ただ隣に立つために   作:くりゅう

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第一話 空色の石と、幼馴染

 魔族が、人類の平和を脅かした。

 人類が知らない未知の大陸から攻め込んできた魔族の軍勢は、人々を喰らい、殺し、平和を一夜にして地獄に塗り替えた。当時魔法文化はあったものの、争いという文化はなく、平和に暮らしていただけの人類は成すすべなくその数を減らしていく。

 

 その戦いを終わらせたのは、たった十二人の人間だった。

 

 十二人の人間は一人一人が一騎当千の力を誇り、その身に宿した桁外れの魔力と並外れた魔法を用いて魔族を蹴散らしていく。

 やがて、魔族の掃討は叶わなかったが魔族を退けて、十二人の人間は英雄として祀り上げられた。

 

 星のように人類を導く十二人の英雄。彼ら彼女らを、人は『十二星導師(じゅうにせいどうし)』と呼んだ。

 

 そんな十二星導師の誕生からちょうど千年経った現代。大陸が東西南北四つの国に分かれ、人と人が争う世界となった今。

 

 全人類、全生物を巻き込む物語が、再び始まる。

 

 

 

 

 

 大陸東の国、『アルザルド』、その都市部から離れた小さな村。名前もないそんな小さな村で、俺は平和に暮らしていた。

 多くの子どもが国のために戦おうと魔法と戦いを学ぶために『中央魔法立戦技訓練校』への入校を目指す中、俺、アリウス・グランツィオ十二歳は、芝生に寝転がって雲を眺め、「空は一つなのに、人の心はバラバラだな……」と痛いことをほざくだけの、魔力を持たない一般人だった。当然訓練校を目指すはずもなく、そもそも入れるはずもない。だって魔法使えないんだから。はは、ウケる。

 

 普通、人は生まれながらに魔力を持っており、大気中の魔力に体が慣れると体の中の魔力が起きて、魔法が使えるようになる。魔力量なんてものも測ることができたりするんだが、「もしかして俺魔力が起きてないだけじゃね?」と思って測ってみたところ魔力はゼロ。「い、今時の子にしては珍しいね」と慰めにもなっていないお医者さんの言葉に、俺はひっそりと涙した。

 

 ただまぁ魔法が使えないと泣いていたのは8歳までで、12歳になった今、もう諦めている。魔法使えて戦っても痛いだけじゃん。もっとこう、人間なんだから話し合いで解決しないとダメだろ。バカかよ。

 これは決して強がりじゃない。断じて強がりじゃない。男の子だから魔法使って戦うことに憧れてなんかも全然ない。

 

 だって魔法が使えたとしても、どうせ俺は並で終わる。今俺が眺めている雲を砲撃魔法で裂いた幼馴染に劣等感持つくらいなら、魔力持ってない方がちょうどいい。

 

「雲は自由でいいなって思ってたけど、雲でも事故に遭うことはあるんだな」

 

 幼馴染の名前はユース・ソフィア。綺麗なオレンジの髪に同色の瞳を持つ、恵まれた容姿に恵まれた才能、恵まれた頭脳を持つ特別な人間である。語り継がれている十二星導師の生まれ変わりなんじゃないかっていうくらいとんでもないやつだ。俺が魔法を使えていたとしたら、ユースと比べられていたんだろうと考えると恐ろしくて仕方がない。

 

 ただ、特別っちゃ俺も特別ではある。俺自身がじゃなくて、俺の持っている石が。

 

『ユース嬢がおてんば過ぎるんですよ。雲は本来自由なものですから』

 

 俺が8歳の時、魔法を使うことを諦めたその日、空から降ってきた空色の石。隕石のように降ってきたこいつは、俺が拾った瞬間に光りだし、『こんにちは。あなたの名前は?』と喋りだした。

 そう、世にも珍しい喋る石である。落ち着いた女性の声で、好きなものは平和。年齢は千を超えると言っているちょっと頭のおかしな石。喋る時点でおかしいとは思うが、きっと誰かがいたずらで石に命を持たせて、「私千歳こえてます」なんておかしなこと言ったから捨てられたんだろう。いわば、魔法が使えない俺と失敗作の石のダメダメコンビである。

 

 ただこの石、俺とユースの前以外じゃまったく喋らない。こいつを拾った時母さんに「喋る石拾った!」と子どもらしく笑顔で言ったとき、沈黙し続けたこいつを見て俺は世の不条理を学んだ。母さんは魔法を諦めた俺がおかしくなったと思ったのか、こいつをペンダントにして俺の首に優しくかけ、「ごめんね」と言って抱きしめてきた。俺は泣いた。

 

そんなこんなで四年間、俺はこいつとずっと一緒にいる。魔法を諦めた俺に神様がくれた、魔法っぽい石。俺にはこれくらいでちょうどいいだろう。

 

「あいつも大人しくしてたら可愛いんだけどなぁ……。いや、実際思ったぜ? 俺も魔法使えるようになったらユースを守るんだって、子どもながらにさ。でもあんなことできるやつ、例え魔法使えたとしても守られんのはこっちだろ。無理無理。強すぎ」

『そこは魔法を使えなくても守ってやる、くらいの男らしさはないんですか?』

「そんなものがあったら、俺は魔法を諦めずに努力してるよ」

「じゃあ努力しよ!」

 

 げ、と思わず漏れた声に、いつの間にか俺の近くに立っていたユースがふくれっ面になる。

 

「げ、ってなにー? 私と一緒にいるのがそんなに嫌なの?」

「嫌ってわけじゃねぇよ。でもお前、最近ずっと俺に魔法の練習させようとしてくるじゃん。最近ってか四年前からか。俺諦めたって言ってんのに」

「私は三年後訓練校に行きます」

「だろうな」

「だからアリウスも訓練校に行きなさい」

「なんでだ」

 

 寝転ぶ俺の隣にユースが座りこんだ。女の子特有のいい匂いに少しドキッとしつつ、こいつはユースだと自分の心を落ち着かせる。なんだ、ユースだと思えば心が嘘みたいに穏やかになった。まぁこいつは女の子ってよりユースだからな。

 

「なんでって、一緒にいたいもん。アリウスだって、一人になったら寂しいでしょ?」

「そりゃお前がいなかったら寂しいかもしんねぇけど、こいつがいるしな」

『村で帰りを待つ、というわけですね。ぷぷぷ。まるでおとぎ話のヒロインです』

「今こいつを捨てることが決定した。俺は一人ぼっちになるが、まぁ生きていけるさ」

『ごめんなさい。捨てないでください』

 

 女性の声で捨てないでくださいと言われ罪悪感を刺激されつつ、空色の石を撫でて「冗談だよ」と言うと、空色の石はちかちかと点滅して喜びを表現してきた。可愛いなこいつ。

 

「第一、魔力がないのにどうやって魔法使うんだよ」

「魔法がないなら剣がある! 魔法が使えない訓練生第一号として入校しちゃおう!」

「はぁー。無理無理。素の身体能力で、魔法使う化け物どもにどうやって勝てってんだよ」

 

 今までの歴史の中でそんなやつ聞いたことがない。歴史に名を刻んだ英雄たちは全員魔法を使ってるし、魔法が使えなきゃ戦うこともできない。いくら上等な剣を握っていたとしても、魔法の前じゃ一瞬で終わりだ。それに、万が一俺が上等な剣を握って魔導師に勝てたとしても、魔導師が剣握った方がいいに決まってるから、その剣を量産して魔導師に握らせた方が効率的。そこに俺っていう存在は必要ない。

 じゃあ普通の剣で勝てればいいんじゃね? ってなるだろうが、俺の身体能力は並中の並で、素の身体能力でユースに劣る始末。恵まれなさすぎて泣けてくる。俺は才能に愛されず、諦めに愛されてしまった。

 

「つべこべ言わず剣を握る!」

 

 言って、ユースが指を鳴らすと俺のすぐ上に黒い渦が現れ、そこから一振りの剣が落ちてきた。鞘に納められてはいるものの当たると確実に痛いので、慌てて横に転がって剣を避けると、ドスッ、と重たい音を立てて芝生の上に落下した。

 

「あっぶねぇなオイ! 剣を握らずに俺の命握るんじゃねぇよ!」

「今日から私と剣の訓練をしてもらいます!」

「おい、こいつ本気で俺の命を握ってやがる。どうにかして逃げる方法を考えてくれ」

『無理ですね』

「俺もそう思う」

 

 ふー、やれやれ。まぁ総合的な身体能力では劣っていようとも、力では俺の方が勝っているはずだ。ここはがむしゃらに剣を振るう素人戦法でユースの度肝を抜いてやることにするか。

 

 遊びにつきやってやる兄のような感覚で体を起こし、茶色い鞘に納められた剣を拾った。

 重すぎて落とした。

 

「は?」

「ふっふっふ。重い方が強い、攻撃力が高い、防御力が高い、そしてそれを振るい続けることで筋力も自動的に上がる! すごくない? 私すごい! 天才! 褒めて褒めて!」

「ちなみにいつの間にかお前が振りかざしている剣は誰に向けて下ろそうとしてるんだ?」

「アリウス」

「シャレにならねぇ!!」

 

 とりあえずと剣を抱きかかえながら横っ飛び。背後で地面が破壊された音を聴きながら、必死に剣を持ち上げて鞘から抜く。銀色に光り輝く一メートルくらいはある刀身、子どもの俺が握るにしては大きすぎるし重すぎる。こういうのは地道にやっていくから効果があるんであって、っていうかそもそも俺は訓練校に入りたく……。

 

「ないわけじゃねぇけど!」

 

 剣を両手で持ち上げて、軽々と振るってきたユースの剣を受け止める。重い金属音とともに弾き飛ばされ、返す形で振るってきた剣を靴底で蹴り飛ばしてその勢いを利用して距離を取る。

 

 俺だって、8歳まではなんとか訓練校に入ろうと必死に努力していたんだ。その頃の経験がまだ体に染みついている。剣を持ったのだって初めてじゃない。ユースとだって渡り合えるくらいの技術はある!

 諦めた諦めたと口で言ってはいても、やっぱり憧れはある。入れるなら入りたい。でも、いくら俺がこの剣を軽々と持ち上げて振るえるようになっても、上には追いつけない。その証明が、今俺の目の前にいる。俺が持っている剣と同じものを軽々と、魔法を使わずに振るっている同い年の女の子がいる。

 

 俺に頑張れって言っておいて、諦めさせてくるのはいつだってこいつだった。

 

 打ち合わせた俺の剣が弾き飛ばされ、体勢を崩した俺にユースの剣が突きつけられる。ほらまた、こうやってこいつは諦めさせてくるんだ。

 

「私の勝ち!」

「クソだろクソ。勝ち目無し。朝の挨拶がおはようっていうことくらい俺の敗北は揺るがない」

 

 大の字に倒れて、空を見上げる。自由だと思っていた雲もユースにかかれば自由ではなくなり、こいつといる限り俺は自由を奪われる。それでも一緒にいたいって思うのは、幼馴染だからだろうか。

 家族同然に育ってきた女の子だから、大切だっていうのは間違いない。

 

 倒れる俺の隣に、ユースが座り込む。空の青と雲の白の二色しかなかった俺の視界にユースが入り込んできて、形のいい唇をゆっくりと動かした。

 

「ねぇ、アリウス。小さい頃、私に聞かせてくれた夢覚えてる?」

「今もちいせぇだろ。覚えてるよ」

「四つの国に分かれちゃったこの世界を、自由に見て回りたいって」

 

 国が分かれているっていうことは国境があって、それは簡単に越えられない。でも、幼い頃の俺は魔導師を万能なものだと思っていて、きっと戦いにまみれたこの世界も魔導師になれば平和にできると思っていた。

 そして、俺たちの住む国にはない景色を見て回りたいと思っていた。その夢も、魔法が使えないから諦めたんだけどな。

 

「ね、聞いてアリウス。私の夢はね、アリウスと一緒に、世界を自由に見て回ることなの」

「ユースが強くなって俺を連れて行ってくれ」

「もう、そこは『それなら、俺も強くならないとな』くらい言えないの?」

「だって俺魔法使えねーもん」

「アリウス」

 

 ユースは俺の手を握って、顔を近づけてきた。いつもの溌溂とした様子とはまったく違うユースにどぎまぎしながら、目を逸らそうにも逸らせない。

 

 ユースが俺の手を強く握る。

 

「アリウスが危なくなったら、私が助ける。だから、私が危なくなったら、アリウスが助けて欲しいの」

 

 いつもはチカチカと点滅してうるさい空色の石が、この時はまったく点滅せずに沈黙を保っていた。

 

「世界を自由に回るっていうのは簡単じゃなくて、きっと色んな辛いことが待ち受けてる。だからね、一緒に戦ってほしいの」

 

 言って、ユースは恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「私、アリウスとずっと一緒じゃなきゃいやだから」

 

 ユースはそれだけ言って、「その剣はあげるね!」といって爆速で去っていく。

 

「……仕方ねーな!」

『これだから男は……』

 

 うるせぇよ。

 

 

 

 

 

 夜。いつも寝転がっている芝生。

 

 俺はそこで、がむしゃらに剣を振っていた。

 

 魔法を使うことは諦めた。でもそれを、世界を見て回るっていう夢を諦める理由にしていたのは、違うって思ったんだ。皮肉なことに、俺を散々諦めさせてきたユースに気づかされた俺は、無茶でも無謀でも無駄になったとしても、訓練校の入校試験までの三年間。8歳の時にやめた努力をやってみることにした。

 魔法が使えなくたってある程度強くはなれる。ザコ魔法生物程度なら倒すことができる。

 

 ユースに降りかかる火の粉程度なら、俺の剣で振り払うことができる。

 

『好きなんですね』

「好きじゃない。大切なだけだ」

 

 今日、ユースに言われて想像したことがある。俺の知らないところで、俺の知らないやつに傷つけられ、倒れるユースの姿。もしそうなった時、俺はユースの隣に立っていなかったことを後悔する。ずっと一緒にいたいなんて言いながら、魔法が使えないってだけで努力を諦めて、強さから目を逸らし続けたことを後悔する。

 

『努力は嫌いだったんじゃないですか?』

「無駄な努力はな。でも、きっとこの努力は無駄じゃない。無駄にはさせない」

 

 魔法は独学じゃどうしても限界がある。だから、ユースは必ず訓練校に行く。ユースの隣に立つなら、俺も訓練校に入らないと話にならない。

 魔法を使えないやつが訓練校に入れるのか。俺は入れないと思う。じゃあこの努力は無駄じゃないのか? だから言った、無駄にはさせない。

 

「無理だと思っても、押し通す。好きな女の子にあそこまで言われて諦めたまんまなんて、男じゃねぇ」

『好きって言いましたよ、今』

「あ」

 

 力が抜けて、芝生の上に倒れこんだ。そんな俺を空色の石はクスクス笑って、チカチカとやかましく点滅している。

 

「い、今のは違うんだ。そう、なんか言っちゃってたっていうか、本心じゃなくて」

『いえ、恥ずかしがることはありませんよ。素敵じゃないですか。誰かを想う心が恥なんて、そんなことあろうはずがありません』

 

 ですが、と一拍置いて、空色の石が黙り込んだ。不思議に思って指で弾いたり呼びかけたりしていると、それは突然訪れた。

 

 空色の石が強く光って、俺の視界を光で埋め尽くす。あまりの眩しさに目を閉じていると、誰かの手が俺の背中を支えて抱き起こした。

 

 目を開けるとそこには、空色の髪に空色の瞳。俺は真っ白な髪だが瞳の色は俺と同じ、美人なお姉さんがいた。

 そのお姉さんに、どこか親近感を覚える。何の気なしに空色の石を見ると、石は色を失って真っ白になっていた。

 

 まさか、と思って空色の石だったものを指さして、それからお姉さんを指さす。

 

 お姉さんが頷いた。

 

「……え?」

「ただがむしゃらに剣を振るうだけでは効率が悪いです。これでも剣の心得はあるので、頑張り屋さんのあなたの修行、私が手伝いましょう」

 

 どこからともなく剣を出現させて、美人さん(空色の石)はにっこり笑った。

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