ですが、それでも恒夫の集めた幸運の象徴を見たことで、ジョゼが一念発起し、ひとりで外へ向かうことになった結果、ジョゼと恒夫が二人で海へ行くことに繋がったことを考えれば、やはりあのクローバー(カタバミ?)は必要なものだったわけで……
つまり、いろいろと妄想が捗った結果です。
ジョゼ虎を視聴された皆様に、お楽しみいただければ幸いです。
※時系列としては、劇中でのジョゼから恒夫へ無茶な注文をする場面です。
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ジョゼの注文で
通常は三葉の
恒夫は
畳の上に並べられた草の束は、指定されたとおりの、十本分。
「ほら」
恒夫はジョゼの反応を待った。
「何も起こらんな」
「は?」
反応を待っていたのは、どうやら彼女の方だったようだ。
ジョゼは若干、ほんの若干ながら、沈んだ声でつぶやく。
「願いが叶うなんて、迷信やったんやな」
「願い?」
「話しかけんな、アタイは忙しいねん!」
恒夫は途方に暮れつつジョゼの指示を請う。
「──で、さ。とりあえず、このクローバー、どうすれば?」
「……とりあえずうちに飾っといたるわ」
ジョゼは恒夫に命じて、台所の適当な空きビンに水をためてクローバーを飾らせる。
その様子を襖の奥から観察もとい監視していると、ふと、ある事に気づく。
「ん? おい」
「どうかした?」
「ちょっと、それ、こっちに持ってこい」
恒夫は首を傾げつつ言われた通りにする。
ジョゼはビンに飾られたそれを襖越しにじっくり確認する。次の瞬間、思い切り眉をしかめた。
「おまえ、これクローバーちゃうやろ」
「え?」
「これはカタバミや! 何しとんねん
「え、え、うそ? ほんとに?」
植物に
そんな馬鹿なと思う恒夫だが、スマホで実際に検索をかけてみれば、確かにジョゼの言う通りであることを認めざるを得ない。
クローバーの葉は丸みをおびた「円形」であるはずだが、恒夫が集めたそれは、「ハート形」の葉っぱを四つ、青々とはやしていた。
頭を抱える恒夫。
「やり直しや」
「ちょ、待!」
「もっぺん! 四葉のクローバー! 探してこい! 今度こそ十本や!」
「うえええ……マジかよ。──ああ、もうわかったよ、探してくるよ!」
とんだ無駄骨であった。
あんなに苦労したのに、この仕打ち──だが、自業自得である感も否めない。
脱力しつつも、恒夫は勢いよく立ち上がって、ジョゼの注文通りに動いた。
それが、山村家での恒夫の
これもバイト代のため。メキシコへの留学費用のため。
そう言い聞かせながら、恒夫は山村家を走って飛び出した。
彼の後を、何故やら恒夫になつき始めた黒い野良猫がついていく。
◇
「……」
恒夫が去った後。居間には四葉のカタバミが十本、残されていた。
ジョゼは部屋からたすたす這い出て、恒夫の集めた十本の雑草を眺める。
「……四葉の“カタバミ”なんて、あいつよう集めてこれたな」
ジョゼは、家にある植物図鑑を紐解いた。
諸事情で学校に通いきれなかったジョゼのために、彼女の勉強をみることになった父親が、いろいろな教材を買い残してくれていたのだ。
そこには、四葉のクローバーの逸話が載っていた。
十本集めたら願いが叶うとされる、幸運の象徴──たった一本を手にするだけでも喜ばしい、幸せのシンボル。
同時に。
クローバーが四葉になる実際の理由というのも明記されている。
人や動物などに踏まれるなどの外的要因によって、傷つけられた草の遺伝子に変化が生じ、クローバーの葉は本来の三葉から四葉へと数を増やすことがある、とされている。中には五つ葉や六つ葉、七つ葉や八つ葉などもあり、ギネス世界記録によれば、なんと56葉などという途方もない記録が残っているとか。
ジョゼは
つける花の色も、クローバーが可愛らしい白色であるのに対し、カタバミは主に黄色い小さな花を咲かせる。恒夫に指摘した通り、両者は葉の形もまったく違う。クローバーがマメ科植物であるのに対し、カタバミはカタバミ科に属する植物であるが、このカタバミも、三つ葉から四つ葉になる過程は、ほぼ同じのようだ。
だが、
「《カタバミは繁殖力に優れ、環境耐性が高いため、クローバーよりも四葉が発生する確率は、低い》」
図鑑にはそう記されていた。
それを、あの青年は“十本”も集めてきた。
それはいったい、どれほどの幸運を
ジョゼは図鑑を閉じる。
「……あいつ、──どんだけ幸せ者なんや」
彼女の声に、ひがんだ音色がこめられるのも致し方ない。
ジョゼは、自分の注文で動き回る恒夫の姿を脳裏に思い浮かべる。
うらやましいやつや、という言葉は決して口に出さない。
恒夫が集めてきた四葉のカタバミに、ジョゼはそっと手を触れた。
「──外、いきたい」
思わず口を突いて出た言葉。
祖母にいえば口をすっぱくして「外は恐ろしい猛獣ばかり」と、すげなく
わかっている。自分のような人間は、生まれつき足の動かない自分では、外に出ても危険な目に遭うだけ──苦しい現実を
歩くことができない。走ることができない。
逃げることも。戦うことも。
何ひとつとして、ジョゼには満足に出来ることがない。
自分だって、外を自由に駆け回りたい──神社の階段を駆け上がり、引っかかった風船を跳んで掴み、雨の日には傘をさして歩き、原っぱで草花を摘んで、草冠をつくって──ごくあたりまえに、他の人々ができることを、自分だってやってみたい。
あいつのように……自分の注文に従って駆け回ることができる恒夫のように。
でも、それは不可能なこと。
夢に見たって、叶わぬ願い。
動かぬ足を引きずって、ジョゼは四葉のカタバミが飾られた即席の
──それでも。
「なんでアイツ、すぐに
カタバミの葉を窓辺に飾って、考える。
……長時間の正座。
……畳の目を数えろ。
ほかにも様々な無理難題を突き付けてやった。
無茶な注文をつければ、必ずイヤそうな声が返ってくる。
理不尽さを感じていないはずはないだろうに、あの男はよく言うことを聞いてくれている。
さっさと辞めてしまえばいいのに。
「やっぱり変態なんやろか」
──あの日に。
──あの夜に。
坂を転がるようにくだった車椅子のジョゼを、我が身も顧みずに抱きとめ救い出してくれた、その恩はある。
けれど、
「……ベタベタさわってくる男は、
突然のことで驚いた。
父以外の男にあそこまで近づき、あまつさえ肩を抱かれるなんて──思い出しただけでぞっとなる。
咄嗟に噛みついたのは、さすがにやりすぎたったと少し思うけど、本人には絶対に教えてやらない。
なにより、幼き日に、父から教わったのだ。
『お
小さなクミ子は、なんでなんと
『うん。クミ子の足じゃ……いや、クミ子の足は“特別”やからな』と。
父は必死に言葉を選ぶ時間を要した。
いまならば分かる。
足の動かない娘では、危険な目に遭っても逃げることは難しい。それを案じる親心が、父の声から伝わってきていた。
『クミ子が自分で近づきたい、近づいてもええないう男と会うまでは、噛みついてでも追い払いや。お
クミ子は笑顔で頷いた。
幼少の記憶から目を覚ます。
ジョゼは部屋の角に積み重ねられた、古い教材を眺める。
いろいろあって学校に通えなくなった娘を、笑って受け入れてくれた──車椅子というハンデを負うクミ子が、学校という公共機関から放棄されても尚、父は娘の味方であった。
「──お
ふと、亡くなった父のことを思いだして、ジョゼは自分が描いた空想を──壁に飾られた絵画の群れを見る。
机の上にも描きかけの絵があり、幻想的な海の中をあらわにしていた。海の生物を載せた図鑑を参考に、色とりどりの魚が、ジョゼの描く海を泳いでいる。
これらはすべて、ジョゼの見る想像の世界を、この現実の世界に描き出したもの。
「海……」
また、父の声を思い出す。
『──クミ子、海の味を知っとるか?』
父のクイズに、幼かったジョゼは答えられなかった。
父は答えを教えようと海に連れ出してくれたが、いざ確かめる段になると、歩けないジョゼは波にさらわれる恐怖に怯えて、結局確かめることができなかった。
本を読んで「しょっぱい」ということはわかっても、実際に海を体験したことのないジョゼは、空想の海を泳ぐ。
そこでは、ジョゼが自由に動き回れる世界。
足の不自由から解放され、外へいきたい所に、外にいきたい時に、思う存分にいくことができる──素敵な時間。
けれど、それは空想。
儚い夢の中の出来事。
本物の海の味などまったくしない──知りようがない──ジョゼだけが住むことのできる「楽しい
誰にも、この気持ちはわからない。
夏の風が強く吹いた。
風鈴が高く響き、閉じた植物図鑑の
窓辺に項垂れるジョゼは、カタバミの
「…………『しょっぱぐさ』」
恒夫が集めてきてくれた、四葉のカタバミ──その地方名を眺め、ジョゼは父との思い出を、本物の海の味を、強く願う。
けれど、それは叶わないこと。
何度となく思い知らされてきたこと。
車椅子に乗るジョゼを見る、人々の視線。悪意や同情。侮蔑と憐憫。
世界の何もかもが、猛獣の牙や爪のように、己の身も心も引き裂き続けた。
外は恐ろしい。
外は危険に満ちている。
外は恐ろしい猛獣ばかりや。
ジョゼは思い知っている。何度となく、幾度となく、そう思い知らされてきた。
「……でも」
自分は一生このまま、本物の海の味を知ることなく、生き続けることになるのだろうか────
「それだけは、嫌や……」
思い知っても尚、憧れは捨てられない。
数時間後──
「──今度こそ、ちゃんと、四葉の、クローバー、だぞ」
肩で息する恒夫の言う通り。
丸い葉っぱを四つ生やした植物が、青年の突き出す拳に握られていた。
彼の行動をまるで監督するかのごとくついていってた黒猫が、肯定するようにニャーと鳴く。
「…………」
ジョゼは襖越しに落胆する。
願いはやはり叶わない──待っていても、何も起こらない。
「さっきと同じようにしいや」
「ったく。はぁ……まぁ、いいけど……って、あれ? さっきのアレ、カタバミは?」
「おまえには関係ないやろ。ほら、さっさとしいや」
恒夫は疑問を持ち続けるのにも疲れたようで、台所の空き瓶に四葉のクローバーを
それが居間のちゃぶ台の上におかれる。後で祖母が棚の上にでも飾ってくれるだろう。
ちょうど恒夫のバイト時間が終わったことを、古い壁掛け時計がチャイムを鳴らして告げる。
「じゃあな」
恒夫が去るのを見送ることなく、次のバイトにも性懲りもなく来るという声だけを聴く。
ジョゼは考える。
恒夫の残した十本のクローバーと、十本のカタバミを交互に見つめ考える。
──海に、行きたい。
海の味を確かめたい。
本物の海を知りたい。
本物の魚と泳ぎたい。
本物の……
ジョゼは自室で机に突っ伏し、恒夫が集めたカタバミの葉を、ハート形の新緑を眺め見る。
◇
カタバミの花言葉のひとつは──
「輝く心」
ジョゼが、青年の輝く心に触れる日は、そう先の話ではない。
※ジョゼのお父ちゃんとの思い出話については、独自解釈という名の空想です。
次は後日談というか、数年後の未来の話に続きます。
よろしければどうぞ。