―――東京ガールズコレクション、前日。
明日の本番に向けてリハーサルが行われるとのことで、『L'antica』のメンバー五人とプロデューサーは揃って会場へと足を踏み入れていた。
「わ……すごい人……!」
「ほんとだ〜、女の子がいっぱいいる。ねえねえPたん、あの人だかりって何?」
会場の中心、ランウェイ付近には多くの一般女性達が集まっていた。
「ああ、本当だ。なんなんだろうな?」
かくいうプロデューサーも詳しくはないようで、首を傾げながらその集まりに視線を向けていると、
「あれは一般応募の女の子たちじゃないかな。TGCでは前日のリハーサルにランウェイを実際に歩くアルバイトなんかを募集したりするのさ」
と、咲耶が解説する。
「そんなバイトあるん〜!? うちもやってみたか〜!」
「恋鐘はバイトじゃなくてもランウェイ歩けるでしょー」
恋鐘と摩美々が漫才のようなやり取りをしつつ、一同は関係者専用の裏方へと向かっていった。
◆◆◆
「これはこれは283さん。どうぞ宜しくお願い致します」
アイドルたちとプロデューサーを迎え入れたのは、ファッションブランド『アンティーカ』の社長、その人であった。
「こちらこそ、このような機会を頂けてとても光栄です。……ほらみんな、この方が『アンティーカ』の社長さんだ。挨拶を」
「「「宜しくお願いします!」」」
元気に声を揃えて挨拶を済ませると、社長に連れられて控室へと案内された。
様々な衣装、モデルの人々。
そんな異質な空気に一同は緊張しつつも、ついに自分たちの着る衣装と初対面することとなる。
控室には衣装だけではなくデザイナーの面々も待ち構えており、社長に紹介されたのはひとりの強面な男性のデザイナー。
「こちらが今回皆さんに着て頂く服になります。一番左からファーストルック用の衣装と―――」
そのデザイナーによって披露されたのが、『アンティーカ』による『L'antica』の為の衣装。
そうして、件のファーストルックの為のデザインである服もまた、そこにあった。
「これが、ファーストルックの……」
結華は思わず触れてしまいそうになるものの、既の所で抑え込んだ。
「ほら、きりりん! コレ見て!」
ファーストルックを降ろされた自分ではなく、それを引き継いだ霧子へと声を掛ける。
「う、うん……。わ……すごい……真っ白……」
―――その衣装は、一言で表すならば“純白”。
ゴシックな意匠でありながら、丈の短いスカートなど、まさにアイドルの為に作られたかの如しデザイン。
それを見て感動していたのは霧子だけではなく、結華や他のメンバーもそうだった。
「霧子、さっそく着てみんね!」
「そうだね。あ、ええと……宜しいでしょうか?」
はしゃぐ恋鐘に同意しつつ、咲耶はデザイナーである男性に問いかける。
「ええ、構いませんよ。その服を作ったのは俺ではありませんが、奴もきっと喜びます」
「……失礼。その、デザイナーの方はどちらに?」
プロデューサーが問うと、デザイナーの男性はどこかバツの悪そうな顔をして、
「いや、それが雑用を任せていまして。今はどこにいてるんだか……」
「雑用……? デザイナーの方が、ですか?」
「ま、まあ。こちらにも色々と事情がありまして」
なんとも歯切れの悪い答えではあったが、プロデューサーもそれ以上は特に詮索しなかった。
「―――オイ! 着付け、誰かいるか!?」
デザイナーの男性が声を上げると、すぐ近くにいた女性が数名こちらへと駆けつける。
そうして、まずは霧子から衣装合わせが行われて―――
「すご……。めちゃくちゃ綺麗じゃん……!」
着付けが終わり、それを見て第一声を放ったのは結華だった。
「背中のコレってー、天使の羽根だよねー?」
摩美々がちょんちょんとつつくように触っている部分には、確かに天使の羽根のような意匠が施されていた。
「ま、摩美々ちゃん……くすぐったいよ……」
「霧子、お人形さんみたいばい〜〜〜!」
「素敵なデザインだね。純白の天使……真っ白な衣装なのにゴシックさがあって……腕や脚の露出も、アイドルらしさを強調している」
それぞれが思うままに感想を述べつつ、そうして次々にあてがわれた衣装を着付けて貰って―――
「そろそろリハーサルの時間です。『L'antica』の皆さん、ランウェイへお越しください」
係員に呼び出され、一同はついにリハーサルへと赴くこととなる。
◆◆◆
私は、TGCの会場を目指して全力で走っていた。
リーダーに言いつけられた雑務を終え、職場を出たまでは良いものの、どうしても『ある物』を持って会場へ向かいたかったのだ。
少し遠回りにはなってしまうものの、まだリハーサルまでは充分な時間がある―――そう思い、私は自宅へと寄り道をして。
(ああもう、思ったよりギリギリだー……!)
衣装が完成してから数日間。
私はどうしても例の『ワンポイントアイテム』を完成させたくて、プライベートの時間をほとんど消費して取り掛かった。
その結果、なんとか形にはできたものの、職場へ持っていく勇気は出ず、結局は自室の机の上に置いたまま―――
(こんなの持って行ったって、使って貰えないってことは解ってる。でも……)
それでも、諦めきれなかった。
私のデザイナーとしての魂が叫んでいるのだ。
これ無くして、あのデザインが完成したとは言えない、と。
(
既に私だけのデザインとは言えないけれど……せめて、一度だけ。
リハーサルの後でもいい。
たった一度だけ、あの子にこれを着けて貰いたいと―――
◆◆◆
リハーサルは順調に行われていた。
一般女性達のスケジュールは終了し、アーティスト枠のステージが始まった。
ファーストルックに挑むは、幽谷霧子。
それに続くように『L'antica』の面々がランウェイを歩いていく手筈になっている。
「リハーサル三十秒前ー! みなさん、宜しくお願いしまーす!」
進行の男性が声を張り上げる。
霧子だけではなく、結華、恋鐘、咲耶、摩美々―――全員が緊張の面向きで、ステージ袖から伸びるランウェイへの道を眺めている。
「すみません! 通らせて下さーい!」
そんな彼女たちへ勢いよく突っ込んでくる女性。
大きなダンボールを両手で抱えていて、フラフラとしたおぼつかない足取りで近寄ってくる。
「わ、きりりん危なっ―――」
ドンッ! と。
結華が気付いた時には既に遅く、ダンボールが霧子の肩にぶつかってしまった。
「きゃ……!」
「うわわ……! す、すみません!」
謝りながら、急ぎ足で去っていくダンボールの女性。
霧子は衝撃で身体ごと地面に倒れ込んでしまったものの、咄嗟になんとか受け身を取った。
「霧子、大丈夫かい!?」
「わ、わたしは大丈夫……。それより、衣装は……?」
「んー……衣装は汚れてないみたいだケドー」
「リハーサル開始十秒前! スタンバイお願いしまーす!」
そうこうしているうちに、リハーサル目前。
プロデューサーが急いで霧子の身体チェックを済ませ、問題ないことを確認する。
「……うん。大丈夫、問題ないよ。霧子、いけるな?」
「は、はい……!」
「よし! みんな、気合い入れていこう!」
ひやっとするハプニングがありつつも、一同は真剣な表情を浮かべながら、ステージへと歩いていく―――
◆◆◆
TGCの会場に到着した私は、息を切らせながら関係者専用通路を進み、ステージの裏側へとまっすぐに向かっていた。
(ランウェイ、どうせならデザイナーの目線で見たいけど……もう始まってるかな……)
表側からではなく、裏側から。
そんなちょっとしたこだわりを抱きつつ、私は小走りになりながらその場所へ―――
「おい! 早くしろ!」
……と、その時。
ステージ側から怒鳴りつけるような大声が聴こえてくる。
(なんだ……?)
私は戸惑いつつも、忙しなく走り回っている人をかきわけて、
「あ、あの……何があったんです!?」
明らかに焦っているウチのリーダーを見つけ、そう問い掛けた。
「お……お前、遅いぞ! どこ行ってたんだよ!?」
「すみませんっ、それで……あの、この騒ぎはいったい……?」
どうやらランウェイの方で何かが起きたらしい。
関係者たちは誰もがざわついていて、その中には―――
(あれって、もしかして……)
「ランウェイで事故が起きたんだよ。それもあの『L'antica』のアイドル、ファーストルックの子―――」
「……えっ?」
この騒ぎの原因。
それは、私も知っているアイドル達―――
「―――その子が転んで、脚を挫いたんだ」