相克の“アンティーカ”   作:在処サクラ

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第六話 “雨天決行”

 TGC前日、アーティスト枠のリハーサル。

 順調に進んでいたそれは、とある事故によって一時中断となった。

 

 ランウェイを歩くアイドル達のファーストルック―――幽谷霧子が、運悪く足首を挫いてしまったのである。

 

 彼女が履いていた靴のヒールにヒビが入っていて、それがウォーキングの際に砕け、その勢いで体制を崩してしまい、転倒。

 ウォーキングに神経を集中させていた霧子も、そんな予想外の出来事には対応し切れず―――

 

『きりりんっ!?』

 

『う……結華、ちゃん……』

 

『すまない、みんな! 一旦離れてくれないか!』

 

 その後、応急手当が行われて大事には至らなかったものの、霧子がこの先ランウェイに立つことはプロデューサーが断固として反対した。

 

 その後、裏方では―――

 

「ごめんね……みんな……」

 

 ソファで横になっている霧子が、他のメンバー達に向けて申し訳無さそうな声を出している。

 

「ううん。きりりんは悪くないんだし、気にしないでいいからね?」

 

「結華の言う通りたい! 霧子が無事で良かったとよ〜!」

 

「て言うかー。多分、あの時のダンボールだよねー」

 

「そうか、あの時にヒールが……。すまない霧子、私がもっと気を付けていれば―――」

 

 各々が霧子に声を掛けている最中。

 プロデューサーは、デザイナーの男性と『アンティーカ』社長の二人と向き合い、これからについて話し合っていた。

 

「申し訳ありませんが……これ以上、霧子を歩かせるわけには―――」

 

「そうですよね……リハーサルは彼女抜きで行うとして、明日の本番はどうしましょうか?」

 

「念の為、霧子はこれから病院へ連れて行きますが……そうですね。あの感じでは明日の出演もお断りさせて頂くことになるかと」

 

「ファーストルックが脱落とはね……どうしたものかしら」

 

「……社長。その件なのですが―――」

 

 デザイナー、社長ともに腕を組んで思案している最中―――『L'antica』の面々の元へ駆け寄っていく、ひとりの人間がいた。

 

「……あ、あのっ!」

 

 その声にメンバー全員が振り向く。

 そこにいたのは、黒髪ショートに眼鏡の女性―――

 

「『L'antica』の皆さん……ですよね?」

 

 ―――網島更紗。

 霧子が着ていたファーストルックの衣装をデザインした本人である。

 

「ええと……貴女は?」

 

 真っ先に聞き返したのは咲耶であった。

 しかし、更紗の視線は咲耶ではなく、たったひとりの少女に向けられていて。

 

「私、網島更紗と言います。今回のファッションショー、アーティスト枠のファーストルック……その衣装のデザイナーです」

 

 彼女が見つめているのは―――結華だった。

 

「あのっ……三峰結華ちゃん、ですよね……!」

 

「えっ!? はい、そうですけど―――」

 

 結華が困惑しながらもそう答えると、更紗はいたく興奮した様子で、

 

「―――お願いします! この後のリハーサル、ファーストルック……結華ちゃんがこの衣装を着て歩いてくれませんか……!?」

 

「え……えっ?」

 

「この衣装は私が描いたデザインを元にして製作しました。その、少し他の人に手伝って貰った部分もあるんですけど―――」

 

 更紗は意を決したように、それを告げる。

 

「このデザイン、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……っ!」

 

  ◆◆◆

 

 ―――数分前。

 ステージ裏へやってきた私が目にしたのは、慌てふためく人達と、負傷して運ばれるひとりのアイドルの姿。

 

(あれって……ええと、幽谷霧子ちゃん……?)

 

 彼女が着ているのは、まさしく私がデザインして作り上げたあの衣装。

 ファーストルックのアイドルが脚を挫いた―――そんな事故が起きて大変だというのは解るのだけれど、その光景を目の当たりにした私はどうしても気になる事があった。

 

「あ、あの……! リーダー、彼女がファーストルックなんですか!?」 

 

「あ? そうだよ、幽谷霧子。お前のデザインした衣装着てんだ、見れば解るだろ?」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。もしかして、ファーストルック……変えたんですか!?」

 

「変えたって―――ああ、元々は三峰結華……だったか? それがどうした」

 

 私はそれまで、ずっと三峰結華がファーストルックだと思っていた。

 けれど、社長が少し手を加えたデザインは、リーダーにとっては幽谷霧子にこそ合うと判断されていた―――そういうことなのだと、私は即座に理解した。

 

「真っ白で、天使みたいなイメージ。まさに彼女にピッタリだよな。お前にしては良い服だよ。……ま、こうして不運に見舞われちまったが」

 

「……それは」

 

 けれど、違うのだ。

 私が一目惚れしたアイドル、それは彼女ではなく―――

 

(私……どうしたら……)

 

 ずっと、自分は地味だと思っていた。

 リーダーに呼ばれる『地味メガネ』だなんてあだ名からも解るように、自分の容姿に自信はないし、眼鏡を掛けていることがデメリットなんだと思い込んでいた。

 

 けれど、そうじゃなかった。

 ステージで輝いている()()()はどこまでもキラキラしていて、自分の魅力を全面に押し出した強気のファッションで注目を集めていて―――

 

(……そっか。私のデザインは、やっぱり完璧なんかじゃなかったんだ)

 

 そんな彼女―――三峰結華の為に描いたデザインは、いつしか自分の手から離れていたのだ。

 

 あれはもう私だけのものじゃない。

 『アンティーカ』の社長やリーダー、手伝ってくれた先輩……色んな人達の手を加えられてこの世に生み出されている。

 

 だから、あの衣装が幽谷霧子に一番合うとリーダーが判断したなら、それは間違いなくそうなのだ。

 

 私の思惑とはすれ違っていたとしても、彼女がそれを着た以上、あの衣装はもう彼女のもの。

 

 ……でも、だけど。

 子供みたいな我儘で、それが通用するだなんて思っていないけれど。

 

「あの、リーダー」

 

「あ? なんだよ、網島」

 

 それでも―――もし、叶うのなら。

 

「ファーストルックの件、私に任せて貰えませんか」

 

 私の思い描いた夢の続きを、ここで作り上げたい―――そう思ったのだ。

 

  ◆◆◆

 

 リハーサルは霧子を除いて再開される手筈となった。

 霧子はプロデューサーと共に病院へと向かい、残った『L'antica』メンバー四人がリハーサルへと臨むことになり―――

 

「あの、結華ちゃん。これ、着けてくれませんか?」

 

 更紗が結華に手渡したのは、オシャレな意匠の黒縁眼鏡。

 

「メガネ……これ、三峰に?」

 

「はい。私が最初に思いついたデザインには、これがあったんですけど……どうしてもいいものが思いつかなくて、最後まで採用されず仕舞いだったんです」

 

「わかった。この服のデザイナーはさららんなんだし、ちゃんと着けますよ〜!」

 

「……さららん?」

 

 そうして、結華は手渡された眼鏡を着け―――純白の衣装に、“黒”が加わって。

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

 結華は自信満々な表情でランウェイへと向かい歩いていく。

 その背中を見つめながら、更紗は思う。

 

(頑張って……)

 

 ―――イメージは白と黒。

 ずっと落ち込んでいた自分とは違う、ステージに立って輝く、キラキラした天使のような存在。

 

 それはきっと、相克する光と闇を表す色遣い。

 光がアイドルである三峰結華なら、闇はきっと更紗自身。

 

 だが、更紗は気付いていない。

 彼女にとって結華は誰よりも自分と近い、けれど遥か彼方にいる憧れの存在のように感じていて―――無自覚のうちに、自分自身の為にあのデザインを生み出していたと言う事を。

 

 そうして、結華は挑む。

 ファーストルックとしてランウェイに挑んだ霧子の為、そして―――

 

(私、頑張るよ……だから、見てて……!)

 

 この衣装を自分の為に描いたと言う、一人のデザイナーの為に。

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