ジョゼと虎と魚たち~四葉のカタバミ~   作:空想病

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カタバミっぽいクローバーを恒夫が差し出すシーンについては、円盤で修正される可能性もあります。コミカライズ版では完全にクローバーでしたし。
ですが、それでも恒夫の集めた幸運の象徴を見たことで、ジョゼが一念発起し、ひとりで外へ向かうことになった結果、ジョゼと恒夫が二人で海へ行くことに繋がったことを考えれば、やはりあのクローバー(カタバミ?)は必要なものだったわけで……

つまり、いろいろと妄想が捗った結果です。

ジョゼ虎を視聴された皆様に、お楽しみいただければ幸いです。



※時系列としては、劇中でのジョゼから恒夫へ無茶な注文をする場面です。



ジョゼと虎と魚たち~四葉のカタバミ~

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 ジョゼの注文で恒夫(つねお)が集めてくるよう命じられたのは、四葉のクローバー。

 通常は三葉の白詰草(クローバー)なのだが、四葉のものは稀少であり、それがもとで「幸運」の象徴ともされる植物だ。

 恒夫は方々(ほうぼう)を探し回り、河川敷公園で群生している場所を見つけ、しらみ潰しに探し集めた。

 畳の上に並べられた草の束は、指定されたとおりの、十本分。

 

「ほら」

 

 恒夫はジョゼの反応を待った。

 

「何も起こらんな」

「は?」

 

 反応を待っていたのは、どうやら彼女の方だったようだ。

 ジョゼは若干、ほんの若干ながら、沈んだ声でつぶやく。

 

「願いが叶うなんて、迷信やったんやな」

「願い?」

「話しかけんな、アタイは忙しいねん!」

 

 恒夫は途方に暮れつつジョゼの指示を請う。

 

「──で、さ。とりあえず、このクローバー、どうすれば?」

「……とりあえずうちに飾っといたるわ」

 

 ジョゼは恒夫に命じて、台所の適当な空きビンに水をためてクローバーを飾らせる。

 その様子を襖の奥から観察もとい監視していると、ふと、ある事に気づく。

 

「ん? おい」

「どうかした?」

「ちょっと、それ、こっちに持ってこい」

 

 恒夫は首を傾げつつ言われた通りにする。

 ジョゼはビンに飾られたそれを襖越しにじっくり確認する。次の瞬間、思い切り眉をしかめた。

 

「おまえ、これクローバーちゃうやろ」

「え?」

「これはカタバミや! 何しとんねん唐変木(とうへんぼく)!」

「え、え、うそ? ほんとに?」

 

 植物に(うと)い恒夫が勘違いしたのも無理はない。

 そんな馬鹿なと思う恒夫だが、スマホで実際に検索をかけてみれば、確かにジョゼの言う通りであることを認めざるを得ない。

 クローバーの葉は丸みをおびた「円形」であるはずだが、恒夫が集めたそれは、「ハート形」の葉っぱを四つ、青々とはやしていた。

 頭を抱える恒夫。

 (ふすま)の隙間から、ジョゼの鋭い視線が彼の瞳を射貫(いぬ)く。

 

「やり直しや」

「ちょ、待!」

「もっぺん! 四葉のクローバー! 探してこい! 今度こそ十本や!」

「うえええ……マジかよ。──ああ、もうわかったよ、探してくるよ!」

 

 とんだ無駄骨であった。

 あんなに苦労したのに、この仕打ち──だが、自業自得である感も否めない。

 脱力しつつも、恒夫は勢いよく立ち上がって、ジョゼの注文通りに動いた。

 それが、山村家での恒夫の仕事(バイト)

 これもバイト代のため。メキシコへの留学費用のため。

 そう言い聞かせながら、恒夫は山村家を走って飛び出した。

 彼の後を、何故やら恒夫になつき始めた黒い野良猫がついていく。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……」

 

 恒夫が去った後。居間には四葉のカタバミが十本、残されていた。

 ジョゼは部屋からたすたす這い出て、恒夫の集めた十本の雑草を眺める。

 

「……四葉の“カタバミ”なんて、あいつよう集めてこれたな」

 

 ジョゼは、家にある植物図鑑を紐解いた。

 諸事情で学校に通いきれなかったジョゼのために、彼女の勉強をみることになった父親が、いろいろな教材を買い残してくれていたのだ。

 

 そこには、四葉のクローバーの逸話が載っていた。

 十本集めたら願いが叶うとされる、幸運の象徴──たった一本を手にするだけでも喜ばしい、幸せのシンボル。

 

 同時に。

 クローバーが四葉になる実際の理由というのも明記されている。

 人や動物などに踏まれるなどの外的要因によって、傷つけられた草の遺伝子に変化が生じ、クローバーの葉は本来の三葉から四葉へと数を増やすことがある、とされている。中には五つ葉や六つ葉、七つ葉や八つ葉などもあり、ギネス世界記録によれば、なんと56葉などという途方もない記録が残っているとか。

 ジョゼは(ページ)をめくる。

 

 白詰草(シロツメクサ)──クローバーと似た特徴をもった植物“カタバミ”。

 

 つける花の色も、クローバーが可愛らしい白色であるのに対し、カタバミは主に黄色い小さな花を咲かせる。恒夫に指摘した通り、両者は葉の形もまったく違う。クローバーがマメ科植物であるのに対し、カタバミはカタバミ科に属する植物であるが、このカタバミも、三つ葉から四つ葉になる過程は、ほぼ同じのようだ。

 だが、

 

「《カタバミは繁殖力に優れ、環境耐性が高いため、クローバーよりも四葉が発生する確率は、低い》」

 

 図鑑にはそう記されていた。

 それを、あの青年は“十本”も集めてきた。

 それはいったい、どれほどの幸運を(つい)やしてなせる(わざ)なのか。

 ジョゼは図鑑を閉じる。

 

「……あいつ、──どんだけ幸せ者なんや」

 

 彼女の声に、ひがんだ音色がこめられるのも致し方ない。

 ジョゼは、自分の注文で動き回る恒夫の姿を脳裏に思い浮かべる。

 うらやましいやつや、という言葉は決して口に出さない。

 恒夫が集めてきた四葉のカタバミに、ジョゼはそっと手を触れた。

 

「──外、いきたい」

 

 思わず口を突いて出た言葉。

 祖母にいえば口をすっぱくして「外は恐ろしい猛獣ばかり」と、すげなく棄却(ききゃく)されるだけ。

 わかっている。自分のような人間は、生まれつき足の動かない自分では、外に出ても危険な目に遭うだけ──苦しい現実を(いたずら)に蓄積していくだけ。

 

 歩くことができない。走ることができない。

 逃げることも。戦うことも。

 何ひとつとして、ジョゼには満足に出来ることがない。

 

 自分だって、外を自由に駆け回りたい──神社の階段を駆け上がり、引っかかった風船を跳んで掴み、雨の日には傘をさして歩き、原っぱで草花を摘んで、草冠をつくって──ごくあたりまえに、他の人々ができることを、自分だってやってみたい。

 あいつのように……自分の注文に従って駆け回ることができる恒夫のように。

 

 でも、それは不可能なこと。

 夢に見たって、叶わぬ願い。

 

 動かぬ足を引きずって、ジョゼは四葉のカタバミが飾られた即席の花瓶(かびん)を部屋へ運ぶ。水がこぼれないよう慎重に──たったこれだけのことすら、ジョゼは多大な労力をかけねばならない。歩けさえすれば数秒でかかる距離。ジョゼは陸にうちあがった魚のように、必死に跳ねて動くことしかできないのだ。どう贔屓目に見ても不格好極まりない。

 ──それでも。

 

「なんでアイツ、すぐに()めんのや」

 

 カタバミの葉を窓辺に飾って、考える。

 ……長時間の正座。

 ……畳の目を数えろ。

 ほかにも様々な無理難題を突き付けてやった。

 無茶な注文をつければ、必ずイヤそうな声が返ってくる。

 理不尽さを感じていないはずはないだろうに、あの男はよく言うことを聞いてくれている。

 さっさと辞めてしまえばいいのに。

 

「やっぱり変態なんやろか」

 

 ──あの日に。

 ──あの夜に。

 坂を転がるようにくだった車椅子のジョゼを、我が身も顧みずに抱きとめ救い出してくれた、その恩はある。

 けれど、

 

「……ベタベタさわってくる男は、()や」

 

 突然のことで驚いた。

 父以外の男にあそこまで近づき、あまつさえ肩を抱かれるなんて──思い出しただけでぞっとなる。

 咄嗟に噛みついたのは、さすがにやりすぎたったと少し思うけど、本人には絶対に教えてやらない。

 なにより、幼き日に、父から教わったのだ。

 

『お(とう)ちゃん以外の男と、こないにべたべた触ったらアカンで。そいつが勝手に触りよったら、噛みついてやってもええ』と。

 

 小さなクミ子は、なんでなんと(たず)ねた。

 

『うん。クミ子の足じゃ……いや、クミ子の足は“特別”やからな』と。

 

 父は必死に言葉を選ぶ時間を要した。

 いまならば分かる。

 足の動かない娘では、危険な目に遭っても逃げることは難しい。それを案じる親心が、父の声から伝わってきていた。

 

『クミ子が自分で近づきたい、近づいてもええないう男と会うまでは、噛みついてでも追い払いや。お(とう)ちゃんが悪い奴を追っ払ってやれるうちはええけど、クミ子もいつかは、──いつか一人で、戦わんとアカンようになる──だからな』

 

 クミ子は笑顔で頷いた。

 幼少の記憶から目を覚ます。

 ジョゼは部屋の角に積み重ねられた、古い教材を眺める。

 いろいろあって学校に通えなくなった娘を、笑って受け入れてくれた──車椅子というハンデを負うクミ子が、学校という公共機関から放棄されても尚、父は娘の味方であった。

 

「──お(とう)ちゃん」

 

 ふと、亡くなった父のことを思いだして、ジョゼは自分が描いた空想を──壁に飾られた絵画の群れを見る。

 机の上にも描きかけの絵があり、幻想的な海の中をあらわにしていた。海の生物を載せた図鑑を参考に、色とりどりの魚が、ジョゼの描く海を泳いでいる。

 これらはすべて、ジョゼの見る想像の世界を、この現実の世界に描き出したもの。

 

「海……」

 

 また、父の声を思い出す。

 

『──クミ子、海の味を知っとるか?』

 

 父のクイズに、幼かったジョゼは答えられなかった。

 父は答えを教えようと海に連れ出してくれたが、いざ確かめる段になると、歩けないジョゼは波にさらわれる恐怖に怯えて、結局確かめることができなかった。

 本を読んで「しょっぱい」ということはわかっても、実際に海を体験したことのないジョゼは、空想の海を泳ぐ。

 

 そこでは、ジョゼが自由に動き回れる世界。

 足の不自由から解放され、外へいきたい所に、外にいきたい時に、思う存分にいくことができる──素敵な時間。

 

 けれど、それは空想。

 儚い夢の中の出来事。

 本物の海の味などまったくしない──知りようがない──ジョゼだけが住むことのできる「楽しい(せかい)

 

 誰にも、この気持ちはわからない。

 

 夏の風が強く吹いた。

 風鈴が高く響き、閉じた植物図鑑の(ページ)をめくる。

 窓辺に項垂れるジョゼは、カタバミの(ページ)に、その植物の味からくる地方名のひとつに目が留まった。

 

「…………『しょっぱぐさ』」

 

 恒夫が集めてきてくれた、四葉のカタバミ──その地方名を眺め、ジョゼは父との思い出を、本物の海の味を、強く願う。

 けれど、それは叶わないこと。

 何度となく思い知らされてきたこと。

 車椅子に乗るジョゼを見る、人々の視線。悪意や同情。侮蔑と憐憫。

 世界の何もかもが、猛獣の牙や爪のように、己の身も心も引き裂き続けた。

 

 外は恐ろしい。

 外は危険に満ちている。

 外は恐ろしい猛獣ばかりや。

 

 ジョゼは思い知っている。何度となく、幾度となく、そう思い知らされてきた。

 

「……でも」

 

 自分は一生このまま、本物の海の味を知ることなく、生き続けることになるのだろうか────

 

「それだけは、嫌や……」

 

 思い知っても尚、憧れは捨てられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後──

 

「──今度こそ、ちゃんと、四葉の、クローバー、だぞ」

 

 肩で息する恒夫の言う通り。

 丸い葉っぱを四つ生やした植物が、青年の突き出す拳に握られていた。

 彼の行動をまるで監督するかのごとくついていってた黒猫が、肯定するようにニャーと鳴く。

 

「…………」

 

 ジョゼは襖越しに落胆する。

 願いはやはり叶わない──待っていても、何も起こらない。

 

「さっきと同じようにしいや」

「ったく。はぁ……まぁ、いいけど……って、あれ? さっきのアレ、カタバミは?」

「おまえには関係ないやろ。ほら、さっさとしいや」

 

 恒夫は疑問を持ち続けるのにも疲れたようで、台所の空き瓶に四葉のクローバーを()けた。

 それが居間のちゃぶ台の上におかれる。後で祖母が棚の上にでも飾ってくれるだろう。

 ちょうど恒夫のバイト時間が終わったことを、古い壁掛け時計がチャイムを鳴らして告げる。

 

「じゃあな」

 

 恒夫が去るのを見送ることなく、次のバイトにも性懲りもなく来るという声だけを聴く。

 ジョゼは考える。

 恒夫の残した十本のクローバーと、十本のカタバミを交互に見つめ考える。

 

 

 ──海に、行きたい。

 

 

 海の味を確かめたい。

 

 

 本物の海を知りたい。

 

 

 本物の魚と泳ぎたい。

 

 

 本物の……世界(うみ)を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョゼは自室で机に突っ伏し、恒夫が集めたカタバミの葉を、ハート形の新緑を眺め見る。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 カタバミの花言葉のひとつは──

 

 

 

 「輝く心」

 

 

 

 ジョゼが、青年の輝く心に触れる日は、そう先の話ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※ジョゼのお父ちゃんとの思い出話については、独自解釈という名の空想です。



次は後日談というか、数年後の未来の話に続きます。
よろしければどうぞ。
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