相克の“アンティーカ”   作:在処サクラ

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第一話 “困惑”

 ―――翌日。

 ファッションブランド『アンティーカ』、作業部屋にて。

 

「おい地味メガネ、休憩終わったら俺の作業手伝え」

 

 私が職場の隅でデザイン片手に昼食のパンをかじっていると、職場のリーダーである男性―――今回のTGCでアイドルたちの服をデザインすることになった人に声をかけられた。

 

 ちなみに『地味メガネ』とは私のあだ名である。

 目立たない黒髪ショートにメガネ姿、服装もデザイナー志望とは思えない質素なものなことから、いつの間にかそんなふうに呼ばれてしまっていた。

 

「ふぁい。ふぁはいまひた」

 

「物食ってる時にくちゃくちゃ返事すんじゃねえ。……ん、なんだそれ。また懲りずにデザインでも描いてんのか」

 

 リーダーが近くに寄ってきて、私の手元にあるデザインの落書きに目を向ける。

 

 これは、昨日の夜に見たアイドルの姿に感化されてアウトプットした殴り書き―――それを昼休み中にまともな形に仕上げようと頑張ったものだ。

 

「見た目はゴシック・アンド・ロリータ……に見せかけたパンク・ファッションとの混同か? まさかこれ、例のアイドルグループをモチーフにしてんのか」

 

「んぐ……は、はい。えっと、今度コラボする『L'antica』にいるアイドルのひとりなんですけど―――」

 

 私が解説しようとすると、リーダーはそのデザイン画をひょいと拾い上げ、

 

「……雑用係が一丁前にもデザイナーの真似事とはな。こんなもん描いてるヒマがあったら俺の仕事を少しでも減らせよ」

 

 くしゃくしゃ、と。

 なんの断りもなく、いきなりそれを丸めてはポイと投げ捨ててしまったのである。

 

「ちょっ、なにを……―――」

 

「オラ、飯食ったらさっさとこっちこい。ただでさえ追われてんだ、無駄なことに労力さいてんじゃねぇぞ」

 

 どうやら作業に追い込みが掛かっていてイライラしているらしい。

 普段から口の悪い人ではあったが、流石に今のような真似まではしなかったのに。

 

 私は自分の渾身の出来になりそうだったデザイン画に思いを馳せながらも、雑用係としての仕事を果たすべく、今日もまたせっせと働くのであった。

 

  ◆◆◆

 

 同時刻、283プロ事務所。

 結華以外のアンティーカメンバー全員にも今回の仕事についての話が伝えられ、これからのレッスンスケジュールなどの打ち合わせが進められた。

 

 センターである月岡恋鐘はもちろん、メンバー全員がこの案件に対して興味津々になり、アンティーカの参加は満場一致で決まりとなった。

 

「アンティーカって、うちらと同じ名前ばい! 知っとる? 霧子、摩美々〜?」

 

 そう恋鐘が問いかけると、幽谷霧子(ゆうこくきりこ)田中摩美々(たなかまみみ)の二人はほぼ同時に頷いた。

 

「うん……最近、人気出てきたみたい。先月に出てたアプリコットで特集されてたの見て……」

 

「まあ私はバズる前から知ってましたケドー」

 

「へえ、そうなんだね。恥ずかしながら、私は今日初めて知ったよ」

 

 霧子と摩美々は知っていたものの、咲耶は知らなかったと言う。

 そんなやり取りをよそに、結華はひとり上の空で黙り込んでしまっていた。

 

「……結華? ずっと喋っとらんけん、どげんしたと?」

 

「えっ、あ、ううん! 三峰も知らなかったよ。きりりんとまみみんは流石だなぁ〜!」

 

 そんな結華のぎこちない反応に、恋鐘はさほど気にしていない様子ではあったが、その他のメンバー達は違った。

 

「結華、もしかしてファッションショーは初めてかい?」

 

 と、咲耶がすかさず声を掛ける。

 

「それとも、ファーストルックの件かな?」

 

「―――……!」

 

 思わず図星を突かれた表情になってしまう結華。

 

「もし気負ってしまっているのなら心配はいらないよ。ファーストルックは確かに大事だけれど、結華ならきっと大丈夫さ」

 

「いやー、あはは。さくやんにはバレちゃうかぁ。んー、ちょっと緊張しちゃってるだけだから問題ないない! 本番まで一ヶ月もあるんだし、三峰なら心配ご無用です!」

 

「……そうかい? それなら一緒にウォーキングの練習でもどうかな。一言にウォーキングと言っても、ランウェイでの表現方法は様々で―――」

 

 気を遣って接してくれる咲耶に、結華は苦笑いしつつも心の底から感謝の念を抱いていた。

 

(ほんとにもう。私ってばダメダメだなあ……)

 

 自分の情けなさに心の中で活を入れつつ、結華は人知れず頭を振る。

 

 自分にどこまで出来るかはわからないけれど、やれるだけやってみよう―――と。

 

  ◆◆◆

 

 夕暮れ時。

 職場から退勤した私は、頭の中から離れてくれないひとつのデザインをずっと思い浮かべていた。

 

 職場では邪魔が入ってしまうし、自宅に帰ったら真っ先に書き起こそう、そう決めていた。

 

(アンティーカ……『L'antica』……。それに、あの子……―――)

 

 私の脳裏にはひとりのアイドルの姿。

 センターで一際目立つ月岡恋鐘でもなく、高身長でモデル体型な白瀬咲耶でもない。

 

(どうして……こんなに、気になるんだろう……?)

 

 これまでアイドルなんてものには興味なんて一切湧かなかった。

 

 アンティーカ―――私の勤める職場は、まさに私の理想とする服飾を作り続けているブランドだ。

 

 それと同じ名前のアイドルユニットだから?

 それとも、TGCでうちとコラボ起用するから?

 

 ……答えはわからない。

 全部かもしれないし、どれにも当て嵌まらないかもしれない。

 

 ただ、昨日―――調べながら行き着いた先、ひとつのライブ映像を観て……私は確かに惹かれていたのだ。

 

 そのアイドルのことを思い浮かべるだけで、次々にデザインのアイデアが沸いてきて―――

 

(こんなこと、はじめて……)

 

 デザイナーになりたい。

 そんな漠然とした夢を追いかけ続け、私は今ここにいる。

 

 ……けれど。

 やりたいことをやっている―――そのはずなのに、どこか毎日に満足が出来なくて。いつかデザイナーになる為に、その礎を築いている……そう自分に言い聞かせてきた。

 

 でも、あのアイドルを見て、頭に閃いたデザインを形にしている時―――

 

(なんだろう……この、気持ち……―――)

 

 なんて言えばいいのか、今はまだわからないけれど。

 きっとこれは、大切なことなんだと思うから。

 

 ―――描こう。

 私だけの、たったひとつのデザインを。

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