軍を退役された後も、冒険者となって人を助ける道を選ぶなんて!さすがです!」

「いえいえ、そんなたいそうなものではありませんよ」

 

 アリョーナの秘策とは、要するに顔を利かせることだ。

 分隊長になる前から頭角を現していたアリョーナは、協会直々の指名でクエストの応援に出向くことがよくあった。

 ギルドの間でも、知る人ぞ知るところなのだ。

 

「ということでお姉さん」

 アリョーナは人当たりのいい表情で、

「さっそく申請を……」

 

「もちろん、ギルドマスターはアリョーナさんがなさるんですよね!」

 

 ――場の空気が一瞬凍った。

 

 アリョーナはソユーズに向き直る。

 彼は阿修羅像のような顔をしていた。

 

「いいですか、先生」

 

「……べつに、いいけど」

「絶っっっ対納得してませんよね先生」

「いや別に4歳下の女にギルマス取られて悔しいとか編集者のくせに作家より上位に立とうとしててムカつくとか全然そんなんじゃないから」

「心境ダダ漏れじゃないですか」

「全っ然ちがうし、全っ」

 

 結局アリョーナがギルドマスターになる形でまとまった。

 

 それからはスムーズに事が運び、

 あと2ステップほどで申請完了のところまでこぎつけた。

 

 が。

 

「……ところで、ギルド名はどうしますか?」

 

 

「……え」

「え?」

「えっ」

 

 ほぼ同時に動揺した後、

 

「……考えてねえ」

「考えてませんでした」

「かんがえてなかった!」

 

 ほぼ同時にさじをなげた。

 

「で、では一度書類をまとめてきますので、

 今のうちに話し合っておいてくださいね」

 

 お姉さんは若干引き気味に裏の方にはけていった。

 

 そしてふぬけの3人が残った。

 

「……うかつだった」

「うかつでしたね」

「うかつー……」

 

 それは予期せぬ壁だった。

 いや、そもそも大して名前にこだわる必要はない。

 初めから名ばかりギルドだ。

 

 しかし、「名ばかりギルド」だからこそ、

 名前ぐらいはしゃんとしておきたい気持ちが3人ともあった。

 

 しばらく考えた後、ソユーズが口火を切った。

 

「……まあここは無難に『天才作家と愉快な下僕たち』とかで」

「よく恥ずかしげもなく言えますね無難とか」

「ながくておぼえられないよー」

「じゃあ他に何があるというのか」

 

 二人で考え、アリョーナがひらめいた。

 

「やっぱり冒険小説ギルドですから、

 かっこいい名前がいいですよ!」

 

「トローカもそうおもう!」

 

「だから『終焉を告げる者たち~クライシス・ジ・アビス~』とか!」

 

 

「…………」

「…………」

 

 途方もない沈黙。

 

 そして、トローカが死んだ魚のような目で、

 

「……ないわー」

「やめてください、

 トローカちゃんぐらいの年の女の子に言われるのが一番きついんですよ」

「静かにしろ、歩く氷河期」

「歩く氷河期ってなんですか!」

 

 最後にトローカの番が来た。

 

「んー、むずかしいなぁー……」

「トローカちゃんの好きな言葉でいいんですよ」

「お前の好きなことを形にすればいい」

 

 やけに優しい年上二人に後押しされ、

 

「あ!じゃあ『冒険小説ギルド総論 改訂版第二版』とか!」

「俺たちのギルドを分厚い学術書にするな」

「小説って言っちゃってますしね」

 

 結局決まらないまま、いくつかの候補が出されては暗黙のうちに抹消されていった。3人の嗜好があまりにも違いすぎたのだ。

 

 5分ほど経ち、ソユーズが音頭を取った。

 

「……そもそも、俺たちは冒険小説を書いてるだけで、冒険などしていない。

 戦争しているように見せかけて内実は平和に過ごしてるわけだ」

 

 そして手を合わせ、

「だから……『戦争と平和』みたいな」

 

「戦争と」

「へいわ」

 

 年下二人が顔を見合わせ、

 

「……うん、それでいいとおもうー」

「なんかしっくりきますしね」

「じゃあ決まりだな」

 

 と、「このへんで決めておかないといよいよ収集つかなくなる」というムードに後押しされ、ギルド『戦争と平和』がめでたく結成した。

 

 

「……では、ギルド『戦争と平和』さんの結成申請、たしかに承りました。

 申請書類には、経費補填希望、借家希望、保険希望とありましたが、間違いありませんか?」

 

 経費補填は活動における必要経費の支援。

 借家は3人の一番の目的だが、

 

「保険?」

 ソユーズが首をかしげた。

「いるのか?」

 

 するとアリョーナは

「いりますよ!絶対必要です!」

「たとえば何があるんだよ」

「死亡保険」

「却下」

「災害保険」

「却下」

「被殺害保険なんてのもありますよ!」

「どんだけ俺を亡き者にしたいんだお前」

 

 アリョーナとソユーズのやり取りを聞きつつ、トローカは、

「ほけん……?」

 と首をかしげていた。

 

 ――――――――――――――

 

 さて、日がもっとも高く昇ったころ。

 3人はお姉さんに連れられ、借家探しにいそしんでいた。

 

 習わしでは、ハウスはギルドメンバーの希望を極力汲んで取ってもらえることになっている。

 しかし平和な時代が続き、刺激欲しさにギルドを組む者が増えた結果、ギルドハウスはとっくに頭打ちになった。

 今では条件と一つでも合えば御の字だ。

 

「ですから、あまりご要望に沿えないかもしれませんが……」

 お姉さんは申し訳なさそうにただしたうえで、

「みなさん、何か希望はありますか?」

 

 すると3人はほぼ同時にひらめき、

 

「「「日あたりがいいこと」」」

 

 と同時に答えた。

 

 お姉さんはすっかり感心して、

「まあ……」

 と口をおさえていた。

 

 別にあらかじめ決めていたわけではない。

 

 ソユーズは執筆のため。

 トローカは学術書のため、

 アリョーナは精神的健康のため。

 

 それぞれ、ぐうぜん思惑が重なっただけだ。

 

 もちろん、日当たりのいい物件はいつだって人気だ。

 条件と合う空き家が一つもないことはじゅうぶん考えられる。

 

 しかしお姉さんの尽力もあり、候補が3つ出てきた。

 

 一つ目は、やや狭いシックな色合いのログハウスだ。

 中に入るなり、ひのきの素朴な香りがただよってくる。

 

 本屋を思いだす匂いと、ログハウス特有の秘密基地感。

 この2つが「作家」と「子ども」に受けた。

 

「悪くないじゃないか」

「うん!たのしそう!」

 

 するとお姉さんが資料を出した。

「ギルド協会からも近く、朝いちばんのお日様が窓から差し込んできます。

 いかがですか?」

 

 2人はとくに異論はなさそうだ。

 しかし、「編集」がやや不満げにしている。

 

「どうしたアリョーナ」

 

 ソユーズが尋ねると、

 

「……ここにはキッチンがありません」

 

 と、怒り8割あきらめ2割の声で答えた。

 

「キッチンてお前、食堂使えばいいだろう」

「いけません!」

「うおっ」

 

 急に距離を詰めてきた。

 

「先生は売れっ子作家。そして私はその編集です。編集として、あなたが健康を害する方向にことが運ぶのは絶対にいけません!それに先生だって23歳で料理の一つもできないようでは、お嫁さんもらったら愛想つかされてしまいますよ!」

「べ、べつに、小説が恋人だし」

「そんなことではいけません!」

 

 アリョーナは強引にお姉さんに向き直り、

 

「他の物件を!」

「あ、はい、わかりました……」

 

 1つ目はあえなくボツとなった。

 

 2つ目は、さっきのより少し広い、いわゆる「和風」なテイストだ。この世界に「和」の国はないが、要はそういった類のつくりだ。

 畳づくり、縁側、障子など、心落ち着くアイテムがそろっている。

 香りも線香の匂いが漂っていて、これも気持ちいい。

 キッチンあり。日当たりよし。秘密基地感よし。居心地よし。

 3人とも「いいね」と満足している。

 

「ただ……」

 お姉さんが言いよどむ。

「本屋から少し遠くなる、という欠点があります。

 まあでも、冒険者ギルドですから、関係ないと……」

 

 ――関係ない、とはならなかった。

 聞いた瞬間、「作家」と「助手」の顔がこわばった。

 

「……へえ、本屋が、へえ」

「そっかー……」

 

「うーん、じゃあ」

「次の物件いくぞ」

「え、あ、しょ、承知しました……」

「どんだけ本にこだわりあるんですか」

 

 本好きにしかわかるまい。

 書店が遠いと宣告される絶望感など――。

 

 2つ目もあえなくボツ。

 とうとう最後の物件にやってきた。

 

 外観、内装は先の2軒に劣らない、いや、満足度は一番高い。

 最近の流行を取り入れたモダンで明るい色調のフローリング。

 子どもが駆け回れる広さのリビングに、機能的なキッチン。

 加えて、脚を伸ばして入れる風呂。さらに2階建て。トイレも2個。

 個室もしっかり完備している――。

 

「さらに協会からは適度に遠く、商店街にもすぐ行けます。

 もちろん本屋さんにも近いですよ」

「完璧じゃないですか!」意気揚々とするアリョーナ。

「一番いいものは一番最後に。営業の鉄則ですよ」

 

 お姉さんは人差し指をぴんと立てて微笑む。

 

 アリョーナもトローカも相当気に入ったようで、

「ここならべんきょーもあそびもカンペキだね!」

「ええ!お仕事にも簡単に行けますし!」

 と浮かれているのだが、

 

 約1名、腑に落ちない者あり。名はソユーズ。

 

「……うますぎるんだよな、これはこれで。

 お姉さん、ここ、なんかよくないものでも憑いてんじゃないのか」

 

「いえ!ご安心ください!」

 変わらない営業スマイルで、

「この家に住んでた人が謎の失踪を遂げたってだけですから!」

 

「ぜーんぜんあんしんできない!」

「やっぱ事故物件じゃねえか」

「だけってなんですか、だけって!」

 

 3人がこぞって非難する。

 

 ところで、読者諸君は事故物件を許容できるか?

 僕は知人の何人かにこれを聞いたが、全員答えはノーだった。

 いわくつきの場所に定住するのをこばむのは、生存本能として遺伝子にコードされているのだと推測する。

 

 さて、お姉さんはバツが悪そうな顔で、

「まぁそうですよね……」

 そして、こう続けた。

 

「ここ、ちょっと変わった人が住んでたんですよ。

 ギルド協会ができる前からあった家で、その人がいなくなってしまってから、誰も引き取り手がいなかったのを協会が借家として買い取ったんです。タダ同然でしたが」

 

 お姉さんは、窓の縁のほこりを指ですくった。

 

「もともとは執筆の界隈で有名だったそうです。ですが、いなくなってからは好き勝手に言われてしまっています。実はあの人は竜の末裔で、約束の刻限がきて消滅したんだ、とか、根も葉もないことを」

 

 執筆の界隈、という言葉に3人は少し反応した。

 同業者、つまり小説家か。それともジャーナリストの類か。雑誌の記者か。

 

「そのひと、なんてなまえだったの?」

 トローカが無邪気に訊く。

 

 お姉さんは「よく分かりませんが」と前置きをして、

 

「……エグザクトさん、だったかな」

 

 と言った。

 

(エグザクト……)

 

 アリョーナはその単語に聞き覚えがあった。

 まさに自分が担当している作家が受賞したものだ。エグザクト賞。

 賞に名を冠するほどの作家なら、かなりの実績があったのだと思う。

 

 しかし、どんな実績なのかは、詳しく知らない。

 

 それについては、隣にいる男の方が思うところがあるようだ。

 

 エグザクトという名を聞いてから、偏屈作家はずっと黙りこくっていた。

 

 

「……それは」

 長い沈黙の後、ソユーズは訊いた。

「トリューズ・エグザクト、じゃないか?」

 

 するとお姉さんは「ああ!」と納得した。

「それです!トリューズ・エグザクトさん!

 ソユーズさん、どうしてわかったんですか?」

 

 興味津々にお姉さんが訊いてくるが、ソユーズはつっけんどんだ。

 

「そんなことはいい。

 それより、ここ、空き家なのか?本当か?」

「ええ、書面ではそうなっています」

「じゃあ、住めるんだな、ここに?本当だな?」

「ええ、まあ」

 

 お姉さんは「分かり切ったことを」という顔で答える。

 

 ソユーズは二人に向き直り、

 

「俺、ここがいい」

 

 と、懇願してきた。

 

 トローカの方は、

「せんせーがいいなら、トローカもいいよー」

 と快諾した。

 

 アリョーナは、事故物件についていろいろ嫌悪感もあったが――

 いつになく真剣なソユーズの目を見て、

 「……はい、私も」

 ただうなずいた。

 

 

 借家が決まり、保険には一切加入しないことも決まったところで、晴れてギルド「戦争と平和」が正式に発足した。

 

 手続きが終わったころはすでに日も赤くなっていた。

 商店街はいまだ活発で、笛の音が屋台の到来を告げている。

 ちょうど食料品セールも始まり、客たちは我先にと押し合っている。

 

 そんな喧騒から離れ、3人は本屋で時間を潰していた。

 トローカは学術書コーナーで知識欲を満たしている。

 ソユーズとアリョーナは、古めの小説の立ち読みだ。

 

「明日は引っ越しですね」

 アリョーナが古本をめくりながら言う。

「1日中の作業になると思うので、さぼらないでくださいね?」

「え、お前が全部やってくれるんじゃないの」

「冗談は小説の中だけにしてください」

「編集じゃないのかお前は」

「作家も編集も一人の人ですよ」

 

 アリョーナは棚に敷きつめられた小説たちを見る。

 カラフルに彩られた背表紙たちが存在を主張し合っている。

 

 そんな中に、白一色の地味な背表紙があった。

 こういうのは逆に目立つのだ。

 さらに彼女は、その著者名に目がついた。

 

『比翼の邪竜 作:トリューズ・エグザクト』

 

 トリューズ。

 その名前にソユーズは強く反応していた。

 しかもその人が住んでいた家だと分かるや、すぐにそこに決めた。

 かなり思い入れが強いように感じる。

 

「あの、先生」

 アリョーナは意を決し、

「トリューズ・エグザクトさん、とは何者なんですか」

 

「……トリューズさんは……」

 

 ソユーズは目をつぶった。

 

 アリョーナの方は、ソユーズが人に「さん」をつけたのを初めて見て、少し感心していた。この偏屈作家にも、畏敬を覚える相手がいるのだ。

 

 日が傾き、紅の光が書店に入り込んでくる。

 それと同時に、硬い口を開いた。

 

「長くなるから、今は言えんが」

 

 ソユーズは『比翼の邪竜』を手に取り、アリョーナに渡した。

 

「俺の、超えるべき相手だ」

 

 アリョーナは、本の帯に書かれた文字に目をやった。

 

 

【天才ソユーズ・シュリーファーも絶賛!】

【故 トリューズ・エグザクトの遺作にして代表作!!】

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