「なあ、アンティーカって知ってるか?」
職場の先輩男性にそんな事を聞かれ、作業中だった私はあからさまに首を傾げてみせた。
「……もしかして私、バカにされてます?」
―――
最近になって売れ始めたファッションブランドであり、私―――
将来の夢はファッションデザイナー。
そんな私は入社して一年足らず、まだまだ駆け出しのひよっこだ。この職場では未だに雑用係のような扱いを受けている。
「言っとくけど、ウチの事じゃねーぞ?」
「違うんですか?」
「ああ、ほらこれ見てみろ。『L'antica』……これでアンティーカって読むんだとさ」
先輩が差し出してきたスマホの画面に映っているのは、ゴシックな衣装で歌って踊る五人のアイドル達。
「わあ、アイドルグループですか。先輩、こう言うの好きなんです?」
「違ぇーよ! さっき社長が話してんのが聞こえたんだよ。次のTGC、このアイドル達にゲスト出演させるらしい」
TGC―――東京ガールズコレクション。
その名の通り、日本にある東京で行われるファッションイベントであり、若い女性達を主なターゲットとした服飾の販売、それに伴ったファッションショーやライブなどを行う一大イベントだ。
「え……アイドルを? モデルさんじゃなくて?」
「まあ、アーティスト枠って考えれば無い訳じゃあない。それに、ユニット名がウチと同じって事で、話題性もあるだろうしな」
「なるほど」
雑用係の私としては正直どうでもいい話ではあったが、スマホに映っているアイドル達の姿はとてもキラキラしていて、まるで別世界の存在のように見えた。
「おい、いつまで見てんだよ」
「あ……すみません。なんていうか、今時のアイドルって凄いんですね」
「そうだろ? 特にこの恋鐘ちゃん、すげースタイル良くてさ」
「先輩、やっぱり好きなんでしょ」
……と、まあ。
そんな訳で、どうやら私の所属するブランド『アンティーカ』で、今話題のアイドルユニット『L'antica』を起用する事になったらしい。
実際、この後の会議でその旨が伝えられたので間違いない。
一部の社員達にもファンがいるらしく、概ね好意的な印象だった。
私も資料を拝見したけれど、メンバーのひとりである長身の女性は過去に何かの雑誌で見た事があった。
この『L'antica』というアイドルユニットは人気上昇中とのことで、名前が同じウチとのタイアップというのも、話題性―――いわゆる“トレンド”狙いとしては面白い施策だと思った。
夢の舞台であるTGC。
ただの雑用係でしかない私にとって、まさに天上とも呼ぶべき世界―――
けれど、この時の私は知る由もなかった。
彼女ら『L'antica』との出会いが、私の人生を一転させる事を。
◆◆◆
「―――と言う訳で、結華には来月末に行われる東京ガールズコレクションに出演して貰いたい」
283プロ事務所。
アンティーカのメンバーのひとりである
「ファッションショーのモデルとしてウォーキング、その後ステージでミニライブ。衣装はすべて新規……依頼主であるファッションブランド『アンティーカ』さんの用意するものを使わせて貰う」
「アンティーカって……―――へえ、三峰たちと同じ名前のブランドってこと?」
「そうだ。もちろん結華だけじゃなく、ユニットメンバー全員での出場になる」
「すごいじゃん。ついに三峰たちもファッションショーかぁ」
「東京ガールズコレクション、通称TGC。ファッション好きな若い女の子たちが集まる、お祭りみたいなものだ。結華なら知っているかも知れないが、概要の載った資料を用意したから渡しておくよ」
プロデューサーから受け取った資料に目を通し、それが現実であると実感した結華は、この仕事がいかに大きなものであるかを理解した。
「それで、もうみんなには話してる感じ?」
「……いや、まだだよ。今回の件については、まず結華に話しておこうと思ってな」
「三峰に……って、なんで?」
「それなんだが、実は―――」
◆◆◆
私―――網島更紗は自宅のPCを使い、インターネットで件の『L'antica』について検索をかけていた。
するとすぐにサイトが見つかり、メンバー五人のプロフィールなどの詳細を確認できた。
(―――やっぱりいた、この子だ)
かつて雑誌のモデルをしていたのをたまたま目にした事があったので覚えていた。
その長身、抜群のプロポーションはまさにモデル体型―――モデルに憧れがなくても、この道の人間なら誰もが目を惹かれるのは間違いないだろう。
自分の記憶が正しかったことに満足しつつ、他のメンバーにも目を向けてみる。
(プロフィールだけじゃパッとしないなあ。うーん、ライブ映像とかどこかに……―――)
そうして色々調べていくうちに、ひとつの映像に辿り着く。
その中ではまさしくゴシックな衣装を身に纏い、アップテンポな曲で踊るアイドルたちの姿があった。
「これ……この子……―――」
初めて見るキラキラした少女たち。
その中のひとりに、私の視線は釘付けになってしまっていた。
◆◆◆
―――静寂、無音。
プロデューサーとの打ち合わせを終え、結華は誰もいない事務所のソファに座りながらぼんやりと天井を眺めていた。
その表情はどこか空虚で、視線は宙に浮いていて―――
「私がファーストルック……かあ……」
ぼそりと呟きながら、歪んだ笑みを浮かべる。
「ファッションショー、ってことは……モデルさんが一杯いて……色んな服でウォーキングして……―――」
いつしかその瞼は閉ざされ、暗闇の中。
少女の心に蠢くもの、それは―――
『ショーの終盤、アーティスト達が登場するステージがあるんだが、結華にはそのステージのファーストルックを頼みたい』
『ファーストルック……!?』
『一番最初に出ていって盛り上げる役、トップバッターみたいなものだな』
『いや、それは解るけど……三峰が? さくやんとかじゃなくて?』
『ああ、先方からの依頼なんだ。資料にも記載してあるから、後で確認しておいてくれ―――』
プロデューサーとの会話を脳裏に思い返しながら、少女は深く息を吐いた。
「……あはは。三峰、責任重大じゃん」
笑みは引きつり、やがてその表情は無へと変わる。
そうして、その瞼がゆっくりと開かれて―――
「…………、どうして……―――」