この不思議な世界に旅人を! 作:風来人
カエル討伐の翌日。
俺は朝早くに起床して、小川の水で顔を洗っていた。
カズマとアクアの二人はまだ夢の中だろう。
昨晩は祝勝会だかで、遅くまでわいわいとやっていたからな、主にアクアが。
カズマはカズマで、合流した時には酷く疲れたような顔をしていたし、いったい、何があったのやら……。
『おいどうしたカズマ、腹痛か? 毒消し草飲むか?』
『……ああ、コロンバか……ほんと、お前だけが良心だぜ……は、はは……』
『……おう?』
このぶんだと起きてくるのは昼過ぎかもしれない。
合流は冒険者ギルドの酒場で、昼食の時間に合わせるとするか。
折角だ、小銭稼ぎに出るのもいいかもな。
そんなこんなで、今朝は単独行動になりそうだと、宿代わりの馬小屋に三度笠を取りに戻る。
そう、馬小屋だ。
懐事情の厳しい駆け出し冒険者に、街の宿で寝泊まりする余裕はない。
しかしそういう時にどうすればいいかってのは、基本的にどこの世界も共通しているものだ。
塵も積もれば…ともあるように、ツレがいるなら金を出し合って大部屋をとるなりすればいいし、それも難しい場合は俺たちのように宿の馬小屋なんかを借りて一夜を明かせばいい。
寝床なんて贅沢なものはもちろんないが、藁をかき集めればそれなりに寝られる山ができる。
馬糞や強烈な獣臭さ、隣人のいびきには目をつぶれ。
これでもその辺で野宿するよりは、雨風もしのげて快適なのだ。
「よう、毛深いあんちゃん」
馬小屋から再び出ると、二人の冒険者が道の脇に立っていた。
俺に声をかけてきたのは鎧を着込んだ腕を組んでいる方で、相方はローブ姿に弓を提げている。
二人とも俺の顔見知りだ。
俺がこの世界に来た初日、カズマたちと別れた後に出会ったのが、この冒険者たちだった。
物々しい雰囲気に最初は何事かと思ったが、実際に話してみるとなかなかどうして気さくな連中で、俺に話しかけてきたのも、冒険者登録での俺と受付嬢とのやり取りを聞き、俺の毛皮が本物かどうか確かめたかったからだという。
話の流れで俺が上級職である事も知られていて、せっかくだから三人でひと稼ぎしに行こうとトントン拍子に決まり、それでその翌日、めぐみんたちに食事を奢るだけの余裕があった訳だ。
「おはよう」
「おうよ。お前、これから暇か?」
「暇かって? まあ、昼までは暇だな。……それが?」
「そりゃ丁度いいや」
俺の返答に目を光らせ、男は続ける。
「ちょっと付き合え!」
「思わぬ臨時収入だったな……」
少しばかり膨れた小銭入れを手に、冒険者ギルドの酒場に入る。
顔見知りの冒険者達は他に用事があるらしく、ひと言断りを入れ、俺に気前よく報酬を支払ったあと、別の建物に入っていった。
あれは食べ物の卸売市場の詰所だったな。
暇なら…と問答無用で連れ去られたため、一時はどうなるかと思ったが、なんて事はない、二人に頼まれたのは子供がやるような手伝いだけ。
それで十分な駄賃が手に入るなら楽なものだ。
「ふふ、まあ見てろよ?」
「お、いたいた……」
ほどなくして、俺はめぐみんとアクア、めぐみんに自信に満ちた笑みを浮かべるカズマを見つけた。
小銭の詰まった袋を懐にしまい、片手を上げ、カズマたちの方へ歩み寄る。
「おーい、カズ──」
「いくぜ、『スティール』ッ!」
「ま……?」
カズマがめぐみんに右手を突き出すと、どこからやってきたのか、その手に黒い布が握られていた。
「何だ、これ?」
布を広げて首を傾げるカズマとは対照的に、少し離れた位置にいるめぐみんの顔色は青い。
カズマが手にしていたのは、その、俺にはサイズの小さな女性向けの下着に見えた。
「……なんですか? レベルが上がってステータスが上がったから、冒険者から変態にジョブチェンジしたんですか? ……あの、スースーするのでパンツ返してください……」
俺の嫌な予感が運悪く的中してしまった。
青ざめためぐみんの顔が瞬く間に羞恥の朱色に染まり、彼女はスカートの裾を押さえながら涙目でカズマを睨む。
「あ、あれっ!? お、おかしーな、こんなはずじゃ……。ランダムで何かを奪い取るってスキルのはずなのにっ!」
「何やってんだ、お前……」
見ていられず、俺はカズマの肩に手を置く形で二人の間に入った。
いつまでも人前で下着を広げたままにさせておくのはさすがにな……。
「こ、コロンバ!? あ、いや、これはちょっと手違いというか……」
「いいから、返してやれ」
「う、うっす。返す、返しまーすっ!」
慌てて下着をめぐみんに返すカズマだったが、彼が名誉を失うには今ので十分だったらしく、周囲の女性達からは冷ややかな視線が向けられていった。
めぐみんは下着を受け取ると俺の後ろに隠れ、何も喋らない。
黙ったまま、俺の後ろにいる。
気まずい……。
「……ああ、なあカズマ」
こんな時になんと声をかけてやるべきか俺が迷っていると、突然バンとテーブルが叩かれ、隣で何者かが椅子を蹴って立ち上がった。
それは、金属の立派な鎧を身にまとった、背の高い女性だった。
「やはり。やはり私の目に狂いは無かった!」
目を爛々と輝かせ、不気味にぷるぷるしながら女性は言葉を続ける。
「こんな幼気な少女の下着を公衆の面前で剥ぎ取るなんて、なんと言う鬼畜……っ! 是非とも……! 是非とも私を、このパーティーに入れて欲しい!」
いや待て、何を言ってるんだ?
「いらない」
「おいカズマ、さすがにその返答は彼女に悪い──」
「んんっ……!? く……っ!」
言葉に詰まる。
なぜなら、カズマからお断りだと即答されたにも関わらず、女性は白い肌を桃色に上気させ、恍惚とした表情を浮かべていたからだ。
俺の目の前で自らを抱くように腕を絡め、彼女は幾度も身を震わせていた。
明らかに常軌を逸した光景だ。
ひょっとしなくても、これって喜んでいるのか?
「……なんで嬉しそうなんだ」
「あー、変態だからじゃないか?」
「く……っ、はぁ……っ!」
変態、変態か……。
カズマにそう言われて否定しないどころか、寧ろ喜んでしまっているのがまたそれらしい。
世の中にはそういった趣味を持つ人もいるとお竜*1から聞いてはいたが、直に見るとなかなか強烈だな。
「そうか……。楽しむのも程々にな」
「ん……っ! 獣のように求められるというのも……っ」
「君もなかなか失礼なやつだな……」
彼女の行く末を思い、できるだけ優しい目をしていると、アクアとめぐみんがひょっこりと顔を出した。
「ねえカズマ、この人だれ? 昨日寝る前に言ってた、私達がいない間に面接に来たって人?」
アクアの問いに、カズマは嫌そうに首肯する。
なんだ、顔見知りなのか。
不在中に面接に来たとか言ってたな。
たしか、昨日はカエルを討伐した後、アクアとめぐみんは汚れが酷かったので、カズマが先にお風呂に行くように言ったんだったか。
その直前に一悶着あったのだが、詳しくは割愛で。
簡単に説明すると爆裂魔法しか使えないめぐみんを問題視したカズマが遠回しに別れを告げ、それを聞いためぐみんがもはやどこのパーティーも自分を拾ってはくれない、これも何かの縁だ見捨ててくれるなやだやだやだと猛烈にごね、俺たちは周囲の女性からあらぬ誤解を受けそうになったと、まあそんな具合だ。
ついでに俺も動けない粘液濡れのめぐみんをずっと背に乗せたままでいた為、服でカバーしきれない箇所の毛がベトベトになってしまい、仕方なく風呂屋の井戸を貸してもらって汚れを落とす事になった。
俺も湯船に浸かりたい気持ちはあるが、抜けた毛が気になると言われちゃあな……。
それで、ひとり待たせるのも悪いし、唯一服が汚れただけのカズマには先にギルドに戻ってもらっていたのだが、まさかそこでそんな事があったとは。
「ダクネスだ」
今の僅かな間に正気に戻ったのか、女性、ダクネスは俺達に挨拶をした。
「これはどうも、ご丁寧に。俺はコロンバ。カズマは知ってるな。こっちはアクアと、めぐみんだ。……めぐみん、そろそろ俺のしっぽを離してやってくれ」
「っえー!? 私にこの、至高・究極・至福のもふもふを手離せと言うのですか?!」
だからそう、お願いしてるつもりなんだがな。
俺のしっぽにしがみつきながら、めぐみんは器用にダクネスから冒険者カードを受け取ると、それをしげしげと眺めた。
「これは……。ちょっと、この方クルセイダーではないですか。断る理由なんて無いのではないですか?」
確かに、変態な事に目をつぶれば断る理由なんてないように思える。
クルセイダーはナイト、つまり騎士の上級職。
つまりカズマが欲しがっていた前衛職のひとつという訳だ。
あれほど欲しがっていた人材だというのに、カズマの表情はやけに暗い。
「……実はなダクネス。俺達は、こう見えて、ガチで魔王を倒したいと思っている」
なぜ、とは聞かない。
今またその話をするとは思わなかったが、カズマも何か意味があっての事だろう。
後ろから聞いてないのですが、とめぐみんのくぐもった声が聞こえた気もするが、ここで話がこじれては…と考え、しっぽの先を彼女の頭に巻き付けるようにして落ち着かせる。
自分が親にやってもらった記憶はないが、コッパにこうしてやると喜んでいたのを思い出す。
前の冒険の時も、黒幕に手酷くやられたコッパをこうして看病してやったっけな……。
「丁度いい機会だし、めぐみんも聞いてくれ。俺とアクアとコロンバはどうあっても魔王を倒したい。そう、俺達はそのために冒険者になったんだ。という訳で、俺達の冒険は過酷な物になる事だろう」
しっぽに込められる力が、ぎゅっと強くなる。
「特にダクネス、女騎士のお前なんて、魔王に捕まったりしたら、それはもうとんでもない目に遭わされる役どころだ」
なに、そうなのか?
「ああ、全くその通りだ!」
嘘だろ、そうだったのか!?
「昔から、魔王にエロい目に遭わされるのは女騎士の仕事と相場が決まっているからな! それだけでも行く価値がある!」
「えっ!? ……あれっ!?」
「おいおい……」
「えっ? えっ? ……なんだ? 私は何か、おかしな事を言ったか?」
おかしな事というか、耳を疑うような発言というか。
お子様には聞かせられないな、今の会話は。
今のでダクネスの説得は諦めたか後回しにしたのか、カズマは渋い顔をしてめぐみんに向き直る。
「めぐみんも聞いてくれ。相手は魔王。この世で最強の存在に喧嘩を売ろうってんだよ、俺たちは。そんなパーティーに無理して残る必要は……」
無理して残る必要はない。
そうカズマは言いたかったのだろうが、めぐみんを思いとどまらせるには少々、説得にパンチが足りなかったらしい。
マントをバサッとひるがえし、彼女は言い放った。
「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操りし者! 我を差し置き最強を名乗る魔王! そんな存在は我が最強魔法で消し飛ばしてみせましょう!」
堂々と打倒魔王を言い切るめぐみんに、何だ何だとギルド中の視線が集まる。
……しっぽから十分な距離をとっていれば、もう少しかっこいい宣言になってたんだがな。
そんな、やる気満々な二人を見てガックリと落ち込むカズマの袖を、クイクイと背後から寄ったアクアが引く。
「私、カズマの話を聞いてたら何だか腰が引けてきたんですけど。何かこう、もっと楽して魔王を討伐する方法とかない?」
と、アクアの問題発言に追い討ちをかけられ、カズマがゲッソリとした、その時。
『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』
街中に、そして冒険者ギルド内に、大音量のアナウンスが響いた。