魔法少女まどか☆マギカ 《円環の理》――この世界に幸あれ   作:ぞ!

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Ⅷ 100:1123692

 

 

 

 

 

「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げた彼女の顔に、微笑みは浮かんでいない。

 冷えて固まった金属のような無表情だけ。

 

 しかしそれも、頭を上げて『彼女』の顔を確認するまでだった。

 驚愕の表情を張り付け、彼女は『彼女』を見ていた。

 

 ――壊れたような笑みを浮かべ、ぼろぼろと涙を流す『彼女』を。

 

「まどか……?」

「あれ、どうして、わたし、泣いてるんだろうね?」

 

 そうしてまた、笑みを失った暁美ほむらと鹿目まどかは時を繰り返すのだ。

 既に終わりが見えた円環を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 彼女は、自分のことが大嫌いだった。

 平々凡々な、特徴らしい特徴のない顔つき。集合写真などを撮るたびに、あれこれって誰だっけと半ば本気で言われる。

 頭の悪さ。どれだけ勉強しても、クラスで真ん中以上の順位を取ったことなんて一度もなかった。

 運動神経の悪さ。クラスでいちばん太っている女の子よりも鈍足。体力も同様。球技なんて目もあてられない。

 極度の人見知り。誰かと話すたびに冷や汗を掻き、どもり、視線を忙しなく左右させ、いつだってまともにコミュニケーションをとることができない。

 

 いつしか、彼女は学校に行くことがなくなり、一日中自分の部屋に引きこもるようになった。

 それで余計に他人と接する術を衰えさせた。

 今では他人と顔を合わせるどころか外に出ることさえ恐ろしくなった。

 こんな自分は生きている価値なんてないのだと思っていた。

 けれど死ぬ勇気すらなく、ただインターネットという嘘と虚栄と妄想の世界にどっぷりと浸る日々が続いた。

 

 そんなある日だった。

 気付けば彼女はなにかに誘われるように、自分の部屋を出て、家を出て、自分の住むマンションの屋上へと足を運んでいた。

 階段を上がる度に、次々と勇気が湧いてくる。

 励ます声が聞こえたのだ。

 賛同する声が聞こえたのだ。

 ――生まれ変われ。君という魂は呪いに満ちた今生を終わらせ栄光の約束された転生を迎えるのだ。

 選ばれたのだ。

 彼女は、神様に選ばれて、新たな世界に導かれるのだ。

 

 そうして気付けば、空の上で。

 轟々と風が唸る音を聞きながら、彼女は落ちていた。

 落下しながら見上げる星空は、やけに綺麗だった。

 他人は怖い。

 自分は嫌い。

 でも自分の存在する世界は、こんなにも美しかったのだ。

 それだけで。 

 たったそれだけのことを知っただけで。

 もっと生きていたいと彼女は思った。

 ――それは少し、遅かったのだけれど。

 

 

 

 衝撃。

 暗転。

 

  

 

「ごめん、なさい……間に合わな、かったよ」

 

 消えかけていた意識が、その声に、ほんのわずか、揺り動かされた。

 薄れ行く視界に、なにかが映った。

 ふわりと夜空から舞い降りる、黒い人型のなにか。

 その背中からは、揺らめくような黒い光りが立ちのぼっていて。

 それはまるで羽のようで。

 

 ――ああ、私はやっぱり神様になんか選ばれなかったんだ。だって、私を迎えにきたのは、天使じゃない。

 

「だてんし、さま……?」

 

 神様に逆らって、地に堕とされた存在だったから。

 『それ』はなにも答えず、ただ押し殺した悲鳴のようなものを漏らした。

  

「……あなたは、いつもそんなことばかり」

 

 地面に降り立った『それ』は、腰を落として彼女の頭を膝の上にのせる。

 そうして、震える手で彼女の頬をそっと撫でた。

 

「七篠タレカ……。その名前は、あなたに返すわ。もう、私にはそんなことをしている余裕もなくなってしまったようだから」

 

 その言葉の意味を深く考えることさえ、もう彼女――七篠タレカにはできなくなっていた。

 ただぼんやりと、聞き入れるだけ。

 

「あなたは自分の名前が大嫌いだと言っていたけれど、私は好きだったわ。だって、私にぴったりだったんだもの」

 

 七篠タレカ。

 ナナシノタレカ。

 ――名無しの誰か。

 

 それは誰が言い出したことだったか。

 影が薄い自分にぴったりだと、よくからかわれていた。

 

「七篠タレカ。私は、その名前を、あなたを、きっとずっと忘れない」

 

 もしそれが本当なのであれば。

 はじめてタレカは自分の名前を好きになれそうだった。

 

「『また』、会いましょう」

 

 最後の刹那、垣間見えた『それ』の顔立ちは、とても――。

 やっぱり、天使様だったのかもしれないと、七篠タレカは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界に、幸、あれ」

 

 震える声で、名もなき彼女は呟く。

 

 

 

 

 

 

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「七篠タレカが……死んでいる?」

 

 ほむらは、偶然知り得たその情報にしばし呆然となった。

 屋上からの飛び降り自殺――そう新聞の記事の片隅には書かれていた。

 慌ててその情報の裏付けをとった彼女は、それが事実であることを思い知らされた。

 七篠タレカは死んでいた。

 それも、明らかに魔女が原因の死である。

 あれだけの力を持った存在が、ただの魔女を相手にして斃れるなどどう考えてもあり得ない。

 ならば、それだけ異常な、なんらかの事態が起きたのだろうか。

 いろいろと仮説を検討してみるものの、どれも説得力に欠ける推論でしかなかった。

 そもそも、だ。今回の時間軸はどうもこれまでのものとは異なる点が多すぎる。

 

 まず第一に、鹿目まどかの不調。

 いつもと比べて動きに精彩を欠いている。また、力の使い方も不安定であり自分の力をコントロールしきれていない。

 おそらく、これまでのループ以上に力が増していることも原因なのだろうが。

 また、彼女が時折ほむらを見てなんとも言えない表情を浮かべるのも、変化といえば変化だ。

 第二に、キュゥべえが彼女達に積極的に関わり干渉してきているということ。

 これまでのループで彼はあまりほむら達の前に姿を現すことがなかった。ここまで頻繁に遭遇するのは、おそらく最初のほむらの時間軸のとき以来ではないか。

 そして第三に――

 

「どうしたのさ、転校生。スムーズに魔女を倒せたっていうのに、そんなに考え込んじゃって」

「……いえ、今日の反省点を洗い出していただけよ、美樹さん」

 

 そう、美樹さやかがキュゥべえと契約していること、それが最大の違いだった。

 繁華街の端にある今は使われていない倉庫。

 そこで志筑仁美を含む多くの人々が集団自殺をしようとしていたのを助け、原因であった魔女を彼女達四人は打倒した。

 四人――鹿目まどか、暁美ほむら、巴マミ、そして美樹さやかの四人である。

 どうも漏れ聞く話からすると、彼女は幼馴染みの少年の身体を治すために契約を交わしたらしい。

 たしかに何度かそういった話をまどかから聞いたことがあったが、美樹さやかが魔法少女になったのは繰り返してきたループの中で今回が初めてだ。おそらくそれは、キュゥべえが自分達に積極的に関係してくるところに原因の一つがある。

 となると――

 

「今日のところは、私はこれで帰らせてもらうわ」

「あれ、そうなの? ふぅん、珍しいね、あんたがまどかの手料理を食べられる機会を棒に振るなんて」

「……そんなこと、ないわ」

「はいはい」

 

 わずかに返答が遅れたほむらにさやかはにやにやとした笑みを向けるが、それを無視して踵をかえす。

 

「あ、ほむらちゃん。良かったらパックにして取っておくけど、どうする?」

「……お願いするわ」

「うん、分かったよ」

「ふふ」

「ふふふーん」

 

 まどかの問いに振り向いて答えるほむらを、マミとさやかが笑って見ていたが、やはりこれも無視して古倉庫から一足先に彼女は抜け出した。

 

《話がある。まどか達に気付かれないようついてきなさい》

 

 マミの肩上にのっていた白い獣に念話を送って。

 ――去っていくほむらは、その背中に、なんとなくまどかの視線を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、いったい何の話だい暁美ほむら」

 

 公園のベンチの上に座るキュゥべえは、目の前に立つほむらを見上げて訊ねた。その眼には相変わらず感情の色は見えない。

 

「……七篠タレカ」

 

 しばし何から問いただすべきかを黙考し、まずほむらが口にしたのはその名前だった。

 

「七篠タレカ? それは人の名前かい?」

「……知らないのね」

「そうだね、僕がこれまで関わった人間の中にそんな名前をした相手はいなかったよ」

 

 予想通りといえば予想通りの答えだった。

 七篠タレカが既に死んでいるというのなら、おそらく、この時間軸に彼女は来ていないのだ。

 ほむらの知らないところで彼女が目的を遂げループを終えてしまったのか、或いは何らかの時空のズレが起きて偶々この時間軸にだけは来ていないのか。

 あの『七篠タレカ』が時を繰り返さなければ、本来の七篠タレカはこうなる運命になる、または確率が高い――そういうことなのだろう。

 そして、

 

「それよりも僕は君のことが知りたいね。暁美ほむら。僕ではない僕と契約したイレギュラー」

 

 『七篠タレカ』が存在していないというならば、キュゥべえはほむらの情報を知り得ていないということだ。

 まず間違いないと確信していたが、これで完全に確定した。

 『七篠タレカ』はキュゥべえへほむらに関する情報を与えていたのだ。それがなんのためかは分からない。……いや、そもそも理由などないのかもしれないが。

 

「君は一体なにものなんだい?」

「……それをあなたが知る必要はないわ」

 

 知らないというのなら、わざわざ教えるつもりはない。

 というよりは、なにか、彼女の第六感のようなものが警鐘を鳴らしていた。

 このキュゥべえは、これまで彼女が目にしてきたキュゥべえとは、なにかが違う。

 ――油断しないほうがいい。

 ほむらは自分にそう強く戒めた。

 今回ばかりは己の事情は誰にも伝えない方がいいだろう。マミや佐倉杏子の説得には手間がかかりそうだが、仕方ない。

 

「なぜ美樹さやかと契約したの?」

「僕の質問には答えず君だけが質問するというのは天秤が釣り合わないけれど、ま、君達人間はいつもそうだからね。自らの願いだけを口にして決してその代償を受け入れようとしない。世界はバランスで成り立っているんだ。それを度外視するなんて、愚かとしか言いようがないよ。本当に、理解に苦しむ種族だよ君達は」

「……答える気がないのなら、もういいわ。どこへでも失せなさい」

 

 一々神経を逆撫でするようなことばかりを口にするキュゥべえに、ほむらは細めた目を向ける。

 それが正論だからといって、必ずしも受け入れられるわけではない。

 とくにこの価値観の違いすぎる存在に言われたところで、ただ腹が立つだけだ。

 

「もっとも、その性質故にこそ僕らに選ばれたのだろうけどね。エントロピーを凌駕するには、きっと君達のその不条理な傲慢さが必要なのだろう」

「…………」

 

 相手が去らないのであれば、彼女が去るだけだ。

 キュゥべえに背をむけた彼女に、彼は感情の感じられない声で告げる。

 

「美樹さやかと契約した理由は、それが僕の役割だからだよ。むしろどうして契約しない理由があるんだい?」

「…………ええ、そうね。その通りよ。あなた達は、そういう存在だったわね」

 

 そう、初めのループではキュゥべえという名の地球外異星生命体は、そういったものであった。

 それがいつの間にか――。

 

「七篠タレカ……あなたは一体なにがしたかったの?」

 

 呟きに答えるものは、どこにもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去りゆく暁美ほむらの背中を見送った、キュゥべえと呼ばれる地球外異星生命体――インキュベーターは、誰もいなくなったその場所で、呟いた。

 

「やれやれ。彼女といい暁美ほむらといい、最近のこの街にはイレギュラーが多すぎる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ――それは影の魔女。

 なにかに祈りを捧げ続ける魔女。無数の木の枝のようなものを用いて敵を害する独善の魔女。

 それに対するは五人の魔法少女。

 鹿目まどか。

 暁美ほむら。

 巴マミ。

 美樹さやか。

 そして佐倉杏子。

 彼女はマミやさやかとそりが合わず何度もぶつかり合っていたが、つい先日にようやく和解にいたる。

 それには鹿目まどかの存在や暁美ほむらの影からのフォローがあったのだが、ともあれ、ようやく五人は共通の意志をもって魔女との戦いにのぞむことになったのだ。

 その目的とはつまり、ワルプルギスの夜を乗り越えること。

 暁美ほむらからもたらされた情報と佐倉杏子の仮説、そしてキュゥべえの裏付け。

 彼女らはそれが来ることを確信していた。

 故に、それぞれの連携を磨くため力を合わせてその魔女と対峙していた。

 していた、はずだった。

 

「オイ、さやかぁ! テメェ、なに一人で突っ走ってやがる!」

 

 杏子の叫びにも耳を貸さず、さやかはその口許をゆがめながら魔女に立ち向かう。

 その全身は傷だらけであらゆるところから血を流している。

 だというのに、彼女にそれを痛がる様子は微塵もない。どころか、歪な笑みを浮かべていた。

 

 原因は、分かりきっていた。

 些細なきっかけから明らかにされた魔法少女とソウルジェムの秘密。迂闊といえば迂闊だったのだろう。ほむらの失態だった。

 暁美ほむら自身も、今回のループにおいては万全とは言い難かった。

 諦めてはいない。

 立ち止まりはしない。

 だが、どうにもこれまでになく低調な状態が続いていた。

 理由は、考えない。

 思い出したくもない。

 

 また、キュゥべえもこれまでと異なりその情報を積極的に隠そうとはしなかった。

 むしろペラペラと聞かれてもいないことまで話しだす始末だった。

 そうしたことから知らされた真実を、他の面々は比較的短い時間で受け入れた。

 まどかや杏子の復帰はもっとも早かった。女の子女の子しているように見えてまどかのメンタルは強靭であるし、杏子は言わずもがなだ。

 マミの狼狽えは大きかったが、それでも長い間戦い続けてきたことにより薄々勘づいていたのかもしれない。本調子とまではいかないが、それなりに持ち直してはいたのだ。

 だがさやかだけは違った。

 彼女はその事実をいまだ本当の意味で受け入れられていなかった。

 だからこそ今回の暴走に繋がったのだろう。

 

「あははは、ホントだ。その気になれば痛みなんて……あはは、完全に消しちゃえるんだ」

「さやか、アンタまさか……」

 

 空ろな笑い声を上げる彼女を、杏子は愕然とした面持ちで見つめる。

 さやかはなおも己をかえりみない突撃を敢行しようとして――

 

「鹿目さん!」

 

 突然上がったマミの悲鳴に振り返った。

 それはほむらもまた同様だった。

 

 ――凍り付く。

 

「まどかぁーーーーーーーーー!」

 

 時を止める術など、なにも役に立ちはしなかった。

 それはすでに、終わっていたのだ。

 

 鹿目まどかは、背後から木の枝に胸を刺し貫かれていた。

 目を見開く彼女の胸元から、鋭い切っ先が突き出している。

 そう、『胸元』から。

 そこにあったはずの彼女のソウルジェムを砕いて。

 

「まどか、まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかぁッ」

 

 時を止めて彼女の周囲の枝を銃撃で排除、駆け寄ったほむらは彼女の身体を抱きしめて時間停止を解除する。

 その途端、ほむらの腕にかかる人の身体の重み。

 完全に力を失って四肢を投げ出す死体の重み。

 制服姿に戻された鹿目まどか――だったのもの。

 小さく開いた口は決して閉じることなく、見開かれた瞳は光を失い暗く濁っている。

 

「う、ああ、ああああああああああああああああーーーーーーーーー!」

「さやか、テメ――クソっ」

 

 蒼白な顔でそんなまどかを凝視していたさやかだったが、突然絶叫すると魔女に突撃した。

 一瞬躊躇った杏子も、悲痛そうな視線でまどか『だったもの』を一瞥すると彼女の後を追って駆け出した。

 

「うそ、うそよ、ね……だって、鹿目さん、ケーキ、今度、ごちそうしてくれるって、いったじゃない」

 

 茫然として後ろに後退ったマミは、顔を青白くさせて現実を否定するように首を横に振る。

 

「まどか、そんな、なんで、だって、まだ、ワルプルギスの夜を迎えてさえ、いないのに、どうして、こんな、うそだ、うそだうそだうそだうそだ」

 

 崩れ落ち、まどかの頭を膝にのせたほむらはぶつぶつと壊れたように呟き続ける。

 自分のせいだ。

 自分が彼女から目を離したから。

 自分が美樹さやかなどというどうでもいい存在に意識を向けていたから、こんなことになったのだ。

 ずっと彼女だけを見ていればよかったのだ。

 他の有象無象など無視して、見捨てて、ただまどかだけを見守っていればよかったのだ。

 そうすればこんなことには――

 

「鹿目まどか、それが君の真の願いのなのかい」

 

 唐突なキュゥべえの呟き。ソウルジェムの秘密が明かされてから姿を見せていなかった彼が、いまさらこんなところになにを――

 しかしハッと顔を上げたほむらは、そこで、異常な光景を目にする。

 

 光。

 光だ。

 桃色の光。

 それが、鹿目まどかの周囲のところどころから立ちのぼっていた。

 輝きを放つもの――鹿目まどかの砕け散ったソウルジェムの欠片。

 それらが明滅して、ゆっくりと宙に浮かび上がる。

 光はやがて一カ所に寄り集まると、その輝きを一段と強くさせる。

 明滅の間隔は次第に短くなっていき――一際大きく、強く、眩い輝きを周囲に放った。

 魔女を殺し尽くしたさやかも、そんなさやかに詰め寄ろうとしていた杏子も、涙を零していたマミも、それを忘我の顔で見た。

 

 輝きが消えたあと、そこには傷一つない鹿目まどかのソウルジェムが浮かんでいた。

 

 桃色の宝石はゆっくりと下へ向かうと、ほむらに膝枕されたまどかの胸の上で停止した。

 誰もが息を呑んで見つめるその中で、

 ――ぴくり、と彼女の指先が動いた。

 やがてうっすらと、失われたはずの彼女の瞳に光が戻っていく。

 

「ほむら、ちゃん……?」

 

 いまだ意識が戻りきっていないのか、彼女――鹿目まどかはひどく空ろな眼差しでほむらを見上げる。

 

「いままでのは、ゆめ、だったのかなぁ。わたし、わたしね……」

「まどかぁ!」

 

 ほむらは彼女の身体を抱きしめた。

 強く、強く、抱きしめた。

 涙は、出ない。

 泣いてもいいのだと、はじめて、思った。

 まどかが生きていた。

 それだけで、これまで戒めていた涙を流してもいいんじゃないかと思った。

 けれど、涙は出なかった。

 滲む視界、潤んだ眼。

 それでも、どうやっても、涙は流れなかったのだ。

 

 この日、この時、暁美ほむらは涙さえ失った。

 

 それでもいいと思った。

 笑い方も泣き方さえも忘れてしまったのだとしても、それでも、自分は諦めない。

 必ずまどかをワルプルギスの夜の向こうに連れて行く。

 この永遠に続く円環の理から抜け出すのだ。

 

「まどか、あなたは私が救ってみせる……ぜったいに、救ってみせるから」

「…………」

 

 自分の胸元で告げられる言葉を聞きながら、まどかはいまだ空虚さの残る瞳で虚空を見上げる。

 

「ああ、わたし……ゆめじゃ、なかったんだぁ」

 

 駆け寄ってくる泣き笑いの杏子やさやか、マミを視界の端に認めて、彼女は微笑んだ。

 

「この世界に、しあわせは、ないのかもね」

 

 その微笑みと呟かれた声を聞き届けた地球外異星生命体が、なにゆえにか背筋を震わせたことなど、この場にいる人間に分かるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

「鹿目まどか、君は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「まどかさ、無理、してるんじゃないの?」

「えぇ? いきなりなにさやかちゃん」

「だって最近のあんたって、急に明るくなってさ……前よりは全然いいと思うけどさ、でも、なんだか、時々無理しているような気がするんだ」

「そうかなぁ? そんなことないと思うけどなぁ」

「そうなら、いいんだけどね」

「それよりさやかちゃんこそ、大丈夫?」

「…………」

「辛いこと、悲しいこと、悩んでること……誰かに吐き出すことで、楽になるときも、あるよ」

「っ…………」

「わたしなら、一晩中でも話を聞いてあげるから。これから……だってさ? 一人暮らしだし、気兼ねする必要なんてないんだよ」

「……あんた、なんで、なんでそんなに優しいかな? あんな目にあったばっかりだっていうのに」

「…………」

「こんなんだったら、もっと早くあんたと友達になってればよかったなぁ」

 

 それは鹿目まどかが奇跡とでもいう他ない復活を遂げたあとの、その友人との会話である。

 友人はかつて、奇跡も魔法もあるのだと口にした。

 そうしてその通りの現象が、その日、起こった。

 ならば、他の奇跡だって起こらないとは限らないではないか。

 だから、彼女は希望を抱いた。

 

 しかし彼女は忘れているのだ。

 魔法が、その裏に隠された絡繰りを知る前はたしかに魔法であったように。

 奇跡にだって、今の彼女達には見ることのできない暗闇の向こうに、隠された絡繰りがあるのかもしれないということを。

 

 もっとも。 

 彼女がそれを知ることはついぞなかったのだが。

 何故ならば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ――彼女たちが駆け付けた時、すでに、戦いは終わりを告げていた。

 

「オイ、まどか、さやかは、さやかは……!」

 

 桃色の光に貫かれ、断末魔の悲鳴を上げながら消滅してゆく魔女を尻目に、杏子は力を失った『その』身体を抱き上げて、まどかに問いかける。

 答えなど、分かりきっているというのに。

 

「わたしが来た時には、もう、魔女に……」

 

 彼女達に背を向けたまどかは、消えてゆくその魔女――騎士の上半身と人魚の下半身を持つ異形の魔女の方を向いたまま、その問いに答えた。

 

「クソっ、ちくしょう……! アタシらがいれば、あの程度の魔女なんて……惚れた男のためだからって、自分が死んじまってどうするんだよ」

 

 さやかは魔女に弑された――その事実を改めて突き付けられた杏子は、どん、と地面に拳を叩きつける。

 そんな彼女をマミは悲痛な面持ちで見下ろしている。

 ほむらは、なぜか、ひとり佇むまどかから目を離せずにいた。

 まどかは、倒された魔女のその一片が消えゆくまでを見届け、やがて結界が解除された時になってもまだその場所を向いたままだった。

 

 

 

 

 

 

「この世界には、幸せが、あったはずなのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 そして、その時は、再びやって来た。

 

 

 

「ごめんなさい……私は、ここまで、みたいね。あとのことはよろしくね、みんな」

 

 

 

「頼むよ神様、こんな人生だったんだ。せめて一度ぐらい、幸せな夢を見させてよ」

 

 

 

 やがて、その場に残るは二人の魔法少女。

 暁美ほむらと鹿目まどか。

 己の運命を知らなかったマミは、しかしいつもの通りに、力尽きるまで戦い。

 己の運命を知らなかった杏子は、しかしいつもの通りに、自らの身を犠牲にしてワルプルギスの夜に立ち向かった。

 結局、いつもの通りに、なにも変わりはしなかったけれど。

 

「まど、か? たたかわ、ないの?」 

 

 しかし絶対にいつもの通りでは有り得なかったのだ。

 その日の朝から様子のおかしかった鹿目まどかは、戦場に立つなり、あらゆる戦闘行為を放棄した。

 しゃがみ込み、膝の間に顔を隠して、両腕で頭を覆って、誰が何を言おうと身体を揺すろうと返事ひとつ返すことなく、沈黙した。

 誰もそれを責めようとはしなかった。

 仕方ないなぁという顔をして、微笑んで彼女の頭を撫でて、彼女の先達である少女二人は行った。

 ――逝った。

 

 ほむらは困惑した。

 思考が停止して、全く使いものにならなくなった。

 だから彼女も置いていかれ、結局、この場には二人が残っている。

 

 どうしてまどかは戦わないのか。

 こんな反応をする彼女は初めてのことだった。たしかに今回、彼女の様子はいつもと比べてどこかおかしかったが、それでもこうまで極端な反応をするほどでもなかったように、ほむらには思えた。

 だが戦わないというのなら、それでもいい。

 むしろ戦わなくていい。

 たとえそれで今回の可能性が潰えようと、彼女が望まないのならばほむらは決して彼女を戦わせようとはしないだろう。

 なら、せめて彼女には安全な場所に退避してもらおう。

 そうしてたとえほむら一人でもアレと戦って、やれるだけやって、駄目だったならば、また繰り返せばいい。

 

「まどか、怖いなら戦わなくても、いいのよ。だから、逃げて。この魔女が追いついてこないぐらい遠いどこかに」

 

 ――もっとも、それでもどこまでも追ってきて、結局は同じ結末を辿るのだが。すでに経験済みのことだった。

 

「私が時間を稼ぐから、ね、まどか」

 

 微笑むことはできないが、精一杯の優しい声を出してほむらはまどかに言った。

 杏子やマミがしたように、かがみ込んでそっとその頭を撫でる。

 

「それじゃあ、私、いくね、まどか」

 

 彼女に背を向け、空に浮かぶ逆さの魔女へ跳ぼうとしたほむらは、しかし、その直前で足を止めた。

 

「……?」

 

 ほむらの腕をまどかが掴んでいた。

 

「まど、か?」

 

 ほむらが困惑の声を上げるが、まどかは顔を伏せたまま反応しない。

 沈黙が、流れる。

 

「まどか……?」

 

 もう一度その名を呼んで、ようやく彼女は、おそらくこの日初めてとなる声を出した。

 

「わたし、知ってるんだよ」

「…………」

 

 また、なのだろう。

 この日この時、最近のループにおいてはどうしてか鹿目まどかは暁美ほむらの事情を理解している。

 

「ほむらちゃんが、もう何度この時を繰り返しているのかって。なんのためにそんなバカなことを続けているのかって」

「…………そう、なんだ」

「ねぇ、もういいんだよ? 諦めていいんだよ? そんなことなんかしなくったっていいんだよ? わたしは、ほむらちゃんがそんなことするのなんて、望んでない」

「…………」

「わたし、嫌いだよ。そんなほむらちゃんなんて、だいっきらいだ。うれしくないよ。ぜんぜん、うれしくない。めいわくなんだよ。やめてよ、そういうの。ほんと、バカみたいだよ」

 

 胸が張り裂けそうになる。

 唇が震える。 

 そんなことをまどかが本気で口にしていると思うほど、ほむらは愚かではない。

 優しいやさしいヤサシイまどか。

 声の震えも隠せていない、やさしすぎるまどか。

 彼女は分かっているのだろうか。

 そんな風だから、そんなにも優しいから、だから暁美ほむらは止まれないのだ。

 

「笑ってみせてよ。泣いてみせてよ。ねぇ、ほむらちゃん、わたしにあなたの顔を見せてよ」

 

 ――ああ。なんて、なんてことを彼女は言うのだろう。

 もう自分はそんなこと、できはしないのに。

 忘れてしまったのに。

 けれど、彼女がそれを望むのなら。

 たとえ不可能なことだって、可能にしてみせる。

 

「…………ほむらちゃん」

 

 いつの間にか、まどかは顔を上げていた。

 まどかの顔に浮かんでいたのは、空虚だった。

 空っぽだった。

 そこには、なにも、なかった。

 

「……ぜんぜん、笑えて、ないよ」

 

 ほむらの顔に浮かぶものも、なにもなかった。ぴくりともその表情は動かない。

 足下に蹲るまどかとよく似た、人間らしさがそぎ落とされた顔だった。

 それを目にしたまどかの虚無的な瞳に、急激になにかが満たされていく。

 

「あはは……もう、いいや。もう、いいよ。ぜんぶ、ぜんぶぜんぶ、もう、いい」

「……まどか?」

 

 すくりと彼女は立ち上がる。

 ほむらに背中を向けて、制服姿から魔法少女のそれへと姿を変える。

 

「戦うよ、ほむらちゃん。そうして、全てを終わらせるんだ」

「まど、か……?」

「大丈夫。大丈夫だよ、ほむらちゃん。きっと今回で終わらせる。もうほむらちゃんが苦しむことなんて、なくなる」

 

 それは決意に満ちた言葉で。

 まどからしい力強さに満ちた声で。

 

「ほむらちゃんを、苦しみから解放してあげる」

 

 だから、ほむらはうれしくなって「ええ」と力強く頷いたのだ。

 彼女の直前の目を見ていたというのに。

 

「いこう、ほむらちゃん」

「ええ、まどか」

 

 ――そのとき鹿目まどかの目に満ちていたのは、エントロピーを凌駕する、宇宙さえ覆いつくす悲しみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「――――――――――――――――――え?」

 

 それを見て、暁美ほむらは唖然とする他なかった。

 理解できぬ光景。

 ワルプルギスの夜。

 舞台装置の魔女。

 語られ続ける不死の魔女。

 

 それを。

 それを――。

 

 鹿目まどかは倒した。

 瞬殺であった。

 だがその方法が、手段が、過程が、あまりにも、おかしかった。 

 

 

 

「消えて」

 

 

 

 鹿目まどかはなにもしていない。

 ただ対峙する魔女に向けて、そう告げただけだった。

 その余りに端的な言霊だけで。

 ワルプルギスの夜は、悲鳴ひとつ上げず、ただの一刹那で消滅した。

 暗雲は吹き払われ、一瞬にして青空が広がる。

 

「え? な、に? どういう……?」

「驚くことなんて、なにもないんだよ。ほむらちゃん。これが当然の結果なんだ。ほむらちゃんのおかげだよ」

 

 真っ青な空、真っ青な海。

 とても美しいその光景を背にして、宙に浮かんだまどかがほむらに笑って告げる。

 

 ――――――――――――。

 

「まどか?」

「うん」

 

 まどか。

 鹿目まどか。

 暁美ほむらの大切な人がそこに居る。

 ワルプルギスの夜が明けて、なおも微笑んで、彼女がそこにいる。

 

「まどか、なの?」

「うん、そうだよ」

 

 微笑んだままで、鹿目まどかは答える。

 

「まどか、え、わたし、え、うそ、え」

 

 ほむらの身体が震える。

 己でも理解できない震えが全身を満たし、口が上手くまわらない。

 鹿目まどかは、微笑み続けてほむらを見ている。

 

「う……あぁ……あああ……まどか、まどかまどかまどかぁ」

 

 なにか熱いものがほむらの頬を伝って、こぼれ落ちていく。

 一瞬、それがなんなのか、本当に理解できなかった。

 だが、気付く。

 いや、思い出す。

 

「わたし、ないて、る……まどか、わたし、ないてるよぉ」

「うん」

 

 一体それは何年ぶりの涙になるのか。

 堰を切って流れ出した涙は枯れることなど知らず、次から次へと流れ落ちていく。

 鹿目まどかは、それを微笑みの張り付いた顔で見ている。

 

「ねぇ、ほむらちゃん」

 

 ゆっくりと近づいてきたまどかは、顔を覆って泣きじゃくるほむらを優しく抱きしめて、その耳元で囁く。

 

「もしここで突然わたしが死んじゃったりなんかしたら、またほむらちゃんはわたしを助けるために時を遡るのかな」

 

 がば、と顔を上げてほむらは彼女の顔を見る。

 そこにあるのは、先程と寸分違わぬ完璧な微笑み。

 ほむらの目に涙がいっそう溢れかえる。

 

「繰り返す! 繰り返すわ! そのためなら、たとえ私は永遠の迷路に閉じ込められてもかまわない!」

「…………うん」

「だから、だからそんなこと言わないでよ! あなたはいま、ここに生きているんだから! ワルプルギスの夜を乗り越えたんだから!」

 

 ほむらの言葉を、彼女は完璧な微笑みで受け止めた。

 そうして、のんびりとした動きで蒼天を見上げた。

 

「そっかぁ……やっぱり、そうなんだよね」 

 

 ひどく――そう、ひどく草臥れたような声で呟くと、まどかはそっとほむらの身体を離した。

 感じていた温もりを失い、ほむらは途端に不安な気持ちになる。

 なにか自分は彼女を怒らせるようなことを口にしたのか。

 そんなことさえ考えてしまう。

 

「これ以上はむりやり時間制限を引き延ばせないし、しょうがないよね。だからさ、しょうがないよね。しょうがないよ。しょうがないんだ。ふふ……ああ、そうだよ、仕方がないことなんだ。どうしてもっと早くこうしておかなかったんだろう。こんなにも簡単なことだったのに。ほむらちゃんを救うことなんて、こんなにも容易いことだったのに」

 

 完璧な微笑み。

 完全な微笑み。

 まるで作られたかのような、芸術作品のような微笑み。

 鹿目まどかの姿をしたなにかは、得体の知れない笑みをほむらに向ける。

 

「ま……ど……か?」

「ねぇ、ほむらちゃん。わたし達の、とっておきの秘密、教えてあげようか?」

 

 それはまるで悪魔の囁きのようで。

 真実、そうで。

 

「わたしたち魔法少女はね、いつかソレになる運命にあるから、魔法少女なんだよ」

「なにを、いって」

 

 嫌な予感がする。

 とても嫌な気配がする。

 七篠タレカに、気付こうとしていなかった都合の悪い事実を突きつけられた時の、何十倍何百倍も嫌な予感がする。

 

「まど――」

「暁美ほむら。今すぐに鹿目まどかを殺すんだ」

 

 恐る恐る聞き返そうとしたほむらの言葉を、どこからともなく姿を現したキュゥべえが彼らしくなく慌てた様子で遮った。

 まどかとほむらの間に現れた彼は、まるでほむらをなにかから守るようにその前に立ちはだかる。

 

「キュゥべえ? なにを馬鹿げた――」

「早くしないと手遅れになる。このままでは彼女は」

「邪魔しないでよ、キュゥべえ」

 

 まるでコマ落としのようにいつの間にかキュゥべえの眼前に移動したまどかは、微笑みを浮かべたままキュゥべえの頭を掴んだ。

 

「せっかく、ほむらちゃんを救えるのに」

「ひ」

 

 生理的嫌悪感を抱かせる嫌な音を立てて、キュゥべえの頭は握りつぶされた。

 力を失いその四肢がだらりと垂れ下がる。

 

「まど、まどか?」

 

 あまりにもほむらの知るまどかとかけ離れた行為に、彼女は知らず身体を引いていた。

 呆然とした呼びかけには答えず、まどかは微笑んだままその全身から桃色の光――魔力を噴き出させた。

 

「――――――」

 

 ほむらは声も出ない。

 キュゥべえの死骸を跡形もなく消し去ると、そのもはや暴力的と言って良い魔力は天を突くほどの高さまで噴き上がり、なおも勢いを緩めずどこまでもどこまでも広がっていく。

 畏れ。戦き。ほむらは身体を震わす。

 それは一個の人間どころか、この星、あるいはこの宇宙にさえ匹敵し凌駕するかもしれないほどの力。人類の範疇では想像することさえ不可能なほどの力の奔流。

 どこかで、覚えのある、強大すぎる力の気配。

 

「あのね、よく聞いてね、ほむらちゃん」

「――――――」

「わたしたちはね、ソレになるために生まれるんだ」

「――――――」

「だからね、なにをどうしたところでね、魔法少女になったその時から、わたしたちに救いなんかありはしないんだよ」

「――――――」

「だからね、ほむらちゃん」

「――――――」

「あなたは、魔法少女になんてなるべきじゃなかったんだ」

 

 絶句したまま声も出せないほむらに構わず、まどかは言葉を続ける。

 そうして。

 ついに。

 それを口にしたのだ。

 

 

 

 

 

「やがて魔女になるからこそ、わたしたちは魔法少女と呼ばれるんだから」

 

 

 

 

 

 鹿目まどかの桃色の輝きが、どす黒く染まっていく。

 夜の闇より深い、暗黒に。

 いつか見た、誰かの纏う色と同じものへ。

 

 

 

 

 

「嫌なことも悲しいことも、全部無かったことにしちゃおうよ。永遠に永久に永劫に幸せだけの日々を延々と続けよう。一緒に、絶望しようよほむらちゃん――」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この世界に幸あれ」

 

 

 

 

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