私が夜通しで書いたデザイン画。
満足のいく出来になったのはたったの一枚だけだったけれど、それでも私にとっては自信作なことに間違いはなかった。
いわゆる『ゴスロリ』と呼ばれる意匠、歌って踊るアイドルに合った動きやすい丈のスカートなど、あのアイドルの為だけに創り出したといっても過言ではないデザイン。
そして、何よりも欠かせない、彼女らしさを象徴するワンポイント―――
「……って、ヤバ。そろそろ寝ないと、明日も早いんだった」
私はプロのデザイナーではない。
この私のデザインが世に出るなんてことは有り得ないし、これはただの自己満足だ。
ただ描きたいから描いただけ。
あの映像を観て―――彼女の姿に目を惹かれて、ずっと脳裏に浮かび続けていたもの。それをアウトプットして、満足して、それで終わり。
……そう。
この時の私は、確かにそう思っていた。
◆◆◆
「おはようございます……」
夜ふかしをして、案の定眠気マックスな私は、寝ぼけ眼を擦りながらも遅刻せず無事に出社した。
仕事場では既にリーダーが衣装に取りかかっていて、私の姿を確認するなり、いつもの目付きの悪い視線をこちらへ送ってくる。
「オイコラ地味メガネ。お前な、今がどういう時期なのかちゃんと解ってんだろうな?」
「はあ……すみません。すぐに準備しますので。ええと、とりあえずパターン起こせば良いです?」
「いや、それは別の奴にやらせる。お前は掃除と溜まってるゴミ集めて捨ててこい」
と、今日は珍しくリーダーが部屋掃除を指示してきた。あまりに酷い時は私が率先してやるものの、今の仕事場の状態的にはそこまで必要なさそうだけれど―――
「なにボサっと突っ立ってんだ、さっさとやれ。今日は社長が視察に来るんだよ」
……社長、視察。
その言葉ですべてを察した。なるほど、社長が来るとなれば確かに掃除くらいはキッチリ済ませておくに越したことはない。
「わ、わかりました!」
そんなこんなで、私の今日の仕事もまた雑用からスタートするのであった。
◆◆◆
昼休み。
どうやら社長は昼食後に訪れるとのことなので、私はキレイに整理整頓した自分の作業机の上で昨日のデザイン画の続きに没頭していた。
リーダーは席を外しているし邪魔をされることもないだろう。
何を隠そう、このデザインにはまだ足りていないものがあるのだ。
いや、このままでも充分だとは思うのだけれど、私の頭の中に浮かんでいるアイドルの姿―――それを際立たせる、ワンポイントアイテム。
しかしながら、どうにもそのデザインに難航してしまっていた。
完璧主義というわけでもないのだけれど、ここまで熱の入ったデザインなのだから、ここで手を抜くわけにはいかないのである。
「んー……むむむ……」
「あら、デザイン描いてるの? へえ、なかなか面白いシルエットしてるじゃない?」
ふと、耳元から声が聴こえた。
低い男性の、しかし口調はまるで女言葉―――
「わわわぁ!?」
「きゃっ、いきなり叫ばないでよ。ビックリするじゃなぁい」
私はこの男性を知っている。
というか知らないはずがないのだ、だってこの人は―――
「しゃ、社長!? ななな、なんでここに!?」
ファッションブランド『アンティーカ』の社長、その人なのだから。
「えー? アタシ、ちゃんと行くって言ってあるわよね?」
見た目は厳ついオッサ……もとい、いい歳の男性なのだが、喋り方が完全に女言葉な上に仕草までもやたらくねくねしている。いわゆるオカマさんなのだ。
「ええと、昼食後にって……」
「もちろん食べ終わってから来たわよ?」
「ああ、そういう……」
私が社長と出会ったのは面接時。
この会社に入ることになったのも、この人のおかげだと言っても過言ではない。
「それにしても良かったわぁ。更紗ちゃん、ちゃんとデザイン描いてて」
「え?」
「入社した時に言ったでしょ? アタシ、アナタのデザイン好きなのよ。もちろんまだまだ拙さはあるけれど、これだって……―――」
などと言いながら、社長が私の描いていたデザインを手に取る。
その時、私は昨日の出来事を思い出して、
「あっ、あの、ごめんなさい! それはその、趣味で……」
「動きやすさに特化したフォルム……けれどゴスロリ特有の可愛さは損なわれていない……。良いわねコレ」
「え……あ、その。ありがとうございます……?」
「あー、解ったわ! そういえばアナタ達のチームは例のアイドル担当だったわね。このデザインもそれね?」
「いえ、私は全然……。デザインは全部リーダーがやってますし、私のやる事といったら雑用かたまにパターン起こすくらいで……」
「あら、そうなの? 勿体無いわね。このデザイン……もう少しアタシ好みにイジれば……」
社長は呟きながらどこか思案顔になって、
「ねえ更紗ちゃん。ひとつ提案があるのだけれど―――」
◆◆◆
「―――ちょ、本気ですか社長!?」
昼休みが終わり、午後。
仕事場に戻ってきたリーダーに告げられたのは、社長の気紛れとも呼ぶべき無茶な提案。
「ええ、女に二言はないわ。今回のアーティスト枠のファーストルックの衣装、更紗ちゃんのデザインを採用しましょう」
女じゃねえだろ、とは口にしないでおく。
「いやいや、いくらなんでも戯れが過ぎますよ! だいたい、こんな雑用係にまともなデザインなんて―――」
「もちろんアタシが手を加えるわ。アナタのデザインと違和感が生まれないよう調整も加えます。それにアナタ、ずっと言ってたじゃない? 『ファーストルックの衣装が決まらない!』って」
「それはそうなんですけど……ああもう、とにかく俺はこんな奴の……」
「ホラ、コレ見て。アナタ、最初にどう感じた?」
「……どうって。ああこれ、昨日も描いてたやつか。網島、また懲りずにこんなもん―――」
「今はアタシの質問に答えなさい」
いつにない社長の真剣な表情、口調。
流石にこのブランドを経営しているだけのことはある。いつもは無愛想で口の悪いリーダーもたじろいでいた。
「……アイドル用のデザインだな、とは」
「そう、一目見て解るのよ。これが『L'antica』の為の衣装だ、ってね」
「本気なんですか、社長。TGCですよ? アーティスト枠とはいえ、こんな素人の描いたデザインなんか―――」
「あら、良いじゃない。誰だって初めの一歩は素人からスタートするのよ?」
「……はあ。わかりましたよ。その代わり、このデザインに関してはコイツに全部やらせます。それでいいですね、社長」
「ええ、当然ね。アナタが見て完璧なものになるまで何度でも作り直させなさい」
リーダーと社長がトントン拍子に話を進めていく中、私はただ流されるままになっていて―――
「ふふ。頑張りなさいな、更紗ちゃん」
この瞬間から、私のデザイナー人生は本当の意味で始まる事となるのであった。