ただ隣に立つために 作:くりゅう
朝は剣を振り続けて、昼はユースと剣を打ち合わせ、夜は空色の石と修行して、そんな毎日を過ごしてはや三ヶ月。
空色の石は俺以外の前で美人さんへと姿を変えず、やはり名前を教えてくれず、ただ俺の修行に付き合ってくれるミステリアスな存在のまま。魔法が使えるのか? と聞いても剣を出現させること以外は何もできないとにこやかに答える。
「最近強くなったね! さてはこっそり訓練してるでしょ?」
「そりゃあな。負けっぱなしは趣味じゃねぇし」
今負けたんだけどな。剣を握りながら倒れた俺は、何度目の敗北かと頭の中で考えながらため息を吐いた。
強くなったとは思う。空色の石は自分から修行相手を買って出ただけあって、教えるのがめちゃくちゃうまかった。ユースみたいな近づいて斬る、みたいな感覚派じゃなくて、相手がこういう動きをしたらこうする、みたいな理論に基づいた教えを授けてくれる。そこそこいい頭以外は何も与えられなかった俺にとっては、最高の先生だった。
おかげで防戦一方だった俺は、ユースとまともに打ち合えるまでに成長した。実は俺才能あるんじゃないかって思っているところだが、この前「ユース嬢は誰にも教えてもらっていない素人同然なのですから、当然です」と空色の石に言われ、折角見つかりそうだった自信と才能を見失ってしまった。
「なんか戦いづらいんだよねー。くると思ったらこないし、こないと思ったらくる。気まぐれな波みたい!」
「随分詩的な表現するんだな。さては最近何か読んだろ?」
「読んだ! 十二星導師の伝記!」
じゃん! と言ってユースが黒い渦から分厚い本を取り出す。今更だけど、この黒い渦って次元間魔法だよな? 習得者がほとんどいないかなりレアな魔法だよな? お前何サラッと使ってんだよ。俺に才能の差見せつけて楽しいのかよ?
「やっぱり憧れるよね、十二星導師!」
「確かにな。でも本当にいたかどうかわかんねぇんだろ? 子孫も残ってないって話だし」
「だねー。でも本当にいたって思った方がロマンチックで素敵じゃない?」
確かにロマンチックではある。魔族との戦いを終わらせるほどの力があれば、今国同士で起きている戦争も終わらせることができるんだろうか。今は表立った争いは起こっていないが、何かきっかけさえあれば大きな争いが起きるだろう。そんな時に十二星導師ほどの魔導師が各国にいれば、互いの国の抑止力になるかもしれない。
ここに十二星導師っぽいやついるけどな。ユースも成長すれば、抑止力になるくらいの戦力にはなるだろう。俺はその隣にちょこんと立っているザコ。はは、自分で言ってて悲しくなる。
「知ってる? 十二星導師って、星座になぞらえて異名がついてるんだって」
「あれどういう基準で選んでるんだろうな。獅子星とか金牛星だろ? この二つは名前的にカッコいいからわかるけど、巨蟹星ってなんだよ。蟹だぞ蟹」
『いいじゃないですか、蟹。捨てたもんじゃないですよ』
「だって強いイメージねぇじゃん。あんなもん静かに食われて殻捨てられるだけだろ」
「わ、蟹食べたくなってきた! ねね、今度蟹食べよ!」
「お前どうせ海行ったらそこでも戦おうって言うんだろ。嫌だよ」
海に足を取られながら叩き斬られる俺の姿が目に浮かぶ。それで勝ち誇ったユースに回復魔法で治してもらうんだ。俺、ユースに斬られ過ぎて痛みに大分なれたぞ。空色の石と戦う時は空色の石が回復魔法使えないから、打ち合う時必死に逃げてるせいで危機察知能力もビンビンにあがっている。
海へ行くのを断る俺に、ユースは何やら考え込んだ後「ひらめいた!」と言わんばかりに手のひらを打った。嫌な予感がした俺は空色の石を指で小突いて助けを求めるも、なぜか拗ねて何の反応も示さない。お前そんなに蟹好きだったの? ごめんて。
「いいね、海! 今思ったら戦うのって芝生の上だけじゃないから、環境変えるのもいいかも!」
『ユース嬢はすばらしい観点をお持ちですね。ぜひそうしましょう』
「あぁ、そういえば俺、父さんと男同士の熱い語らいをする予定があるんだった。じゃあまた明日」
俺の嘘は一瞬で見破られ、ユースに腕を掴まれると一瞬で景色が変わった。次元間魔法使えるなら転移魔法も使えるわな。才能お化けめ。俺にちょっとわけろ。
見慣れた景色は一瞬で砂浜と海へ変わり、「蟹を食べに来ただけだよな?」とほんの少しの期待を込めてユースに聞くと、ユースは笑顔で剣を握った。
「砂の上と水に足をつけてそれぞれ一戦ずつ! いってみよう!」
「おい、助けてくれ! 俺努力するとは言ったけど殺されたいとは言ってないんだ! 俺蟹好き、蟹超強そうだしめっちゃカッコいいって思ってるから!」
『どうせ蟹は食べられて殻を捨てられるだけの存在ですから』
「何でお前そんな蟹好きなんだよチクショウ! なるようになれ!」
その後俺は砂まみれになってびしょ濡れになり、帰ってから母さんにしこたま怒られた。そしてなぜか夜の修行では空色の石に蟹のいいところを教えられながらめたくそにされた。石のクセに蟹好きになってんじゃねぇよクソ。
更に三ヶ月経ち、俺が修行を始めてから半年たった、砂浜でのこと。
俺の目の前に、剣をその手から落として尻もちをついているユースの姿があった。
「……え?」
「……負けちゃった」
才能お化けが俺の前で剣を落として、尻もちをついている。俺の手には剣が握られていて、俺は立っている。
もしかして勝ったんじゃないのか? そんな俺の疑問に答えたのは、『おめでとうございます。アリウス』という空色の石の声。
「くーっ、最近危ない! って思うこと多かったけど、まさかこんなに早く負けるなんて! すごいねアリウス! やっぱり剣の才能あるんじゃない!?」
「あ、やっぱり? いや、俺も薄々気づいてたんだよな」
『剣の才能はありませんが、飲み込みは早いですね』
「お前が褒めるなんて珍しい。天変地異の予兆か?」
『私とユース嬢で反応が違いすぎると思うのですが』
「当たり前だろ、信頼度が違う」
「へへー、ごめんね! 石さん!」
空色の石に勝ち誇るユースに、『ぐぬぬ』と悔しそうな空色の石。可愛いなこいつら、と思いながらユースの手を取って引き起こす。思えば、俺がユースの手を引いて起こすってのも初めてのことだ。
次は、空色の石に勝つことを目標にしよう。修行っていうのは、近場に目標を立てておかないと実力がわかりづらくなってしまう。大人と子どもっていう体格差もあるが、空色の石はどういうわけかとんでもなく強いので、アレに勝てる頃には普通の魔導師なら剣一本で勝てるようにはなってるはずだ。それくらい空色の石は強い。
「さ、今日はアリウスが私に勝った記念にご馳走作ってもらお! 久しぶりに私とアリウスの家族みんなでご飯食べたいし!」
「はは、いいな。ユースが二度と俺に勝てないようになりましたってお前の両親に報告しよう」
「明日から私、魔法使うね」
絶句する俺をよそに剣を拾ったユースは、俺の手を掴んで転移魔法を使う。いっそここに置いていってくれれば明日くるはずの地獄からも逃れられるのに、この天才少女はそれを許してくれない。
視界が移り変わる。白い砂浜と青い海から、見慣れた景色へと。
見慣れた景色へと、移り変わると思っていた。
「……は?」
「なに、これ」
俺たちはいつも、転移魔法で帰るときは村の入口へ転移する。だから、目の前に広がっている景色は平和に暮らす村の人たちが、俺たちに向かっておかえりと笑い、家の前でお互いの両親が俺たちに手を振っている姿じゃなきゃいけないはずだった。
そんな姿はなく、俺たちの目の前に広がっていた光景は、大量の魔法生物が村人たちを襲う姿。魔力を持った獣が、無慈悲に人の肌を切り裂き、平和な村を血の赤で染めていく。
「──アリウスは、逃げて。私がなんとかするから」
「は?」
何言ってんだ、こいつ。魔法生物の数は半端じゃない。いくらユースとはいえ、戦いに慣れていない女の子なんだ。万が一がある。それに、体だって震えて、
「ぁ」
そこで、気づいた。
震えているのは、俺だった。魔力を纏って村人を切り裂く魔法生物を見て、『俺が魔力を持っていないこと』を改めて実感して、戦うのが怖くなって。
「大丈夫! みんな助けてみせるから!」
笑って、ユースは駆け出した。それは、俺と戦っていた時とはまったく別次元の速さ。魔力で身体能力を強化して、手に持った剣で魔法生物を切り裂いていく。
風のように速く、炎のように荒々しく、水のように美しく。ユースは血に染まった村を駆ける。このまま任せておけば、大丈夫だ。俺が戦う必要はない。
また、諦めが近づいていた。さっきユースに勝てたのは、ユースが魔法を使っていなかったから。魔法を使って実際に戦っているのを見て、それが身体能力強化っていう単純なものでも、魔法を使うのと使わないのとじゃここまで差があるっていうのを思い知らされて。
ユースの隣に俺がいてもいなくても、世界は何も変わりはしない。ユースが魔法生物を斬る度、そう言われているようだった。
逃げよう。それで、みんなを無事に助けたユースに笑いながら、やっぱ無理だったって言おう。魔法を使えない俺じゃ、ユースの隣に立つことはできないって。
「──お父さん、お母さん?」
諦めがすぐ側までやってきていた俺の耳に、はっきりと。呆然とした、ユースの声が聞こえた。
血の海に沈む、二人の男女。それを見ているユース。遠くからじゃ見えないが、ユースの姿を見ればその男女が誰かなんてすぐに分かった。
動きを止めたユースに、無数の魔法生物が襲い掛かる。魔法生物は村人たちに興味を無くし、同胞を斬り殺していったユースへと一斉に牙を剥いた。
ユースは、血の海に沈んだ両親の前から動かない。剣を持っていた腕はだるんと下がっていて、迫りくる魔法生物にも気づいていない。
俺は一体、何してんだ?
一体の魔法生物が、棒立ちしているユースに飛びかかる。
気づけば俺は走り出していて、その魔法生物を、俺は何度もユースと打ち合わせていた剣で斬り裂いた。
血しぶきが舞い、真っ白な俺の髪を赤で染めていく。そのままがむしゃらに、周りにいる魔法生物を斬り裂いていく。
「あり、うす?」
体を襲う震えを、吠えることで誤魔化す。魔力を持った獣と戦うのが怖い。それでも、それ以上に。
ユースを失うことの方が、何倍も怖かった。
「ユース!」
狼の姿をした魔法生物の爪を寸でのところで避け。俺の頬が薄く裂ける。それに構わず剣の腹を魔法生物に叩きつけ、思い切りぶっ飛ばす。
「あとは俺に任せて、逃げろ! 大丈夫、大丈夫だから!」
色気もクソもない、センスの欠片もない言葉。余裕のない俺は、その程度の言葉しか吐くことができなかった。でも仕方ない、許してほしい。十二歳の魔法も使えない子どもが、修行をしていたとはいえ、初めて魔法生物と戦うんだから。
「しまっ、ユース!」
ユースのところへ行かせないように戦っていた俺の側を、狼の姿をした魔法生物が抜けていく。牙を剥き、その牙に魔力を纏わせてユースに飛びかかった。
そして、魔法生物は鮮やかな輝く炎に焼かれ、絶命した。
「──うん、大丈夫」
俺の視線の先には、涙を拭った、綺麗な炎を纏うユースがいた。太陽のような、穏やかな光。包み込んでくれるような優しい炎。
ユースは俺の腕を引っ張って胸に抱くと、炎を弾けさせて周りにいる魔法生物を一瞬で焼き尽くした。
「アリウスが隣にいてくれるなら、アリウスと一緒なら」
ユースが俺を離して、俺の隣に立つ。村の外からは、俺たちに向かって溢れるように魔法生物が向かってきていた。
「私は、どこまでも強くなれる。──だから、隣にいてくれる? アリウス」
俺は、地獄を目の前にして足が竦む程度の、ちっぽけなやつだった。努力すると決めたのに、魔法を目の前にしてまた諦めかけた、どうしようもないやつだった。
8歳の時に諦めた。その時もユースはずっとそばで、俺を励まし続けてくれた。
さっきだって、ユースが危ない目に遭ってなきゃ諦めてた。そんな俺に、隣にいてほしいと、いつだってユースは笑ってくれた。
「──俺が隣にいてほしいんだよ。間違えんな」
「ふふ、そっか」
魔法生物の軍勢が、俺たちを殺そうと集まってくる。
「じゃ、二人で戦おう。二人で!」
「あぁ、二人でな」
この時、ユースの隣に立った、今この時。俺は、諦めてなんとなく過ごしていた日々へ、本当の別れを告げた。
気づけば、震えはとっくに止まっていた。
『──まったく、二人だけの世界を作るなんて、妬けますね』
背中を合わせて立つ俺たちに、拗ねた声が文句をぶつけた。
蟹好きの、俺が8歳の時からずっと一緒にいる不思議な空色の石。
『アリウスが戦うのであれば、私の力を貸しましょう。かつて、一騎当千と言われた、私の力を』
どういう意味だと聞く前に。
空色の石は、強い輝きを放った。
目を開くと、銀色の刀身だった俺の剣が、空色の光を放っている。魔力を持っていない俺でもわかる。
この光が、魔力だと。
『──十二星導師が一、
「巨蟹星のって、お前、それで」
蟹が好きだったのか? 俺の質問に答えずに空色の石、いや、ルキウスは続けた。
『私たち十二星導師は戦いを終わらせた後、後世に起こる戦いに備え石となりました。私たちの力を十全に扱える者が現れるのを待ち、その者とともに戦うために』
魔法生物が、村へと入ってくる。
『属性は水、その役は排斥。私の魔力は、あらゆる魔力を打ち消します。ですから、
飛びかかってきた魔法生物を叩き斬る。魔力を纏っていなかったさっきよりも軽い感触。剣を握る手に伝わってくる、魔力を斬った感触。
『魔力を一切持たないという才能を』
魔力を纏ったこの件は、一切の魔力を否定する。魔力によって強化された牙も、硬くなった体も、すべてを無視して斬り伏せる。魔力を持たない、俺と同じステージにまで持っていける。
『今はその程度の力しか貸せませんが、いつかあなたは英雄と呼ぶにふさわしい力を手にすることができる』
「……結局、魔法かよ」
『すみません。魔法を使わず、ユース嬢の隣に立つと決意したばかりのところを』
ほんとだよ。めちゃくちゃダサいじゃん俺。結局魔法頼りってさ。
「でもアリウス。今、すっごくいい笑顔だよ」
「それはお前の隣にいるからだよ」
『いちゃつくのはやめましょう。行きますよ、私たち三人でこの地獄を終わらせるのです』
「「応!」」
──十二星導師の伝記、その一節。巨蟹星のルキウスについて、こう記されている。
魔力の量に恵まれず、大した威力のある魔法も使えず。その身に宿す特殊な魔力と、その手に握る空色の剣で魔を斬り戦場を駆ける。他の英雄に劣ろうとも、圧倒的な実力差に踏みつぶされようとも、何度諦めかけても立ち上がり、空のような髪を返り血で赤く染める。巨蟹星という異名がつく前、人は彼女を『夕暮れの戦姫』と呼んだ。
『──懐かしいですね』
剣以外は魔力を纏っていない俺は、魔法生物の攻撃が当たらないように立ち回りながら斬っていく。
『夕暮れの戦姫。そう呼ばれ始めた時も、今のような夕暮れで、周りは血の赤に染まっていて、自慢の空色の髪も赤く染まっていました』
「随分な戦場経験してんだな!」
返り血を浴びて、赤く固まった髪を鬱陶しく思いながら、背後から感じる熱気に察してその場にしゃがみ込む。
一瞬後、俺の頭上をユースの炎が行き、俺の目の前にいた魔法生物の一切を焼き尽くした。
「でも、そん時はこんな綺麗な赤はなかっただろ?」
消えていく炎を見ながら、自分の魔法でもないのに得意気に言うと、『そうですね……当時は、もっと荒々しい赤でした』と穏やかに答えた。
周りを見る。あれだけいた魔法生物は一切いなくなり、もう湧いてくる様子もない。戦ったには戦ったが、俺が倒した数なんてユースが倒した数と比べれば屁のようなものだろう。
それでも、俺はユースの隣に立って戦った。結果的に借り物の力を使ったが、飛び出した時は魔力も何もない状態でユースの隣に立てたんだ。
もう、諦めなくていいんだ。
「……ユース」
戦いが終わって、一目散に両親の元へ駆け出したユースの背中へ声をかける。
「だい、じょうぶ」
震えた声で呟いて、振り向いた。
「私には、アリウスがいる、から」
──思えば、ユースの泣き顔は初めて見た。いつだって俺の隣で笑って、いつも俺を励ましてくれていた。
ユースを抱きしめると、血に濡れた俺を気にせず俺の胸に顔をうずめて、声を上げて泣き叫ぶ。
強いと思っていた、天才だと思っていた、手の届かない位置にいる、住む場所が違うと思っていたやつを、俺は今初めて『普通の女の子』なんだと理解した。
戦いは終わったが、地獄は終わらない。死んでしまった人が多すぎて、流れた血が多すぎて、村のどこからも歓声はあがらない。
二度と、この地獄にユースを立たせない。ユースの隣で、ユースを守って、ユースと一緒に綺麗な世界を見て回る。そのために俺は強くなる。
今まですべてを諦めてきた俺は、この先それを絶対に諦めない決意を胸に秘めた。