この不思議な世界に旅人を! 作:風来人
『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』
冒険者ギルド内に響く、大音量のアナウンス。
こっちの魔法はこんな事もできるのかと、そう呑気に感心している俺の横で、事情を知らないカズマが心做しか不安そうな表情を浮かべた。
「おい、緊急クエストってなんだ? モンスターが街に襲撃に来たのか?」
それは俺も気になっていたところだ。
危機感を煽るアナウンスにもかかわらず、周囲の冒険者達の空気はどこか浮ついている。
見ず知らずの冒険者だけではなく、アクアやダクネスの様子もどこか楽観的だ。
俺のしっぽを隣の席で一心不乱にもふっているめぐみんの表情は窺い知れないが、きっとアクア達と似たような顔をしているに違いない。
腕を組み、ダクネスは嬉しそうな声で答えた。
「……ん、多分キャベツの収穫だろう。もうそろそろ収穫の時期だからな」
キャベツ……キャベツか。
「は? キャベツ? キャベツって、モンスターの名前か何かか?」
困惑した様子のカズマに、どうしてかダクネスが哀れみを含んだ目を向ける。
めぐみんが、俺の胴と右前脚の隙間から顔を出した。
「キャベツとは、緑色の丸いやつです。食べられる物です」
「噛むとシャキシャキする歯ごたえの、美味しい野菜の事だ」
二人の話を聞く限り、紛うことなきキャベツだな。
そのキャベツなら俺も知ってる。
「じゃあ何か? 緊急クエストだの騒いで、冒険者かき集めて農家の手伝いさせようってのか、このギルドの連中は?」
「俺はそれでも構わんぞ。故郷では師匠もよく畑仕事に励んでいたからな。本職にはやや劣るかもしれないが、きっと役に立つだろう」
俺も稽古の合間に手伝わせてもらったものだ。
相応の報酬が支払われるなら、いくらでも手伝わせてもらおうじゃないか。
と、まあ俺はそれが言いたい。
「いや、そういう事じゃなくてさ……」
「あー……。そういや二人は知らないのよね。……ええっと、この世界のキャベツは……」
アクアが目を泳がせながら何か言いかける。
「皆さん、突然のお呼び出しすいません!」
しかしそれを遮るようにして、掲示板の前に立ったギルドの女性職員が、建物の中にいる大勢の冒険者に向け、大声で説明を始めた。
「もうすでに気づいている方もいるかと思いますが、キャベツです! 今年もキャベツの収穫時期がやって参りました! 今年のキャベツは出来が良く、ひと玉の収穫につき一万エリスです!」
一万……ッ!
俺の脳内に衝撃が走る。
「すでに街中の住民は家に避難して頂いております。では皆さん、できるだけ多くのキャベツを捕まえ、ギルドに収めてください! くれぐれもキャベツに逆襲されて怪我をしないようお願い致します! なお、人数が人数、額が額なので、報酬の支払いは後日まとめてとなります!」
「……飛ぶのよ、ぱたぱたと……」
「俺、もう馬小屋に帰って寝ていいかな」
カズマがくたびれた様子で項垂れながら、遠い目で呟いた。
「さっきも言ったけど、この世界のキャベツは飛ぶわ。味が濃縮してきて収穫の時期が近づくと、簡単に食われてたまるかとばかりに。街や草原を疾走する彼らは大陸を渡り海を越え、最後には人知れぬ秘境の奥で誰にも食べられず、ひっそりと息を引き取ると言われているの。それならば、私達は彼らをひと玉でも多く捕まえて、美味しく食べてあげようって事よ」
アクセルの街、正門前。
丘の向こうを眺めながら、俺とカズマはアクアの話を聞いていた。
カズマはいまひとつ気乗りしない様子だったが、俺達も他の冒険者に倣い、キャベツ群れが通過するのを待っている。
アクアの話によると、今年も例年通りであれば、キャベツは俺達が見ているあの丘を越えて来るらしい。
「なんでコロンバはそんなに冷静でいられるんだ? キャベツだぞキャベツ。野菜が飛ぶんだぞ?」
カズマがそんな事を言ってきた。
「俺の故郷にも、動く野菜っぽいものはそこそこいたからな。例えば……大根て知ってるか? あれの根元が二股に分かれていて、そいつを器用に足のように使って二足歩行する上に厄介極まりない毒草を投げつけてくる、はた迷惑なモンスターがいた訳よ」
「へ、へー……」
「持ち物、生き物を握り飯やバナナに変える恐ろしいモンスターもいるくらいだ。今さら、キャベツが飛び回ったくらいじゃ驚かんさ」
「…………」
なんだか、今した話でカズマの元気が失われている気がする。
機会があっても、カズマにはバナナ王国*1の話だけはしないでおこう……。
「ま、こんな世界だからな。何事も
壺から
長巻は刀身と
もっとも、キャベツ狩りにこいつが適してるかはわからない。
他にもっと良い方法がありそうなら、迷わずそちらに切り替えていくとして。
件のキャベツがどのような動きをするか、そこは想像の域を出ないが、とりあえずこいつで叩き落としつつ、捕獲する方向でいくとしよう。
「コロンバはアサシンでしたよね。それなのに、そんなに大きな武器を使うのですか?」
俺が目先の方針を打ち出していると、めぐみんが話しかけてきた。
「使うのはおかしいか?」
「あ、いえ、別に変だという訳ではなくて。てっきりダガーのような武器を使うものと思っていたので、こんなに大きな剣が出てきて、正直驚きました」
俺と長巻を見上げるめぐみんの身長は150cmあるかないか。
それに対して俺は耳を立てた状態を含めると180cm強、一方で長巻の刃の長さが90cm、柄の長さも100cm近くある。
不思議のダンジョンの探索中に拾った物の中では特に長い部類だが、普通の長巻もこれより短い程度だ。
いずれにしても、めぐみんの反応は当然と言える。
こいつは大きい、そして重い。
「必要なら棍棒かガラガラにでも持ち変えるさ」
「こ、棍棒はともかく、なんでガラガラなんて持ち歩いてるんですか……」
何故と訊かれても、以前の旅の途中に拾った物としか返しようがない。
これでも十分武器として役に立つ上、殴った相手をしばらく眠らせる効果まである。
ガラガラとはいえ、全力で六ぺんも殴り付けて平気でいられる奴がいるだろうか、いやいない。
「ガラガラも立派な武器だ」
一瞬の沈黙の後、長巻を鞘から抜きつつ答えると。
「キャベツだ、キャベツが来たぞぉぉぉぉ!!」
ひとりの冒険者が、大声で呼びかける。
丘の向こうから、緑色の波が押し寄せて来ていた。
その飛翔スピードは大したもので、瞬く間に街の目と鼻の先まで迫ってきている。
「ゆけぇぇぇぇっ!!!」
『うおぉぉぉぉっ!!!』
誰かの号令のもと、冒険者達はキャベツの波へと突き進んでいった。
勇猛果敢に拳で殴り掛かる者、剣で真っ二つにする者、弓と矢で撃ち抜く者、と対処法は様々だ。
魔法使いがどう対処するかはまだわかっていない、杖で殴るのだろうか?
「みなさーん、捕獲したキャベツの納品はこちらの檻にお願いしまーす!」
正門のすぐ横、街の壁沿いでは、ギルドの職員が水を張った檻を用意して待っているようだ。
「カズマ」
空を呆然と見上げるカズマに、ダクネスが歩み寄る。
「ちょうど良い機会だ。私のクルセイダーとしての実力、その目で確かめてくれ」
「あ、ああ……」
腰に帯びていた剣を抜き、らしく駆け出すダクネス。
「はぁぁぁぁっ!」
……が。
「とぅあっ!」
しかし?
「やぁぁあっ!」
これは……。
「せぃっ! ふっ!」
攻撃が、全く当たっていない!!
豪快に振り抜かれる斬撃、その全てが飛び回るキャベツをとらえる事なく空を切っている。
「嘘だろ……」
全空振りを目にし、苦笑を浮かべるカズマだったが、ダクネスのクルセイダーとしての真骨頂は、攻撃とはまた別にあった。
「ぐあぁっ!」
ごしゃっ、と鈍い音と共に、男の苦悶の声が聞こえてくる。
視線をそちらにやると、冒険者達が次々とキャベツの群れに反撃されているのが見えた。
今年のキャベツは中身が詰まっていると、説明の時にギルド職員が言っていたからな……。
あの速さで繰り出される突進は、何気に直撃イコール痛恨の一撃モノだろう。
「危ない!」
頭にイイのを貰っていた冒険者を目撃し、ああはなりたくないと俺が顔を顰めた瞬間、ダクネスが叫び、走り出す。
見れば彼女の行く先には、キャベツの反撃に巻き込まれたのだろう、倒れ伏す冒険者にのしかかられ、身動きが取れない状態の冒険者がいた。
おまけに、これまた運の悪い事に、複数のキャベツが逃げられない冒険者に狙いを定めている。
駆けつけたダクネスが盾にならなければ、今頃キャベツの突進をもろに受けていたに違いない。
「よそ見していて平気なんですか?」
「平気、平気。それよりめぐみん、良さそうな爆裂スポットとやらは見つかりそうか?」
後ろから突っ込んできたキャベツを迎え撃ち、壺に押し込む。
「いえ、いまひとつピンとこないんですよねぇ……」
「探すのに熱を入れるのは構わんが、あんまり離れるなよ」
「あ、はい……うーん」
またひとつ、キャベツを叩き落として壺にねじ込む。
向こうから来てくれるのなら、その対処は至って簡単だ。
それこそ、よそ見をしながらでも。
ダクネスはキャベツの大群に次々と突進され、綺麗だった鎧が壊れて剥げつつある。
めぐみんによればあれも職業スキルらしく、自身をモンスターに狙わせる効果なのだという。
後ろの冒険者は自分の上で伸びている冒険者が重いようで、どうも抜け出せそうにない。
助けに行きたいのはヤマヤマなのだが、爆裂スポットとやらを探すためについてきためぐみんがいる以上、彼女まで危険に晒すような真似は避けたい。
「はぁっ……はぁ……っ!」
それにあの様子は、苦痛で息が上がっているというよりは。
「見捨てること、などっ……できるものかぁ……っ!」
痛みに耐えている様子というよりも。
「くっ……ふぅ……っ!」
どちらかというと、悦んでいるようだった。
いっそ助けに入るまでもないような気さえする。
「……あれですっ!!!」
突然、めぐみんが声を張り上げた。
目を見開き、ぷるぷるしながら指をピンと伸ばす、その先にあるのは。
「え、あそこに撃ち込むのか? 本当に?」
「あれほどの敵の大群を前にして、爆裂魔法を放つ衝動が抑えられようか。はあぁ……っ、いやない!」
「……直撃は避けてやってくれ」
めぐみんがターゲットにしたのはダクネス。
……の、周囲を飛び回っているキャベツの群れだ。
見れば大量のキャベツが押し合い圧し合い、ダクネスに体当たりを食らわせてやろうとなだれ込んでいる。
爆裂魔法で一網打尽にするには最適な場所かもしれないが、やはりダクネスもいるのだし、それになにより巻き込まれるあの冒険者が可哀想だ。
俺も爆発に巻き込まれる悲惨さは経験している、それも何度も。
なるべく魔法の直撃は避けてやってほしい……。
「『エクスプロージョン』──ッ!」
無慈悲に放たれた爆裂魔法は巨大な火柱を上げ、ダクネスを中心とした広い範囲を巻き込み、何もかもを地面ごと吹き飛ばした。
……が、さすがに加減されているのか、以前見たカエルをその身ごと消し飛ばした爆裂魔法とは違い、見た目こそ派手でありながら、近くのものを吹き飛ばす程度に抑えられている。
爆心地にほど近い位置にいたキャベツはさておき、いくらかのキャベツが
「よくやったな、めぐみん」
「うへへ、どんなもんですかぁ……」
魔力を使い果たし、体から力の抜けためぐみんを倒れる前に受け止め、そのまま背負う。
向かってくるキャベツを捕獲しつつ、まずめぐみんが撃ち落としたキャベツの回収を急ぐとしよう。
あれだけ無力化したとはいえ、肝心のめぐみん本人がこれじゃあな……。
「おわわ……」
「ちょっと揺れるが、我慢しろよ」
「うぐ……あんまりゆらさないでくださぁい……」
俺は道具をこっそり壺から取り出し、場所替えの杖*4をしれっと振った。
「何故たかがキャベツの野菜炒めがこんなに美味いんだ。納得いかねえ、ホントに納得いかねえ」
キャベツ料理一品を前に、カズマがボソリと呟く。
波乱に満ちたキャベツ狩りも、日がとっぷり沈む前に終わり、捕獲したキャベツの納品を済ませた俺達はギルドに併設されている酒場で、パーティーメンバー揃っての晩御飯にしていた。
メニューはもちろん、採れたて新鮮なキャベツの野菜料理。
カズマもボヤいている通り、キャベツの野菜炒めはそれはそれは美味であった。
俺もこんなキャベツは食べた事がない。
「ダクネス、あなた、さすがクルセイダーね! あの鉄壁の守りにはさすがのキャベツ達も攻めあぐねていたわ」
「いや、私など、ただ硬いだけの女だ。誰かの壁になって守る事しか取り柄がない。その点、コロンバの殲滅力には驚かされたな。あれだけ大きな武器を涼しい顔で振るいキャベツをまとめて叩き落とす姿、他の冒険者達も圧倒されていたぞ」
「光栄だ」
「わ、私を背負ってからは、捕獲するスピードも一際上がってましたもんね。あ、アクアの花鳥風月も見事なものでした。冒険者の皆さんの士気を高めつつ、収穫したキャベツの鮮度を冷水で保つとは……!」
「まあねー。皆を癒すアークプリーストとしては、当然よね!」
「それ、大事か?」
カズマの鋭いツッコミが入ると、アクアは鼻を高くして自慢げな表情を浮かべた。
「アークプリーストの魔法の水はとても清いのよ?」
「へー……」
「めぐみんの魔法も凄まじかったぞ!」
興奮した様子のダクネスが、熱の篭った視線をめぐみんに向ける。
……凄まじかった、とは。
「キャベツの群れを一撃で吹き飛ばしていたではないか!」
ダクネスの感想に、めぐみんは胸を張る。
「ふふん。紅魔の一撃、思い知りましたか!」
「ああ……。あんな火力の一撃、食らったことはない……っ!」
「いや、直撃させんなよ……っ」
そんな、何気ないやり取りに各々が一頻り笑った後、アクアがにやけ顔のまま、カズマの頬をつついた。
「カズマ、あなたもなかなかのものだったわよ!」
「確かに、潜伏スキルで気配を消して、敵感知で素早くキャベツの動きを捕捉し、背後からスティールで強襲するその姿は、まるで鮮やかな暗殺者のごとし……。派手派手なコロンバよりもアサシンしてましたね!」
「こいつは手厳しいな」
「いや、アサシンするって何だよ……」
こればっかりはなんとも。
お前は豪快なのはいいが大雑把が過ぎる、と師匠にもお小言を幾度も貰っている。
今度は期待通りの働きをするとしよう。
「カズマ……。私の名において、あなたに【華麗なるキャベツ泥棒】の称号を授けてあげるわ」
「やかましいわ! そんな称号で俺を呼んだら引っ叩たくぞ! ……ああもう、どうしてこうなった!」
そうだよな、キャベツ泥棒はさすがにな……。
頭を抱え、カズマがテーブルに突っ伏す。
「皆に、私のクルセイダーとしての実力をわかってもらえてなによりだ」
ふいに席を立つと、ダクネスは俺達に目を配り、再び口を開けた。
「では改めて……。名はダクネス。一応両手剣を使ってはいるが、戦力としては期待しないでくれ。なにせ、不器用過ぎて攻撃がほとんど当たらん。だが、壁になるのは大得意だ!」
カズマは胡乱な目を向けているが、この際、ダクネスは好きにさせてやれば良いのではないだろうか。
本人がそれで良いと考えているのなら、俺達がどうこう言う事もない。
「……ふふん、ウチのパーティーもなかなか、豪華な顔触れになってきたじゃない? アークプリーストの私に、アークウィザードのめぐみん。そして、攻撃力にはちょっと乏しいけれど、防御特化のクルセイダーであるダクネスに、それを補える火力爆盛りなアサシンのコロンバ。五人中四人が上級職なんてパーティー、そうそうないわよカズマ? あなた、凄くついてるわよ? 感謝なさいな」
そう言われてみれば凄い面子が揃ったものだ。
俺もこれまでの冒険、記憶の数々が蘇ってきた。
「私を囮や壁がわりに使ってくれ。それでもパーティーの足を引っ張るようであれば、遠慮なく罵ってくれていい。なんなら捨て駒として見捨てて貰ってもいい!」
……この記憶はなかったな。
にっこり笑って言い放つダクネスに、俺は自分の考えを改めるべきではないかと早くも思い始めていた。
需要があるようなら続きます