TGC前日、アーティスト枠のリハーサル。
順調に進んでいたそれは、とある事故によって一時中断となった。
ランウェイを歩くアイドル達のファーストルック―――幽谷霧子が、運悪く足首を挫いてしまったのである。
彼女が履いていた靴のヒールにヒビが入っていて、それがウォーキングの際に砕け、その勢いで体制を崩してしまい、転倒。
ウォーキングに神経を集中させていた霧子も、そんな予想外の出来事には対応し切れず―――
『きりりんっ!?』
『う……結華、ちゃん……』
『すまない、みんな! 一旦離れてくれないか!』
その後、応急手当が行われて大事には至らなかったものの、霧子がこの先ランウェイに立つことはプロデューサーが断固として反対した。
その後、裏方では―――
「ごめんね……みんな……」
ソファで横になっている霧子が、他のメンバー達に向けて申し訳無さそうな声を出している。
「ううん。きりりんは悪くないんだし、気にしないでいいからね?」
「結華の言う通りたい! 霧子が無事で良かったとよ〜!」
「て言うかー。多分、あの時のダンボールだよねー」
「そうか、あの時にヒールが……。すまない霧子、私がもっと気を付けていれば―――」
各々が霧子に声を掛けている最中。
プロデューサーは、デザイナーの男性と『アンティーカ』社長の二人と向き合い、これからについて話し合っていた。
「申し訳ありませんが……これ以上、霧子を歩かせるわけには―――」
「そうですよね……リハーサルは彼女抜きで行うとして、明日の本番はどうしましょうか?」
「念の為、霧子はこれから病院へ連れて行きますが……そうですね。あの感じでは明日の出演もお断りさせて頂くことになるかと」
「ファーストルックが脱落とはね……どうしたものかしら」
「……社長。その件なのですが―――」
デザイナー、社長ともに腕を組んで思案している最中―――『L'antica』の面々の元へ駆け寄っていく、ひとりの人間がいた。
「……あ、あのっ!」
その声にメンバー全員が振り向く。
そこにいたのは、黒髪ショートに眼鏡の女性―――
「『L'antica』の皆さん……ですよね?」
―――網島更紗。
霧子が着ていたファーストルックの衣装をデザインした本人である。
「ええと……貴女は?」
真っ先に聞き返したのは咲耶であった。
しかし、更紗の視線は咲耶ではなく、たったひとりの少女に向けられていて。
「私、網島更紗と言います。今回のファッションショー、アーティスト枠のファーストルック……その衣装のデザイナーです」
彼女が見つめているのは―――結華だった。
「あのっ……三峰結華ちゃん、ですよね……!」
「えっ!? はい、そうですけど―――」
結華が困惑しながらもそう答えると、更紗はいたく興奮した様子で、
「―――お願いします! この後のリハーサル、ファーストルック……結華ちゃんがこの衣装を着て歩いてくれませんか……!?」
「え……えっ?」
「この衣装は私が描いたデザインを元にして製作しました。その、少し他の人に手伝って貰った部分もあるんですけど―――」
更紗は意を決したように、それを告げる。
「このデザイン、
◆◆◆
―――数分前。
ステージ裏へやってきた私が目にしたのは、慌てふためく人達と、負傷して運ばれるひとりのアイドルの姿。
(あれって……ええと、幽谷霧子ちゃん……?)
彼女が着ているのは、まさしく私がデザインして作り上げたあの衣装。
ファーストルックのアイドルが脚を挫いた―――そんな事故が起きて大変だというのは解るのだけれど、その光景を目の当たりにした私はどうしても気になる事があった。
「あ、あの……! リーダー、彼女がファーストルックなんですか!?」
「あ? そうだよ、幽谷霧子。お前のデザインした衣装着てんだ、見れば解るだろ?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。もしかして、ファーストルック……変えたんですか!?」
「変えたって―――ああ、元々は三峰結華……だったか? それがどうした」
私はそれまで、ずっと三峰結華がファーストルックだと思っていた。
けれど、社長が少し手を加えたデザインは、リーダーにとっては幽谷霧子にこそ合うと判断されていた―――そういうことなのだと、私は即座に理解した。
「真っ白で、天使みたいなイメージ。まさに彼女にピッタリだよな。お前にしては良い服だよ。……ま、こうして不運に見舞われちまったが」
「……それは」
けれど、違うのだ。
私が一目惚れしたアイドル、それは彼女ではなく―――
(私……どうしたら……)
ずっと、自分は地味だと思っていた。
リーダーに呼ばれる『地味メガネ』だなんてあだ名からも解るように、自分の容姿に自信はないし、眼鏡を掛けていることがデメリットなんだと思い込んでいた。
けれど、そうじゃなかった。
ステージで輝いている
(……そっか。私のデザインは、やっぱり完璧なんかじゃなかったんだ)
そんな彼女―――三峰結華の為に描いたデザインは、いつしか自分の手から離れていたのだ。
あれはもう私だけのものじゃない。
『アンティーカ』の社長やリーダー、手伝ってくれた先輩……色んな人達の手を加えられてこの世に生み出されている。
だから、あの衣装が幽谷霧子に一番合うとリーダーが判断したなら、それは間違いなくそうなのだ。
私の思惑とはすれ違っていたとしても、彼女がそれを着た以上、あの衣装はもう彼女のもの。
……でも、だけど。
子供みたいな我儘で、それが通用するだなんて思っていないけれど。
「あの、リーダー」
「あ? なんだよ、網島」
それでも―――もし、叶うのなら。
「ファーストルックの件、私に任せて貰えませんか」
私の思い描いた夢の続きを、ここで作り上げたい―――そう思ったのだ。
◆◆◆
リハーサルは霧子を除いて再開される手筈となった。
霧子はプロデューサーと共に病院へと向かい、残った『L'antica』メンバー四人がリハーサルへと臨むことになり―――
「あの、結華ちゃん。これ、着けてくれませんか?」
更紗が結華に手渡したのは、オシャレな意匠の黒縁眼鏡。
「メガネ……これ、三峰に?」
「はい。私が最初に思いついたデザインには、これがあったんですけど……どうしてもいいものが思いつかなくて、最後まで採用されず仕舞いだったんです」
「わかった。この服のデザイナーはさららんなんだし、ちゃんと着けますよ〜!」
「……さららん?」
そうして、結華は手渡された眼鏡を着け―――純白の衣装に、“黒”が加わって。
「それじゃ、行ってくるね」
結華は自信満々な表情でランウェイへと向かい歩いていく。
その背中を見つめながら、更紗は思う。
(頑張って……)
―――イメージは白と黒。
ずっと落ち込んでいた自分とは違う、ステージに立って輝く、キラキラした天使のような存在。
それはきっと、相克する光と闇を表す色遣い。
光がアイドルである三峰結華なら、闇はきっと更紗自身。
だが、更紗は気付いていない。
彼女にとって結華は誰よりも自分と近い、けれど遥か彼方にいる憧れの存在のように感じていて―――無自覚のうちに、自分自身の為にあのデザインを生み出していたと言う事を。
そうして、結華は挑む。
ファーストルックとしてランウェイに挑んだ霧子の為、そして―――
(私、頑張るよ……だから、見てて……!)
この衣装を自分の為に描いたと言う、一人のデザイナーの為に。